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016話『"春風"の足跡』(2)


 サダューインからの説明を一通り聞き終えたテジレアは驚愕に目を見開き、同時に怒りを露わとした。



「……なんてこった! そんな奴等をこの鉱山一帯に入れちまっていたなんて。

 完全に私の落ち度じゃないかい」



「君が気付かなかったいうことは、宿場街に滞在する貴族家の誰かが裏で手引きでもしていたのだろう。そちらの方面から洗い出したほうが良いかもしれないな。

 この分では、別所でも同様にラナリア兵が暗躍している可能性がありそうだ」



「成程ね、『人の民』の中には本国の役人や軍人との個人的な繋がりを深めて

 周囲を出し抜きたいって考えてる奴等がいるからねえ」



「その大半は、大戦期を生き延びた後も一定の権力を保持してきた老人達だ。

 ……そちらでは何か掴んでいることはあるかな?」



「そういえばエーデルダリアのほうで身体が結晶化した連中を調べていたロッティ達が、海洋軍の制服を着た奴を見たかもしれないと言っていたよ」


 現在ではグレミィル半島もラナリア皇国の一部として編纂されているので、本国の軍人が来訪することは決して有り得ないことではない。

 しかし仮にも独立した自治権を与えられた領土である以上、軍人が軍服を纏って足を踏み入れるからには、現地の為政者に話を通すのが筋というもの。


 ところが大領主であるノイシュリーベや、その弟であるサダューインの耳には公的な来訪と滞在を旨に関する報告は届いていなかったのだ。

 


「セオドラ卿の管轄地か……彼は昔から我々のことを快く思っていないからね。

 この件は一度持ち帰って姉上と方策を検討していく必要がありそうだ。

 果たして、俺の言い分を姉上が聞き入れてくれるかどうかは分からないが」



「……もう子供じゃないんだから、いい加減に姉弟で歩み寄りなよ」



「出来るものなら、そうしたいのだがね」



「…………」


 表情に影を落とすサダューインの変化をラキリエルはただ黙って見ていることしかできなかった。

 この先、ヴィートボルグに着いた後に姉弟が居合わす面会の場では果たしてどのような対話となっていくのか僅かに不安を感じてしまう。



「ところで、銀鉱山のほうはどうなっている? 一時封鎖したと聞いているが

 『負界』を浴びて適合した魔物は凶暴化するという。

 万が一にもそのような個体が誕生したとすれば、常備兵や並の冒険者では太刀打ちできないだろう」


 宿場街の様子からして、坑道から魔物が這い出た痕跡は見受けられない。

 グレイウルフのような銀鉱山の外地で棲息する魔物達は、『負界』を浴びる前に下山して野に散っていったと考えるのならば、街で暮らす者達は全くといっていいほど魔物による脅威には晒されなかったということになる。



「ああ、その件なら心配無用さ。たしかに紫紺色の瘴気……『負界』に染まって

 図体が肥大化した魔物が坑道内で盛大に暴れ散らかしてはいたけどさ、

 ウォーラフ商会長が連れてきた冒険者が、ばっさり斬って倒しちまったのさ!」


 『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』を纏める彼女からしても凶暴化した魔物は明確な脅威。

 それをあっさり討伐したという冒険者とは、如何なる存在なのだろうか。



「ほう、たしかにグレキ村でもウォーラフ殿が冒険者を連れて銀鉱山に向かったという話が挙がっていた。

 彼等が居てくれて本当に助かったが、その冒険者とはいったい何者なんだ?」


 冒険者"一行"ではなく、あくまで冒険者だと彼女は口にした。

 つまり複数人が連携して凶暴化した魔物の討伐を達成したのではなく、たった一人で脅威を払拭したということになる。


 ただでさえ『負界』が噴出して非常に危険な状態に在る坑道内を単独で制圧してみせるなど、『翠聖騎士団(ジェダイドリッター)』が誇る歴戦の部隊長達ですら成し得るかどうかは怪しいところである。



「実際に目にしたのは初めてだったけど、魔物よりもよっぽど恐ろしかったさ。

 目にも止まらぬ疾さというのは、ああいうのを云うんだろうね」


 感心と畏怖が混ざった声色でテジレアが語る。

 彼女の動体視力を以てしても「目にも止まらぬ」と言わしめるからには、さぞ常軌を逸した位階にあることが伺えた。



「冒険者の名前は、『アルビトラ』。

 大陸中央部で活躍している"春風"の二つ名を持つ狐人(フォクシアン)さね」


 そうして身振り手振りを交えながら、その光景に至る一部始終を語り始めた――





 [ 数日前 ザンディナム銀鉱山 内部 ]


 坑道の奥地より謎の有害物質が湧き出てから一両日が経過したころ、この付近での諜報活動を担当するテジレアは現地へと急行していた。

 ドワーフ種の屈強な肉体を余すことなく鍛え上げた彼女の走力は並の騎兵をも上回る速度で、更に山道を無視して岩山を最短距離で登ることが出来るのだ。


 辿り着いた宿場街は混乱の坩堝と化しており、被害に遭った者達が次々に救護院へと運び込まれていた。


 街の統治を担う管轄家の者達の対応は決して遅くはなく、むしろ迅速。適切な対応と指示を下し、今後の方策や大領主への説明も兼ねた報告書の作成も順当に進めているようであった。

