#26 英雄
「はぁーい、こっち向いて笑って! 魔力じゃなくて、笑顔を込めてくださいねぇ! それじゃ、一枚目、撮りまーす!」
私は今、写真を撮られている。手には、ハムとソーセージを持たされている。おそらくはアンドレオーニさんにすら向けたことのない満面の笑みを、あの無骨で無機質なカメラという仕掛けに、私は向けているところだ。
蘇生魔術士に、ハムとソーセージ。この一件、無茶苦茶な組み合わせの撮影会には、ちゃんとした意味がある。
私がショッピングモールの吹き抜けでゴーレムと戦った際に用いたあのハムとソーセージが、たまたま同じ会社の製品だった。それを聞きつけたその会社の人が、私をその製品の宣伝に使おうと思い立ち、私に写真撮影を依頼して来たのだ。
断ろうかとも思ったのだが、大きなお金を提示されて、つい受けてしまった。で、今に至るというわけだ。
ああ、なんということか。つまり私はハムを売るために利用されることになったというわけか。しかもその会社からは、私の名を冠したハムが売られることとなった。
その名も、「エルマ・ハム」である。
試作品を見せてもらったが、ハム自体はあの戦いの際に用いたもの、そのものだった。そのハムの表の面には、私の名と、私を模した姿の魔術士らしき娘が杖を向けて、屈強の魔物のようなものを操っている絵が描かれていた。
私、杖は使わないんだよなぁ。それを使うのは魔導士であって、魔術士には杖のような魔道具は不要だ。第一、ハムから作り出した屍兵がこんなに小綺麗な姿をしているはずがない。
おまけにこの製品、まるでこれを食べれば英雄になれるがごとく文言が裏に書かれている。そんなはずはない。これを食べたからと言って、ゴーレムに勝てるわけではないのだから。
ますます私、おかしな方向に利用されている気がするなぁ。でも、蘇生魔術士としてズーデルアルデ王国軍やケムニッツェ軍に従軍していた頃に比べたら、私はずっとまわりから愛されていると思う。
それがたとえ打算的、金銭的なものであったとしても、憎悪や差別を向けられることを思えば遥かにマシだ。そういう意味では私は今、充実していると言える。
もっとも、本物の愛を向けてくれる人もいることはいる。アンドレオーニさんや、コルシーニさんだ。もっとも、この人たちの愛は少し、歪んでいる。
そんなに私が、快楽に堕ちた顔が見たいのだろうか? そういう欲求しか、あの二人からは感じられない。でもまあ、私も楽しんでるわけだし……
おっと、そろそろ行かなきゃ。撮影の行われた街の一角のビルを出て、道路沿いに向かう。そこには男の人が一人、立っていた。
「エルマさん」
私の名を呼ぶその男性は、私と目が合うなり手を振る。
「お待たせしました。今、終わったところです」
「ちょうど良かった。僕も今、着いたところだよ。それじゃあ、行こうか」
優しく私に話しかけてくれるカルデローニさんからも、私は愛を感じている。それは多分、アンドレオーニさんのそれとは違う別のものだ。もしかするとそれは、コルシーニさんが言う「下心」的なものかもしれない。
「それじゃあ、行くよ」
カルデローニさんの車に乗り込む。扉がバタンと閉じて、車は走り出す。
途中、あのショッピングモールの脇を通りかかる。あの戦いから三日経ったが、未だ営業を再開していない。
「まだ、開かないんですかね」
「そうだね、中はまだ片付いてないし、それにまたゴーレムが出る可能性がある以上、営業の目処が立たないのは仕方ないかな」
そうなのか、しばらくこの店は開かないのか。残念だなぁ。どうせならカルデローニさんとも一緒に食べ歩き、したかったなぁ。
そんなカルデローニさんと向かう先はもちろん、カフェや甘味のお店などではない。
その目的地には、車ならすぐにたどり着く。宇宙港のすぐ脇に建てられた、一際高い建物。ここは司令部と呼ばれている。
「忙しいところ呼び出して、済まなかったな」
で、カルデローニさんと共に私が向かったのは、ダミアーニさんのいる部屋だ。そこには、テトラツィーノさんもいる。
「いえ、私、それほど忙しいわけではありませんから」
「そうなのか? 今日はハム会社の写真撮影だと聞いていたが」
