016話『"春風"の足跡』(4)
※(2026.9.15) 本文の大幅な改稿を行いました
「そういう感じで、"春風"のアルビトラが単騎で魔獣の群れを片付けたのさ」
「す、凄い……」
「幾ら二つ名持ちの冒険者といえど、破格が過ぎるな」
思わず口元に両掌を添えて驚愕するラキリエルに対して、サダューインはなるべく冷静に情報を整理しようと努めていた。
「その二人が立ち去った後でエルドクロウラーの死骸を調べたけど、
外殻が信じられないくらい硬質化していたよ。
とてもじゃないけど、刀剣で簡単に斬断できる代物じゃなかったねぇ」
「……エルドクロウラーは元から、それなりに硬い種族だった筈だ。
何せ、岩や土を食べながら地中で暮らすこともあるからな」
「ああ、そうさね。元々の硬さに加えて、更に数倍ってところだよ。
詳しく調べられてはいないけど魔鋼材くらいの強度はあったと思う」
「それ程までか、恐るべき剣の冴えだ」
「で、ですが! そのような危険な魔物……いえ、魔獣の群れが
坑道の外にまで出ていくような事態にならなくて良かったです!
それに、お話を聞く限りですと、魔獣もとても苦しそうな様子で……」
兎にも角にも、最悪の事態は免れたのだ。
その事実を喜ぶためにもラキリエルは精一杯の笑顔を浮かべて、渋い顔を浮かべるサダューインに語り掛けた。
「(へぇ? ただサダューイン殿に救われた悲劇の巫女ってわけじゃないようだね)
(場の雰囲気に流されるだけじゃない、ちゃんとした自己を持っている)」
テジレアからの若干の好奇の視線に気付いたのか、ラキリエルは少しだけ恥ずかしそうに肩を竦めた。
「ふっ、君の言う通りだ、ラキリエル。
ウォーラフ殿と二つ名持ちの冒険者に、今は感謝するとしよう。
……魔獣の死骸は、その後どうなった?」
「今のところは何も進んじゃいないよ。先ずは怪我人の救出と治療が最優先。
それから坑道の封鎖を終えて、一息ついたってところさね」
「確かに、宿場街も混乱から立ち直ったばかりだろうしな」
「私は暫くザンディナムに留まって経過を見守るけど、大丈夫そうかい?
ああ、ミロキア卿の件の報告書等は後で届けさせるよ」
「……」
提案を受けて、サダューインは少しだけ思案を巡らせた。
テジレアという、有能な部下にして臣下を一箇所に縛り続けておくことの影響を計算しているのだろう。
ラキリエルは、彼がどのような決断を下すのかを見守り続けていた。
そして暫しの沈黙を経て、サダューインは再び口を開き始める。
「良いだろう、この件は君に一任する。
テジレアが動けない分は、此方でどうにか穴を埋めてみるさ。
ただし報告書と一緒に、魔獣の肉片と『負界』のサンプルも送ってほしい」
「了解しました、我が主よ!」
「……君のことだ、既にサンプルは採取しているんだろう。
搬送の手段も全て任せるよ。こういう場合は専門家に任せるべきだからね」
「話の分かる主君で有難い限りだねぇ。本当、良い仕事にありつけたもんだよ」
「(いったい今の間に、お二人の間でどれ程のことが決められたのでしょうか?)」
きっとラキリエルでは想像も付かないような、複数の事情と取引が絡んだ決め事が動いたのだろう。全ては分からずとも、そう漠然と察していた。
「正式なお許しをいただいたことだし、ちゃんとお役目を果たさせてもらうよ!」
「ザントル山道に黒針を打ち込んでいた時点で、既に計画していたんだろう?
俺なら異変が起これば、数日以内にザンディナムに立ち寄るだろうと読んでな」
その指摘に対して、テジレアは含みのある笑みを浮かべるのみ。
「当面の問題は『負界』を掘り出して、『灰礬呪』を撒いていた者達への対処。
それから封鎖した坑道を、如何に素早く浄化するかだろうな」
「坑道が使えない……ということは、銀の採掘も出来ないということですか?」
「その通り。此処に来るまでに話したが、ザンディナムは我々の重要な財源だ。
長期に亘り鉱山事業が停滞すれば、それだけグレミィル半島の痛手となる」
「そう、ですよね。改めて大変な事態だと思います」
「ふふっ……姉上や紋章官達とも協議して、じっくりと対処してみせるさ。
ラキリエル、君は何も心配しなくても良い」
「だけどサダューイン殿、実際のところ坑道の浄化の手立てはあるのかい?
