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006話『隠された歯車』

・(2025.11.02)大幅な加筆修正を行いました。


 [ グラニアム地方 ~ 南端の旅籠屋『祈月の轍 亭』 ]


「二人分の保存食を……そうだな、取り合えず三日分だけいただこうか。

 あまり荷物が嵩張り過ぎて速度が出なくなっては本末転倒だからな」



「まいどあり! 鞍と併せて直ぐに用意させますんで馬舎で待っていてください」


 陽光が垂直より降り注ぐ時刻まで休息を採っていたサダューインとラキリエルは旅籠屋(はたごや)の一階で営業している食堂兼酒場で数日分の食糧と補助用の鞍(サイドサドル)を購入することにした。


 地方と地方を跨ぐ商人や冒険者の往来が活発だからこそ、旅の必需品ともいえる品々を自然と取り揃えるようになって久しく、旅籠屋(はたごや)にとって宿泊費以外の重要な収入源となっているという。



「ありがとう。これは代金と……ほんの気持ちだよ」



「……ッ! こ、こんなに!」



「くれぐれも、俺達が此処を訪れたことは他の者に漏らさないように願いたい」


 必要な物資を買い揃え、その代価と手当……にしては少々、大袈裟な金額を手渡してやった。言うまでもなく口封じも兼ねているのだろう。

 早朝に訪れた時と同じ詮索好きな従業員は、こくこく と何度も首を縦に振ることしか出来なくなってしまっていた。




「待たせたね。購入した荷をリジルに……俺の黒馬に積み次第、此処を発つ」


 入口の扉を開けて建物の外に出ると、既に支度を整えて待っていたラキリエルが一人で佇みながら何処か遠くの方角を静かに見据えていた。



「察するに、亡くなった君の従者のことを考えていたのかな?」



「サダューイン様! ……はい、その通りです。

 わたくし達が襲撃を受けた場所は、どちらの方角になるのでしょうか」



「エルディア地方のエペ街道だから……こっちかな」


 現在の位置より南南東を示してみせると、ラキリエルは静かに頭を下げてお礼の言葉を述べてから、その方角へと向き直り掌を重ねて相掌した。



「我が従者にして海底都市の勇ましき衛兵ツェルナー……。

 これまで本当に……本当に、感謝いたします。

 貴方の導きがなければ、わたくしは此処まで来れなかったことでしょう」


 目を瞑り、能う限りの本心を賭して亡き従者へ哀悼の意を表する。

 昨晩行った略式の祈りではなく正式な作法に乗っ取った所作であった。


 厳しい逃亡生活の中、離れた土地で暮らすエデルギウス家に亡命を願い出て、段取りを整えられたのも全て彼の類稀なる手腕と献身あってこそのものなのだ。

 海底都市より共に脱した最後の同胞であり恩人に、長い祈りを捧げた。



「…………」


 そんな彼女の様子をサダューインは只管 黙って見守り続けた。

 きっと従者達と共に過ごした時間を思い返しながら死した肉体より魂が真っ当に巡っていくことを祈り続けている最中なのだろう。


 本心を言えば一刻も早くヴィートボルグへ向けて出発したいところであったが、さりとて傷付いた心を懸命に整理しようとする彼女の行動を阻めるほど、彼は冷血漢ではなかった。

 

