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019話『プリンシパルキャスト』(4)


「経緯は分かったわ。……想像していた以上に壮絶な旅路だったのね。

 あの時、エペ街道で悪漢達に囲まれていた時に間に合って本当に良かったわ」


 心の底より安堵した表情と言葉を向けると、次いでノイシュリーベは机の上に置かれた黄金の宝珠へと視線を落とした。



「そして貴方をそこまで執拗に付け狙う理由となった『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』とは

 一体どういう代物なのかしら?

 ……物凄い魔力を内包するだけでも、十分な理由にはなるのでしょうけど」



「わたくしも全て理解しているわけではないのですが、

 これは海神龍ハルモアラァト様の存在核と伝えられています。

 ハルモアラァト様そのものであり、魔力と権能を粒子に変換した圧縮帯。

 太古の時代より海底都市の維持のために用いられてきました」


 この地上世界に於いて、神々と呼ばれし存在達は遥か太古の時代にその大半を斬獲され尽くした。僅かに生き延びた者は地の底へと追いやられて、息を潜めて震えながら現存していると云う。


 つまり"(トーラー)"が管轄する現代に於いて神々とは、進化(アップデート)を繰り返したヒトからすれば遥かに能力が劣る、無価値な過去の遺物と化しているのである。


 故にヒトは神々を崇めることを止めて久しく、その存在自体を忘れていった。

 己より劣る者達に縋らなければならない道理など、残されている筈もない。


 にも関わらず、ラキリエルが託された海神龍ハルモアラァトの存在核が内包する魔力量は現代の基準で見ても破格と云えるほど凄まじいものであった。



「成程、今は宝珠のような形状に圧縮させているけども本質は粒子……。

 海底で拡散すれば都市規模の拠点になるし、貴方の体内に潜ませておけば

 その存在を知らない限りは誰にも気付かれずに持ち運べるということね」


 『妖精眼』の機能を最大限に活用して『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』の検分を行いつつ、ラキリエルの言動から秘宝の本質を類推しようとした。



「はい、ですがこの秘宝は誰にでも扱える代物ではありません」



「ハルモアラァト……殿に所縁のある者に限定されるということかしら?」


 精霊ならばともかく、神々のような下賤な存在に対してまで敬称を付けるべきかどうか一瞬 迷ったものの、少なくとも客人が奉じてきた存在である以上は、それに倣うべきだと弁えた。


