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第39話 キミはそれでいいの?

 周囲3キロメートルの臥輪島。

 かつて人が住んでいたこともあるらしいけど、無人島となってから随分と長い時間が経ち、島には人が作ったものは少ない。


 俺と菜月はむきだしの自然を楽しみながら遊歩道をゆっくりとたどり島を満喫した。

 これと言って珍しいものがあるわけじゃないけれど、でもかわいい見た目の女の子と一緒にいられるというだけで満足だ。

 ただ、俺は楽しい時間を送っていた。


 異変に気付いたのは、島を一通り見て回って砂州に戻ろうとしたとき。先に声を上げたのは菜月だった。


「あれ?」

「どうかしたのか?」

「えっと、私たちが島に上陸したのってたしかこの辺だったよね?」


 菜月が海面を指差した。その指先に沿って視線を動かして、しばらくして俺も気付いた。

 ……海面?

 そう、そこは海面だった。


「まさかっ?」


 俺は慌ててスマホを取り出して時間を確認する。

 待ち受け画面の表示は午後4時55分。


「……しまった」

 俺は思わずしゃがみ込んでしまう。


「どうしたの?」

 心配そうに菜月が俺の顔を覗き込んでくる。


「ごめん」

 俺は両手を合わせて菜月に頭を下げる。


「ごめんって、なんで?」

「ここの砂州は潮の満ち引きと関係していて、ずっと出てるわけじゃないんだよ」


 デートに行くこと自体に反対することを諦めた加那さんからも「時間には気をつけるように」ってしつこく言われていたから、注意していたはずだったのに。

 菜月といるのが想像していたよりも楽しすぎて、すっかり頭から抜け落ちていた。


「それは私も調べたから知ってるけど……。もしかして?」

「そう、砂州が消える時間を忘れてたんだ。ごめん」

「ごめんって、違うよ。颯真くんが謝ることじゃないよ。私がここに来ようって誘ったんだからちゃんと時間を確認しとかないといけないのは私のほうだったんだから」

「どっちの責任とかって問題じゃないよ。いまはどうやって帰るかを考えるのが先だよ」

「誰かに連絡が取れればいいんだけど……」

「そうだな。でも……」


 俺は右手に持ったままのスマホを菜月に示す。


「……圏外だね」

「圏外だな」


 菜月も自分のスマホを出して画面を見る。


「私のもやっぱり圏外だよ」

「あぁ、しまった。時間には気をつけてたつもりだったのに」


 無力感に苛まれて、俺は砂浜に倒れ込んでしまう。

 視線の先に広がる空の青はオレンジ色に徐々に侵略されつつあった。


 どうしようと思ってもなにも思いつかないまま、空を眺めるしかない俺の視界に菜月の顔が入ってきた。


「ほんとにごめんね。颯真くんと一緒にいられるのが楽しくて、すっかり舞い上がっちゃって時間のことを完全に忘れてた私が悪いんだ」


 別に俺は菜月が悪いとは思っていない。時間を確認しなかったのは俺のミスでもある。


 ――ただ問題は菜月の表情だ。


「ごめんね」と繰り返す菜月の瞳には涙が浮かぶ。いまにもこぼれ落ちてきそうだ。

 泣いて許してもらおうとしているのが気に食わないってわけじゃない。

 でもその涙はさくらが俺に告白してきた日のことを思い起こさせて、俺の胸には苦い思いが湧き上がってくる。

 あの日、さくらも瞳に涙を滲ませていた。俺が彼女を変えたことを知ってほしいとかなんとか言っていた。


 知らねえよ。


 そんな面倒なことなんて俺は考えたくない。

 ただ毎日を楽しく過ごせれば、俺はそれでいい。

 俺の青春はそれでいい。


 だからそんなことなんて忘れて、今日はこのデートを満喫しようと思っていたのに。

 輝かしい青春の一ページを刻むために菜月と楽しく過ごしたいと願っていたのに。


 ――もう、いい。

 この場で菜月にキスをしよう。


 見た目がいい感じに変わって、中身だって明るくなってきて。

 俺好みのかわいい女の子になってきたからしばらくは退屈しないだろうって思っていたけど、泣かれたんじゃおしまいだ。


 次に会うときもどうせ「あのときはごめんね」とかって謝ってくるんだろう。

 そんな関係はいらない。

 俺が求めている青春の一ページには必要ない。


「ごめんね」

 まだ菜月は俺の頭上で懺悔を繰り返している。


 少し青ざめた頬をつたって涙がポトリ、砂浜に落ちた。


 その雫は砂粒にのまれてすぐに消えたけれど、菜月の瞳には涙が溢れている。

 もう見ていられない。


「だから、気にするなって言ってるだろ」


 俺はできる限り優しい微笑を浮かべながら立ちあがると、菜月の頭を優しく撫でる。


「でも……」

「ほんとにいいから」


 気持ちを微塵も滲ませないように注意しながら柔らかく声をかける。

 そして菜月をそっと抱き締めた。


「……っ!」

「こんなふうにされるのは嫌か?」

「……ううん。颯真くんだったら嫌じゃないよ。でも……」

「もういいよ。でもはいいよ。目、閉じてくれる?」


 俺の目の前で菜月は小さく息をのむ。

 これから俺がなにをしようとしたのか察してくれたんだろう。

 話が早くて助かる。

 けれどまだ覚悟ができないのか黙ったまま俺のことをジッと見つめている。


 波の音がざあざあと、俺たちの間に横たわる沈黙を埋める。

 潮の香りに混ざって、菜月から甘い香りが立ち上る。

 寝床に帰る野鳥の群れが甲高く鳴きながら俺たちの頭上を飛ぶ。

 見上げた空は夜の色をますます強くしている。


 不意にギュッと抱き締められた。

 視線を落とすと菜月は瞳を閉じていた。

 微かに震えているのが伝わってくる。


 ようやく覚悟を決めてくれたらしい。

 もうちょっと早くしてほしかったけど、とにかくこれで終わりだ。

 俺は不安げな菜月の唇に唇を近付ける。


  ――短い間だったけどまぁまぁ楽しかったよ。


 心の中で別れを告げた。


「颯真くん、キミはそれでいいの?」


 唇と唇が触れる一瞬前だった。

 俺の背後、海のほうから声が響いた。

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