015話『清貧なる巡回徴貢』(2)
「エバンス、さっさと仕留めるわよ! エルドグリフォンなんて放置していたら
この辺を通る者達に確実に被害が出るし、林や森も炭になってしまうわ」
「大領主様としては、見て見ぬ振りするわけにもいかないだろうしね。
でも、おいらは荒事はあんまり好きじゃないんだけどなぁ」
「つべこべ言わない。援護だけでいいから協力しなさい」
「ほいよ! といっても、グリフォンくらいの機動力を持った相手だと
おいらの魔奏は届き難いんだよね……となると、こいつの出番かな!」
得意の弦楽器ではなく、背部に納めていた大型のブーメランの柄を握り締めては一挙に抜き放つ。そして全身を大きく捻るようにして構えながら力を蓄えた。
直後、上空の魔物のうち先頭を飛ぶ個体が眼下の獲物を見定めると、嘴を大きく広げつつ急速に高度を下げるように滑空してきたのだ。
「エルドグリフォンお得意の急降下からの炎弾爆撃をやるつもりだね!
まともに発射されると躱すのはすごく難しいんだよねぇ」
その危険性を理解しているエバンスは、然れど不要に慌てず確実な所作で迎撃を行うべくにブーメランを投擲した。
ぐるぐると渦を巻くように激しく乱回天しつつ緩いカーブを描きながら飛翔し、急降下するエルドグリフォンへと着弾すると思われた瞬間、なんと魔物が僅かに翼を傾けて揚力を操ることで姿勢を急激に逸らしたみせたのだ。
これにより迫り来るブーメランとの接触を避け、勢いを削がれることなく降下を継続。それなり以上に知能が高いことを伺わせた。
「ほいほい、まぁそう来るだろうとは思ったよ!」
グレミィルの空を舞う、自由で気ままな風の精霊にお願いしちゃおう。
空の戯曲、想の調べ、白き雲の筋道にて結び、客席を賑わし給え!」
いよいよ寸前まで迫った魔物が、大きく広げた嘴の奥……体内に存在する可燃性物質を蓄えている器官より炎弾を吐き出そうとした、正にその時。
エバンスは両腕を前方に突き出し、なにやら怪しい気な動きと詠唱を披露すると魔物に避けられて明後日の方角へ向かった筈のブーメランが急激に軌道を変える。
「当たれ、『――白尾が、最後にやって来る』!」
鋭い角度で魔物の頭上へとブーメランが急速に忍び寄り、やがて垂直に鉈を振り降ろすかの如く右の翼を打ち据えたのである。
「ギ クェエエエ……!?」
さしもの空の魔物とて攻撃する直前に死角より翼を打たれてしまってはどうすることもできず、一挙に姿勢を崩したばかりか、翼を羽搏かせることも適わなくなり揚力を失って落下し始めていく。
「やるじゃないの、相変わらず器用よね」
エバンスが披露した手管を素直に称賛するノイシュリーベ。
落下中の魔物を見定め、次は己の出番であることを心得ていると言わんばかりに魔力を練り上げつつ短い詠唱句を口にした。
「『――来たれ、尖風』!」
白く輝く全身甲冑を着込んだノイシュリーベが徒歩にて疾走する。
彼女の膂力では到底、このような金属製の武器と防具を身に纏って走り回れる筈はないのだが、風魔法によって産み出した豪風を噴射し続けることにより肉体面でのハンデを覆すことに成功していた。
ノイシュリーベが一歩、駆ける度に全身甲冑の各部に設けられた噴射口より収束された風が迸り、彼女の疾走を強力に後押しする。
ダ ン ッ !! ―――― ボッ ヒュゥゥゥ… !!
