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013話『そして濁り水は像を結んだ』(4)


「しかし隊長、もし奴がこの土地の有力貴族家の出身者かなにかであれば面倒なことになります。

 属領とはいえ遺恨が生まれれば、後々の皇国のためにはならないのでは?」



「問題あるまい。仮にそうだったとしても数日前の鉱山の事故に巻き込まれて死んだと偽装させる。

 そんな些末な心配よりも奴が連れている女を確保することのほうが重要だ。我々が此処で極秘に動いている姿も見られてしまったことだしな」



「ははっ! そういうことなら気兼ねなくやらせていただきましょう」


 口封じと探し人の身柄確保を優先するべく散開した軍人達が手短に相談を済ませる。

 魔具像(ゴリアテ)を起動させている者を除い三名がそれぞれ腰に帯びていた得物を抜き放った。


 ラナリア皇国海洋軍で採用されている半月状の刃を設えた片手斧で、手斧と曲刀を足して割ったような刀身をしている。

 携行性に優れ、斬撃武器としても投擲武器としても機能する取り回しの良さから船上でも扱い易いために、軍人達はこれを主武器と予備で計二本ずつ装備していた。

 

 加えて大量生産されているので非常に安価で補充も容易である傑作品だ。

 同型もしくは廉価品が、軍払い下げの武器として一般武具店で流通していることもあり、大陸南部の冒険者や破落戸(ごろつき)の中にも愛用者は一定数存在する。



「……これだから本国の軍人どもは好きになれそうにないんだ」


 敵対者達を睨み据えて嘯き、サダューインは諸手で握り締める魔具杖をその場で水平真一文字に振るった。

 恵まれた膂力が齎す激しい風切り音を響かせながら、先端部が触手のように伸びて軍人達の足元を薙ぎ払う。



「うおっ……!」


 三人の内、向かって右端に位置していた者の脚部に命中、転倒。

 遠心力を加味した金属塊による痛烈な一撃だ。頑丈な脚甲が粉砕され、足の骨に罅くらいは入っていることだろう。


 しかし隊長を含む残り二人は、奇襲であったにも関わらず咄嗟に後方へと跳び退くことで難を逃れていた。見立て通り相応の場数を踏んだ手練れである証左。

 そのままサダューインは魔具杖を振り上げ、即座に振り下ろすことで鞭の如く触手を繰り出し続けた。間隙を突かれる隙を与えない速攻である。



「ほう、珍妙な武器を使うものだな」


 触手による追撃を避けつつ隊長が片手斧を投擲すると、一泊遅れて部下もそれに呼応して自身の得物を投擲。

 絶妙に射線が交差するような位置取りがなされており、安易に避けることは適わない。結果として魔具杖の先端による防御を強いられた。


 触手を引き戻して飛来する片手斧を弾き落とすころには、隊長と部下は予備の片手斧を抜き放ちながら距離を詰めており、初撃で転倒させたもう一人の部下もまた足を抑えながらも立ち上がり、体勢を立て直し始めていた。



「『――凍針よ、穿て(ブラオ・シュテルン)』」


 隊長に向けて低位の氷魔術を同時に三発唱射。同じく部下の一人にも三発、そして立ち上がったもう一人の部下にも三発。

 都合、九発の氷針を放つものの、それぞれが手にした片手斧を巧みに振るうことで確実に打ち落とされてしまう。


 然れど、これはサダューインの目論見通り。対処のために足を停めさせて動きを封じ、幾許かの時間を稼いだのだ。

 その隙に触手の如く伸ばした先端部を引き寄せ、初期状態へと戻すと、向かって右斜め前方より迫ろうとした軍人へ向けて自ら駆け寄った




「……はぁぁぁっ!」


 駆け出した勢いのまま気合を込めて魔具杖を鋭く突き出し、軍人(部下)の頭部を強かに打ち据える。



 ド  ゴ ォ …… !!


