第13話 お兄ちゃんには幸せな恋をしてほしいと思ってるんです
「「おかえりなさい」」
自宅アパートの扉を開けると二つの声が出迎えてくれた。
玄関にきれいに磨かれたローファーがあったからさくらが来ているんだろう。
「遅かったのね」
リビングに入るとどこか不機嫌そうな顔をさくらが向けてきた。
「生徒会の仕事だよ。知ってるだろ?」
「もちろん知っているわよ。それにしても部活のあとに買い物までしてきた私より遅いのはどういうことなのかしら?」
「別になんでもないって。いろいろ片付けとかしてたらこの時間になっただけだって」
「ほんとかしら? どうせあの生徒会長と楽しく過ごしていたんじゃないの?」
「会長とはなにもないって」
「会長とは、ということはほかの女の子とはなにかあるということなのかしら?」
……しつこい。
遅くなったのは保健室に寄っていたからなのだが、さくらには恋愛拒絶ウイルスのことは伝えていない。
だからそのことを言うわけにはいかない。
そもそも俺とさくらは単に幼馴染同士ってだけなんだから、俺がほかの女の子となにをしようと俺の勝手なはず。
でも今日みたく食事を作ってもらったりしてもらうのは、葵のためにもいいわけで。
おいそれと突き放すようなことを口にするのもどうかと思う。
「さくらちゃんはすっかり通い妻みたいですねえ」
「「通い妻⁉」」
リビングの奥のほうでソファーに座ってテレビを見ていた葵のつぶやきに、俺とさくらの声がそろってしまった。
横目で見ると、さくらはなぜか顔を真っ赤にしていた。
「葵ちゃん、それは違うわよ」
「そうだぞ。別に俺とさくらはそんな関係じゃない」
「でもいいじゃないですか。葵はさくらちゃんのことをお姉ちゃんって呼ぶ準備はできていますよ」
「そもそも葵が料理をできるようになれば、さくらに来てもらわなくてもいいんだぞ?」
高校に入学してからは俺と葵が交互に料理をする。
そう言いだしたのは葵だったのだが、これまでのところ一度も実現していない。
「お姉ちゃん……」
葵に抗議する俺の横で、さくらは口元に手を当てて固まっていた。
よくわからんけど、さくらは一人っ子だから、お姉ちゃんと呼ばれることに憧れでもあるんだろう。
「ほら、お兄ちゃん、さくらちゃんはまんざらでもなさそうですよ?」
「こいつのはそんなんじゃないって。だろ?」
「えっ、ええ。そうよ。私は別に颯真のことなんてなんとも思っていないわよ」
やはり顔を赤くしたままさくらが口早にいうと、「あっ」と葵が立ち上がった。
さくらの前までとてとて歩み寄ると、
「さくらちゃん、いまのはポイント高いですよ」
さくらに向かって親指をグッと立ててみせる。
「ポイントってなんのことかしら?」
首をかしげるさくらに葵はにっこり口角を上げる。
「ツンデレポイントですよ」
「ツンデレ……?」
いまいち事態がのみこめていないさくら。
このままだといつまでたっても夕飯が食べられそうにないので、助け舟を出してやることにした。
「葵、さくらはギャルゲーなんてしないんだから、そんなこと言ったってわからないぞ」
「えーっ、ギャルゲーは全人類がすべきものですよ」
「そうなのかしら?」
「はいっ、そうですよ。ギャルゲーには人生に必要なことのすべてが詰まっているのです」
「私にもできるかしら?」
「もちろんです」
「いい加減にしとけって」
さくらの前で胸を張る葵の背中を押して、俺はソファーまで戻す。
「いいんですか? せっかくフラグが立ちそうだったのに」
「なんのフラグか知らんけど、いいんだよ」
葵が言いたいことがなんなのかはわかってる。
でも幼馴染との間の恋愛フラグなんていらない。
さくらをポイ捨てするわけにはいかないし、そもそもさくらにもそんな気はないはずだ。
「ほんとですか? 葵はお兄ちゃんには幸せな恋をしてほしいと思ってるんですけど」
「じゃあ俺もたまにはやってみるかな」
「やるってなにをですか?」
幸せな恋という言葉には実はぎくりとした。
もしかしたら葵は俺が女の子をとっかえひっかえしてることを知っているんじゃないかと、そんなふうに思わされた。
そんなのは幸せな恋なんかじゃないと言われたような気がした。
でもそんなはずはない。
葵にバレるようなへまは打っていないはずだ。
だから俺は葵に軽く告げる。
「ギャルゲーだよ。今度おすすめを教えてくれよ。ゲームの中なら幸せな恋もいくらでもできるはずだしな」
「……そうじゃないですよ。でもおすすめはピックアップしといてあげます」
「頼んだぞ」
俺にとっては女の子を簡単に捨てられる現実こそギャルゲーみたいなものからゲームなんてやるつもりはないけど、これ以上話してると自分からボロを出してしまいそうだ。
俺は短く応えるとリビングを通り抜けて自分の部屋へと向かった。




