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017話『白亜の壁の裡へ』(3)


 [ 城塞都市ヴィートボルグ ~ リーテンシーリア広場 ]


 北西へと伸びる大路を進んだ先には、石造りの噴水を中心とするリーテンシーリア広場と名付けられた空間が円状に開かれていた。

 その周囲では街の景観に溶け込むよう配慮された監視塔が聳え立っている他、様々な店舗が軒を連ねている。

 店舗と店舗の間には時折、各居住区へと繋がる小路が支流の如く延びていた。


 広場から先は、一転して北東方向へと婉曲した大路が伸びており、道なりに前進すればすれば市街地の外れへと辿り着く。

 更に進めば、緩やかな上り坂に沿う形で整備された丘陵の路を駆けあがっていく構造となっているのだ



「蛇のように、うねうねと路が続いていますね」


 地形を上手く利用して整備してあるのであろう大路の行く末を視線で辿りながら、直感的に懐いた感想を率直に零す。



「ああ、この曲がりくねった路は、外壁を突破されて市街地まで制圧されてしまった際に、敵軍が丘上の城館(ドンジョン)へ到達するまでの時間を稼ぐための工夫だよ。

 丘陵の傾斜や角度を利用すれば、駆け上がって来る敵軍を効率的に射掛ける殺戮地帯(キルゾーン)を幾つも設けられるように設計されているんだ」


 現在でこそ『人の民』と『森の民』の橋渡しの場となっているが、二つの民が相争っていた際には『森の民』に属する亜人種達の猛攻を耐え忍ぶために幾度となく増改築を繰り返してきたのだろう……。


