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4-4

 ボロが去った後も、ラクトはしばらく動けずにその場に呆然としてしまっていた。

 鬼が地表都市ヴァルガドの住宅街に入り込んでいた、というのは確かに恐ろしくショッキングな事だ。しかしそれ以上、ボロが語った内容が衝撃的過ぎた。


(明日、鬼の襲撃が来る――!)


 そして確かに、もし鬼の襲撃があればこのヴァルガドに甚大な被害が出る事は確実だったとラクトにも思えた。万全に軍が迎え撃つというならばそうはならないだろう。が、ロイドも副隊長も語ってくれなかったが、上からの要請によりヴァルガドの駐留軍がいなくなるというのは確からしいのだ。

 であればギルドメンバーしか残る戦力は無いのだが、ギルドに属する色々なパーティが散発的に対応したとして鬼の襲撃を防ぎきれるのか、と考えたらまず無理だと思えた。そもそもノーゼシアにおいてもギルドは便利屋という位置づけではあったが、それでもハンター側の側面が大きく、防衛線を張って敵を待ち受けるなどはそれこそ軍の仕事なのだ。勿論無力とは言わないし、追い返す事ができるかもしれない。しかし、それまでに出る被害は甚大なものになるであろうことは簡単に想像がついた。


「あー、えらい目に遭うたわ」


 グルグルとした思考をしていたラクトを現実に帰らせたのは、後ろから聞こえて来たイーシャの声であった。見ると陥没した壁から身を起こし、イーシャがパンパンと着物についた砂等を払っている所だった。


「だ、大丈夫なのかっ!?」

「え? あー、大丈夫や。攻撃というよりも、払いのけられただけやしな」


 何でも無い事のようにヘラりと笑って返すイーシャの言葉に、本当に無事らしいとラクトはその面では安心した。が、であれば別の事が大変なことだったと思い出す。


「そ、それよりヤバいな。鬼の襲撃だなんて、俺への復讐だなんて」

「せやねぇ。まぁ復讐ってのは口実なだけで、本当は暴れたいだけなんやないか、って気もするんやけどな。ほら、怒りを発散するのがメインや言うてたし」

「それはそうかもしれないけど」


 話しながら、ラクトは僅かに違和感を覚えた。何故ならば、イーシャの受け答えがあまりにも冷静だったからだ。ヴァルガドが絶体絶命の状況なのに、冷静すぎないか、という疑問である。これは焦る自分からすると、冷静であることが大人しいと感じるよりも、やや違和感すら感じさせるものだった。


「とにかくだから、早く連絡しないと。軍か、ギルドかな。ああ軍かまずは」


 焦りで言葉が整理できていないラクトに、むしろイーシャの方がまるできょとんとするかのように頭を傾げている。その様子を見て、ラクトは違和感よりも先に、怒りがフッと湧いて来る。


「おい、なんなんだよ、その態度。何かおかしいこと言ってるか? イーシャだって危ないだろうが」

「それはそうなんやけど……ねぇ」

「なんだよ。言いたいことがあれば言えよ」


 乱暴になってくるラクトの言葉に、むしろイーシャはそれが理解できないとばかりにキョトンとした様子で答えを返した。


「ウチとかは確かに大変やけど……ラクトはんには関係なくない?」

「……は?」


 これからヴァルガドが襲われるかもしれないのに。自分を狙って復讐すると言ってきているのに。そんな自分が無関係だ、というイーシャの言葉に、ラクトの思考が止まる。何を言っているのか理解できずに。


「やって、ラクトはん言うてたやん。復讐の他は知らないって。今がまさしくそうやん。復讐した。そしたら周りの人らが酷い目に遭いそう……やけど、それってラクトはんには関係ないと違うん?」


 言った。確かにラクトはそう言った自覚があった。復讐さえすれば後はもうどうでもいいと。一回や二回ではない。何回も何回もそう言って来たのは確かの筈だった。

 だが。


「そ、そんな事言ってる場合かよ。このままじゃ――」

「ウチらはそうや。けど、ラクトはんはちゃう。ラクトはんは”そんな場合”や。復讐をした。後は知った事やない。そう言っていた状況のまんまや。せやったら、ラクトはんにはすべきことがあるやんか」