結構、奥の方まで充満していたからねぇ。簡単には済まないよ」
現場を目の当たりにしたテジレアだからこその所感である。
しかしサダューインには、明確な考えがあった。
「ああ、『負界』の浄化には第二級火葬術式で焼き払うのが有効だ。
だから時期を決めて魔術師を集めて、一挙に事を成す」
「(そういえば、グレキ村で『負界』の説明をされていらっしゃった時に)
(サダューイン様は、そのようなことも仰られていましたね……)」
あの時は汚染された患者を生きたまま焼却するしかないという状況にばかりラキリエルは意識が向いていた。
だが土地そのものの浄化であれば、確かに問題は少ないのかもしれない。
「成程ねぇ、だけど火葬術式を執り行うには相応の人数が必要だろう。
この地方の魔術師だけでは、人手が足りないんじゃないのかい?」
「それについては、ご尤もな意見だな。
だからブレキア地方の隠者衆……引退したご老人方を招聘する」
「(ブレキア……たしかグレミィル半島南部の五地方の一つでしたっけ)」
これもまた以前にサダューインが話していた情報の中に含まれていた。
詳しいことは、後で改めて彼に尋ねれば良いと自分を納得させて、ラキリエルはそのまま聞き役に徹していた。
「隠者衆かい、そりゃあまた……頭の固い連中を動かすのは苦労しそうだね」
「だが数だけは確実に揃う。実力も申し分ない。
まあ、彼等を動かすには大領主である姉上の認可が必要になるがな。
……むしろ最大の問題は其処だ」
あまり仲のよろしくない双子の姉を説得できるかどうか。
サダューインは今日一番、深刻そうな表情を浮かべてしまった。
「呆れるねぇ。お互いに、もう子供じゃないんだからさ。
いい加減にノイシュリーベ殿と折り合いを付けなよ」
「……俺としては、十分にそうしている心算なのだがね」
溜息を吐きながら首を振ると、先刻までの為政者としての面貌を取り戻した。
「まあ、姉弟間の問題はサダューイン殿がどうにかするしかないとして。
それじゃあ要件は済んだし、私はそろそろ消え去るとするよ」
「ああ、有益な情報を得られて大いに助かった。
テジレア、これからも頼りにさせてもらう。だが君も無理だけはしてくれるな」
「肝に銘じておくよ、イェルハルドの旦那達のようにはならないと誓うさ」
最後にラキリエルへ向けて僅かに微笑んでから、姿を現した時と同じようにテジレアは漆黒の渦を発生させて、靄の中へと溶け込んでいった。
テジレアと別れた後、サダューインとラキリエルは元来た道を引き返して、宿泊を予定していた場所に向かうことにした。
「彼女が動いてくれるのなら、俺が救護院に魔具を供与する必要もなさそうだ」
「サダューイン様がそこまで仰るのなら、とても素晴らしい腕前なのですね」
「ああ、だから今日のところはゆっくり休んで、明日に備えようか」
「はい、テジレアさんがいらっしゃって……良かったです」
心より安堵するラキリエルを傍で眺めるサダューインもまた同じ境地であった。
怪我人の治療もそうだが、ラキリエルが納得してくれたことも非常に大きい。
「それに、お話に挙がっていたアルビトラさんという御方もです!
とても頼りになる方々が来て下さって僥倖でしたね」
「そうだな……だが二つ名持ちが優れているとはいえ、結局のところは冒険者だ。
幾らウォーラフ殿が雇っているとはいえ、な」
どうやらサダューインは、冒険者という存在を心からは信頼していない様子であった。明らかな口調の変化にラキリエルは若干の戸惑いを覚える。
「え、えっと……そういえば二つ名持ちとは、どういう意味合いなのでしょうか」
「簡単に言えば、冒険者には等級が定められているのだが
最上位である第一等級の中でも、突出した個人に与えられる特別な称号だよ」
「称号……?」
「たとえば大きな都市や国家規模の依頼を成し遂げた者や、
大規模な武術大会で優勝した、規格外の実力者などに贈られるかな?
