第20話 そんなふうに褒められたことってなかったからびっくりしちゃって
「あっ、喜入くん……」
保健室を出て昇降口に行くと、同じく下校途中だった山下さんと鉢合わせた。
『おれはる』の鈴木里子に感化されたのか、それとも俺の気を引きたいのか、先週までかけていた眼鏡を今日はしていないことに朝から気付いていた。
三つ編みでイモっぽかった髪も肩下まで伸ばしてストレートパーマをかけている。
日曜に慌てて美容室にでも行ったんだろう。
教室ではあえて見ないふりをしていたけど、まじまじ見つめると、やっぱり悪くない。
というか、思っていた通り素材はかなりいい。
いまの格好でもう一度、『おれはる』を見に行けば、居合わせたオタクたちがどぎまぎして目を逸らしてしまうはずだ。
それぐらい、いまの山下さんは輝いている。
ただ、まだがっつくわけにはいかない。そんなことをすれば引かれるだけだ。
特に彼女は男に耐性がなさそうだし、慎重に対応する必要があるはず。
そう判断した俺はゲスい考えは心の奥底にしまって、さわやかな笑みを向ける。
「おつかれ。山下さんもいま帰りだったんだ?」
「うん、日直だったから日誌出してたら遅くなっちゃって」
「そっか。ところで、今日は眼鏡はどうしたの?」
「コンタクトにしようと思って昨日買ってきたんだけど、変……かな?」
そっと目を逸らして両手の指先を合わせる山下さん。
きっと今まで男にそんなことを訊いたことなんてなかったんだろう。
いじらしい表情に、どこかそそるものを感じる。
「うん、いいんじゃないかな。けどやっぱり山下さんってきれいな目をしてるんだね?」
「えっ……?」
「ごめん、変なこと言っちゃって。普段はこんなこと言わないんだけど……。どうしたんだろう、俺?」
「ううん、いいの。でも、いままでそんなふうに褒められたことってなかったからびっくりしちゃって」
山下さんは胸に手を当てて頬を柔らかく上げる。
その頬が赤く見えるのは、夕日のせいだけじゃない。
放課後の昇降口は部活帰りの生徒たちも通ってざわついているけれど、山下さんの瞳には俺しか映っていないし、耳には俺の声しか届いていない。
がっつくのは良くないってさっきは思ったけど、この娘ならもう一気にいけるかもしれない。
けど……ここまで簡単だと逆に面白くない。
「じゃあ俺は妹の食事を準備しないといけないから、先に行くからな」
「あっ……うん。またね」
胸の前で小さく手を振る山下さんは小ぶりな口をもごつかせて、まだ話したそうにしていたけど、これでいい。
どうせすぐに反応があるはずだ。
軽く手を上げて応えると、俺は幸せそうな笑みを浮かべる同級生の脇を足早に通り過ぎて帰路についた。