「な、に?」

「そりゃ次に何をして生きていくかや。どうでもえぇ町の人らの事なんか、考える暇あらへんのとちゃう? 今日やってそれをずっと悩んでたんやろ?」


 ……イーシャの言っている事は分かる。確かにラクトが過去に言った言葉でしか問われてない。しかし――。


「そんな場合じゃ――」

「ラクトはんはそういう場合や、言うたやろ?」


 言葉が届かない、とラクトは思ってしまった。まるで鏡のようだ。過去に言った自分の言葉がそのまま返ってきている様で。

 そしてイーシャはいつもと変わらない笑顔に少しきょとんとした様子すら混ぜて、こちらを伺ってくる。

 しかしそれでいてラクトは気が付いてしまった。そう問いかけるイーシャの目だけはいつにもまして真剣な光を帯びているのだ、と。それはこれらイーシャの発言と合わせて、まるで彼女が見た事もない得体の知れないもののようにラクトに感じさせてしまう。

 それは恐怖だった。仲間だった筈の彼女が異質なものに変わってしまった恐怖。彼女の言葉そのものに感じてしまう恐怖。そして――その言葉を否定できない自分に気づかされてしまった恐怖。


「う、あ、あ、うわぁぁぁぁぁ!」


 佇むイーシャを残し。ラクトはその場を逃げ出した。


***


「だから、ロイドと合わせてくれよ」

「アポも無いんだろ? 無理だと言ってるだろう」

「緊急事態なんだよ。なんだったら――」

「――何の騒ぎですか」


 ヴァルガドの軍施設入口。ラクトはボロから聞いた町の危機についてを伝える為にロイドに会いに来ていた。

 しかしその入口で「アポが無いから駄目だ」と突っぱねられていた。そう言えばこれまでもこの施設に入る際には必ずロイドの口添えがあった事を思い出したが、時間が無いためそれを抜きに来てしまったのだ。

 が、いくら緊急事態だと言っても門番に立っている兵は聞いてくれない。そこでラクトは、もしかしたら隊長という立場上、ロイドは忙しいもしくはもう出発しているのかもしれないと思い至った。

 そこで”副隊長でもいい”と口走ろうとしたところ、そこにオランド本人が現れてくれたのだった。


「ちょうど良かった! 大変なんだよ」

「……何の事ですか」

「それが――」


 ラクトは話した。祝賀会の後、街をさまよった際に住宅街に鬼に出会った事。そして明日の襲撃を予告された事を。故に、それに対応して守備を考えないといけないと。

 焦っていた為か、つっかえつっかえだったかもしれないし、少々要領を得ない部分もあったかもしれない。だがそれでも、ラクトは自分に出来うる限り誠実に伝えた。――そのつもりだった。

 だが、ふと話し終えた時に気が付いてしまった。副隊長の眼鏡の奥の目が、理解でも納得でも焦りでもなく、自分に対する怒りに染まっている事に――。

 ラクトがそれに気がついた次の瞬間、これまで丁寧に敬語ばかりを使っていた副隊長が、それをかなぐり捨ててラクトを怒鳴りつけてきた。


「ふざけるな! お前ら親子はどれだけロイド隊長の邪魔をすれば気が済むんだ? 言うに事欠いて鬼が秘密裏に入りこんでいただと? 馬鹿も休み休み言え!」


 そのあまりの剣幕に、ラクトは言葉を失ってしまう。その呆然とした様子を見て、少しだけ正気に戻ったのか、オランドは気を落ちつける為か一度眼鏡を外し、軽く拭いてから戻した。だが冷静さは少し戻っても、ラクトに対する怒りは解けていないようだった。


「――失礼。ラーグさんについては少々言いすぎたようです」

「ロイドの邪魔って……」

「……ロイド隊長は元来、上昇志向の強い方です。軍に入ってからも努力を重ね、メキメキと実力をつけていったそうです。しかしそれを最初に邪魔したのはラーグさんだと聞いてます」

「父さんが……邪魔をした?」

「いえ、それは言いすぎでした。ただ、ラーグさんはロイド隊長の上司であり、機装士としての師でもありました。単純な言い方をすれば上位互換です。なのでロイド隊長に声がかかる前には、まずラーグさんへ、となるのは当然で、実際にラーグさんは栄転が決まっていたそうです」