全世界で二つ名持ちの冒険者は、五十人程度と云われているよ」
「そんなに少ないのですね!」
「一般的に、第一等級の冒険者であっても武力の面では騎士に劣るとされている。
騎士の中でも特に秀でた精鋭と比べれば、塵芥のように消し飛ぶだろう。
しかし二つ名持ちの冒険者だけは別格だ……奴等は危険過ぎる」
眉間に皺を寄せながら、努めて冷静な口調で説明を続けた。
「……ラキリエル、言い難いことなのだがね。
エペ街道で君を追っていた悪漢達の首魁も、二つ名持ちの冒険者なんだ」
「……ッ!!」
「奴等は、冒険者ギルド『ベルガンクス』の"海王斧"バランガロン。
そして"灰煙卿"グプタ……いずれも悪名高い、世界屈指の冒険者だ。
この者達を相手にしては、姉上ですら仕留めるのは非常に困難だろう」
国家規模の依頼を受ける誉れ高き者達。多くの人々を苦しめる魔物を打ち倒す実力者。貧困から成り上がった成功者……など二つ名持ちの偉業は輝かしい。
町や村で暮らす一般人からすれば、まるで夢物語のように映ることだろう。
しかし為政者の立場から見れば、何処にも所属することのない制御困難な暴威に過ぎなかった。故に、サダューインは諸手を挙げて歓迎はしない。
「"春風"のアルビトラからは、今のところ悪い噂を聞いたことはない。
それにウォーラフ殿が手綱を握っている限り、滅多なことは起こらないだろう。
しかし規格外の冒険者である以上、過信することは出来ないな……」
自身を付け狙う者達と、その危険性を例に挙げられてラキリエルはサダューインの言いたいことを大いに察した。
そして同時に、彼のウォーラフ商会長に対する信頼の高さが気になり始めた。
「サダューイン様のお言葉は、わたくしも肝に銘じておきます……」
「怖がらせてしまって済まないね。
どうも俺は、二つ名持ちの冒険者に対して過敏になってしまうようだ」
「いえ、お立場を考えれば仕方のないことでしょう」
「(テジレアの証言から察する限りだと、"春風"の戦闘能力は噂以上のものだ)
(恐らく他の二つ名持ちと比べても、掛け離れ過ぎている)
(そして速さに関しても、姉上と同等か……或いは、それ以上かもしれない)」
更に眉間の皺を深めるサダューインを気遣ってか、ラキリエルは背後を振り向いて彼の顔を覗き込むようにして尋ねてみることにした。
「そ、それにしてもウォーラフ様に対しては随分と心を開いておられるのですね。
たしか……サダューイン様の杖を譲ってくださった御方なのでしたっけ?」
ザントル山道で軽く説明を受けた時のことを思い出す。
あの時は早々に話題を切り上げていたが、得意気に語るサダューインの口調をラキリエルはしっかりと記憶に刻んでいたのである。
「ふふっ、よく覚えているね。
ウォーラフ殿は俺の取引相手であると共に、商売の師でもある」
「商売の……サダューイン様は、なにか事業を嗜んでおられるのですか?」
「多少はな。まあ、これは追々話していくさ。
ともあれテジレア程ではないが、ウォーラフ殿も信用に値する人物だ。
だから一先ずは、"春風"の動向は頭の片隅に留めておくことにするよ」
それから二人は、他愛のない雑談を交えながら夜の街並みを進んでいく。
別々の部屋で一夜を過ごし、十分な睡眠を取り、食事も取ったところで宣言通りにザントル山道を下っていく運びとなる。
立て続けに起こったザンディナムの変事に直面することになったが、思わぬ助っ人達のお陰でサダューインの心労は大いに軽減されていた――
[ グラニアム地方 ~ ザンディナム銀鉱山 宿場街 正門 ]
「よし、では出立しようか」
「テジレアさんにご挨拶をしなくて、よろしかったのですか?」
翌日、かなり早い時間帯に黒馬に乗った二人は宿場街の住人達が広場に集い始める前に正門より発っていた。
「ああ、彼女は夜型だからね。今の時間帯は休んでいる。
それにヴィートボルグで、遠からぬうちに再会できる筈さ」
「ヴィートボルグ……いよいよなのですね」
「思った以上に寄り道をしてしまったがね。
君がこれから暮らしていく都市だ。周辺の土地も含めて、じっくり案内するよ」
夏の息吹を感じる早朝の空気を一身に浴びながら、二人は粛々と下山する。
このザンディナムでラキリエルは、サダューインの為政者としての側面を色濃く垣間見ることになった。
きっとそれは、彼の一部分に過ぎない。それでも……。
「(また一つ、サダューイン様のことを知ることが出来ました)
(ですがヴィートボルグは彼のお姉様がいらっしゃる本拠地……)
(どのような扱いを受けることになるとしても、覚悟しておきましょう)」
これまでのサダューインの口振りからして双子の姉に対しては相当に気を揉んでいる様子。
故にラキリエルは、まだ見ぬノイシュリーベの姿を想像して気を引き締めた。
【Result】
・第16話の4節目をお読み下さり、ありがとうございました!
・改稿前と比べますと、テジレアの臣下としての有能さを前面に出せているかなと思う次第でございます。
彼女が束ねる『亡霊蜘蛛』という部隊についても、いずれその全容をお伝えいたします。