 暫くしてラキリエルは相掌を時、目を開いて力無く項垂れた。



「申し訳ございません、随分と時間を掛けてしまいました」



「いいや、どうか気にせず心往くまで労ってあげるといい。

 従者への別れは決して疎かにするべきではないからね……」


 そう口にするサダューインの表情も何処か湿ったものを感じた。

 或いは彼も過去に大切な従者や部下を喪った経験があるのだろう。



「ありがとうございます。

 ……ただ、これで わたくしは本当にひとりぼっちになってしまったのですね」


 整理を付けた筈なのに、ラキリエルは一挙に悲しみの面貌に支配され掛けた。

 久しぶりにゆっくりと睡眠を採って心身ともに落ち着いたからこそ、改めて現状が重く伸し掛かってきたのだろう。



「……これからは彼に代わって俺達が君を守り抜く。

 その悲しみに伏した顔も、瞳に浮かべた涙も、この掌で必ず払ってみせよう」


 そっと彼女の目元に左掌を伸ばし、零れかけた涙を拭ってみせる。

 そのまま左腕で包み込むようにして、ラキリエルを抱き締めた。



「うぅ……サダューイン様……」


 彼から伝わる真摯な想いと熱い体温によって、またしてもラキリエルの心は凍り付く寸前で留まることが適った。

 最早、何の躊躇や疑いもなく、その逞しき左腕に包まれながら彼女はエペ街道で死した従者に向けて別れの言葉を紡ぎ出す。



「今までありがとう、ツェルナー……そして さようなら。

 わたくしは新たな路を、この脚で歩き続けてみせます。

 ですから、どうか貴方の魂も新たな路へと赴けますように……」


 そうして彼女達は、城塞都市ヴィートボルグへ向けて静かにノールエペ街道を進み始めたのであった。






 [ エルディア地方 ~ 港湾都市エーデルダリア テルペス宮殿 ]


 エーデルダリアの行政の中枢を担うテルペス宮殿は、グレミィル半島が旧イングレス王国に属していたころから現存する建物であり、元々は王族の別荘として建てられた経緯を持つ。

 同じくラナリア皇国の属領となったトネリスナ帝国(現トネリスナ領)と国交が盛んであった時代に、帝国の誇る優雅で開放的な様式を取り入れた歴史ある建築物であった。


 船舶に積まれて国内外から流入する人や荷物に情報の管轄のみならず、市民の声や、周辺地域から流れてきた炙れ者の処理に至るまで幅広く対応する。

 また冒険者統括機構(マスカラード)傘下の各冒険者ギルドや職人組合、各宗教組織との交渉や協議の場としても、このテルペス宮殿が重要な役割を果たしていた。



 文字通り、港湾都市の頭脳であり心臓。


 都市の規模からしてエルディア地方の顔であることは必然であり、地方全域に多大な影響力を及ぼしているのである。

 そんなテルペス宮殿の敷地内の最奥には、専用の中庭を備えた一際 豪奢な部屋が存在し、歴代の市長を務めた人物達の執務室となっていた。




 [ エルディア地方 ~ 港湾都市エーデルダリア テルペス宮殿の執務室 ]


「あの小娘がァ! 言いたい放題に言いおって!!!」


 市長を務めるセオドラ卿こと、バルゲルク・セオドラ子爵は激昂していた。

 原因はつい先刻、来訪したハーフエルフの若き大領主……ノイシュリーベとの対談である。



「自分達が討伐した連中の死体の処理を押し付けてきただけでなく、

 市勢を行き交う住人層に不自然な偏りが見られるだの、いちいち煩いわい」


 対談により溜まった鬱憤を晴らそうと、何度も執務机を叩きながら怒鳴り散らす有様を垣間見せる。

 彼は齢にして五十を過ぎており、贅沢な暮らしを経て肥え太った肉体は正に醜体と言って差し支えないだろう……。



「しかも、儂と場末の冒険者共が繋がっていることを探るかのような口振り……。

 勘の鋭さはベルナルドのクソ野郎譲りだな! まったくもって忌々しい!」



「まあ、貴殿が裏を糸を引いているのは紛れもない事実ですからな。

 ……そう言えば先代の大領主ベルナルド殿とは何かと確執があったそうですね」


 執務室に設けられた窓扉の外、バルコニーより男性と思しき者の声が響く。

 セオドラ卿とは対照的に至極 落ち着いた様子で、口調は冷淡であった。


 どうやら彼はノイシュリーベとセオドラ卿が対談している間も近くに控えてらしく、彼女に目撃されることを避けるために意図的に隠れていたようだ。



「確か貴殿も、彼も、元々はこの半島で領地を持つ貴族家の出身だったとか。

 しかも貴殿の御父上は先々代の大領主として勤めておられたのでしたっけ?」



「……よくご存じですなぁ。

 流石は"水爵"として名を馳せるボルトディクス公爵閣下のお墨付き。

 我々、グレミィルの『人の民』の事情も全て筒抜けというわけだ」


 苛立ちを露わとしつつも、客人を遇する最低限の節度を保ちながら返答する。

 バルゲルク・セオドラは腐っても為政者。長年に渡りエーデルダリアの市町として振舞って来れたのは、ただ家柄に恵まれていただけではない。



「然様、我がセオドラ家は代々に渡り大領主の座にあった誉れ高き家系!