 ですがラーグさんは殉死なさいました、と副隊長は続けた。


「そこでラーグさんの後を埋めるように働いた結果、ロイド隊長は認められ、ヴァルガドの英雄と言われるまでに成り上がってきたのです。……その出世の前の目の上のたん瘤のような存在であった事は確かですが、ロイド隊長にとっては上司ですし、邪魔をしたとまでは言い過ぎでした」


 それについては謝りますと副隊長は告げたが、しかしラクトに対する厳しい目は変わらない。


「ですがあなたは違います。あなたは明確にロイド隊長の足を引っ張っている。昔のよしみからかロイド隊長はあなたの復讐についてはそれなりに手を貸していました。そのため、あなたがこの軍施設に足を運んだことも何度もあったでしょう。それについて、あまり良く思っていない者達がいたことを想像したことはありますか?」

「い、いや、それは……」

「無いでしょう。しかしそういった不満、軍を私物化しているのではないかという見られ方。それが上を目指そうとするロイド隊長にとってどれだけの障害だったか。それを取り除く為に私がどれだけ苦労して来たか。あなたには分からないでしょう」

「……」

「先日のジンガ討伐もそうです。結果的には勝利に終わり、ジンガ一党を倒すまで持っていく事ができたのは本当に良かったです。しかし、如何に明確な証拠と思えるものがあるとはいえ、軍という組織をあなたという個人からの情報を元に動かす事に、本当に問題が無いと思っていたのですか? 正しかった正しく無かったでは無いのです。組織を運用する際の話をしているのです。そのあなたからの横紙破りを正当化する為に、私がどれだけ苦労してきたか」


 それはラクトの行動がどれだけロイドに、副隊長に、そして軍に無理を強いて来たかという事だった。ラクトの想像していなかった、いや、想像するという発想すらなかった事が、今ラクトへの不満として叩きつけられている。


「いえ、私の苦労は良いのです。が、そういった苦労が必要になったという事実。それがそのまま、あなたがロイド隊長の足を引っ張ったという事になるのは分かりますね? 隊長は今、最高指導者である議長に目をかけられるところまで来ているのですよ? そんなロイド隊長の昔馴染みだからといって、その優しさに付け込み、軍を私物化しようとした。それがあなたなのですよ? 復讐だから、という理由でその全てを飲み込んできたロイド隊長に、まだ迷惑をかけるつもりなのですか!」

「そんな、つもりは……」

「”そんなつもり”? あなたに想像力が無いのか働かせるのをサボったのかは知りませんが、そんな言葉でこちらに強いて来た負担が全て許されると思っているのですか!?」

「いや……」

「更にヴァルガドの中に鬼が入ってきた? あの巨体を誇る鬼が? 警備する軍が誰も気づかなかったと? 随分と軍自体を馬鹿にしてくれますね」

「でも、本当に」

「これ以上あなたに、軍の私物化なんて許しません。許せる訳もない。――お引き取りを」

「でも、緊急事態で――」

「お引き取りを」


 まだ言い募ろうとするラクトの顔の前に片手を翳し、副隊長が話の終わりを示す。それを見てラクトに絡まれていた門番は安堵のため息をついていた。


「まあ情報は一応通報を受けたとは聞いておきますよ。ああ、君。一応記録をつけておいてくれ」

「ハッ。……善意な市民からの通報、という事でよろしいのですか?」

「妄想癖のある市民からの通報でもいいぞ?」

「笑わせないでください。それなら紙の無駄ですよ」


 ゲラゲラと笑いながら交わされる門番と副隊長の会話。それとラクトの間にガラガラと門が閉まっていき――。

 ラクトの言葉は、全く届かずに門によって閉ざされた。


***


 ギルドの地表都市ヴァルガド支部にいる受付嬢リンダは、先日に引き続き今日も上機嫌だった。

 何しろ自分が担当している問題児である”鬼狩り”ラクトが、その復讐を終えたという情報を聞いたからだ。あの常に不機嫌を振りまき、所構わず怒鳴りつけたり、そして鬼が関わらなければ仕事を引き受けてくれないあの偏屈もの。