「え、ええ、でもすぐに終わりましたから……」
「まあいい。ともかく、先日はご苦労だった。おかげで死人を一人も出さずに済んだ。まさに、奇跡だったな」
ダミアーニさんからあの戦いのお礼を言われた。もう何度も司令部の人にはお礼を言われてるから、今さらな感じもするけれど、それでもなんだか照れ臭い。
でもダミアーニさんがおっしゃる通り、奇跡的にあの場で死者は出なかった。怪我人は数十人ほど出たものの、皆、命に別状はないとのことだ。
私が踏み潰されたと思っていた「人」というのは、どうやら客引き用のロボットだったそうで、あのゴーレム騒ぎでの犠牲者と言えば、このロボットだけだったという。あの時、取り残されていた子供もその後、無事に親元へと戻り、街には平穏さが戻りつつある。
「ですが、あのショッピングモールが開けないと、カルデローニさんから聞いたのですが……」
「そうだ。それに関連して、テトラツィーノ大尉からある事実が判明したと聞いた。それを、エルマ君にも聞いてもらおうと思って呼んだのだ」
「はぁ、左様ですか」
「では、テトラツィーノ大尉、その事実とやらを報告してもらおうか」
「はっ、承知しました、中佐殿!」
そういうと、脇に座っていたテトラツィーノさんは敬礼をして、正面にある大きなモニターにある絵を映し出す。
「これは、この街のマップです。ここに、ゴーレムの発生地点を重ねてみたのですが、奇妙な事実が、浮かび上がってきたのです」
「こ、これは……」
「そうです。こうしてマップに並べてみると、この特異性がよく分かるかと思います。我々は今まで、地下に潜むゴーレムの種となる岩石を、杭打ちによって刺激を与えたことでゴーレムの発生を促した。そう思い込んでおりました。が、実際には全く別の法則が働いていたのです」
私はその地図を見る。確かに、奇妙だ。私が見てもそう思える。なぜこんな簡単なことに、みんな気づかなかったのだろうか。
「で、その法則とは?」
「いえ、それはまだ分かりません。何がきっかけでゴーレムが発生するのかについてはまだ、分からないことだらけです。が、場所についての法則性だけは、ご覧の通りです」
「うむ……だが、これで少なくとも、次に現れる場所だけは特定できる、ということか」
「はっ、そういうことになります。少なくとも、あのショッピングモールではもう発生しないと考えられます」
そう結論づけるテトラツィーノさんだが、これを見れば確かに私でもそう思う。
なぜなら、ゴーレムの発生場所は綺麗に格子状に並んでいるからだ。それは、街の南側から順に東へと進み、街の端まで行くと等間隔に北側にずれて、同じように等間隔に発生場所が東へ移動する。そんな綺麗な順と並びになっているからだ。
「ということは、だ。今度現れるのは……」
「はい、おそらくはここです」
そしてテトラツィーノさんが指差すのは、次の格子状の点の場所。そこはショッピングモールを飛び越えて、新しいビルが建てられようとしている場所だった。
「とはいえ、確証がないな。少なくともその場所で次のゴーレムが発生しないと、この仮説が正しいとは言えない。が、これまでのデータから察するに、かなり確度の高い仮説といえるな」
「その通りです、中佐殿」
「と、なれば、そこに重機隊の警戒を集中すればいいということになる」
「それはもちろんですが、司令部付き研究部としては、エルマ殿の協力を得られればと考えております」
「そのために、エルマ君を呼んではいるのだが……しかし、ゴーレム退治にエルマ君を駆り出すというのはあまりにも危険すぎるのではないか?」
「いえ、確かにゴーレム対策への協力をお願いしようとは考えておりますが、どちらかといえば、未然防止のためです」
「未然防止、だと?」
「そうです。ゴーレムが発生する前に、エルマ殿の魔力を流し込むことができれば、ゴーレムの発生を抑えることができる、まさに未然防止です」
「なるほど、言われてみればその通りだ」
と、テトラツィーノさんの言葉を聞いて納得するダミアーニさんだが、何がどう「なるほど」なのか、私にもちゃんと説明してほしいなぁ。
