序
更新再開まで長らくお待たせいたしました……!
8章ですが、週に二日ほどお休みをいただきつつ、およそ1か月半の更新期間を予定しています。書籍版最新8巻の作業と並行して進んで参りますので、ぜひぜひ書籍版ともどもお楽しみくださいね。
そして、この場を借りていくつかお知らせを……!
■コミックス第9巻 10月23日、刊行予定
■原作第8巻 11月17日、刊行予定
ぜひぜひ、書籍版もお手に取ってご覧いただけましたら幸いです!
11月に発売の原作には既刊同様、web版に追加シーンや加筆などなど、改稿を重ねておりますので、どうか一緒にお楽しみいただけたら嬉しいです……!
また、今年も『このラノ』の投票がはじまりました!
もうすぐ投票締め切りになってしまうのですが、もしまだの方がいらっしゃいましたら、『物語の黒幕に転生して』も是非ご検討ください!
それは、ある物語における転換点。
“帝国士官学院、大講堂”
“壇上に立つ一人の少年と、彼に抱かれた少女”
二人の間に起こるべきではないことが、その日、突然見せつけられた。
大講堂での騒動を聞きつけて訪れた七人。
彼らと二人のほかには誰もいない静けさに包まれたそこで、灯りが降り注ぐ壇上の景色に誰しもが目を疑い、心を一瞬で凍てつかせる。
だが、勇者の末裔だけは違った。
『なっ────レ、レン!? お前、何をしてるんだッ!』
仲間たちより一歩前に出て、壇上を見上げて。
心に生じた感情のすべてをぶつけるが如く、その声を大講堂中にむなしく響き渡らせる。僅かに返った反響を七人が聞きながら、壇上の少年の表情は窺えない。
まぶしいくらいの照明と、表情を悟らせない少年。
少年の声は、数秒の間をおいて。
『見てわかるだろ? 俺はいま、彼女を殺したんだ』
勇者の末裔は目を見開き、事切れた少女の親友は愕然として膝をつく。仲間たちはそれぞれが絶句し、あるいは握り拳を震わせた。
魔道具の神と呼ばれる偉人を祖先に持つ少女は言った。
『……どう、して』
縋るような瞳と、掠れた声。
何かの間違いのはず。
そう信じて、少年と、彼に抱かれた少女を見つめる。
それが、レンが覚えている惨劇のワンシーン。
どこまでも鮮明で、いままで何度夢に見たかわからない。忘れないようにと日記へ記す必要がないほど、一言一句まで覚えている。
――――と。
そのことを思い返してしまったのは、いまレンがいる場所の影響だろう。
帝城。七英雄の伝説においてレン・アシュトンの討伐令を下した皇帝の居城で、高くそびえ立つ尖塔が数多に立ち並んでいた。
地上から遥か上層を見上げれば、それらを結ぶアーチの道が複雑に交差している。
人の世の物とは思えぬ幻想的な雰囲気を醸し出した威容は、もし神が住まう場所であると言われても信ずるに値するほどのもの。
どこまでも荘厳なその規模は、クラウゼルという都市を丸ごと覆えそうなほどだ。
その城門で――――。
「レン・アシュトン殿でございますね。どうぞこちらへ、城内へご案内いたします」
馬車を降りたばかりのレンへ、城門を前に立つ近衛騎士のうちの一人が言った。
皇族の護衛として傍に控えるべき彼らである。
一般の正騎士とまったく違う、格式の高さを感じさせる騎士服。それだけに留まらず、立ち居振る舞いや一挙手一投足に至るまで洗練された実力者だ。
通常、近衛騎士は城門に立ち衛兵の真似事をすることはない。しかし、皇族の命があるとするならばこのときのように話は変わる。
レンは幾人かの近衛騎士に挟まれるように歩き、城門をくぐってその中へと歩を進めた。
そこに広がるのはとても美しい庭園だ。数多の花が凛と咲き誇り、夏の日差しに映える瑞々しい緑を鮮やかに彩る。
……こんなにはっきり帝城を見たのって、前は確か。
エレンディルをはじめて訪れたとき、魔導船の窓からだった。
あのとき考えていたことを思い返してみると、とてつもなく不思議な感覚がある。七英雄の伝説における惨劇があったから、はじめは帝都に来ることすら拒絶していたのに。
いまでは惨劇の舞台の一つ、帝国士官学院にだって通っているけれど、まさか帝城へと足を運ぶ機会が訪れるだなんて思ってもみなかった。
ふと、近衛騎士たちはある女傑が壁に背を預けているのを見て、足を止めた。
「――――ドレイク卿?」
