017話『白亜の壁の裡へ』(2)
[ 城塞都市ヴィートボルグ ~ 光篭通り ]
いよいよ壁の内側へと入っていくと、そこには篝火の代わりとなる街灯で照らされた街並みが広がっており、騎馬が十頭ほど横隊を組めるほどの広さの街路が北西へ向けて伸びていた。
外灯の支柱は金属製で、いずれも防錆措置が施されている。その先端には水晶硝子の容器が設けてあり中には光を放つ魔晶材が納められていた。
魔晶材が照らす光の色は白から橙色の中間といった具合だが稀に薄い青、緑、黄色など異なる彩光を発する特殊な外灯が等間隔で設けられている。
明瞭ではあるが眩しく感じるほどの光量ではなく、どこか幻想的で安心感を得られる風情を醸し出していた。
色鮮やかに煌めく街の光を、うっとりとした表情でラキリエルは眺めている。これまでの道中で幾つかの村や街に立ち寄ってきたが、これほどに美しい光景を描いていた場所はなかったのだ。故に、童心に帰って見惚れていた。
少女の如く瞳を輝かせるラキリエルの意識を邪魔しないようにサダューインはさり気ない声色と声量で解説を添え始めた。
「この街灯は全て魔具なんだ。以前までの篝火台と違って強風の際に家屋に燃え移る危険性が極めて少ない優れた代物だよ。
これ程の数の街灯を拵えることができたのも『森の民』との融和の成果さ」
「そういえば、丘陵を登って城壁まで辿り着くまでに通った路の脇にも等間隔で外灯が設置してありましたよね。
町中で見掛けるものよりも無骨なデザインでしたけど」
「ふふっ、やはり君は細かいところまでよく見ている。
その通りだ、城壁の外に設置してある外灯は防衛装置も兼ねているのさ」
「海の底で生きてきた者にとって、地上で目に映る全てが新鮮に感じますので!
なるほど……地上の国々の技術は物凄く発展しておられるのですね」
「いや、グレミィル半島が少々特殊なのかもしれない。
半島の北側に棲む者達……『森の民』の氏族家は古来より魔法や魔術の術式を刻印する工芸品や、魔具を造る技術を一途に磨いてきた歴史があり、その分野で一日の長がある」
黒馬に乗って街中を闊歩しながら、馬上にてグラナーシュ大森林の在る方角の壁を見据えた。
「『森の民』の魔具造りの技術と『人の民』の建築技術が掛け合わさった結果といったところだろうか。
シーリア湖と合わせて今ではこの外灯に照らされた街並も観光名所の一つになっていて、訪れる人々にも好評を得ているよ」
ヴィートボルグを初めて訪れた冒険者や旅人、商人や旅芸人、そして他領の貴族達は街並みの美しさに加えて、なによりもその清潔さに驚くという。
本来、城塞都市というものは構造上どうしても衛生面で不安が生じてしまう。その多くは腐敗した食物や処理が間に合わなくなった糞尿、更に死体などにより病や臭気を抱えていくのだが、この市街地ではそれらを一切目にすることもなければ不快な臭いに鼻を曲げるようなこともなかった。
高度な魔具を用いた浄化設備や、徹底された清掃意識等により市街地の景観と衛生状態が守られており、故に観光名所として一層の拍が付いている。
これは現在の大領主であるノイシュリーベの代になってからは特に顕著であり彼女の性格や方針が、如実に反映されているのだ。
淡々と、それでいてサダューインにしては珍しく言葉の節々が微かに弾んでいることから、自信に満ち溢れた様子が見て取れる。
彼が如何にこの都市と『森の民』について誇りに思っているのかを伺い知ることができて、傾聴していたラキリエルは嬉しい気持ちを懐いた。
「我が母、ダュアンジーヌが『森の民』と『人の民』の技術の橋渡しを担い、
この街灯を含む様々な設備の開発を率先して行ってくれたからこそ
今日のヴィートボルグがあるんだ」
「素晴らしい功績を成し遂げた御方なのですね……。
たしか以前、"魔導師"の称号を持っておられるとお話されておられましたが
お母上は今も魔具の開発に携わっておられるのですか?」