 大陸内に城塞都市と名の付く都市は幾つか存在するのだが、ヴィートボルグに匹敵するほどの規模を持つ都市は稀であった。



 そのまま二人が大路を進んでいくと市街地の北東端へと辿り着き、遂には軒を連ねていた家屋が途切れた。一応の区切りの為なのか、木製の柵と簡易的な門が設けられている。

 門を通り抜けると、ラキリエルが懐いた所感の通り、蛇の如くうねる丘陵を登っていくこととなる。



「ここから先は軍事施設や一部の貴族の別邸、そして果樹園や防風林などが

 点在するくらいで特に語ることもない。一気に登ってしまおう」



「果樹園……ですか」



「うん、高所でなければ実らない果物を丹精込めて育てている。

 この都市の特産品というやつさ、まあ他にも重大な用途があったりするがね」


 色鮮やかな市街地とは打って変わり質実剛健な建物や等間隔で築かれた果樹園ばかりが視界に映るようになった。

 時折、貴族家のものと思しき邸宅を目にすることもあるが、それとて過度な装飾は避けた手堅く重厚な趣を感じさせる。



 市街地の端から城塞都市の北東部にかけて傾斜を登っていくと丘陵の半ばほどで路が折り返されており、再び転進して北西へと向かう緩い曲線を描いていく。

 そうして幾度も婉曲した路を少しずつ進んでいくと、やがては丘上に聳え立つ城館を囲う二層目の壁が見えてくることだろう。




「…………」



「…………」


 暫しの間、二人は無言で丘陵を進む。市街地と異なり、あまり見るべきものが存在しない路であったからこそ、互いの存在をより強く意識してしまうのだ。


 丘の上に建つお城。奇しくもそれはラキリエルが焦がれる『翳の英雄と群青の姫君』の一節にも登場していた。

 その物語の中では、"群青の姫君"を連れ出した"翳の英雄"が一時的に身を隠すために立ち寄り、やがて巨悪に立ち向かうための拠点としていく場面である。


 ラキリエルは再び、より強固に御伽噺(ユメ)と現実が重なる境地に至る。



 もはや己が懐いた想いに対し、見て見ぬふりをすることは やめた。



「(わたくしは、この御方のことが……)」


 背後に体重を預けながら、今この瞬間にも感じる幸福を自覚する。

 彼に心を預けながら、今この瞬間にも感じる胸の鼓動を理解する。




 まるで 御伽噺(ユメ)(うち)の 一時であるかのように――



 夏の息吹が混ざる快い風が、火照った頬に染みていく。







 二層目の壁……即ち、内側の白亜の城壁は、外側の城壁ほどの高さではなかったものの厚みが増しており、壁上に設置された弩もより大型化していた。

 上空からの襲撃者も考慮するならば、此処が実質的な最終防衛ラインに成り得るのだ。


 サダューインは躊躇うことなく二層目の壁に近付ていき、出入口である重厚な門扉の前まで黒馬を進めて堂々と宣言した。



「サダューインだ、通してもらうぞ」


 身に纏う黒尽くめの装束のフード部分を脱いで素顔を晒し、門扉を守る二名の騎士達に名を告げる。

 彼等は城塞都市内での勤務を主とする多面騎士(レングボーゲ)と呼ばれる者達で、その多くは平民の出身ながら弛まぬ努力の果てに一代限りの騎士身分を授かった猛者達だ。


 多面とは多くの技能を習得し、あらゆる兵種の代替を担うことが可能である万能選手としての意味合いを含んでいた。


 いずれも使い込まれた全身甲冑で身を包んでおり、手にした斧槍と大盾は不用意に近寄る者には重厚な威圧感を与えることだろう。

 正に要所の門番に相応しい井出立ちである。そんな多面騎士達は黒馬に乗ったまま接近する男女へ視線を傾けて検めた後に、一糸乱れぬ挙措で敬礼を返した。



「お帰りなさいませ! ノイシュリーベ様は既にお戻りになられておられます」



「そうか、なら明日の早朝……いや明後日の東角の時刻には

 グレミィル侯爵の執務室へ彼女を連れていくと伝えておいてくれ」



「かしこまりました! どうぞ、お通りくださいませ」



「ああ、ご苦労様。諸君の忠実なる仕事ぶりにはいつも感謝しているよ」


 労いの言葉を述べて門扉を潜ると、そのまま城館に向かうのではなく少し離れた場所に建つ小さな家屋へと歩を進めていった。

 そして隣接する馬舎の柵内に黒馬を停めてから下馬すると、そっと馬上の貴婦人へと掌を差し出した。



「お手をどうぞ」



「あ、ありがとうございます!」


 ずっと黒馬に乗っていたためか、すっかり硬くなってしまった身体をぎこちなく動かしつつ、ラキリエルはサダューインの大きな掌を借りてゆっくりと丘上の地に、両脚を降ろした。



「この家屋は嫁入り前の母上に宛がわれていた離宮の代わりで、

 現在は俺が引き継いで工房として活用させてもらっている」


 頑丈そうな石造りの壁と屋根。二階建てではあるものの離宮と呼ぶには余りにも小さく、市街地で見掛けた宿屋とそう大差ない規模の建物であった。



「『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』に留守を任せているが、彼女達を除き誰も近寄ることはない」


 建物を囲む柵の一端、認証術式が刻印された魔具を操作して入り口と思しき部分を開閉した後に敷地内へラキリエルを案内した。



「先程、多面騎士達に伝えた通り、明後日の東角の時刻を目途として

 君には姉上に面会して貰おうかと考えている。

 それまでの間、この家屋で休息を採りながら身支度を整えてほしい」



「分かりました。大領主様に失礼のないよう努めていきたいと思います」


 東角の時刻とは、太陽が直上まで昇った後に東側へ少し傾いた時間帯を指す。仮に一日を二十四区分で分割するならば、第十四区分目に該当するだろう。


 明日ではなく明後日と指定したのは、長旅や度重なる古代魔法の行使で生じたラキリエルの疲労を僅かでも癒してもらいたいという配慮。

 本来であれば一週間程は休養すべきと考えていたが、ザンディナム銀鉱山の件や大領主として多忙なノイシュリーベの都合を鑑みた場合、二日以内には謁見を済ませておくのが最良であるとサダューインは判断したのだ。