 しかし坑道内で暴れる魔物への対処だけは困難を極めているようで、派遣した常備兵や冒険者一行は悉く返り討ちに遭ってしまったという。



 姿を消し、正体を隠して暗躍する『亡霊蜘蛛(ネクロアラクネロ)』である彼女は表立って支援を申し出ることは適わず、また管轄家の者達と情報を共有することもできない。

 したがって単独で坑道に潜って事態を把握しつつ、もし取り残された者がいれば密かに救出を試みようとしたのだ。


 坑道内に充満する有害物質に関しては、自前の魔具である程度は対策できると考えていた。

 加えて彼女はグレミィル半島では滅多に見掛けることのないドワーフ種。光無き坑道内を見渡せる瞳は暗視を得手としており松明や提燈(ランタン)を必要としない。

 即ち、この街の誰よりも変事の起こった銀鉱山を検める適正があったのだ。




「……話には聞いちゃいたが、とんでもないものが出てきたものだねえ」


 顔全体を覆う仮面のような魔具を装着して坑道内を進む最中に愚痴を零す。

 紫紺色の謎の瘴気は、毒ガスのようでありつつも全く異なる性質。自身の強靭な肉体と魔具のおかげで今のところは五体満足で活動できているが、おそらくは半刻も保たないだろうと直感が告げていた。


 既に仮面の端が紫紺色に染まり、腐食するかのように爛れ始めていた。

 最上位の浄化・解呪・対魔力防護を備えた渾身の出来栄えの自作魔具であったにも関わらずにだ。魔具術士(アーキテクト)としての矜持が、僅かに打ち砕かれかけてしまう。



「この瘴気のサンプルも採取しておきたいところだけど……。

 採取用の容器が保つとは思えないね」


 魔術による強化刻印を施した硝子容器は携行しているが、到底 用途を満たせるとは思えない。それほどまでに充満する瘴気は異常な性質であったのだ。


 そのまま暫し坑道を突き進んでいくと、路の脇にて身体の一部を捥ぎ取られた者達や、或いは瘴気を吸い続けて絶命したと思しき者達の亡骸を複数発見した。

 いずれも身に纏う衣服ごと徐々に肉体が腐食し始めている。



「服装からして三人は炭鉱夫、六人は救出しにやって来た冒険者ってとこかい。

 この歪な喰われ方は……エルドクロウラーか? こんな時に厄介だねえ」


 エルドクロウラーとは、体内に燃焼物を抱える巨大なワームであり、土中や岩盤を泳ぐように這い回るだけでなく、時として狭い坑道内で炎を吐いて獲物を焼いて捕食したり、酸素を燃焼させて窒息死させる魔物として知られている。


 しかし知能は低く動きは単調、出没する区画も限られているために、熟練した冒険者一行が入念に対策して挑めば討伐することは、そう難しくはない。




「……装備からして、なかなか悪くない冒険者達だったみたいだ。

 瘴気が充満してちゃ本来の実力を発揮できなかったのかもしれないが、

 それでもエルドクロウラー如きに全滅するとは思えないけど……」


 亡骸の一人の井出立ちを検めてみると、ラナリア皇国軍払い下げの部分鎧……冒険者達にとっては充分に上等といえる代物を装備していた。

 防具に潤沢な予算を費やすことができる冒険者や傭兵は、それだけ長く活躍している証拠であり、用心深く、請け負った依頼に対して真剣に臨む者が多い。


 そんな彼等が全滅の憂き目に遭っただから襲撃してきた魔物か、充満する瘴気の異質さが(いや)(おう)にも伝わってくる。……と、その時。




「………グ ギョオオオオオオン!」


 凄まじい鳴き声が響くと同時に坑道の地面、壁、天井が激しく振動した。

 それに伴って充満している瘴気と土埃が攪拌されて元より不鮮明だった視界が更に悪化する。こればかりは暗視が可能なテジレアとて変わらない。


 咄嗟に地面に伏して耳を押し当て、音の反響と振動から発信元を探った。



「(振動の伝わり具合からして、この先に開けた空間があるようだ)

 (鳴き声を発したのはエルドクロウラー……にしちゃあ、ちょいとばかし五月蠅い気もするがねえ)」


 不審な点が幾つかあるものの、最低限の状況確認を行うべく口を閉じて匍匐前進で突き進む。

 エルドクロウラーは音を頼りに襲い掛かって来る魔物であり、彼等が潜んでいるのだとしたら声を発するのは勿論、足音すら立てることも御法度となる。



 ゴォォォン……  ズガァン!    バギバギバギ……


 激しい地鳴り、岩が砕ける音、何かが割れる音など、前方より様々な怪音が断続的に鳴り響いてはその都度、魔物の鳴き声が付随するように木霊してくる。



「(いったい、この先でなにが起こっているって言うんだい?)」


 慎重に前進していくとテジレアの見立て通り、大規模な空洞地帯へと躍り出た。採掘した鉱物資源の一次集積所といったところであろうか。




「(……こりゃあまた、化け物共のとんだ乱痴気騒ぎってとこかねえ)」


 そこでは先程の鳴き声の主と思しき魔物達が怒り狂ったかのように激しく蠕動し合い、地面や床に潜ったかと思えば急に飛び出して暴れ回っていた。

 中には灼熱を収束した熱線砲を頭部より無秩序に放つ個体までいる始末。


 ただでさえ紫紺色の瘴気が充満している中で、巨大な魔物達による狂気の宴が催される地獄のような惨状が拡がっていたのである。


・第16話の2節目をお読みくださり、ありがとうございました!

・1節目より、ちょくちょく名前の出ているラスフィやロッティという者に関しましては後々に登場させる予定をしておりますので、今の時点ではそのような人物が存在している……くらいに思っていただければ幸いでございます

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― 新着の感想 ―
坑道の闇と瘴気が織りなす異常事態に、独自の視点で挑むテジレアの描写が秀逸。暗視・匍匐・気配遮断といった彼女の技能がリアルかつ丁寧に描かれ、読者はまるで自分が坑道に潜っているかのような臨場感を味わえる。…
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