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019話『プリンシパルキャスト』(2)


 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 城館三階 ]


 陽光がやや西の方角へと傾き始めた時刻、サダューインとラキリエルの二人は城館の階段を登って三階の執務室へと続く通路を歩いていた。


 常にサダューインが前を歩いて先導し、左斜め後方に位置取りしたラキリエルが彼に追従する形で歩いて行く。



 海底都市で暮らしていたラキリエルは知る由がなかったが、城館の壁に用いられている石材は頑丈な品質で知られるザンディナム産の硬石で組まれているだけでなく、各床や壁には気候の変化に応じて微かに熱を発する魔具が組み込まれており冬季に備える対策が成されていた。


 もしこのような仕掛けが施されていなければ、丘上という高所に加えて遥か北東に(そび)えるキーリメルベス大山脈より流れ込む寒気によって凍えながら過ごすことになるだろう。

 通常の城館で寒さ対策によく用いられているのは、隙間風を防いだり断熱目的のために壁に張り付けられた絨毯や藁敷き床なのだが、魔具の恩恵を最大限に活用するヴィートボルグの城館では、そういった苦肉の策とは無縁である。



 故に、初めてこの城館を訪れた来客の大半は目を見開き、その快適さに対して各々は驚嘆の表情を浮かべるという。

 とはいえラキリエルの胸中はそれどころではなかった。なにせこれからグレミィル半島を治める大領主と顔を合わせることになるのだから、一歩進む度に緊張が増していき、建物内をじっくりと眺めている余裕など消え失せていた。




「そう身を強張らせなくても大丈夫だよ。

 たしかに普通の城館に比べれば遊びがないというか、機能美に寄せているが

 血で血を洗っていた一昔前の戦砦に比べれば随分と洗練されてきている筈さ」


 煌びやかな装飾こそ見受けられなかったが、さりとて無骨さを前面に出した要塞というわけでもなく、程々には調度品が置いて飾り付けられてはいるようだ。



「発つ前にも話したが、姉上は筋の通った話ならば大抵は受け容れてくれる。

 君のこれからの生活も、必ず善いように取り計らってくれる筈さ」


「ありがとうございます。せめて失礼のないよう精一杯、気を付けますので!」


 通路を進む最中に一度、背後を振り返って優しく微笑みながら言葉を掛けるサダューイン。すると少しばかり気持ちが和らいだのか、ラキリエルは気を引き締めたまま能う限りの笑みを返した。



「ふっ、まあ面会の場で詰問されるとしたら俺のほうだろうからね」


 思い当たる節でもあるのか、今度はサダューインのほうが少しばかり表情を強張らせながら歩き出し、やがてノイシュリーベの待つ執務室へと辿り着いた。




「姉上、兼ねてより連絡していた客人を連れて参りました……」



「入りなさい」


 サダューインが執務室の扉をノックした後に一言告げると、短く簡素な返答が部屋の奥から返ってくる。

 ほどなくして扉が開かれると狸人の旅芸人が二人を迎え入れてくれた。



「お待ちしておりました。部屋の中央の執務机の席にお掛けになってください」


 密使と記録係も兼ねる彼は、身に纏う衣服こそ平民が着るような簡素な井出立ちであったが執務室内ではエデルギウス家の紋章の入った外套を羽織っていた。


 サダューインとラキリエルが入室して指定された席……応接机を挟んで東側の席の傍まで歩を進めると、そっと出入口の扉が閉められた。

 その直後、狸人の旅芸人の口調が砕けたものへと一変する。



「昨日も報告書を受け取る時に会ったけど、改めて言わせてもらうよ。

 おかえり! いや~、大変な遠征だったみたいだねぇ」



「君のほうこそな、エバンス。

 姉上との連絡の橋渡しをしてくれて助かったよ、おかげで順当に辿り着けた」


 陽気に語り掛けるエバンスに連られて、サダューインの表情も幾らか砕けたものに変わっていく。長年の付き合いの友人同士といった雰囲気だろうか。

 幼少のころから巫女になるべく育てられてきたがために、あまり同年代の知り合いのいなかったラキリエルには羨ましい光景であった。



「無駄口はそこまでにしておきなさい」


 部屋の奥の席に座っていたノイシュリーベが立ち上がり、応接机の西側の席まで移動すると、エバンスは入り口に置いてある給仕用の移動台の前まで移る。



「遠慮なく座るといいわ。

 エバンス、悪いけど二人にお茶でも淹れてあげて頂戴」



「ういうい~」


 着席を促された二人は空の椅子の前に立ち、大領主へ一礼してから席に座ることにした。ほどなくしてティーポットと人数分カップを銀製の盆に乗せたエバンスが机の前に立ち、各々の眼前にカップを置いて紅茶を注ぐ。

 それを終えると盆を抱えたままノイシュリーベの右斜め後方へと移った。

 狸人特有の、ずんぐりむっくりとした体形からは想像もできないほど洗練された、室事としても充分に通用しそうな所作である。



「遠路遥々ようこそ。おおよその事情はそこの不出来な弟から伝わっているわ。

 ……大変な旅を乗り越えてきたそうね」


 一瞬だけサダューインのほうへ視線を移した後に、ラキリエルへ向けて言葉を発する。その声色には労いと、憐憫の情が滲み出ていた。



「私はノイシュリーベ・エデルギウス・グレミィル。

 エデルギウス家の当主にして、このグレミィルの地を治める大領主よ。

 貴方が無事にこのヴィートボルグへ辿り着けたことを、喜ばしく思います」


 先じて名乗り挙げた彼女のフルネームはノイシュリーベ・ファル・シドラ・エデルギウス・グレミィル。

 このうちファルは騎士名、シドラは"妖精の氏族"としての名であり、騎士名と氏族内での名前を名乗らぬことで、この場では個人ではなく城主であり大領主としての立場で私情を交えず応対する旨を示しているのだ。