 それが復讐を終えた。それはつまり、ずっと胃の痛みの原因となっていたラクトとはおさらばできるという事だった。いや、ラクトがギルドを辞めない限りまだ関係は続くのだろう。

 が、それでも復讐が絡まなければまだマシだろうし、実際彼の妹ララもリンダを気遣ってくれて、しばらくギルドの仕事を休むことやそれからどうするかはまだ考え中なのだと今日教えてくれたのだ。

 であれば悩みの種が無くなる可能性が高いというのは、リンダにとっては本当に本当にプラスの材料でしかなかった。


(……の、筈だったのに)


 リンダは今、目の前に座っているラクトを見て、自分の機嫌が数日振りに下降していっているのに気が付いていた。

 ラクト曰く、鬼がヴァルガドに入り込んでいて、復讐の為に暴れまわろうとしているのだとか。だからそれに対策するためにギルドから強制招集命令を出して云々。


(折角……復讐が終ったって聞いたから、期待してたのに)


 下降気味の機嫌。が、それは落ち込みという方向では無かった。むしろ不機嫌、や怒り。そう、リンダは今、明確にラクトに対して怒りを覚え始めていた。

 思えばそれは今になって溜まり始めたものではない。ラクトに出会ってからずっと溜まり続けていたものだ。

 それが復讐が終わりもういらなくなったものとして消え去ろうとしたもの。それがラクトの言葉により掘り起こされ――ついにはリンダ自身でも抑えきれない程に膨らんでいってしまった。


「ふざけないでっ!」


 ラクトの声を遮り、リンダは怒りの声と共にデスクを手で叩いていた。次の瞬間には”ああやっちゃった”という後悔も一瞬浮かんだが、しかし一度口から出てしまった不平不満は、リンダ自身にも制御できずに迸っていく。


「いつもいつも自分だけが一番不幸みたいな顔しちゃって周りの人間に気を使わせてばっかりで。それでいて腕だけは良いもんだから好き勝手に仕事ばっかりやって、ギルドの事なんか考えもしない。いつまでもいつまでも我儘ばっかり押し通して、随分なご身分で!」

「……えっ……」


 ラクトが目を白黒させているが、知ったものか、とばかりにリンダは激情をばら撒いていく。


「それでも親を殺されて辛かったね、復讐を手伝ってあげようね、それまでの辛抱だよねって皆が優しくしたので図に乗っちゃった? ヴァルガドにあのおっきな鬼が入り込んだ? 本気で言ってるの? 本気で誰かがそれを信じてくれると思ってたの? ふざけないで、誰もがいつもあなたの嘘に騙されてあげるなんて、思わないでよ!」

「いや、嘘じゃ――」

「何? 復讐が終ったら特別扱いされなくなるのが怖くなったの? よしよししてほしいの? ご機嫌取りでもしてほしいの? なんで復讐が終ってギルドを辞めるかもしれないあんたに優しくしなくちゃいけないのよ、こっちを舐めないでよ、大人を、社会を舐めないでよ!」

「いや、でも鬼が攻めて来るのは本当で、」

「まだ言うの? 鬼って言えば誰も彼もが信じてくれると思ってたの? こっちの身にもなってよ、ずっとずっとあんたの機嫌が悪くなるのを怖がってビクビクして。それなのにあなたを怒らせたらこっちが悪いって言われて上司に怒られて。何よ、あたしが悪いって言うの? そんなに私が悪いの? あんたが悪いに決まってるでしょ、一番悪いのはあんたよ、自分が世界の中心で自分の言う事には皆が従うと思ってる、あんたが一番悪いにきまってるでしょ!」


 もはやリンダも自分が何を口走っているのかが分からなくなってきた。最初はラクトを批判していた気がする。だが理屈ではなく感情だけが言葉になり、既に思考もグチャグチャだ。