 対してあの小娘の父親……ベルナルドの生家であるエデルギウス家は

 グラニアム地方に矮小な領地を持つだけの、男爵家に過ぎなかった……」


 グレミィル半島が旧イングレス王国の一部であった時代から、半島の中央に位置する城塞都市ヴィートボルグは統治を行うための中枢であり、大領主に封じられていたセオドラ"伯爵"家が代々に渡り君臨していたのである。



「だというのに! ベルナルドめは戦に乗じた(こす)い立ち振る舞いを続けて

 王族達に取り入り、南域防衛軍の総司令の座を簒奪しおったのです。

 そして終戦後は特例の昇爵を果たした挙句、我がセオドラ家を蹴落として

 グレミィル半島の統治者に抜擢されおった卑しい男ですわい!」



「(逆恨みもいい所だな……まあ、この男にとっては さぞ屈辱だったのだろう)」


 バルコニーに佇む男性は率直な所感を懐くも口には出さず。

 これ以上セオドラ卿を激昂させて血管が破裂しないよう言葉を選ぶことにした。




「それはそれは、貴殿の憤りは察して余りある。

 地位と領地の大部分は奪われ、爵位でも並ばれてしまったというわけですな」



「ぐぬぬぅぅ……」


 実際には、ラナリア皇国陸軍が侵攻してきた際に誰一人として南域防衛軍の司令官に就こうとする者が存在せず、高位の貴族達はこぞって王命を辞退した。

 見かねたベルナルドが自主的に最前線で指揮を執るようになり、自然と彼の下に数多くの騎士や兵士が集結したがために実質的な総司令官に祭り上げられたのだ。


 そうして彼は現地の兵や国民達を鼓舞して回り、有力な傭兵が居れば持前の人徳と交渉術で自軍に招き入れ、あらゆる手を駆使しながら文字通り自ら血を流して槍を振るい続けたことにより生ける伝説の英雄へと昇華されていったのである。



 対して当時のバルゲルク・セオドラと、その父親である先々代のグレミィル半島の大領主は早々にヴィートボルグを見限り、旧イングレス王国の首都ゲヘンナムにある別邸へと避難してしまっていた。


 終戦後にその責を問われ、セオドラ家は伯爵から子爵へと降格。

 更にグラニアム地方の領地と大領主の座も取り上げられてしまったのである。

 辛うじて港湾都市一帯を含むエルディア地方の領地だけは保守したので、現在ではエーデルダリアの市町として振舞いながら生家の存続を図っている。



 とはいえ当時はグラナーシュ大森林に棲息する『森の民』との軋轢が最高潮に達していた時期でもあり、南方から攻め立てるラナリア皇国陸軍を相手にしている最中に背後から『森の民』に襲われないとも限らない状況。

 なれば、この地を見限って逃げ出したというのも、褒められた話ではないが同情の余地くらいはあるのかもしれない……。




「そして英雄ベルナルドが病に倒れた後も、貴方達が日の目を見ることはなく

 臣下や民の支持を得たノイシュリーベ殿が新たな大領主となった……と」



「よりにもよってベルナルドの子供……しかも薄汚い亜人の血を引く小娘なんぞに 上から指図されることになるなど末代までの恥!!

 今の地位を甘んじて受け入れたままでは、セオドラ家の面目が立たんのです」


 彼より上の世代にとって『森の民』は忌むべき害獣に等しい存在であった。

 故に『森の民』の一角であるエルフ種を母に持ち、その容姿を色濃く継いだノイシュリーベに対しても拭いきれぬ嫌悪感を懐いているのである。


 二重三重に積み重なった怨嗟によりバルゲルク・セオドラの憤りは計り知れない位階にまで達しており、そのことを鑑みれば先刻の対談が表向きは平穏に済まされたことは小さな奇跡と呼んでしまっても、そう大袈裟ではないのかもしれない。

 