「ここから先は私が引き継ごう」
「しかし」
「許可は得ている。気になるならば確認してもらっても構わないが」
「……失礼。では、我々は――――」
「ああ。レン・アシュトンのことは私に任せてもらいたい」
近衛騎士たちはそれ以上話すことなく、最後に一礼してレンの傍から離れた。
遂に二人だけになると、レンはエステルへと笑みを向けた。
「何週間も会ってなかったわけじゃないのに、久しぶりに感じてました」
エステルの後を追うように歩きながらレンが言う。
「私も似たようなものだ。だが、クルシェラでのことを聞いたときは驚かされてしまった。こうして顔を合わせられるまでの時間が、随分長く感じてしまった」
エステル・オスロエス・ドレイク。
大国レオメルが誇る機関、獅子聖庁にて長官を務めるレオメル最強の騎士だ。
彼女の緋色の長髪が夏の風に靡く。威風堂々とした歩く姿は苛烈なほどの美しさを秘め、それすら芸術のようだった。
「少し日焼けしたな」
「行ったのがクルシェラでしたから、むしろ日焼けしてないほうかもしれないです」
「違いない。だが見ての通り、私も多少日焼けした。レンがエレンディルを発った日以降、遠出しての訓練も繰り返し行っていてな」
やがて、話が一段落したところでレンが問う。
「そういえば、どうしてエステル様はここに?」
「状況が知りたかったからだ。これほど唐突なことは滅多にない。それがレンのような少年を相手にするとなれば特にな」
含み笑いを浮かべながら言ったエステルへと、レンは気遣ってもらった礼を告げた。
それにしても、エステルの目にはレンがまた一段と成長しているように見えた。
数か月どころか数週間にも到底満たない短い期間の中で、彼はどれほど濃密な時間を過ごしたのだろうか。
それを気にしながら、風に揺れる髪を指先でかき分けたエステル。
「何度、別人のように感じればよいのだろうな」
「? 何か言いました?」
「言ったぞ。長期休暇だろうと休まないところがレンらしいと」
「一応反論しますけど、俺はちゃんと休もうとしてましたからね!」
やや語気を強めに、けれど城内だから声を抑えながらも反論してみれば、偉大な長官殿は笑みを深めた。
「二人の様子はどうだ?」
それがリシアとフィオナのことを指していることを、レンは言われなくとも理解していた。
「もう普段通りです。二人も少しずつ疲れが取れてきたみたいです」
「ああ、それならよかった」
話が落ち着いたことで訪れた沈黙により、周囲の音がより大きく聞こえてきた。
噴水の音。葉擦れの音。
レンはいくつもの音を耳にしつつ、静かに足音を立てていた。
「……俺が帝城に来ることになるなんて」
発端は数日前――――。
レンが魔導船に乗り、クルシェラからエレンディルに帰った日に遡る。
◇ ◇ ◇ ◇
魔導船。
その中でも、世界最大の軍事大国が誇る巨大な客船にて。
清澄な朝日が窓から入り、ラウンジを照らしだす。
窓の外に広がる雲海は日に照らされ光の海へと変わり、この朝がこれ以上ないくらい美しいものであると語っているかのよう。
まばらに埋まった窓辺の席の一つで。
「レン君、あと少しで着くみたいですよ」
「……そうですね。やっと帰ってきた感じです」
「ええ。そんなに帝都を離れてたわけじゃないんですけど、久しぶりな感じかも」
外の景色に気を取られていたレンは、隣にいる少女と似た感覚に駆られた。
「それとレン君の腕、あれから何もありませんか?」
「平気ですし、俺としてはフィオナ様のほうが心配なんですが……」
「もう、私は大丈夫って何度も言ったじゃないですか」
妖精のように愛らしい笑みを少女が浮かべた。
フィオナ・イグナート。
上質な絹糸を想起させる黒い髪。紫水晶色の双眸は凛々しくも気品に溢れていた。
細身ながらも女性らしい凹凸にも富み、その肢体からは色香をも漂わせる。
夏らしく普段より肌が見えるものの、生まれついての淑やかさを隠しきれていない。彼女の清楚さはこれ以上ないほど際立っていた。
そこにいるだけで目を奪われるほどに美麗な彼女が、
「はじめは、レン君の腕を休めるために行ったんですよね」
つい先日までのことを思い出して言った。
星謳う地クルシェラ。
そこはレオメルが誇るリゾート地であり、古くから癒やしの力が宿ることで知られていた。