そうして強引に加速を付けてエルドグリフォンの真下まで近寄ると、一際激しい豪風を噴射させることで大きく跳躍し、空へと舞った。
「でやぁぁああああ!!」
飛翔する女性騎士と、落下中の魔物が交差する。
両者の距離が限りなく零と化し、遠心力を活用させて握り締めていた斧槍を振り抜くと、吸い込まれるようにして刃が魔物の首へと至り、一刀で以て斬り跳ばす。
「『――来たれ、尖風』!」
撃破と同時に、首から先を失った魔物の骸に脚甲を押し当て、即席の足場代わりにするかの如く蹴飛ばしながら、間髪入れずに更なる詠唱を口にする。
魔法によって新たに豪風を噴射させ、空中に在りながら更に高く跳び上がる。
そこでようやく事態を把握した他の魔物達が、嘴を広げて同胞を屠った女性騎士に対して口内より炎弾を放射してきた。
翼を持たない者にとって、本来は空中に跳び上がった状態で炎弾の脅威に晒されてしまっては逃げ場などはない。然れど彼女は一切慌てる素振りを見せることなく右掌のみで斧槍を握り締め、離した左掌を魔物達の居る方角へと突き出した。
「グレミィルの空を巡る、大いなる原初の風の精霊達に希う。
我が身、我が領、我が腕! 巡りて循る、環にして圏と成れ!
『―――風域を統べし戴冠圏』!」
淀みなく詠唱句を唄い終え、鍵語を以て風の精霊を媒介とした術式が発動する。
すると風が渦を巻いてノイシュリーベの四方八方、全周囲を包み込み恰も球形の防護圏を象った。
さすらば魔物が放った炎弾の直撃に晒されたとしても、風の聖域が邪悪を退けるかの如く、彼女の総体が焦がれることは決してあり得ない。
「『――来たれ、尖風』!」
炎弾を防ぎ、風の膜と熱波の残滓によって一時的に閉ざされた視界が晴れるより早く、立て続けに魔法を唱えて豪風を噴射させ続けた。
「『――来たれ、尖風』!!」
否、ただ闇雲に豪風を噴射させていたのではない。甲冑の肩当、肘当て、腰部の草摺り、脛当てに設えた噴射口の角度を微細に調節することで、空中で巧みに姿勢制御を行い二頭目のエルドグリフォンの直上まで速やかに跳び移っていたのだ。
魔物達は、奇想天外の挙動を披露するノイシュリーベの機動を全く目で追うことが出来なかった。
その隙を見逃すことなく、頭上を獲ると同時に前方宙返りの要領で総身を縦に一回転させながら斧槍の刀身を魔物の頭蓋へと……振り降ろす。
「『――更に来たれ、尖風』!!」
斧槍を叩き込む刹那、更に駄目押しとばかりに可動式の肩の草摺りの向きを整え、振り抜く腕の動きを補佐するように豪風を噴射。
ノイシュリーベの膂力では絶対に到達し得ないであろう速度で総身を稼働させ、斬撃の威勢を極限まで高めることで一刀の元に首を撥ねる。
「……ギュルルァァァッ!?」
翼を持たぬ筈の、甲冑を着込んだ女性騎士が自在に空を踊り回り、同胞達を立て続けに屠ってみせたのだから、最後に残ったエルドグリフォンが恐慌状態に陥るのも無理はない。空中に静止するかのように硬直してしまう。
「おっ、いいね! いただきぃ!」
ノイシュリーベが二頭目を仕留めたころには、初手で投じた大型のブーメランがエバンスの手元へ戻ってきていた。
硬直した三頭目の姿を見咎めると、これぞ好機とばかりに躊躇なく再投擲する。
「……ギュォッ!!」
再び乱回転しながら飛翔する大型ブーメランが、魔物の死角より這うようにして側頭部へと直撃。衝撃が脳髄へと浸透した為か、意識を失って翼の動きを停めてしまい地上へと落下してしまう。
―――…… ド ォォン !
数秒後には轟音を響かせながら頭から大地に激突し、敢え無く絶命。
空襲を企てたエルドグリフォンの脅威は鮮やかに払拭されたのであった。
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