26 勝手にしろい。俺は寝る
それは、夕方、太陽と月が入れ替わるのにもう少しだけ時間がかかるといったころ合いであった。
三日ほど一睡もしていないロクドーは、やっとこさ準備ができたというエンドリケリ商店の賃貸屋敷にいた。
屋敷とはいっても超豪邸というわけでない。
庭はトマト位なら作れそうな広さで、部屋の方はダイニングキッチンとリビング、応接室が一つにその他の部屋が四つあるくらいだ。
エンドリケリ商店のマダムの家を想像していたリィネは落胆していたが、家具や食器は備え付けのものがあるというだけで、ロクドーには何の問題もなかった。
むしろ、掃除を考えるともっと狭くてもよいと思っていた。
自身が寝る部屋を決め食材やら必要物品を買えそろえた二人は即自由行動に移っていた。
ロクドーは新品の下着に履き替えパジャマに袖を通した。
すでに水浴び程度に体は清めている。
あとは寝るだけだ、と備え付けベッドに潜り込んだところで、玄関のノッカーが叩かれる音がした。
無視をしようとしたがしつこい。
リィネは風呂にでも入っているのか、客人を出迎えようという気配はない。
「誰だよ……」
ロクドーは仕方なく身体をベッドから引きずり出す。
疲れからか、ほとんど転げ出るように寝室から出ると、玄関の扉にたどり着いた。
相変わらずノックの音が続く。
「誰もいません。帰ってください」
「ちょっと待ってください! 私です! マリナです!」
マリナ? と一瞬寝ぼけた頭をよぎったがすぐに思い出すとロクドーは扉を開けた。
「あ、こんにちは」
「何しに来た、帰れ。つか、帰ってください。ホントお願い」
「え、何でですか? 私の疑いも晴れてお礼に来たのに」
「眠いんだよ。あんたのせいで俺三徹中だからね?」
「あ、それでパジャマだったんですね。えらいその変な…… かわいいの着てますね」
なぜ言いよどむのかロクドーは不思議に思ったが、それより睡魔の方が問題であった。
ロクドーがあくびをし、もう一度帰りを促そうとすると、そこへホカホカと湯気を上げたリィネがやってきた。
「あ、マリナじゃん。入ってよ~お茶でも飲も~」
そういうとリィネはマリナを勝手に上げてしまう。
ぐぅとうなりながらロクドーはそれについていった。
「ホントにありがとうございました」
そういうと頭を下げた。そして、マリナはリィネの入れた紅茶をすすった。
「よかったね、あの女の子なんだったの?」
リィネの言葉にマリナは少しだけ渋い顔をした。
「ドーラさんは他国の密偵でした。ヨルハン様には麻薬の取引を持ち掛けて取り入ったようです」
「殺しの方は?」
「最初の殺人の方はやってないの一点張りらしいです。そっちの犯人はまだ不明ですね。殺人事件のせいで目立つのはまずいと思って逃げようとしてたみたいですよ」
「屋敷皆殺しにしたのは自分が消えたことを隠すためか。それにしても」
ロクドーは細くなった目をわずかに動かす。
「えらい簡単にしゃべったな」
「えぇ、何らかの取引があったようですね。アラン様が教えてくださいました」
「ん~ アランはそれをしゃべってよかったんやろうか」
ダメだろ、とロクドーは内心で突っ込む。
「これからどうするん?」
「はい」
マリナは少しだけ間をおいて話し始めた。
「今回の件でアラン様も同時に動いてくれていたらしくて。今回の功で、私爵位を頂けることになりそうなんです。といっても男爵なのですが……」
「男爵? 芋? マリナって男の娘」
リィネは首を傾げた。
「爵位の種類です。領地を持っている公爵とかその跡取り候補の子爵かいろいろあるのですが。男爵は単なる名誉しかありません。何の特権もありませんし。あと男ではありません」
名誉しかないとはいうわりには、マリナは嬉しそうだ。
「その上騎士学校にも入学できると。これもアラン様が」
「なんで俺ら以外のことはよく働いてやがる」
ロクドーはゴクリと紅茶を飲み込んだ。が、それはまだまだ熱い。
ロクドーの喉を焼き痛みにグオーと苦しむ。
「じゃあ、うちらと一緒やん! 同級生!!」
マリナは同級生、と口の中で呟くと寂しそうに笑う。
「入学はお断りしてきました。今の私は無一文ですからね。住むところどころか、明日の食事すらおぼつきませんから」
「断ったん?」
「はい。明日の入学式にさえ来てくれればなんとかするとは言われたのですが…… ない袖は振れませんから」
マリナの乾いた笑顔にロクドーは少しだけ居心地の悪さを感じる。
と、隣で同じく渋い顔をしていたリィネが突然身体をテーブルにのり上がらせた。
「ならうちに住めばいいやん!」
「何ぃ!?」
「えぇ!?」
リィネの提案にロクドーとマリナは同時に口を開いた。
「マリナは騎士学校行きたいんやろ?」
「それは、まあ……」
「どうせ、部屋空いとるんやし、家賃も割り勘すればいいやん」
めんどくさい、などとロクドーは眉をひそめる。が、そこでふとある疑問が頭をよぎった。
「ここの住所、誰から聞いた?」
「あ、えっとアラン様から……」
ロクドーは持っていたティーカップをテーブルに叩きつけた。そばのソーサーがカチャンと跳ねる。
「何から何まで準備が良すぎるとおもったが! あの野郎、ハナっからそれが目的か!」
「目的っち何?」
そういいながら、リィネが三杯目の紅茶を飲み干す。
「あいつ、ヨルハンに目をつけてたんだよ。貴族だから手が出せないってんで今回の事件で俺らとマリナを巻き込んだんだ! くっそ~!!」
「巻き込んだ?」
「あ~だから、最初に逃げた時にウチ達のいる場所教えたっちことか。ウチ達に解決させるのが目的で」
リィネがポンと手を打った。
「違う、俺達じゃない。マリナだ。マリナを囮に使って解決させたんだ。もし気が付いても爵位授与やら騎士団入学やら恩売ってうやむやにしちまう気なんだよ!」
「あ~なるほど。アランも頭使えるんやね」
ロクドーが頭をボリボリとかきむしる。
リィネはそれを嫌そうな顔で見て、自身のカップをロクドーから離した。
「ま、いいやん。別にウチ達になんかあったわけじゃないし」
「あっただろ! 俺、腕が二、三本飛んだのよ!?」
「そういえば、何で両腕あるんですか!? 私、確かに右腕ないのも左腕ないのも見ましたよ!!」
「あ、その話はいいけん。長いしうざいしきもいから」
マリナの言葉をぴしっと止めるとリィネはマリナの隣に移動する。
「でさ、どの部屋がいい? うちの隣の部屋開いてるからそこにする? あ、兄ちゃんの部屋はもっと遠くに移動させよう」
リィネがマリナの荷物を奪うように持つと、部屋の方に連れていく。
マリナはロクドーに視線を送った。その視線は、困惑と期待の入り混じったものである。
ロクドーはあくび混じりに大きくため息をついた。
そして、眉根に寄った皺を揉み込む。
「勝手にしろい。俺は寝る」
とりあえず、ここまでです。
読んでいただきありがとうございました。
初めて評価いただいたときは手が震えました。
続きはいつの日か……