「ですが、その前に何がゴーレムを生み出しているのか、そしてゴーレム発生の原因が何かを探らねば、それも叶わないでしょう。我々はあまりにもあの岩の怪物について、知らなさすぎるのです」
「そうだな。この件は大尉に全て任せる。なんとしても、この街の中でのゴーレム発生を阻止せよ」
「はっ!」
ただでさえ不可解なことが多いゴーレムの出現を抑えろと言われたテトラツィーノさんだが、このお方は自信満々に返事をして、この部屋を後にする。
「さて、実はエルマ君を呼んだのはもう一つ、頼み事があるからだ」
「はぁ、なんでしょうか?」
「貴殿を、この司令部付きの魔術士として、迎え入れたい」
「えっ? 司令部付きの、魔術士ですか?」
意外な話を切り出された。驚く私に、カルデローニさんが尋ねる。
「あの、ダミアーニ中佐。どうしてエルマさんを司令部付きに?」
「これまで二度も、この街に発生したゴーレムに立ち向かい、これを倒してくれた。だが、民間人がこの街の中で武器を使用することは、もちろん禁じられている。非常の措置とは言え、厳密には違法行為だ。だから軍属ということにして、これらの行為を正当化する必要がある」
「はい、確かに」
「加えて、先ほどのテトラツィーノ大尉の提案だ。もしもゴーレム対策にエルマ君の協力を仰いでもらうならば、なおのこと彼女をこの司令部に所属してもらった方が都合がいいというものだ」
あれ、私がここに所属することが、決定事項のような流れだな。だけど私、もう軍にいるのは懲り懲りなんだけど。
「あ、あのぉ、私やっぱり軍にいるということにはちょっと……」
「もちろん、タダでとは言わない。給料は払うし、宿舎も提供しよう」
「えっ! 給料ですか!?」
思わぬ提案だった。お金をもらえると聞いては、断る理由がない。私はつい二つ返事で、この提案を受けてしまった。
「よかったのかな、受けちゃっても」
「はい、だってお金もらえるんですよ? アンドレオーニさんの稼ぎだけじゃ、ハムもおちおち食べられないんですから」
「それは、そうだけどさぁ……」
「それに私、そろそろ自立しようと思ってるんです。いい加減、アンドレオーニさんの部屋から出て一人前にならないといけないって思ってたんですよ」
私は自身のこれからのことを、カルデローニさんに意気揚々と語る。
「それは確かにそうだね。でも、アンドレオーニ少尉が君を手放すかなぁ」
「大丈夫です! なんなら明日にでもあの部屋を出て見せますよ、まあ、みててください!」
と私は鼻息荒く、宿舎へと戻っていった。
そして、アンドレオーニさんと対峙する。
「えっ、私の部屋を、出る?」
ところがである、私のその提案を聞いたアンドレオーニさんの表情が、みるみる険しくなる。
「あ、いや、だっていつまでもアンドレオーニさんにばかり頼るわけにはいかないなぁって……」
「私、別に、負担だなんて、思ったこと、ない。それに、エルマちゃん、いないと、困る」
うう、引き止められてしまったぞ。まさかここまで強く反対されるとは思ってもいなかった。
「だ、だけど、私だっていつかはアンドレオーニさんから離れて、一人前にならなきゃって思って……」
「ふうん、一人前、そんなもの、目指して、たの」
私のこの一言に、急に前髪の奥の眼光が鋭くなる。
「えっ、あ、いや、だって……」
「そんな、戯言、私に通じる、わけ、ないから」
「ちょ、ちょっとアンドレオーニさん! 今はまだ、昼間ですよ!」
私をベッドに押し倒すアンドレオーニさん、そのまま上からのし掛かり、私の顔をじっと見つめてくる。
「エルマちゃん、いつまでも、私の、もの」
と言いながら、このお方は私の身につけているものに手を出す。こうなるともう私は、なすがままだ。
うーん、これってつまり、アンドレオーニさんにそれだけ深く愛されてるってことなのかな。でもそれは、喜ぶべきことなのか、嘆くべきことなのか。
どっちにしても、しばらくはこの部屋を出られそうにないな。仕方がない、しばらく一緒に暮らすことにしよう。結局私は、この時点で独り立ちを諦めてしまった。
うーん、でもこれで、良かったのだろうかな?