 ラナリア式の魔鋼兜が飴細工の如く粉砕され、更に頭蓋骨をも砕いた独特の感触が伝わってくる。



「………ッ!!?」


 打たれた軍人の頭部は、およそ半部が防具ごと消失しており、その有様を見咎めた他の軍人達は一瞬ながら言葉を失ってしまった。

 豊富な実戦経験を積んだ彼等だからこそ理解する。この男(サダューイン)の膂力はオーガーやサイクロプスといった強腕で知られる魔物並か、それ以上の位階にあると。



「こいつ本当に人間なのか……?」


「おのれ、たかが一人の魔術師……いや魔具術士如きになんたるザマかッ!」


 氷針を捌きながら、ようやく接敵した隊長が部下の失態を咎めつつ片手斧を袈裟懸けに振るう。

 即座にサダューインは魔具杖を引き戻し、角度を付けて柄の部分で一瞬だけ受け停めてから大外へと受け流すことで斬撃の芯を往なしてみせた。



「今だ、やれぃ!」


「はっ……!」


 脚を打たれながらも立ち上がったもう一人の部下が、応答すると同時に片手斧を投擲。ブーメランのように回転しながら放物線を描いて飛翔させ、隊長の身体を避けてサダューインへと迫る。

 サダューインからすれば隊長の背後より突如、飛翔物が出現した形となり、さしもの彼とて反応が遅れてしまう。



「ぐっ……ぅぅ……」


 右腕へと突き刺さる片手斧。深くはないが、それなりに刃が食い込んだ箇所が真紅に染まりだした。



「サダューイン様!!」


「……大丈夫、だ。致命傷には程遠いさ」



「手古摺らせおって!」


 腕の負傷によって柄を握る力が弱まり、その隙を逃さぬとばかりに繰り出された前蹴りによって魔具杖が蹴り飛ばされてしまった。

 そうして隊長は容赦なく片手斧を振り被り、丸腰となったサダューインに対して、その真珠の如き銀輝の髪の根本たる額を目掛けて刃を叩き込もうとする。



「チィッ……!」


 咄嗟に首を右方向へと傾る。その動きに連動して上半身も無理やり右へ僅かに傾けさせると、振り下ろされた刃を左肩の装具(ショルダーアーマー)で強引に受ける形となった。


 しかし幾ら金属製の防具とはいえ、訓練された軍人の振るう斧を完全に食い停めることは出来なかった。

 重量と膂力を合算させた一撃により左肩の装具(ショルダーアーマー)が歪に圧し曲がり、激しい衝撃がサダューインの左肩へと襲い掛かる。


 立て続けの痛痒に晒されては頑丈な肉体を有するサダューインとて苦悶の面貌を浮かべざるを得ない。

 加えて無理な体勢で受けたがために踏ん張りが効かず、その場で片膝を突かされた。



「足掻くな、運命を受け入れろ」


 目線のやや下、丁度良い位置に長身の獲物(サダューイン)の首筋が降りてきたことも相まって、片手斧を再び振り上げた隊長は淡々とした声色で告げた。


 そこには勝利の喜悦や慢心はなく、家畜を屠殺するかの如き手馴れた冷淡さを感じさせながら袈裟懸けに得物を振るって首を斬り落とす……筈であった。



「……イェルハルド、ニルス、使わせてもらうぞ」


 サダューインが誰かの名前を呟いた直後、彼が纏う漆黒の外套の裡より二本の"腕"が出現し、勢いよく前方へと突き出される。



 スゥ……  ガ シ ッ !!


