第21話 ゲスい顔してると気になりますよ
ピロン――
夕食後、リビングのソファーに身を沈めてテレビを見ていると、スマホが音を立てた。
――来たな。
にやけた顔を映るスマホを起動させてたしかめると、案の定、山下さんからのメッセージだった。
『今日は褒めてくれてありがとね。ほんとは直接お礼を言いたかったんだけど、驚いちゃって言えなかったんだ』
メッセージのすぐあとにスタンプも送られてきた。
クマかなんかが両手を口元に当てて叫んでる図柄。……よく分からない感性だ。
けど感性が合わないことなんてどうでもいい。
どうせ長く付き合うわけじゃない。
見た目が良くて、それなりに楽しく過ごしさえできればそれで十分。
『別にお礼を言われることじゃないよ。頭に浮かんだことをそのまま言葉にしただけだから』
喜んでくれそうな返事を送るとすぐに既読が付いた。
スマホを握りしめて画面をジッと眺めている様子が目に浮かぶ。
『それでちゃんとお礼をしたいんだけど……』
次に送られてきたのはやっぱりお決まりの文句。
『っていうかお礼になるのか分からないけど、一緒に遊びに行ってもらえないかな? なにかおいしい物でもおごらせてほしいんだよね』
『そんなことしなくていいよ』
あえて素っ気なく返した。
ただ、おごらなくていいというのは本心だ。
いろんな女の子と付き合いたいとは思っているけど、俺はヒモになりたいわけじゃない。
『やっぱり迷惑かな?』
ほとんど間を置かずにメッセージが飛んできた。
今度は変なスタンプは添えられていない。俺の素っ気なさが気になったんだろう。
手に取るように不安が伝わってくる。
そろそろ焦らすのも終わりにしても良さそうだ。
『そんなことないよ。この間、一緒に映画を見に行ったのも楽しかったし、俺も山下さんと遊びに行きたいとは思ってるんだ。だけどおごるとかおごられるとかはなしな』
今度はしばらく返事がなかった。
きっといまごろ、ベッドの上に寝そべって両足をバタバタさせているんだろう。
俺のキスだらけの青春に新たな一ページが書き加えられるのも、もはや時間の問題だ。
なんて思っていると、
「お兄ちゃん、誰にメッセージを送ってるんですか?」
いつの間にやら俺の背後に立った葵が俺の手元をじっと見ていた。
「おぉうっ! 葵、人のスマホを覗くなよ」
「でもゲスい顔してると気になりますよ」
「ゲスい顔なんてしてないだろ? この爽やかな顔をどう見たらそんなふうに見えるんだよ?」
「本気で言ってるんですか?」
おずおずと葵の顔を見上げると、あきれるというか、憐れんでいるというか、なんとも形容し難い表情を浮かべていた。
「……俺、そんなにひどい顔してたか?」
「はい、とっても。いまにもグフフとか笑い出しそうな顔でした」
グフフはゲスいというかオタクっぽい笑い方なんじゃないのか?
しかし心のうちが漏れてしまうのは良くない。
葵に見られるだけならまだしも、外でこんなことをしてしまうのはまずい。
「気をつけるよ」
「気をつけるとかじゃないですよ」
「どういうことだ?」
葵は視線を下に向けて、軽く唇をかんでいる。
今度はなぜだか思いつめたような表情にも見える。
「なにか気になることがあるなら教えてほしいんだけど?」
「……詮索するつもりはないんですけど、女の子にメッセージを送ってたんですよね?」
「それはあれか? 『私という妹がありながらほかの女の子と親しくするなんて!』的なことか? 詳しくは知らないけどギャルゲーによくあるやつだよな」
「そうだけど、そうじゃありません」
「じゃあなんなんだよ?」
高校入学後に俺は数えきれないほど多くの彼女をつくってはいるけれど、家につれてくることはない。
女の子と外出するときには食事は準備するか、さくらに頼んだりしているわけだし、葵に迷惑をかけてはいない。
そもそも俺に「彼女」がいることを葵は知らないはずだ。
じゃあなんなんだろう?
両手を力なく結んで俺を見つめる葵の瞳は複雑な色を宿している。
俺がいろんな女の子と遊んでいることに対する怒りではなさそうだけど、それがなんなのか俺には見当も付かない。
「お兄ちゃんは前はそんなんじゃありませんでした。……少なくともあの人と一緒にいたときは」
か細くつぶやかれた葵の声はどこか悲しみを帯びていた。ただ、その声はあまりに小さすぎて後半はなにを言っているのか聞き取れなかった。
そのせいもあって、どうして葵がこれほど深刻な表情をしているのか、やっぱり俺には理解できない。
俺はただいろんな女の子たちと楽しく毎日を過ごしているだけなのに。
そうだ。
俺は高校生として楽しい青春を送ってるだけなんだ。
葵のこの反応もきっとこの年ごろにありがちなもので、思春期のせいなんだろう。
なにも難しく考える必要なんてない。
葵ははっきりとは言わなかったけど、俺がほかの女の子に取られるんじゃないかってやきもちを妬いてるだけに違いない。
両親のいない二人だけの暮らしをしてるんだからそれも当然のことだ。
けど真面目に応えて失敗すると余計にこじれそうだから、俺はニッと口の端を上げる。
「大丈夫だって。俺は葵のことを大切に思ってるから」
軽い口調で告げると、俺は立ちあがって自分の部屋に向かう。
「……そうじゃないんですけど、でも、約束したからこれ以上はなにも言いません」
葵はまだなにやら言いたそうにしていたけれど、自室の扉に手をかけた俺のあとを追ってくることはなかった。




