#25 急転
「に、逃げろーっ!」
警備員らしき人物が叫ぶ。開店日を迎えたばかりのショッピングモール内は、瞬く間に大混乱に陥る。私も慌てて逃げようとするが、まだアンドレオーニさんが戻ってきていない。
そういえば……と、私は持っていた袋に手を突っ込む。そうださっき、ハムを買ったはずだ。だが、袋の中にはない。しまった、そういえばあのハム、アンドレオーニさんが持ってる方の袋に入っているんだった。
こうなればもう、逃げるしかない。アンドレオーニさんとは外で合流すればいい。そう思って逃げようとした、その時だ。
ゴーレムが、店のそばに立っていたコック姿の人を踏みつける。チュロスの店舗ごと、その人物を踏み潰してしまった。私は、その光景に戦慄する。
だが、その光景のすぐ隣に、私はさらに恐ろしいものを目にする。
子供だ。親とはぐれたであろう子供が、泣きながら右往左往している。すでに吹き抜けの中に出現したゴーレムが、その取り残された小さい命をまさに捉えたところだ。
あのままじゃ、確実にやられる。私は咄嗟に走る。腕を振り上げたゴーレムが、まさにその子を叩きつけようとしたが、寸前のところでその子供の腕をつかみ、グッと引き寄せる。間一髪、ゴーレムの腕からその子を助け出す。
が、今度はそのゴーレムが私を捉える。私を見下ろしながら、振り下ろした腕を持ち上げ始める。
とにかくこの場を逃げよう。私はその子の腕を引く、が、その子は動かない。
「ママ〜っ、ママ〜っ!」
いくら引っ張っても、怖気ついたその子は立ち上がろうともしない。このままじゃ、二人ともやられる。いっそ、この子を見捨てて、この場から逃げるか? 究極の選択だ。いや、だけどそんなこと、私にはできない。さっきのチュロス店と共に潰された人のような光景をもう一度目にするなんて、耐えられない。
が、そんな絶望の選択を迫られた私のすぐそばには、この吹き抜けに並んでいた店の食材が散らばっていた。
その中にはあの、フランクフルトソーセージもある。そう、まだ焼く前の、串に刺しただけのソーセージが足元に散らばっていた。私はそれを手にする。
これだって、ハムみたいなものだ。もしかしたら……私はそのソーセージを持った手を伸ばし、詠唱する。
「グェフ マファン アンダズェ モンフェス!」
黒い瘴気が、渦を巻き始める。ハムほどではないが、それでも強力な魔力の流入を感じる。
浮かんだソーセージが、徐々に人の形へと変わっていく。ただ、それはとても小さい。私のそばで泣いている子供よりも小さいほどだ。だが、私はその小さな屍兵に向かって叫ぶ。
「ヴォーシュト!」
前進を命じられたそのソーセージの化身は、小さいながらも私のこの命に呼応する。
「キイイィィッ!」
甲高い叫び声を上げて、その屍兵がまるでサルのようにあのゴーレムへと立ち向かっていく。それを見たゴーレムが、その小さき屍兵にその腕を振り下ろす。あっという間に、その屍兵は押し潰されてしまう。
ああ、無力だ。あまりにも無力だ。だが、その屍兵はただ潰されただけではない。ゴーレムのその腕に、異変が起きる。
先端だけだが、そのゴーレムの腕の一部が崩れていく。屍兵の持つ瘴気に触れて、砕けたのだろう。それを見た私は、残りのソーセージを拾って掲げ、詠唱する。
「グェフ マファン アンダズェ モンフェス!」
こうなったら、時間稼ぎだ。あたりにはもう人はいない。二人が逃げ出せるだけのわずかな時間を、稼げればそれでいい。
すぐにソーセージは、瘴気をまとい始めた。まだ屍兵に成り切らないその数本のソーセージを、私はそのゴーレムの足元に投げつけた。
そして、こう命じる。
「ヴァック!」
飛びかかれ、という意味の古語だ。その命を受けて、ゴーレムの足にその数体の小さき屍兵が掴みかかる。
太い足だが、瘴気に触れてザラザラと音を立てて削れ始める。足をやられてバランスを崩し、その場に倒れ込むゴーレム。それを機と見た私は、すぐさま子供の手を引いて歩き出す。
「はぁ……はぁ……」
私も恐怖のあまり、倒れそうだ。だけど、今倒れたら二人ともやられる。その一心で、ようやく吹き抜けから抜け出す。目の前のゴーレムが、立ち上がろうとしている。
このままじゃ、せっかくできたばかりのショッピングモールが破壊されてしまう。なんとか、あれを止めなきゃ。わんわんと泣きじゃくるその子供を抱えたまま、私はそのゴーレムを見る。
と、その時、背後からグッと引っ張られる。私は振り返る。そこにいたのは、アンドレオーニさんだった。
アンドレオーニさんが、手に持っていた袋からあれを取り出す。そして私の前に差し出して、こう叫ぶ。
「これ! あれを、やっつけ、ちゃって!」
アンドレオーニさんとは思えないほどの大声だ。私はうなずき、助け出した子供をアンドレオーニさんに渡す。そして、ハムを受け取る。
再び私は、ゴーレムと対峙する。足を崩されたものの、立ち上がろうとするそのゴーレム。こいつ、まだ動くのか。私は手に取ったハムを前に差し出して、こう叫ぶ。
「せっかくのお店を、壊させはしない! これでとどめだ! グェフ マファン アンダズェ モンフェス!」
先ほどとは比べ物にならないほどの瘴気が、私の手の上で渦巻く。それはやがて宙に浮かんで、より多くの魔力をまとい始めた。
「ヴォーシュト!」
私はその生まれつつある屍兵に、前進を命じる。その屍兵を捉えたゴーレムが立ち上がり、ややふらつきながらも歩み始める。そんなゴーレムの前に、ハムから生まれた大きな屍兵が立ちはだかる。
「オオオォォォッ!」
あの声がどこから出ているのかは不明だが、いつもの雄叫びが伝わってくる。ズシン、ズシンと足音を立てつつ、ゴーレムの懐へと迫る。それを両腕で受け止めるゴーレムだが、瘴気にふれた辺りからバラバラと崩れ始めた。
屍兵の腕が、ゴーレムの胴体を貫く。貫かれたその穴が広がるように、砂塵と化していくゴーレム、そのゴーレムに魔力を吸われながら、徐々に姿を消す屍兵。
やがて両者の姿は消え、その場には大量の砂と、干からびた無残なハムだけが残った。
「だ、大丈夫ですか!?」
そこに、軍服を着た人たちが走り寄ってくる。通報を受けてやってきたのだろう。だが、すでに終わっていた。
こうして私はどうにか、このショッピングモールの中に現れたゴーレムの脅威を排除し、そして一人の子供の命を救ったのだった。




