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第38話 あんまり調子にのるなよ

 来たときとは逆方向に15分。電車は指宿いぶすき駅に着いた。

 それほど大きな駅ではないけれど西大山にしおおやま駅が小さかった分だけ、都会にやって来たように錯覚してしまう。

 駅舎のあちこちにはアロハシャツが飾られている。


「さすがは東洋のハワイを自称するだけあるな」

「ほんとだね。でも観光気分が高まっていいね」


 菜月と他愛のない言葉を交わしながら駅を出ると、駅前の定食屋で予定より少し遅れた昼食を済ませた。

 そこからまた駅前に戻って今度はバスに乗る。

 移動の連続に少々うんざりしていたけれど、バスを一歩降りるとそんな気分は吹き飛んだ。


 濃い目の青空の下、臥輪島がりんがしまが一望できた。

 青い海に囲まれるこぢんまりとした島には木々が生い茂っている。

 加那さんから聞いていた通り、海岸から島まで800メートルほどの距離には砂州がかかっている。


 心地よい光景に気持ちが高ぶって、自然と足早になる。

 砂浜に菜月と並んで立った俺は両手を上げて体を伸ばす。


 爽やかな潮の香りを肺いっぱいに吸い込んで開放感に満たされていると、

「すごーい。ほんとに島まで砂の道がつながってるよっ!」

 菜月が声を弾ませて駆け出した。


「ちょっ、そんな走ったら危ないぞ」


 注意したのだが――遅かった。


「うぅぅ……」


 右のサンダルのかかとが砂に埋まって動けなくなっていた。

 砂州が出る前は海水に満たされていた場所だから、地面は半ばぬかるんでいる。

 どうやら菜月の高めなテンションは続いているらしい。


 一緒にいて楽しいからいいんだけど。


 そんな姿を見ていると自然と頬が緩む。

 微笑む俺に菜月は「うー」と情けない顔を向けてきていて、俺は湿った砂に足を取られない程度に足早に近寄って肩を貸してやる。


「だから言ったろ?」

「ごめんね……」

「次は気をつけるように」

「うん。でもこうして颯真くんに助けてもらえるんだったら、またしちゃおうかな?」


 ペロッと舌を出す菜月。


「あんまり調子にのるなよ」


 おどけた調子で告げると、「どうしようかな?」と菜月は笑う。

 わざとらしくため息をつく俺に構わず菜月は歩を進める。


「ほんとすごいね」


 クルリと回って周りを見渡しながら声を上げる。

 細い砂州の両脇には海水が満ちている。

 右からも左からも波が打ち寄せていて、そんな所を歩いていると海の上を歩いているような感じがして不思議な気分になる。


「海の中を歩いてるみたいだね?」

「俺も同じことを思ってた。想像してた以上にいい所だな。でも菜月はどうしてここに来たかったんだ?」

「えっとね……」


 俺の二歩前にいた菜月は立ち止まると、ゆっくりこちらに振り返った。


「どうしたんだ?」


 口をつぐんで両手の人差し指を合わせている菜月。

 少し顔を俯けながら俺のほうをちらちら窺ってくる。


「私がここに来たかったのはね……」

「うん」


 相槌だけで続きを促す。


「……臥輪島が縁結びの島って呼ばれてるからだよ」


 菜月は耳たぶまで真っ赤にしながら、か細く声を発した。

 縁結びの島だというのは事前に加那さんからも聞いていた。

 でもせっかくこれだけ菜月が勇気を振り絞って告げてくれたことだし、ここは知らないフリをしたほうが良さそうだ。


「へぇー、縁結びの島か。それでこんな所までわざわざ来るなんて、菜月ははよっぽど俺との縁を結びたいんだな」


 にやにやと笑いながら言うと、

「そっ、それは、ほらっ、この砂州が島と本土をつないでるから縁結びみたいだってことらしいんだよ」

 照れを隠すためか、菜月は訊かれてもいないことを口早に付け加えてくれた。


「そうだな、俺をもてなそうと一生懸命、今日のデートプランを考えてくれたんだな」

 静かに歩み寄ってそっと菜月の髪を撫でる。さらさらした感触が心地いい。


「なっ、なにするの?」

「したいなって思ったからしたんだけど、嫌だった?」

「ううん……いいよ」

「ありがと」

「こちらこそありがと」


 そうして俺たちは目を合わせると声に出して笑う。

 脇を通り過ぎていく大学生ぐらいの集団がこちらを眺めている。

 こんなかわいい娘と一緒に青春っぽい会話を交わしているのが羨ましいんだろうと思うと胸が優越感で満たされる。

 これこそが俺の望む青春だ。


「ん? どうかしたの?」

「いいや、なんでもない。島までもう少しだな」

「うん、楽しみだね」


 微笑を崩さないまま声を交わして俺たちは再び歩き出した。

 そうして砂州を渡り始めて20分。俺たちは島に足を踏み入れた。


「せーのっ」

 菜月の掛け声に合わせて二人同時に島に第一歩を刻んだ。


「なんか感動するね」

「たしかに歩いて島に渡るなんて不思議な気分だな」


 ここまでは思っていた以上にいい展開な気がする。

 青春真っただ中を過ごせているって感じがして、俺は笑みを浮かべるのを止められなかった。

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