何気なく尋ねると、サダューインの面貌に急速に暗い影が落ちた。
「……いいや、既に母上は亡くなっている。父上とともにある日、突然にね。
あの呪詛……『灰礬呪』によって呆気なく息を引き取ったんだ」
「……っ!!」
驚愕に目を見開くラキリエル。同時に、濁った翡翠へと姿を変えていった海底都市の同胞達の最期の姿が脳裏に蘇った。
「そう、奇しくも君の大切な人達と俺の両親は同じ呪詛によって奪われたのだ」
「……そう、だったのですね。知らずのこととはいえ、ごめんなさい!」
「気にしなくていいさ、はっきりと言い出せなかった俺が悪いのだから」
震えながら、心の底より申し訳なさそうに謝ることしかできない彼女を優しく抱き締めながら、安心させるように言葉を紡いだ。
街路の脇に黒馬を停めて、少しの間だけ時を待つ。密着していることで互いに伝わり合う温もりによって、幾分か心を落ち着かせることが適うだろう。
「(あの山道で、ラナリア皇国の軍人の方が呪詛を蔓延させていたと自白した時)
(途轍もなく怒っておられたのは自領の民だけでなく、ご両親の死因でもあったからだったのですね……)」
衣服越しに伝わる彼の温もりを介して、裡に秘める怒りの根源を理解した。
これがサダューインの全てではないにせよ、だからこそ更に彼のことを理解したいという欲求が、脳裏に過ぎった同胞達の最期の姿を抑え込んだのだ。
「そろそろ行こうか」
「はい……お願いします」
ラキリエルの身体と心の震えが収まったことを確認した後に、サダューインは再び黒馬を前進させながら説明を続けた。
「そんなわけで母上が遺した技術や設備は、俺が引き継いで管理している。
一方で父上が遺したグレミィル半島の大領主の座は姉上が継いでくれている」
馬上より城塞都市の壁の内側で暮らす人々の様子を改めて一瞥する。
彼の両眼には一切の迷いや後悔の色は見当たらない。家督を姉が継いだことに対して一切の不満はなく、己はただ影として民を護り、支えていく存在に徹することを誇りであると感じている者の眼差しであった。
そんなサダューインに倣って周囲を見渡したラキリエルの視界に映る街の住民達は、その多くが街灯の灯りに照らされ、笑顔と活気に満ち溢れていた。
純人種だけでなく猫人や犬人、狼人に樹人、蜥蜴人、人間の半分ほどの背丈の小人種、魔物との混種、そしてエルフ種といった様々な亜人種達が当然のように街中を往来している。
着ている衣装から察するに職業や階級、身分も異なる者達であるようだったが一軒の酒場内で同じ卓を囲んでいる者達の間には壁を感じなかったのだ。
「綺麗な街ですね。まるで絵本の中の……御伽噺の世界のよう……」
うっとりとした表情を浮かべたラキリエルが、その色鮮やかにして穢れなき街並みを眺めながら感嘆の声を零す。
「街で暮らす人達も、帰路に着く人達も皆、安心なされた顔をしておられます。
ここから見える酒場も、とても賑やかな喧噪に包まれています……。
きっと昼間は他のお店にもたくさんの人達が行き交っているのでしょうね」
「市街地は幾つかの区画に別れているが、この辺りは特に賑わってくれている。
商人や冒険者、旅芸人といった各地を巡る者達だけでなく
他国から来訪してきた紋章官なども、存分に寛いでくれているようだ」
これだけ様々な人種が一堂に会した上に、都市の住民と来訪者が同席して尚も大きなトラブルが起こる気配はない。治安の維持も徹底されているのだろう。
「市街地の詳しい案内は後日に行うとして、まずは丘上の城館を目指そうか」
「……お願いいたします」
「ふふっ、いつか俺の贔屓にしている店を紹介させてほしい」
名残惜しそうに御伽噺のような世界を見詰め続けているラキリエルを諭すように囁きつつ、大路に沿って黒馬を進め続けた。
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