 ノイシュリーベの疑問に対してラキリエルは首を縦に振って応じ、少しばかり表情を強張らせた。



「わたくし達はハルモアラァト様の遠い眷属……深海の竜の民でございます。

 尤も、今となっては竜の民であった、と云うべきかもしれませんけども」



「まだ貴方が生き残っているわ。

 辛いでしょうけど、これからの生活の中で子孫を残していくという道もある」



「はい……貴家の温情と庇護を賜り、精一杯 生きていきたいと思います。

 民の復興を目指すかどうかは、その時になってみないとわかりませんが……」


 無意識のうちに、ラキリエルは肩に添えられていたサダューインの大きな掌に自らの掌を重ねて握り締めていた。

 為政者の庇護を受けるにしても、故郷を失いただ一人生き残ってしまったことに変わりなく、不安と罪悪感から何かに縋りたくなってしまうのだろう。



「(ふーん……そういうこと。相変わらずね)」


 ラキリエルの心情を察しつつも彼女が無意識に縋りたいと欲した相手……サダューインに向けて、ノイシュリーベはより厳しい視線を傾けた。

 そんな突き刺すような眼光を柳の如く受け流がしつつ、当の本人が口を開く。



「秘宝の使用に制限があるとはいえ、聞けば聞くほど大層な代物だ。

 アルドナ内海の深海は、少なくとも五百メッテ以上は降ると云われている。

 そんな場所で生活してこれたとは、改めて凄まじいものだと実感するよ」



「海底に生活圏を築くほどの秘宝、か。

 この尋常じゃない魔力量も納得ね。海洋軍が血眼になって付け狙う筈だわ」



「おっかないねぇ! これを軍事利用しようものなら、いつでも海底に拠点を

 創れるってことでしょ? キーリメルベス連邦やデルク同盟の勢力圏の海に

 潜海艇の艦隊を潜ませておけば奇襲し放題だよ!」



「ああ、なんなら隣の大陸……"燦熔の庭園"への侵攻も現実味を帯びてくるな」



「……夢物語だと一笑することは、できなさそうね」


 現在は停戦条約を結び、富国に専念しているとはいえラナリア皇国の軍幹部はまだまだ大陸統一の野心を抱いている者が数多く在籍している。

 ならば海底都市を滅ぼしてでも、この非常に稀有な秘宝の簒奪を試みることは理由として成立するだろう。



「辛かったでしょうに説明してくれて有難う、ラキリエル。

 『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』がどういう代物か分かったから、仕舞ってくれて構わないわ。

 これだけの魔力を放つ物をそのままにしていたら、誰かしらが良からぬ噂を広めないとも限らないしね」



「その、よろしいのですか?『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』を持つわたくしを保護すると

 貴家のご迷惑とならないのでしょうか……」



「勿論よ! むしろ、この秘宝がもし本国の手に渡りでもしたら

 エバンスが言ったように軍事利用されて新たな火種にも成りかねないわ」



「ま、ほとぼりが冷めるまでは隠し通しておくのが一番だろうねぇ。

 本国の役人や軍人から追及されたら、のらりくらりと躱していこう」




「わかりました、寛大なる御心に感謝いたします」



 黄金の宝珠に両掌を添えて、取り出した時と同じようにラキリエルが水を掬うような所作を振舞うと、黄金色の粒子状に分解された後に彼女の(からだ)の裡へと溶け込むように消え失せてしまった。

 同時に、先程まで周囲に漂っていた凄まじい魔力の波濤もまた嘘のように霧散していったのである。



「大したカラクリね、あれだけの魔力が私の瞳からも全く視えなくなったわ」



「まるで秘宝の存在そのものが、常理から外れたように見受けられる。

 ではラキリエル、その秘宝と君の身柄を付け狙う者への心当たりは?」



「はい、わたくし達の故郷を襲い、秘宝を狙って追手を差し向けたのは

 皇国海洋軍の"水爵"……ボルトディクス公爵だと従者から聞かされました」



「ボルトディクス……ザンディナムの件にも絡んでいる奴ね。

 お父様やお母様とも少なからず因縁のあった男よ」



「……お恥ずかしながら彼は、元々はハルモレシアで暮らしていた同胞だったそうなのです」


 ラキリエルは深刻さに加えて複雑な表情を浮かべながら言葉を紡いだ。

 ハルモレシアの出身であるならば、光の届かぬ海底の世界に於いても正確な位置を把握している筈だ。ならば襲撃を企てることはそう難しいことではない。


 更に海神龍ハルモアラァトの眷属ということでもあり、『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』を使用できる可能性を秘めている。



「ボルトディクス公爵が海底都市の出身者だと?……ふむ、そういうことか」


 何か得心が行った様子のサダューインに対し、ノイシュリーベは新たな疑問を頭に浮かべていた。



「……ボルトディクスは建国当初から皇王陛下を支える三大公爵家の一角よ。

 その当主ともなれば、当然だけど生粋なラナリア人である筈じゃないの?」


 現在は、併呑した各属領の中にも公爵に相当する爵位を持つ家門は幾つか存在するのだが、ラナリア皇国の前身であるラナリア王国が建国された時代に於いて王を定めた公爵家は三家だけであり、特別な存在として広く知られている。



