013話『そして濁り水は像を結んだ』(5)
改めて『グロシュラス』を検分するならば全高三メッテを越える人型を模した体躯をしており、長い腕部を備えているのが特徴と呼べた。
胸部には動力源である軍用の魔晶材が埋め込まれており、各部に刻まれた術式経絡を伝って魔力を行き渡らせ、総身を駆動させる仕組みである。
更に軍人達が被っていた魔鋼兜と同等か、それ以上の材質と思しき装甲で覆われていた。
「装甲材はともかく、基本的な構造自体は一般的な魔具像と大差はなさそうだ……しかし」
最大の特徴はやはり、装甲の至る箇所に濁った翡翠とでも形容すべき鉱石のようなものが生えており、悍ましき魔力……即ち、呪詛を帯びていることであった。
呪詛とは怨念などに晒されて汚染された魔力、もしくは意図的な術式を組んで汚染した魔力の総称であり、時として戦術的に用いられることもある。
つまるところ眼前の『グロシュラス』は、稼働し続けるだけで周囲に破壊と災厄を撒き散らすために開発された特殊な呪詛兵器といったところであろうか。
「……やはり見間違いではありませんでした。
あの巨大な像が纏っている結晶は、わたくしの同胞達が変質した姿と同じです……!!」
顔面蒼白になりながら、悲鳴に近しい声を震わせながらラキリエルが呟いた。
少し前に悪夢で見た光景がフラッシュバックし、恐慌状態の一歩手前にまで陥る。
「成程な、君の故郷にもアレが撒かれたというのか……」
サダューインのほうも『グロシュラス』に生え渡る濁った翡翠には心当たりがあった。あり過ぎた。
其は彼の両親が罹患した謎の呪詛であり、近年に於いてはエーデルダリアを始めとした各街の貧民層の間で少しずつ蔓延し始めている濁り水の正体である。
見紛う筈もなかった。
「……その剥き出しの結晶物、まさかとは思ったが『灰礬呪』の凝固物なのか?」
『グロシュラス』を起動させた軍人を鋭く睨み付け、怒気を抑えた声色で詰問する。
「……属領の土民が『灰礬呪』の名を知っているとはな。だが答える道理があると思うか?
女もろとも此処で結晶化して果てるがいい。行け『グロシュラス』! 隊長殿達の弔いだ、最大出力で薙ぎ払え」
「ギガガガガ……」
最後に残った軍人が短く頑丈そうな杖……棍と杖の機能を合わせた軍用の戦闘杖を携えて、稼働させた『グロシュラス』とともに応戦の構えを取った。
「ラキリエル、あの魔具像には絶対に近寄るな!」
先ほどの様子からしてラキリエルは酷く怯えている。
元より戦闘に参加させる気はなかったが、呪詛の影響を受けさせないためにも黒馬リジルに命じて山道を降らせることを検討していた。
「……いいえ、あのような物を見てしまって目を逸らすわけにはいきません。
それにサダューイン様はお怪我をなされておられるではないですか! 挑まれるというのなら、わたくしにも魔法で援護させてください!」
「本気なのか?」
「……はい! 彼らがここで何をしていたのかは分かりませんが、
あの兵器が宿場街に向かっていけばどうなるのかくらいは、わたくしにも想像が付きますので!」
未だにラキリエルの声は震えていたが、芯に込めた意思は固いことが伝わってくる。故に、サダューインは彼女の意見に折れた。
「わかった、ならば速攻で片付けよう。君は攻撃魔法の心得はあるか?」
「あります……! ただ、発動までに時間が掛かるのと素早く動く敵に当てることは難しいです」
「よし、では俺が敵の動きを封じるから君には要撃を任せた」
訓練された俊敏な動きの軍人が相手では戦いに不慣れなラキリエルは太刀打ちできそうになかったが、図体が巨大な魔具像であれば、工夫次第では魔法を命中させられる余地があるかもしれない。
それに手傷を負った状態でのサダューインでは、戦闘杖を構えた軍人だけならまだしも『グロシュラス』をも一人で同時に相手取るには厳しい。
「……すまない、頼らせてもらう。
君に負担を掛けさせてしまうのは本意ではないが、不甲斐ない我が身を恥じるばかりだ」
「なにをおっしゃいますか、ここまで身を挺してお守りくださったのです!
