第40話 謝らないといけないのは、私のほうなんだから
砂州の消えた島にはさっきまでほかの人の気配はしなかった。
それなのに唐突に声をかけられて、俺は慌てて振り返る。
オレンジ色の西日を背に浴びて立っていたのは――加那さんだった。
海風に揺れる髪を片手で押さえながら、どこか悲しげな視線を俺に向けてきていた。
「……会長? どうしてここに?」
「会長って?」
人の気配に気づいた菜月が俺の腕から出て加那さんのほうを見やる。
「山下さんだったかな?」
「はい。会長って、生徒会長さんだったんですね。もしかして……助けに来てくれたんですか?」
「そうだよ。私は生徒会長だからね。生徒が困っていればどこにだって駆けつけるんだよ」
菜月を安心させようとしているのか、加那さんは優しく頬を上げる。
「といっても、さすがにここから連れ帰るのは私だけの力じゃ無理だからね。消防団の人にボートを出してもらったんだ」
「ほら」と指差す先にはヘルメットにヘッドランプを付けた人の姿があった。
「あの、ありがとうございます」
「いいよ。これも生徒会長の仕事だからね」
再度お礼を言う菜月に加那さんは「先に行っててくれるかな?」と告げる。
菜月は少しためらうように俺に視線を向けてきたが、俺が黙って頷くと消防団の人の所へとことこ駆けて行った。
菜月がボートのほうへ向かって、この場に残された俺は加那さんの表情を窺う。
でも、まだやっぱり寂しそうな加那さんの顔からはなにを考えているのか読み取れない。
「会長、どういうことなんですか?」
「この間、颯真くんが臥輪島に行くって言ったからさ、気になって見に来たんだよ。そしたら砂州が消えても帰って来ないから心配しちゃってね」
「そんなことを訊いてるんじゃないんですけど」
「でも良かった。大事にならずに済んで」
「だから、生徒会長だからって普通こんなことしないでしょ?」
「もし颯真くんたちがこのまま誰にも見つからずに取り残されてたら、私も生徒会長として忙しくなるところだったからね。未然に防げて一件落着だね」
加那さんは俺の疑問には取り合わずつらつらと言葉を並べ立てる。
ほんとになにも分からない。
加那さんは俺たちの様子を見守っていた理由について説明しているようで、なにも説明していない。
「さっき、キミはそれでいいのって言ってましたよね? どういうことなんですか?」
「ん? そんなこと言ってないよ。風が強いから聞き間違ったんじゃないのかな」
「誤魔化すんですか?」
「誤魔化すもなにもないよ」
「ここに来たのだって生徒会長としてじゃないですよね?」
「私がどんな生徒会長か、颯真くんは知ってるでしょ?」
「……なにも教えてくれないんですか?」
「だからさっき言った通りだって。そろそろ私たちも帰ろっか?」
そうして加那さんは俺に背を向けてボートのほうへ歩き出した。
なにを訊いても加那さんはなにも教えてくれないらしい。
ただ、せめて感謝の気持ちだけは伝えておくべきだろうと加那さんの背に声をかける。
「助けてくれてありがとうございました。それと、迷惑をかけてすいませんでした」
「気にしないで。……謝らないといけないのは、私のほうなんだから」
「えっ……? どういうことですか? 謝らないといけないのは会長のほうだって、意味が分からないんですけど。ちゃんと説明してくれませんか?」
助けに来てくれた理由すら分からないのに、俺の頭は余計に混乱する。
けれど、なんとか加那さんと話をしたいと追いすがる俺に加那さんはなにも言ってくれなかった。