「いいえ、姉上。現在の当主……エルベレーゼ・ボルグス・ボルトディクスは

 半世紀前に公爵家の養子となり、そのまま家督を継いで入軍したのですよ。

 ただし、その出自は長らく不明とされていました」



「へぇ……?」



「……大戦期以前のボルトディクス家は凋落の直中にありました。

 しかし養子となったエルベレーゼが辣腕を振るい、立て直したのです。

 そうして齢にして八十を超えた今も尚、現役を貫く最高齢の将軍として君臨しているとか」


 大抵の軍人は、準人種であれば退役まで生き延びたとしても精々が五十代後半で一線を退く。

 貴族家の出身であれば領地で余生を過ごすか後進の育成に励み、平民の出身であれば一廉の財産を元出にして新たな商いに勤しむことが多い。


 寿命の長い種族であれば現役を続けられる期間は長くなるのだが、そういった者は皇国軍内では高い地位に就き難くなっていた。



「ボルトディクス公爵が提督を務める第四艦隊は、実験艦の運用や海上演習に於ける段取りを一手に引き受ける特殊な立ち位置でもあります。

 であれば試験運用中の潜海艇を独断で動かすことも、決して不可能ではない」



「ははぁ……成程ねぇ、一連の出来事の大本を辿っていけば

 同じ奴が裏で糸を引いていたってことになるのかな」



「そうね、その情報が本当だとしたらラキリエルを保護するということは

 私達の領地にちょっかいを出そうとしてる奴等に対する牽制にもなりそうね」


 サダューインが補足を入れ、ノイシュリーベとエバンスはそれぞれに納得したように頷いた。




「付け加えるならば、ボルトディクス公爵は過去の大戦期では

 ナーペリア海からグレミィル半島に攻め入ろうとした画策したそうです。

 武功への欲求が非常に強い軍人として海洋軍内では知られているとか」



「ええ、ジェーモスやエゼキエル教官達も同じことを言っていたわ

 ……エバンスはなにか知っていることはあるかしら?」



「んー、詳しいことまでは流石に分からないけど、

 この前ノイシュが会ったセオドラ卿みたいな各地の古い貴族達とは

 薄く広い繋がりを持っているっていう噂を旅芸人仲間から耳にしたっけなぁ」



「……色々な貴族家に粉を掛けて回っているということね。

 お母様達に撃退されて一度は失脚し掛けた後で、また復権したそうだし」


 ラナリア皇国軍は陸軍も海洋軍も実力至上主義ではあるが、有力貴族からの支持は無碍にできない影響力を及ぼす。

 故に複数の貴族家と関係を築き、支持を集めていれば歴史的な敗北を喫した将であっても失脚を免れた上で再起を図ることが可能であったのかもしれない。



「もし本当にボルトディクス公爵とセオドラ卿に繋がりがあるのだとしたら、

 ラキリエルを救出した時に交戦した連中の件も含めて辻褄が合うわ。

 あの悪漢達を雇っていたのは、明らかにセオドラ卿だもの」



「ふむ、姉上が交戦したのは"海王斧"と"灰煙卿"でしたか?