わたくしのほうこそ、なにかお役に立たせてください!」
黒馬の補助用の鞍から降り立つと、両腕に纏っていた半透明状の布をふわりと漂わせながら総身に魔力を滾らせた。
「軍人のほうは気にしなくていい、君は魔法を放つことだけに集中するんだ」
「かしこまりました! ですが、どうかご無理だけはなさらないでください……」
相談を終えた直後、戦闘杖を構えた軍人が何らかの魔術を行使しようとしている姿を見咎めたサダューインは、距離を詰めるべく一挙に駆け出した。
駆け出す最中に、先ほど蹴り飛ばされた魔具杖を回収しておくことも忘れない。
迫るサダューインに対して『グロシュラス』が瞬時に反応し、下段回し蹴りの要領で迎撃行動を採ってくる。巨体に反して挙動は中々に素早かった。
「タイショウヲ ホソク……キョウイハンテイ『 C 』 ――ゲイゲキ カイシ」
丸太のように太い脚部にも濁った翡翠のような鉱石が彼処に生え渡っており、不揃いな牙の如くサダューインへと襲い掛かる。
その瞬間、サダューインの左掌が小刻みに震え出したものの、即座に拳を握り締めることで震えを抑え込んでいた。
「(……やはり『灰礬呪』による結晶物で間違いはなさそうだ。意図的に魔具像に仕込んでいるというのか?)」
疾走の勢いを止めずに左斜め前方へと短く跳躍。
『グロシュラス』が放った下段回し蹴りを避け、擦れ違う形でやり過ごし、一挙に軍人の元へと距離を詰める。
同時に、間近で見た『グロシュラス』の威容を抜け目なく検分していた。
「(『灰礬呪』は今のところ、純人種や亜人種などヒトに分類される者のみに発症させる呪詛由来の症状だと思っていたが……)」
一部の錬成像ならば生物より採取した生体パーツを組み込む禁忌の技法が存在し得る。
その場合なら呪詛の性質を意図的に付与できる可能性があるかもしれないが、生憎と眼前の魔具像は明らかに無機物を組み上げた代物。
故に、両親の怪死を経て濁った翡翠について調査していたサダューインは更なる謎に直面した気分となった。
「閉じよ空景、満ちよ冥霧、我が掌に緋堰の鍵を焼べ……」
軍人が発する詠唱句が耳朶に響く。ラナリア皇国を含む大陸南部で普及している中位の爆裂系魔術だった。流石に訓練を積んでいるだけあって、速い。
それを察したサダューインは接敵するや否や、魔具杖を抄い上げるようにして振り上げつつ相手の戦闘杖の柄に這わせながら、回転を付けて巻き上げ、絡め取ることで相手の掌から得物を切り離した。
戦闘杖には魔術効果を増幅させる触媒としての側面もあり、術者の体内を巡る魔力を掌を介して注ぎ込む必要があった。
故に掌から離されれば、一時的に魔術の発動を妨害し得るのだ。
「うぐぅっ……!」
「……こんな岩山で『爆燈禍』を唱えるなんて正気か!?」
術式の強制中断によって生じた反動を受けて呻き声を挙げる軍人に対し、冷ややかな言葉を掛けるサダューイン。
彼の言う通り、このザントル山道でもし中位の爆裂魔術など撃とうものなら、その余波や振動により大規模な落岩が生じる可能性があるのだ。
本国の者にとってはどうなろうと構わない土地なれど、現地で暮らす住人にとって山道が物理的に封鎖されては堪ったものではない。
静かな怒りを滲ませながらサダューインは自前の魔具杖を左掌で保持し、巻き上げた相手の戦闘杖を右掌で掴んで奪い獲った。
…… ボ グン !
二本の杖の先端部を、それぞれ軍人の顔面と右脇腹へ向けて突き出し、痛烈なる殴打を浴びせる。
複数の肋骨が纏めて砕け、頭部を護っていた兜と前歯、そして鼻骨が砕ける音が鳴り響いた後に、軍人は膝を突いてその場に倒れ伏した。
死んではいないが暫くの間は身体を動かすことも、言葉を発することも出来なくなる程度の痛痒は与えた筈である。
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