表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刑務所ライフ  作者: ちゃんマー
4/4

石材工場

 四 石材工場


 私が配役になったのは、石材工場でした。


 そんなぁ~、炊事工場、かなり期待していたのに・・・


 石材工場と言っても、扱うのは墓石です。


 こんな陰気な工場で、何年も生活を送らないといけないのかと思うと気が重くなって来ます。


 担当職員の前まで行進で行き、大きな声で挨拶をさせられました。


「声が小さい~」


 早速のカマシを入れられ、もう一度大きな声で挨拶をします。


「まだ出る、腹から出さんか」


 この意味の無いやり取りを、何度かやらされて、あぁ、始めにこうやって自尊心を折りに来て居るのだなと思いました。


 少年刑務所では、職員のことを先生と呼ばなくてはいけないのです。


 先生ってね・・・小学校以来呼んだことないので、馴染むのに時間がかかりました。


 墓石工場では、まず原石を切る所から始めます。


 切った石を機械で磨きます。


 寸法通りに磨いた石に、ゴムで出来たシートを貼り付け、カッターで、南無阿弥陀仏とか、〇〇家ノ墓とかを切り取って行きます。


 そして、サンドブラストと言う機械で、切り取った文字の部分を掘って行きます。


 月に五基のペースで納品していきます。


 まぁ、単純な作業ではないので、時間の立つのが早かった様な気がします。


 テレビも、今では毎日見られるのが当たり前ですが、当時はまだ三週間に一週間だけしか視聴できず、チャンネルは指定されたものしか見る事が出来ませんでした。


 他の日はずっとラジオが流れて居て、番組はわりと歌番組が多かったです。


 規律は厳しかったけれど、地獄の分類センターから比べると、笑いが出て来ます。


 少年刑務所では、いじめが多かったです。


 私は刺青が入って居たので、そこら辺がいじめに遭わなかった所以でしょう。


 当時、この少年刑務所で刺青が入って居る人間は、十人程度しか居ませんでした。


 その為、官からは、それなりの嫌がらせは受けて来ました。


 夏の暑い日でも、皆ランニングシャツを着て居るのに、刺青者は長袖シャツだし、事あるごとに差別は受けました。


「白い碁石の中に、黒い碁石があったら、そりゃ目立つわな。同じ目立つなら人一倍頑張らないとなぁ」


 が、職員たちの口癖で、なにかあると、またお前かと言われたりしました。


「なんでお前がこの刑務所に来たんかのぅ」


 などと言われた時は、ブチ切れそうにもなりました。(そっちが連れて来たんや!)


 しかし、折角仮釈が沢山貰える刑務所に来たのだから、仮釈で出所しないと損です。


 差別されながらも、目立つことはしない様にがんばり、無事故無違反で勤めましたし、最後の方は官にも認めて貰い、作業責任者のポストの位置に着くことができました。


 サンドブラストで文字を掘る作業に付き、これがなかなか難しく、私の他に出来る人が居なかったのです。


 石材工場は、九州YA少年刑務所の花形工場で、全工場の売上の半分以上が石材工場だったのです。


 その中の文字を掘る作業が、最後の仕上げで、一番大事な部分なのです。


 それが、当時私以外に変わりが居なかったから、そこからは少々の規律違反も、目をつぶってくれるように成りました。


 手先が器用で良かったと、はじめて思いました。(お母さん、ありがとう)


 そんな私にも大事な時期がやって来ることに成ります。


 仮釈放の準備面接があったのです。


 準備面接があり、本面接用紙を書き、本面接があり、八週から十週くらいで仮釈放と言う流れなのです。


 準備面接から半年後に、本面用紙がはいりました。


 この本面用紙は刑務所用語でパロールと言います、意味は解りません。


 その次の月に本面接がありました。


 これで仮釈放決定です。


 この仮釈放とは良く出来て居て、人を真面目にさせてしまいます。


 それまで、どうせ目をつぶって貰えるのだからと、ちょこちょこ規律違反をしていましたが、一切やめました。


 超が付くほど真面目に変身しました。


 初めて刑務所に来た人は、誰でも思う事があります。


 それは、本当に外へ出られる日が来るのであろうか?


 多聞に漏れず、皆思うそうです。


 私も半信半疑でありました。


 いつ仮釈放の話しは無くなったぞ、と言われるとか、そんな事ばかり考えて居ました。


 そんなドキドキの八週を過ごしたある日、担当に呼ばれて、


「お疲れさん、ヘルメット洗ってこい」


 そう言われたのです。


 これは、明日から工場に出て来なくても良いからと言う意味で、明日から仮釈放隔離に成ると言う意味です。


 仮釈放隔離とは、刑務所用語で引っ込みと言います。


 復帰寮という楽園の様な所で二週間生活します。


 作業はなし、風呂は毎日、テレビ見放題、見回りの担当は殆んど来ないという、刑務所の中の楽園です。


 とうとうこの日が来たか・・・


 人生で一番嬉しかった日ではなかろうか、もう二度とこんな所に来るものか、そう誓った日でもあります。


 少年刑務所だけあって、三年六カ月の刑で実に十カ月の仮釈放を貰った計算です。


 色んな思いを胸に、私は九州YA少年刑務所を出所する事になりました。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