 個人として、或いは騎士として接するのは後日より改めて……という意図も含まれていた。



「ラキリエル・ミーレル・ファルシアムと申します。

 故郷であるハルモレシアに於いては海神龍ハルモアラァト様の御神託を賜る

 巫女として務めておりました」


 改めて恭しく首を垂れながら、名乗り返す。



「この度は、非力なわたくし達の申し出に応えてくださったばかりか、

 御身自ら窮地を救いに来てくださったことを深く、深く感謝いたします。

 この御恩は生涯忘れることはありません」



「救けを請う声がある限り、エデルギウス家は全ての善良なる民を歓迎するわ」


 少しでもラキリエルの緊張を解すためにと、微笑みながら言葉を紡ぐ。

 そんなノイシュリーベの気遣いと微笑み方を見たラキリエルは、弟であるサダューインに通じるものを感じ取っていた。勿論、性別や顔立ちは異なるのだが彼女達が姉弟であることの片鱗を感じたのだ。



「貴方はグレキ村の救護院で、我が領民達に献身的な治療を施してくれたと聞いている。なら尚更に亡命を拒む道理なんてある筈もない。

 有難う、この地を預かる大領主として心より感謝します」


 胸に掌を添えて、軽く会釈をすることで為政者としての礼を示した。



「……だけど正式に迎え入れるに前に幾つか質問をさせてもらうわ。

 貴方の口からも、事の真相を話してもらいたいからね」


 海底都市が襲撃され、命からがら脱出してきたという情報は、あくまで従者ツェルナーから送られてきた亡命願いの書簡によるものだ。

 清廉潔白を旨とし、また大領主として公平な沙汰を心掛けるノイシュリーベとしては、唯一 生き残ったラキリエルの口からも真実を聞きたいのだろう。



「姉上、どうかお手柔らかに。彼女の心傷はまだ癒えきっていませんので……」



「あんたは黙っていなさい。私は彼女に質問すると言ったのよ」



「詰問の間違いでは? 姉上の言葉は真っ直ぐ過ぎますからね。

 そうやって、何人のご令嬢方を威圧されてきたと思っているのですか」



「なんですって……」


 口を挟もうとしたサダューインを睨み付けながら素早く静止させる。

 その瞬間、ラキリエルは姉弟の間の空気が凍るような錯覚を覚えた。



「まあまあ~、とりあえず話を進めるだけ進めてみようよ。

 もし行き過ぎだと感じたら、その時に助け舟を出してあげればいいじゃん」



「……そうだな。不要な口出しをしてしまい申し訳ない」



「ふんっ……!」



 咄嗟に後ろに控えるエバンスが言葉を発すると、凍て付き始めた空間が元通りの温度へと修復されていくような気がした。



「(あの御方……エバンス様がお二人の仲を取り持っておられるのですね)」


 道中でサダューインから幾度となく聞かされていたが、どうやら姉弟の仲はあまり……否、かなり悪いらしく意見や価値観の擦れ違いが頻発しているようだ。

 然れど、曲りなりにも意思疎通や調整ができているのは背後に控えるこの狸人のおかげなのだろうと、初対面のラキリエルでさえ理解することができた。



「話を続けるわ。庇護は認めるけど、それは正統な手順を踏んだ上での話。

 大領主として直接 事情を訊くというのは、お父様も必ず熟されていたもの」


 如何なる事情があったとはいえ領内に亡命者を迎え入れる以上は、大領主として判断を見誤るわけにはいかない。疲弊し、心に傷を負った状態だからこそ発せられる本性というものもあることをノイシュリーベは誰よりも理解していた。



「いえ、大丈夫です! サダューイン様も、お気遣い感謝いたします。

 ここまでの道中で幾らか心の整理を着ける時間はいただきました。

 それに仰る通り、わたくしの言葉でお伝えするのが筋というもの……」


 意を決して、一度 深呼吸をしてから総身を引き締めたラキリエルは(からだ)の裡側へと意識を集中させた。

 奥深くに仕舞い込んだ二つのものを、ゆっくりと取り出したいく。

 一つは戦火に躙られて滅び行く海底都市の記憶。もう一つは己が奉る海神龍ハルモアラァトより託された海底都市の秘宝にして存在核。



 前方に軽く両掌を突き出し、水を掬うような仕草をすると黄金色の粒子が大渦を描いて常理の裡側より押し寄せてくる。


 やがて粒子が一塊に密集した果てに二十五トルメッテほどの大きさの黄金の宝珠を象ると、ラキリエルはそれをそっと机の上に置いてみせた。


・第19話の2節目をお読み下さり、ありがとうございました。

・今話はこのような感じで四名の会話が続いていきます。

 後々の展開への足掛かりにもなっていくと思うので、なるべく丁寧に描いていきたいと考えている次第でございます。

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