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006話『隠された歯車』

 エーデルダリアの中枢、テルペス宮殿は半島が旧イングレス王国に属していたころから現存する施設であり、元々は王族の別荘として建てられた経緯を持つ。

 同じくラナリア皇国の属領となったトネリスナ帝国(現トネリスナ領)と国交が盛んであった時代に、彼の国の優雅で開放的な様式を取り入れた歴史ある建築物であった。


 船舶に積まれて国内外から流入する人や荷物、情報の管轄。市民の声や、周辺地域から流れてきた炙れ者の処理に至るまで幅広く対応する、文字通り港湾都市の頭脳であり心臓といえるだろう。

 また都市の規模からしてエルディア地方全域を管轄する役割をも担っている。


 そんなテルペス宮殿の敷地内の最奥には、専用の中庭を備えた一際 豪奢な部屋があり歴代の市長を務めた人物達の執務室となっていた。




「あの小娘がァ! 言いたい放題に言いおって!!!」


 市長を務めるセオドラ卿こと、バルゲルク・セオドラ子爵は激昂していた。

原因はつい先刻、来訪したハーフエルフの若き大領主……ノイシュリーベとの対談である。



「自分達が討伐した連中の死体の処理を押し付けてきただけでなく、市勢を行き交う住人層に偏りが見られるだの、いちいち煩いわい。


 しかも、あの連中と儂が繋がっていたことを探るかのような口振り……。

 勘の鋭さはベルナルドのクソ野郎譲りだな! まったくもって忌々しい!」


 齢にして五十を過ぎ、近年の贅沢な暮らしを経て肥え太った醜体をぶるぶると揺らしながら怒鳴り散らす。何度も執務机を叩くことで溜まった鬱憤を晴らしていた。



「……貴殿と先代の大領主ベルナルド殿は何かと確執があったそうですね」


 執務室に設けられたバルコニーから男性と思しき者の声が響く。

 どうやらノイシュリーベとの対談の間、彼女の目から避けるべく意図的に隠れていたようだ。



「確か貴殿も、彼も、元々はこの半島で領地を持つ貴族家の出身で、

 特に貴殿の御父上は先々代の大領主としてヴィートボルグに勤めていたのだとか?」



「……よくご存じですなぁ、流石は"水爵"として名を馳せるボルトディクス閣下のお墨付き。我々、グレミィルの『人の民』の事情も全て筒抜けというわけだ」


 苛立ちを露わとしつつも、客人を遇する最低限の節度を保てている辺り、バルゲルク・セオドラもまた曲がりなりにも為政者として、長年に渡って振舞ってきた経歴があるといえる。



「然様、あの小娘の父親……ベルナルドはグラニアム地方に矮小な領地を持つに過ぎぬエデルギウス家の出身。

 対して儂は、昔から半島を治めてきたセオドラ家の正統なる当主でありますからな」


 グレミィル半島が旧イングレス王国の一部であった時代から、半島の中央に位置する城塞都市ヴィートボルグは統治のための中枢を担っており、大領主に封じられていたセオドラ"伯爵"家が代々に渡り君臨していたのである。



「だというのに! ベルナルドめは戦に乗じた狡い立ち振る舞いを続けて王族達に取り入り南域防衛軍の総司令の座を簒奪したばかりか、特例の昇爵を果たした挙句、終戦後はグレミィルの統治者として抜擢されおった卑しい男ですわい!」



「ははぁ、ものの見事に立場が逆転してしまったのですね。それはそれは……貴殿の憤りは、察して余りある」


 客人の男性が適当に相槌を入れつつ、言葉を返す。


 実際のところは、かつてラナリア皇国陸軍が侵攻してきた際に、一介の騎士であったベルナルドは自ら申し出て最前線で指揮を執り続け、時には現地の兵や国民達を鼓舞して回り、有力な傭兵が居れば持前の人徳と交渉術で自軍に招き入れる等、あらゆる手を駆使した上で、文字通りに自ら血を流して槍を振るい続けた生粋の英雄であった。