「……いずれにせよ、斯様な確執があるのでしたら

 貴殿が悪漢達を雇って極秘裏に使役していることを彼女に看破されてしまうと

 それなり以上に拙いことになりそうですね」


 バルコニーに立つ男性が溜息交じりに零す。

 若輩者とはいえノイシュリーベとて馬鹿ではない。セオドラ卿側の立場や感情の一端くらいは察しているだろうから、少なからず警戒や疑念は懐いているだろう。


 仮にセオドラ卿が悪漢達を使役して街道を封鎖してまで亡命者を捕えようとしていたことの確たる証拠を掴まれた日には、彼が成そうとしていたことの全容が明るみとなり、結果として謀反の疑いを掛けられるかもしれない。

 そうなれば芋蔓式にセオドラ卿と繋がっている"水爵"にも飛び火し兼ねない。



「場合によっては"水爵"様の計画にも支障が生じる危険性があります。

 私共としては、それが最も手痛い懸念事項だ」



「ぬぅぅ……儂の昇爵と、セオドラ家が大領主の座に返り咲くためにも

 ボルトディクス公爵閣下の計画成就は必須。そのために彼と手を組んだのだ!」


 再びセオドラ卿が拳を握り締めて振り上げる。そして執務机に向けて叩き付ける寸前にて何かを思い付いたのか、はっとした表情を浮かべたまま硬直した。



「ならば、こんなところでじたばたせずに直ちに手を打っておかねば!

 奴がエーデルダリアを離れる前に仕掛ければ間に合いましょうな。

 ……少しばかり席を外させていただきますぞ」


 そう言い残しながら椅子から立ち上がって執務室より飛び出すと、ドスドスと重い足音を鳴り響かせながら何処かへと出歩いていってしまった。




「やれやれ、醜悪な俗物というのは実に見るに堪えないな」


 一人、取り残された男性が再び溜息を吐く。



「巫女様がハルモレシアから持ち出された秘宝……『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』を

 一刻も早く"水爵"様にお届けしなければならないというのに。

 この分では、(しばら)くあの俗物と顔を合わせ続けることになりそうだ」


 主人の去った執務室へ向けて、厳しい目を向けながら(うそぶ)いた。


 セオドラ卿の頭脳で何を思い付いたのかは定かではないが、彼が有効な手立てを即座に打てるような器量を持ち合わせているとは思えない。

 逆に虎の尾を踏む結果を招く恐れもあり、そうなればセオドラ卿の尻拭いを受け持つ羽目になるだろう。



「……あの街道での乱戦の最中、巫女様が自信の肉体に取り込んだ『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』を分離して

 救援に駆け付けた騎士達を『灰煙(ワールドエクリプス)』から救うために使用して下さっていれば

 今頃は容易に奪取して、晴れて"水爵"様の元に帰還していたのだがな」


 しかし、その目論見は見事に外れてしまった。


 "灰煙卿"グプタの大魔術(グランドスペル)……その気になれば町一つを壊死させ得るほどの業を防ぐ手管と判断力をノイシュリーベが持ち合わせていたからである。

 尤も、それ以前の問題として巫女であるラキリエルの身柄は大領主の弟であるサダューインが鮮やかに連れ去ってしまっていたのだが。



「エデルギウス家のノイシュリーベと、その弟 サダューイン。

 私としたことが聊か以上に過小評価をし過ぎていたということか」

 

 背後を振り向き、港湾都市の潮騒と海風を苦々しく眺める客人の男性は、角眼鏡の淵を くいっと()で押し上げてから今後の予定を再検討し始める。



「巫女様……ラキリエルが、もし城塞都市ヴィートボルグに入ったとしたら

 『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』を奪う機会は各段に減少する。

 先に各都市の住民達を結晶化させることを優先した方が良いのかもしれないな」


 そんな彼の井出立ちは、薄い黄金色の髪を後梳(オールバックで纏めた几帳面そうな青年……即ち、悪漢達に真っ先に殺害された筈の従者ツェルナーであった。


 ただし現在の彼は、ラキリエルの従者として振舞っていた時のような白と紺を基調とした衣装ではなかった。

 むしろ、彼女の故郷を亡ぼした側であるラナリア皇国海洋軍の軍服を着用していたのである……。






【Result】

挿絵(By みてみん)

・第6話を読んで下さり、ありがとうございました。

 従者ツェルナーの再登場ということで彼と、彼の裏に控える人物の暗躍ぶりにご期待いただければ幸いです。

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