第14話 劇場版を見るなら先にテレビシリーズを鑑賞しといたほうがいいよ
山下さんと映画を見る約束をした土曜の朝。
俺は約束の午前八時半より10分ほど前に集合場所に着いていた。
女の子を待たせないというのは、女の子を落とすための基本中の基本。
自分のために気を遣ってくれているという姿勢を見せるのは大事なことだ。
だが、眠い。
女の子と一緒に映画を見に行くのが楽しみで眠れなかったというわけではない。
山下さんは見た目を少し変えれば化ける可能性はあるが、少なくともいまはまだデート前日に眠れなくなるほどの美少女ってわけじゃない。
寝不足なのは山下さんに借りた『おれはる』のブルーレイを夜遅くまで見ていたせいだ。
「せっかく劇場版を見るなら先にテレビシリーズを鑑賞しといたほうがいいよ」と半ば押しつけられたブルーレイは2クール計24話。1話25分だとしても計10時間ほど。
アニメをまともに見たのは小学生のころが最後だったから、再生ボタンを押すのにそれほど気は進まなかった。
だから話を合わせられたらポイント高いよなと思い立って、第1話を再生したのは昨夜8時過ぎだった。
どうせすぐ飽きて見るのをやめることになるだろうと思っていた。
けれど、それは間違いだった。
見始めたら止まらなかった。結果、ほとんど眠れなかった。
『おれはる』はいわゆる典型的な学園ハーレムもののラブコメ。
ぱっとしない主人公の周りに魅力的なヒロイン達が集まる。黒髪ロングや幼馴染、後輩や妹系のキャラ達。それに山下さんのお気に入りだという地味な鈴木里子。
主人公の生活は、ほかの人に知られたら後ろ指を指されること間違いない俺の生活よりも華やかだった。
いろんなタイプの女の子に囲まれて最高の青春を送っていた。ストーリーの妙もさることながら、ヒロイン達が最高にかわいかった。
だからテレビシリーズ最終回で主人公が誰とくっつくかを選ばなくても物語として破綻していなかった。
主人公が最終的に誰を選ぶかは、今日これから見る劇場版で明かされることになっている。
楽しみで仕方ない。
もはや本来の目的と関係なく、俺は映画を見るのを楽しみにしている。
しかし、眠い。
俺は何度目かのあくびをかみ殺しながらシネコンの入ったビルを見やる。
鹿児島中央駅に併設された6階建てのビル。壁面には『夏、サキドリ』というキャッチコピーとともに着飾った女の子が写された広告が大きくあしらわれている。そのすぐ横には『祝 鹿児島牛日本一』と楷書体で書かれた黄色い懸垂幕。
シュールだな、なんてぼんやり思ってると、
グサっ――
背後から突然刺された。




