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019話『プリンシパルキャスト』(3)


「これが、我らが故郷である海底都市ハルモレシアの秘宝でございます」



「……凄まじい魔力だ。近くに居るだけで身体が震えそうになってしまう」


 黄金の宝珠が放つ異常なまでに強力な魔力を感じ取ったサダューインが思わず感嘆と驚愕が入り混じった声を漏らし、魔法に精通するノイシュリーベとエバンスもまた同様の所感を懐いた。



「うへぇ……こんなのを持ち出したのなら、そりゃ追われるわけだよねぇ」



「同程度の魔力を含む秘宝なら、この大陸内には他にも存在するとは思うけど

 この宝珠が内包している魔力の質は初めて"視る"わね……」


 両目に三重輪の『妖精眼』を灯し、黄金の宝珠の本質を看破し得る資格を持つノイシュリーベは他の二人とは異なる反応を示していた。



「(大気中に漂っている純魔力でも、精霊達が運ぶ自然魔力でもない)

 (ヒトが増幅させた人工魔力でもないし……もっと原始的なチカラね)」


 魔術や魔法に精通した者ですら、その燃料となる魔力は全て同じものであると認識し、疑問を懐くことはない。

 しかし高位の『妖精眼』を持つ者は魔力の微細な違いを見分けることが可能であり、それが絶対的な術式解析への足掛かりと成り得ているのだ。



「あの日、わたくし達が暮らしていた海底都市ハルモレシアは、ラナリア皇国の軍艦によって襲撃を受けました。

 目的はこの秘宝、『灼熔の心臓(ドラゴンオーブ)』を奪う為に……」


 数ヶ月前に起こった惨事の記憶が鮮明に蘇った。ラキリエルの表情は急激に昏く強張り始め、がくがくと肩が震え出す。

 隣に座るサダューインは反射的に彼女の肩に掌を添えて、身体の震えが収まるまで待つように視線のみでノイシュリーベに語り掛けた。



 やがて数秒が経過し、大きく深呼吸をして落ち着きを取り戻したラキリエルはサダューインに短く御礼を述べた後に再び言葉を紡ぎ出す。


「……失礼しました、続けます。これまでも海神龍様を信奉することを

 善しとしないコーデリオ教の人達から非難されることはありましたが、

 ここまで強硬に……海の底にまで武力を振るおうとする者はいませんでした」


 コーデリオ教とは、大陸の管轄者である(トーラー)"を奉じる巨大な宗教組織であり、大陸中央東部では国教とする国も多い。

 そして宗教上の対立関係……というよりは自分達とは異なる存在を奉じる者に対して排他的で強硬な態度を採ることが多々あることで有名であった。

 そんな彼等でさえ海底都市へ牙を向けるのは物理的に不可能であったが為に、長年に渡りハルモレシアは存続してこれたのである。



「ラナリア皇国の海洋軍なら、一部の艦隊で潜海艇の実験配備を始めたと話に聞いたことがあるわ。

 仮にそれを用いたとすれば貴方の故郷を襲撃することは不可能ではないわね」



「はい、大きな泡に包まれた艦が降りてきた時は皆 慌てふためいていました」


 外敵など存在し得ない海の底。深海の魔物の脅威こそあれどヒトの悪意に晒さられることとは無縁の揺り籠であった筈なのに……。



「無慈悲な艦砲射撃により紫紺色の砲弾を撃ち込まれて都市の機能が破壊され

 その後、上陸を果たした兵士が放った……どうやっても消えない焔によって ハルモレシアは僅か数時間の間に灼け爛れてしまったのです……」



「海底でも消えない焔、か……そんな代物があるとしたら一つしかないわ。

 『ラナリアの聖火』ね。アレを持ち出すとは、なんて惨いことを」


 『ラナリアの聖火』とは皇国の建国伝説に登場する秘匿兵器の一種であり秘宝として知られる。そして姉弟の両親を焼却した代物であった。


 ラナリキリュート大陸の"(トーラー)"から賜ったとされ、対象に定めた領域を完全に灼き尽くすまで絶対に鎮火することはない。使い捨てで数に限りがあるらしく、現在は本国で厳重に管理されている筈なのである。

 そんなノイシュリーベの推察に対し、サダューインも頷きながらも渋い表情を浮かべていた。



「潜海艇に『ラナリアの聖火』を積むなんて、何が何でもハルモレシアを

 滅ぼして秘宝を奪おうっていう凄まじい意思を感じるわね」


 そもそもに於いて海底都市の正確な位置を知ることすら困難なのである。光の届かぬ海の底へ攻め入るなど明らかに常軌を逸している。



「燃え盛るハルモレシアを脱出できたのは、わたくしを含めて十数名。

 従者が三名と、残りは護衛の方々だけでした。

 多くの者は都市に雪崩れ込んだ軍人達によって砕かれたり、焔に灼かれて命を落としていったのです……」



「……それは変ね。

 海底で暮らしていたからには貴方達は独力で自在に泳ぎ回れたんじゃない?