 鼻の奥がツンとなり、眼の端に涙が浮かんで大きくなってくる。


「――嫌い」


 次第に大きくなり、ポロポロと目の端から涙が流れ落ちるのを感じながら、リンダは言葉を止められなかった。


「嫌い、嫌い、嫌い。――あんたなんか、大っ嫌い!」


 言った直後、ついに耐えきれずにしゃくり上げる。社会人として、大人として、やってはいけない一線を越えている気がするも、もうどうにも止まらない――。

 そんな子供のように泣くリンダを、近くにいたちょっと年かさの女の先輩が寄ってきて抱きしめてくれる。それだけでリンダは優しさを感じてますます涙が溢れてくる。


「――帰りなさい」


 リンダを抱きしめてくれた先輩は、硬直するラクトに向かって厳しい目を向けると静かに言った。


「で、でも――」

「帰りなさい、と言いましたよ? 周囲の目も見なさい。あなたの日ごろの行いの結果です」


 確かにもう、このやりとりはギルド中の目線を集めていた。だがそれは、仕事中に感情的になったリンダに向けられたものではない。それを引き出してしまった、やらせてしまったラクトの身に非難の視線が集中していく。


「あ、あ、あぁぁぁああ……」


 そこから先は、ラクトも何も言葉を発する事もできず。ただ逃げるようにその場を去っていく彼の後姿を見て、リンダはわずかに留飲を下げた。


***


 ギルドから逃げ出した後。ラクトは自分がどう歩いたのかなど覚えていないが、気が付けばゴードンの工場近くに来ていた。いつもの通い慣れた道だから、身体が覚えていたのかもしれない。

 工場の中を覗いてみれば、いつもの狐目の営業マンと話し、ゴードンが段ボールを受け取っている所だった。営業マンの方が先にこちらに気づき、ゴードンに頭を下げる。それでゴードンもラクトに気づいたようだった。

 お暇をする狐目の営業マンと入れ替わるようにラクトは工場の中に入っていく。トボトボとでも評されそうなその歩きに、ゴードンが少し目を見開いた。


「どうした? まぁとりあえず座れ」


 言いながらゴードンはカッターを取り出して段ボールの蓋を開けていた。その作業を続けながら話は聞いてくれるらしい、と理解したラクトは示された椅子にドスンと勢いよく座り込んだ。想定外に疲れていたらしい、と自分でも思った。体力的ではなく、精神的なものである。

 そのままラクトから何かを言いださないと、ゴードンはいつまでも段ボールの方をいじり、中から何かを取り出しているようだったので、ラクトは仕方なく自分から声を出す。


「あの、AX1だけど……」

「ああ? 必要になったのか?」

「直せるかな……明日までに」

「明日ぁ!?」


 そこで初めてゴードンが素っ頓狂な声を上げてラクトの方を見て来た。


「あそこまで壊れてると、修理するというよりも作り直しに近いぞ? それでもありゃワシが0から作ったから、直せん事はないが、どうしても部品も素材も足りん。今から注文したところで、どんなにうまくいったって、一週間以上はかかるぞ。材料を集めるだけでだ」

「そう、か……」


 分かっていた現実を突きつけられ、ラクトは肩を落とす。その暗い顔を見て、さすがにゴードンの方から聞いてきた。


「なんだ、何があった? やけに暗いじゃねぇか」


 問われて。ラクトはポツポツと語り出した。


 悩んでた事はまだ全然解決していない事。

 鬼に会い、ヴァルガドが危ないという事。

 イーシャの反応が訳が分からなかった事。

 軍施設で副隊長に責められた事。

 ギルドでリンダに怒られ、皆から非難の目線で見られた事。


 ゴードンはそれを、段ボールから出した何かの部品を確認しながら聞いていた。


「どうしてこんな事になってるんだ……どうすりゃいいんだよ。どうして誰も話すら聞いてくれねぇんだよ……」


 頭を抱えるラクトに、話を聞いたゴードンは事も無げに答えた。


「これからどうすべきかは知らんがな。どうしてこうなったかは一目瞭然だろ」

「え?」

「お前がこれまでやってきた事の結果だよ」


 手にした部品を角度を変えて眺めながら、ゴードンは続けた。


「復讐自体は別に良い。けど、その為のその他の事をないがしろにしすぎるなって言って来ただろ? それのしっぺ返しが来ただけだ。何も不思議な事じゃない」

「しっぺ返し……」

「そうだろうが。あたりにあんなにどなり散らしてたんだ。そんなお前を周囲が信頼、信用したりする訳ないだろ? それでもこれまでギルドと軍が協力してきてくれたのは、そんなお前にもたった一つだけ信じられるところがあったからだ」