「本来なら、もっと余裕をもって場を整えたいところだが、申し訳ない」



「いいえ、あの時 救出に来てくださった御礼を一刻も早くお伝えしたいと

 考えておりましたので、わたくしは全然 大丈夫です!」



「律儀だな。きっと姉上も、君のことを気に入ると思うよ」


 言葉を交わしながら自身の工房の入り口の前まで先導すると、丈夫そうな樫木の扉へ裏拳でノックを三度、打ち鳴らす。




 ……コン  コン!    コン


「……スターシャナ、いるか?」


 ノックの後に何者かの名を呼ぶと、建物の奥のほうからゆったりとした足音が微かに聞こえ、ほどなくして鍵を外す音とともに扉が開かれた。



「お帰りなさいませ、サダューイン様。

 おや、またしても女性を連れ込んでこられたのですか?

 ドニルセン姉妹やセンリ様が知ったら、きっと大暴れしそうですねぇ」


 現れたのは背の高いエルフ種の女性であった。ただし『大森界』のメルテリア地方で暮らす一般的な種と比べて肌の色が異なり、白磁の如き神秘さはなく闇色に近い褐色をしている。

 そんな彼女は己の主君が連れてきた麗人(ラキリエル)を目にして微笑みながら嘯いた。



「……君もか。テジレアといい、俺のことをなんだと思っているんだ」



捕食者(プレデター)ですね、色々な意味で」



「…………」


 長年の付き合いとなる部下にして侍従である彼女の言い草に頭を抱えつつ、反論しても意味はなさそうだと察して話を進めることに専念することにした。



「彼女は、"我々の"客人だよ。

 姉上との面会を控えているので、済まないが君には色々と手伝いを頼みたい。

 奥の部屋……母上の私室だった部屋を自由に使ってくれていい」



「成程、そういうことでしたか。

 容姿がロッティに少し似ていたので、つい勘違いしてしまいましたわ」



「……この分だと『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』の全員から同じことを言われそうだな」


 侍従の冗談か本気か判断に迷う返答に諦観交じりの面貌を浮かべながら要件を伝えると、背後のラキリエルを手招きする。

 実の姉とはいえグレミィル半島を治める大領主と面会させるのだから、能う限り身支度を整えさせるのは至極当然の配慮であった。



「ラキリエル、彼女は母上の生家から出向してきたスターシャナという者だ。

 信用できる俺の直属の部下でもある。宿場街で会ったテジレアとは同僚だな」



「スターシャナ様。お初にお目にかかります、ラキリエルと申します」



「可愛いらしい御方ですね。主君の命に従いお世話させていただきますわ。

 ですが私達には敬称は要りません。どうぞ気軽に呼んでくださいな」



「分かりました……」


 両者が挨拶を終えるのを待った後に、再びサダューインは要件を伝え始める。



「明後日までの間、君の身の回りの世話はスターシャナに任せようと思う。

 生家でも正式な侍従として働いていた経験があるので、遠慮なく頼るといい」



「お気遣い、ありがとうございます。

 スターシャナさんも、よろしくお願いいたします」



「ええ、こちらこそ。シドラ様に……いえノイシュリーベ様にお会いするのなら

 幾ら準備してもし足りないということはないでしょうからね。

 快適な宿とはいえないかもしれませんけど、出来る限り尽力いたしますわ」



「俺は俺でやるべきことがあるので、暫く作業部屋のほうに籠っているよ。

 ラキリエル、ゆっくりと身を清めておいで」



「はい、ですがサダューイン様も長旅を続けてこられたのですから

 どうかご自身のお部屋で、今日はぐっすり眠ってくださいね」



「ふっ、肝に銘じておこう」



 そうしてスターシャナに連れられて奥の部屋へと案内されたラキリエルは、そこで用意された沐浴槽に張られた清水に浸かりながら蓄積された泥や埃を洗い落としていった。


 彼女が沐浴を行っている間、サダューインのほうも自室を兼ねる作業部屋にて黒尽くめの装束や外套を脱いで軽く身体を拭いた後に、衣服を着替える。

 そして自分専用の作業机へと向かい、然るべき準備を進めていくのであった。


・第17話の3節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・スターシャナはダークエルフ的な種族だと思っていただければ幸いです。

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