 いざとなれば敵兵や焔が到達するより先に泳いで逃げ出せた筈でしょう」



「それが……紫紺色の砲弾の余波を浴びた者から身体が変化していったのです。

 濁った翡翠のような……結晶体へと成り果てて、動けなくなったのです」



「………ッ!! それって、まさか」



 惨劇の光景が更に脳裏に蘇り、ラキリエルは思わず嘔吐しそうになって口元を両手で抑え込んだ。

 一方で、ノイシュリーベのほうも心当たりを感じて絶句してしまう。



「その紫紺色の砲弾……状況から察するに呪詛の苗床となる『負界』を撒くための兵器であったのかもしれないな」


 『負界』を発掘できる特殊な魔具像(ゴリアテ)を運用する部隊であるのなら、それを圧縮させることで砲弾に仕立てることも理屈の上では可能なのかもしれない。



「しかしラキリエル、これ以上は……」



「だ、だいじょうぶです……なんとか話せるうちに……お話いたします」



「……そうか、ならば見届けよう」


 隣の席より心配する素振りを見せるサダューインを、ノイシュリーベは訝し気な瞳で観察していた。



「故郷を脱した我々はアルドナ内海を北上して辿り着いた北イングレスの大地に 降り立ちました。そこから陸路で北西に進んでいったのですが海洋軍の追跡は

 執拗で、どこまでもどこまでも追い掛けてきたのです……」



「ひぇぇ……北イングレスまで追って来るなんて普通じゃ考えられないよ。

 少なくも今の時期はさ!」


 エバンスが驚愕の声を挙げる。当然の反応だ、なにせラナリア皇国と北イングレスは現在、停戦条約を結んでいるのだから。

 ラナリア皇国の軍人がそんな場所に無断で侵入して、仮にそれを誰かに見咎められたならば各国からの糾弾は免れないだろう。

 嘗ての大戦期では中立の立場を保っていた大陸中央東部の勢力も動き出してくる可能性も十分に考えられるのだ。



「君の従者、ツェルナー殿から初めて亡命の申し出である伝書を受け取ったのは 北イングレス南端の港湾都市ティジリウムから発せられたものだった。

 ……陸路でそこまで進んだとすれば、相当に過酷な旅だったのだろうね」



「はい、ティジリウムまでの道中に広がるチューリ渓谷という場所で

 ツェルナー以外の方々が全員残り、追手を食い止めてくださいました。

 彼等の犠牲なくして逃げ切ることはできなかったと思います……」


 身を挺して自身を護ろうとしてくれた者達の顔を思い出し、ラキリエルは とうとう瞳より涙を零してしまった。



「……そうしてティジリウムで亡命の手筈を整えてから船かなにかを調達して

 このグレミィル半島まで渡ってきたというわけね。

 今の季節だから良かったけど、秋以降ならどうなっていたか分からないわ」


 現在は春から夏へと差し掛かる比較的温かい季節である。

 これが秋以降ともなれば海上の気温は急激に下がり、また天候も安定しなくなるので、よほどの大型船でもない限りはティジリウムからグレミィル半島までの航海は絶望的なものとなるのだ。



「渓谷に残った方々は、わたくし達が更に北へと逃れたように見せ掛けるために 幾つもの策を講じてくれたとツェルナーから聞かされました。

 そうして船での移動は順調に進んだのですが、途中で嵐に見舞われて日数を費やしてしまい、その間に別の追手の船に海上で待ち伏せされてしまったのです」


 チューリ渓谷を北上すれば、大陸中央部に点在する各国への玄関口とも呼ばれるチューリッツ街道に至り、街道沿いに栄える町は多くの人々で賑わっている。


 逃亡中の身を隠すのであればこれ以上に適した場所はないし、何よりラナリア皇国の軍人が足を踏み入れるには、いよいよ以て外交的な危険性が高くなる。

 そのことを十分に理解しているからこそ、追手達はなんとしても北上を阻止しようと躍起になり、船に乗ったラキリエル達を見失ってしまったのだ。



 果たしてその目論見は功を奏し、ラキリエル達を乗せた小舟はグレミィル半島に属する海域へと到達。しかし夏前に頻発する雷雨と遭遇し、あと一歩のところで別の追手であるバランガロン達の船に補足されてしまったというわけだ。




「(話の筋としては、今のところ大きな違和感や破綻は感じないけど)

 (別の追手が出て来るタイミングがちょっと良すぎる気はするかなぁ……)」


 ラキリエルが話した内容を記録として羊皮紙に書き記しつつ、エバンスは小さな疑問を懐いていた。


・第19話の3節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・本文中に話に挙がっていた潜海艇は、まだまだ技術試験段階の代物で、大陸内で最も海洋戦力が充実しているラナリア皇国でも一般的に運用されている艦船ではなかったりします。

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