 出現した"腕"が、振り降ろされた片手斧の柄をがっしりと掴み、斬撃の半ばほどで圧し留めた。これには流石の隊長とて瞳を大きく見開いて驚愕してしまう。

 明らかに眼前の美丈夫のものではないことが見て取れる歪な"腕"。片方は焦げ茶色の皮膚に燃え盛るような赤橙色の獣毛、もう片方は黄緑染みた皮膚の剛腕。

 どちらの"腕"にも各指には金縁(きんぶち)に深緑色の魔鋼材で象られた指輪が嵌め込まれていた。



「貴様……なんなのだ、それは?!」


 突如現れた"腕"は、それぞれがサダューイン本体と同等の凄まじい膂力を発揮しており、斬撃途中で静止させられた片手斧は押しても引いてもビクともしない。



外様(とざま)に教える義理はない。まあ、敢えて云うなら……グレミィル半島の結束といったところかな」


 更にもう二本、闇の淵より"腕"が現れると同時に伸びていく。



「ロニー、ビョルン……お前達も力を貸してくれ」


 片方は色白でしなやかなエルフ種のもの、もう片方は巨大化させた蟲の上肢ような異形。いずれも同種の指輪を嵌めていた。

 隊長の眼前まで迫った"腕"の先端にて魔力が渦巻き、低位の攻撃魔術が複数構築されていく。


 これぞ保有魔力量に悩まされた末に辿り着いたサダューインの魔術の要諦。

 低位魔術しか扱えないのであれば、複製式すら組み込めないというのであれば、それを放つ"腕"を増築して一度に撃てる数を増やせば良い。

 増やした"腕"の各指には魔力を貯蔵しておく魔具を嵌めれば良い……そのためには如何なる犠牲も厭わない。




「『――凍針よ、穿て(ブラオ・シュテルン)』」


 エルフ種の"腕"から五発、蟲人(グリルシアン)の"腕"より七発、それぞれ氷針が唱射された。



「ば、化け物……!!」



「それは誉め言葉として受け取っておくとしよう」


 咄嗟に得物から手を放して回避行動を採ろうとした隊長の反応速度と判断力は瞠目に値するものであったが、流石にこれほどの至近距離で放たれては一堪りもない。

 氷針の一群が脚部を貫き大地に縫い留めた上で、両目、両腕の順に穿つことで確実に戦闘能力を削られていく。そして最後には心臓へと氷針が密集し、絶命した。



「……サダューイン様? ご無事なのですか!?」


 心配したラキリエルに再び名前を呼ばれた。彼女の位置からでは、彼が繰り出した異形の"腕"達は長身と漆黒の外套に阻まれて視ることはできない。

 故に何が起こったのか皆目見当が付かず、ただ隊長が振るった片手斧が不自然に静止し、なぜか次の瞬間にはサダューインの魔術によって頽れたように映った。



「ああ、少し傷を負ってしまったが……これで」


 地に伏した隊長が手放した片手斧を左掌で掴んで奪い獲ると同時に、出現させた"腕"達は再び外套の裡へと格納されていく。

 この戦闘に於いて、結局ラキリエルがサダューインの秘匿された姿を知ることはなかった。



「三人は片付いた」


 奪った片手斧を投擲。最初に脚を負傷した軍人へ向けて放物線を描きながら放たれると頭部に吸い込まれるかのように着弾し、問答無用で叩き割ってみせたのだ。



「隊長殿! それに皆も!? ……馬鹿な、あの一瞬で壊滅だと」


 ここでようやく、魔具像(ゴリアテ)の起動に専念させられていた軍人が背後を振り返り、状況を理解して明らかに狼狽し始める。



「クソッ、だが『グロシュラス』は稼働させた! 貴様等を生かしては返さん!」


 同僚や上司を亡き者にされた怒りに呑まれ、既にラキリエルの捕縛は頭にない様子である。

 そんな軍人の怒声に呼応するかの如く、『グロシュラス』という固有兵装名(ネームド・ウェポン)を冠した魔具像(ゴリアテ)が緩慢な動作で立ち上がり、その威容な風体を垣間見せた。


・第13話の4節目を読んでくださり、いつもありがとうございます!

 ちょっとした小ボス戦の開幕といったところでございます。


・これから少しずつ明かしていくことになると思いますが、サダューインは保有魔力量の少なさを補うために自身の肉体に色々と仕込んでいたりまします。

 なお規格外の怪力は素のスペックです。特に強化用の魔具とか身体強化魔術などは使っていません(魔力が足りなくて使えません)。

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