「信じられるところ……なんだ?」

「決まってるだろ。復讐だろうが」


 ラクトが父の仇を追っている事を疑っている者は無く。ラクトがそのために力をつけていっている事について疑っているものは居ない。

 誰もが見て来たから。ラクトがどれほどの努力をしながら、鬼を討って来たか。それが故に”鬼狩り”などと言われているのだから。


「お前の行動も復讐の為のあれこれだから、といって納得せずとも理解はしてきたんだ。が、その復讐が終って無くなったらお前に何が残る? ……信用も、信頼も、元々なかったんだ。何も残る訳がねぇ」

「そんな……」

「そんな信用信頼の無いお前が、ヴァルガドに鬼が入り込んだ、なんて荒唐無稽な事を言う。これがロイドあたりの言う事だったらまだ信じられたのかもしれんが……お前さんが言っても信じてもらえる訳が無い。プラマイゼロどころか、マイナスな所にいるんだからな、お前は」


 そのあまりの言い様に、ラクトは更に落ち込む事になった。反論すらできない事に、更に自分の異常さを突きつけられるようで、心がキリキリと音を立てて締め付けられるようだった。


「緊急事態なんだから、自分の話を聞いてもらっても良い筈だ? それを否定されるなんておかしい? おかしい事なんて一つもあるもんか。これはお前が積み上げて来た世界の必然でしかないだろうが」

「でも、このままじゃ町が……ヴァルガドが……」

「ああ、確かにやべぇな。でもまぁ、逃げちまえば良いんじゃねぇの?」

「逃げるっ!?」


 想像もしていなかった言葉を聞いて、ラクトが顔を跳ね上げる。ゴードンは手の中の部品から少しだけ視線を上げてラクトの目を見て来た。


「ああ。いつも移動に使ってるトレーラー。あれに機材とか、ワシら四人。それとお前たちの母親か? くらいを載せて逃げちまえばワシらだけは助かるだろうが。鬼達は識別できないから、お前がいようがいまいが分からないんだろ? どうせ鬼の情報ネットワークなんて大した事はねぇ。どっか遠くに逃げたら、命だけは助かるだろうさ」

「で、でも、他の皆は……」

「そりゃ、死ぬだろうな」


 あっさりと言うゴードンにラクトは言葉を失う。「けどそれがお前の望みだろう?」とゴードンは事も無げに続けた。


「ワシはここ何年もお前を見てきたがな。復讐以外で大切にしてるなんて、それくらいだったろ? それ以外の事を大切だなんて思ってるのを見た覚えが無い。復讐するのは良いが、それ以外のものを切り捨てすぎるな、ってワシは何回も言ったが、結局無視したのがお前だろうが。それは、今言った周りにいる数人以外はどうなってもいいって思ってたってことじゃないのか?」

「ち、違う。俺はそんな事思ってなんか――」

「内心はどうか知らんが、やって来たことはそういう事だろうが。だったら今見捨ててワシらだけ逃げて何が問題だ? 何が違う? ……お前は一体、何をどうしたいんだ?」


 言われて。

 ラクトは頭を抱え込んだ。正論とは呼びたくない。だが、自分のこれまでやってきたことを突きつけられるかのような言葉に、何も反論できなくて。


 そうだ。確かにラクトはこれまで、復讐だけを目的として生きて来た。そしてその為にはそれ以外を切り捨てても問題ないと言って来た。


(……本当に、そうだったのか?)


 ラクトは自分が切り捨てたものを思う。今日歩いてみたヴァルガドの町。これを本当に切り捨てたのか? 切り捨てて良かったのか?

 そういう自問がラクトを襲う。


「良い訳が……無い。俺は…………俺は……」


 周囲の仲間。家族。それらは当然守りたかった。しかしではそれ以外の人間を守りたくなかったのか、というとそれは違う。

 自分は、ラクトは、本当は。

 何を守りたくて復讐をした?


「俺は……俺は…………大馬鹿者だ――――」


 頭を抱え、ラクトは自分の目から大粒の涙がこぼれるのを止められない。

 しばし、ラクトの慟哭がゴードンの工場を揺らした。


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