 最高位の冒険者ギルド『ベルガンクス』の幹部となれば依頼料は桁違いです。

 そのような者達を何日も雇い続けられるのなら相当の財力が必要でしょう」



「……あの醜い男はお腹の脂肪と同じくらい、お金だけは蓄えているからね」


 冒険者への依頼料は実にピンキリ。最高位の位階ともなれば仮に貴族家でも、そう易々と雇い入れることはできないのだ。

 然れど、此度は二つ名持ちの冒険者が複数人動いていた。それもギルドごと雇っていたとなれば裕福な貴族家の資本力による支えは必須である。



「それにしても同胞を殺めてまで海底都市を滅ぼすとは正気の沙汰じゃないな。

 『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』にそれだけの価値があることは理解できるが、

 ボルトディクス公爵にとっても故郷であっただろうに……」



「彼は、過去にハルモレシアで『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』を独占しようとした罪で

 ハルモアラァト様 直々のご沙汰により追放されたと聞かされております。

 わたくしが産まれるよりも遥か前の出来事でしたので当時の詳しい事情は分からないのですが……」



「うひゃぁ、それならむしろ喜び勇んで攻め滅ぼしに行ってそうだねぇ!」



「野心と怨嗟の乗算というわけか……なんと救いのない負の連鎖だ」



「当人と会ったことはないけれど、相当に根に持つ性分のようね。

 この分だとお母様に撃退されたことへの恨みも何倍にも膨らんでいそうだわ」


 各自が所感を零し、名を耳にすることはあれど未だに姿の見えぬボルトディクス公爵に対する警戒心が増していく。

 ふと、ノイシュリーベは先程 気掛かりに感じたことを思い出し、ラキリエルに新たな質問をすることにした。



「……そういえば、貴方の同胞達は身体を結晶化させられたと言っていたけど。

 それは貧民街で流行し始めている『偽翡翠』と同じものかしら?」



「確証はございませんが、サダューイン様とともに山道で遭遇した

 魔具像(ゴリアテ)に生えていた鉱石には酷似しておりました……」



「姉上、その呪詛は『灰礬呪(かいばんじゅ)』という名称で呼ばれています。

 俺も長らく出処を掴めずにいましたが、今回の一件で判明いたしました。

 昨日、エバンスに渡しておいた報告書の通りです」



「ああ、あれね……信じ難い話だけれど」


 ラナリア皇国の軍人達が、属領であるグレミィル半島内で密かに呪詛を撒いていたという報告にはジェーモスやエドヴァルド達も大いに驚愕していた。



「ラキリエルの同胞達を結晶に変えた呪詛と、俺達の母上……と父上を

 死に追いやった呪詛は同じものである可能性は高いでしょう。

 裏で糸を引いているのがボルトディクス公爵であったのなら尚更ですよ」



「そうだねぇ……おいらも他にそんな呪いや病気なんて聞いたことないや」



「ふんっ……分かったわ。なら以降は『偽翡翠』改め『灰礬呪(かいばんじゅ)』として

 引き続き対策を講じていきましょう。……ちゃんと役に立ちなさいよ?」


 サダューインを一瞥しながら鋭く突き刺すように言葉を投げた。

 この呪詛の解析は、元より彼に一任していたのだから。



「当然です、ようやく掴めた手掛かりをみすみす逃したりしませんよ。

 『灰礬呪(かいばんじゅ)』を撒いた者達には然るべき報いを与えてみせます」


 投げられた言葉を正面から掴み、握り潰すかの如く堂々と言い返してみせた。

 姉弟の目的は一致しているが、それぞれの理念や手法はまるで異なるために、手を取り合って協力し合うということが出来ないらしい。



「答えてくれてありがとうね、ラキリエル。

 貴方にとっても辛い記憶を思い出したでしょうに……」



「いいえ、わたくしの言葉が少しでもお役に立てるなら光栄です」



「そう、じゃあ続けて訊きたいのだけれど……」


 ノイシュリーベは再び両目に光輪を灯して、ラキリエルを正面より見詰めた。

 嘘や偽りの気配を纏っていないかどうか正しく見定めるために……。





「貴方はこれからどうしていきたいと考えているの?」


 其は未来への展望について。

 其はこの大陸で生きる者の幻創の在り方について。


 父、ベルナルドが新たな仲間を迎え入れる際に必ず問うていた言葉。





「ここで静かに暮らしていくのか、それともいつかは故郷に帰りたいのか。

 貴方の意思を……聴かせてほしい」


 自分の脚で、大地に立って歩いていくことを願うのか。

 それとも御伽噺(ユメ)の世界に閉じ籠っていたいのか。


 どちらの選択を示したところでノイシュリーベは彼女を受け容れる心算(つもり)ではあった。故にこの質問の真髄は選択の如何(いかん)ではない。

 選択に至るまでの由縁、意思の在処(ありか)を測るのだ――


・第19話の4節目をお読み下さり、ありがとうございます!

 次回はサダューインの一人称視点からの面会の様子を描いていきたいと思います。

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