以前、魔王教の司祭から腕に強力な呪いを受けたレンは、それを完全に癒やすことを目的として、夏休みに入ってすぐ魔導船に乗った。
しかし運命の導きか、クルシェラに残る古い神殿の力が魔王教に利用され、都市そのものが滅びる直前まで追い詰められたのだ。
それにより、せっかくの夏休みは一瞬で一変したのだが――――。
「俺の腕はもう大丈夫ですよ。それに」
それを聞いたフィオナが小首を傾げ、髪を揺らしながら聞く。
「それに?」
「一応、まだ夏休み中ですしね」
「あはは……そうでした」
夏休みがはじまって早々の出来事だった。
幸い、まだ休める時間は残されている。
エレンディルに帰ってから最初のうちは先の騒動の報告などで忙しくなると想像できるが、先日までに比べれば大したことではない。
『間もなく、空中庭園です』
船内放送がラウンジに響いた。
魔導船は徐々に高度を下げていき、数分前までレンが眺めていた雲海の中へと突入する。窓からは再び陽光が差し込み、次にレンとフィオナの目に映ったのは見慣れた光景だ。
「そろそろ荷物を取りに行きましょうか」
「ええ。リシア様にも伝えてきますね」
自室へと荷物を取りに行ったレンは変わりゆく景色を窓の外に見て、ふぅと一息。
ようやく、エレンディルに帰れる。
あの戦いが本当の意味で終わったような気がして、不意にどっと疲れが押し寄せてきた。
「……最後まで、気になることばっかり言ってたっけ」
それはあの戦いの中でのことだった。
『君たちの考えは嫌いだが、この世界はもっと嫌いだ。だから世界が君たちに愚かなことを望もうとしたら、そんなのは退けてしまえばいい』
クルシェラにあった名もなき神殿、その最深部での戦いの終わり際にあの女性が口にした言葉。
女性の名を、マシェリアと言った。
エルフェン大陸の近代史において唯一滅びた国、メディル公国。大陸中で戦争がつづいていた時代から存在した、歴史ある中立国家だ。
メディルは最後の公爵が国に保管された禁書を開いたことでその力を解放し、滅亡。マシェリアはその公爵を母に持つ魔女で、国を滅ぼした禁書を読み解くために魔王教の司祭となった女性だった。
彼女は『記憶の禁書』と呼ばれる過去に例を見ない代物を手に、レンたちを死の淵へと追い詰めた。
レンは彼女を思い返すたび、何をどこまで知っていたのだろう……と考えさせられる。
「ラグナさん、何か知ってるかな」
戦いの最中に聞いたことをいくつか、忘れないように尋ねておきたい。
レンは改めてそう心に決めると、大きな鞄を手に取った。
一週間ほど前、この鞄を手にしてエレンディルを発ったときには、夏にリゾート地で過ごす時間のことばかり考えていた。
その日を再び懐かしく思いながら客室を出て、連絡通路へと向かう。
廊下の窓から見える外の景色は、徐々にエレンディルへと近づいていた。
タラップを歩き、空中庭園へ足を下ろそうとしていた。
高層階の涼しい風を浴びながら進むレンの目に映ったのは、クラウゼル家に仕える給仕の姿だ。
「っ――――レン様!」
彼女はレンを目にすると同時に声を張り上げ、降り立ったばかりのレンの元へ駆け寄った。
給仕にしては珍しく焦りを募らせている。
たかが十数メイルの距離を駆け寄っただけなのに、息だって切らしていた。
「お、お伝えしなければならないことがございます! お三方が無事にお帰りくださり私も心から安堵しているのですが……!」
それだけで給仕は焦っていたわけではない。
彼女は明確に、何か別のことも関係していままでになく慌てていたのだ。
「何かあったんですか?」
レンが落ち着いて問いただすと、給仕は「申し訳ありません」と、取り乱したことを謝罪した。
それからすぐ、リシアとフィオナがレンに遅れてタラップに現れた。
するとレンはリシアを見ると同時に、あることを思い出してまばたきを重ねた。
傍から見れば彼に何かあったのだろうかと思わせるような仕草で、彼の傍にいる給仕は首を傾げてみせた。
「? レン様?」
「……い、いえ。何でもないんです」
リシアはといえば、レンの様子を見てくすりと微笑を返すだけ。
彼女は唇に指先を当て、しー! と何かレンに口止めするかのように振る舞った。
新しいお知らせもいくつか控えてますので、今後の展開もどうぞよろしくお願いいたします!