 対して当時のバルゲルクと、その父親である先々代のグレミィル半島の大領主は早々にヴィートボルグを見限り、旧イングレス王国の首都ゲヘンナムにある別邸へと避難してしまっていたのだ。

 その責を問われてセオドラ家は伯爵から子爵へと降格。更に幾らかの領地と大領主の座も取り上げられてしまった。


 尤も、当時はグラナーシュ大森林に棲息する『森の民』との軋轢が激しく、

南方から攻め立てるラナリア皇国陸軍を相手にしている最中に背後から襲われないとは限らない状況。

 であれば、この地を見限って逃げ出したというのも、褒められた話ではないが同情の余地くらいはあるだろう。



「よりにもよってベルナルドの子供……しかも薄汚い亜人の血を引く小娘なんぞに上から指図されることになるなど末代までの恥!

 今の地位を甘んじて受け入れたままではセオドラ家の面目が立たんのです」


 バルゲルク・セオドラや、彼より上の世代にとって『森の民』は忌むべき害獣に等しい存在であった。

 故に『森の民』の一角であるエルフ種を母に持ち、その容姿を色濃く継いだノイシュリーベに対しても拭いきれぬ嫌悪感を懐いているのである。



「いずれにせよ貴殿が悪漢達を雇って使役していることを彼女に看破されると少々、拙いことになりそうですね。

 場合によっては"水爵"様の計画に支障が生じる可能性もある」



「ぬぅぅ……そうなれば儂の出世とセオドラ家再盛の芽も潰えてしまいますな。

 ならば、ただちに手を打っておかねば! 少しばかり席を外させていただきますぞ」


 そう言い残し、バルゲルク・セオドラは椅子から立ち上がって執務室を後にして何処かへと出歩いていった。




「やれやれ、醜悪な俗物というのは実に見るに堪えないな。

 巫女様がハルモレシアから持ち出された『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』を一刻も早く"水爵"様にお届けしなければならないというのに。

 (しばら)くはあの俗物と顔を合わせ続けることになりそうだ」


 主人の去った執務室へ向けて、厳しい目を向けながら嘯く。



「……あの街道での乱戦の最中、巫女様が自信の肉体に取り込んだ『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』を分離して

 救援に駆け付けた騎士達を『灰煙』から救うために使おうとしてくれていたのなら容易に奪取できたのだがな」


 しかし、その目論見は見事に外れてしまった。"灰煙卿"グプタの大魔術……その気になれば町一つを壊死させ得るほどの業を防ぐ手管と判断力をノイシュリーベが持ち合わせていたからである。

 更にそれ以前の問題として、巫女であるラキリエルの身柄は大領主の弟と思しき者が鮮やかに連れ去ってしまっていた。



「エデルギウス家のノイシュリーベと、その弟サダューイン……聊か過小評価が過ぎたということか」

 

 バルコニーに居座ったまま港湾都市の潮騒へ溜息と愚痴を溶け込ませる客人の男性は、角眼鏡を くいっと掌で押し上げてから今後の予定の修正を勘案し始める。

 そんな彼の井出立ちは、薄い黄金色の髪をオールバックで纏めた青年……なんと悪漢達に真っ先に殺害された筈の従者、ツェルナーであった。


 ただし、ラキリエルの護衛を担っていた時に身に纏っていた白と紺を基調とした海底都市の衛兵の衣装ではなく、故郷の仇であるラナリア皇国海洋軍で採用されている、暗い紺色の軍服を着用していた――


・第6話を読んで下さり、ありがとうございました。

 従者ツェルナーの再登場ということで彼と、彼の裏に控える人物の暗躍ぶりにご期待いただければ幸いです。


・さて、知名度も実績も持ち合わせていない私の小説をここまで拝読していただけるというのは、本当に望外の喜びであり投稿を続ける上での大きな励みとなっております。

 皆様の貴重な日々のお時間を割いて読んで下さるに値する作品に仕上がるよう、誠意努力いたしますのでこれからも是非よろしくお願いいたします!

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