20 腹ごしらえやね
「ということがあって……」
マリナの言葉にロクドーは絶句していた。
そんなことがあっていいのか、こんな悪徳がまかり通るのが社会のあるべき姿なのか。などという義憤ではない。
なんで俺のところに、こんなめんどくさいことおしつけた。というアランへの怒りのせいである。
ロクドーはフンッと思いっきり鼻から息を吐き出した。
三人がいるのは、サラの母の伝手の伝手を使ってたどり着いた安い宿屋である。
狭いベッドが二つとテーブルが一つあるだけで、飯もついていない。
それにしても安いと思った二人は、ベッドにノミがいないか、ネズミがいないか、死体がないかなど探し回ったが特に怪しいところもなかった。ただの良心的で清潔な安宿であった。
そして、徹夜明けのロクドーは早く寝ようと日の高いうちから寝る準備をしていたところにマリナが飛び込んできたのである。
「アランのことやけん、また偉い人にケンカ売ったんやろうね」
「あいつは自分の都合で世界が回ってると思ってる節がある」
マリナは二人のやり取りを見て目を細めた。そして、立ち上がる。
「ありがとうございました。なぜでしょう、お二人にはまだ三度しかあったことがないのに、少しだけ落ち着きました」
マリナが扉の方へ進もうとするとその前にリィネが立ちはだかった。
「どこ行くん?」
「出頭しようと思います。きちんと話をすれば……」
「無駄だ。アランが出張ってまでやったってことは、確実に死ぬぞ」
ロクドーは水差しからコップに水を注いだ。
「でも、なんで逃がしたんやろ?」
「あいつには思い当たる節があるんだろ。あんたが犯人じゃないって」
「思い当たる節?」
マリナが首を傾げた。ロクドーは口腔内に水を一気に流し込む。
「あんたにもあるはずだ。今回の事件を解くカギが」
「解くカギ……」
「なんかないん? 気になる物とかさ、人とか」
マリナは頭を抱える。そんな風に考えたことはなかったのだろう。
幾度か頭をテーブルにぶつけるように振っていた。が、それが突如として止まる。
「あ……」
マリナの間の抜けた声にロクドーとリィネが視線を送った。
「最近ヨルハン様が商売を始めたようなんですが…… その内容、誰も知らなくて…… もしかして、それってあの薬だったんじゃ」
「……いや、それはねぇだろ。あのバカに薬を売り払うような器量があるようには見えなかったぞ」
確かに、とマリナは口を紡ぐ。
「本人じゃなくてもいいやん。バカ扱うのがうまいやつも世の中おるし」
リィネの言葉にマリナは少し顔を険しくした。そして、口の中で、まさか、と呟く。
「誰かいるのか?」
「はい、でもリィネさんより若いんです。そんなことが……」
ロクドーはリィネの顔を見た。ニヒリと間の抜けた顔で立っている。
「いや、ガキだからってわからんぞ。まぁ、こいつを見てるとそうは思えんだろうが」
マリナはもう一度扉の方へ向かった。
「どこ行くん? 今度は」
「ヨルハン様の邸宅に。ドーラ様と話をしてきます」
「よし、わかった。ウチも行くけん、ちょっと待って」
そういうとリィネは身支度を整え始めた。
「そうか、気を付けていって来いよ」
「……………………」
ロクドーはそういうと手をひらひらさせた。
「よし分かった。ウチも行くけんね。ちょっと待っちょって」
「うむ、晩飯までには帰って来いよ」
「……………………」
と、ロクドーの方へ何かが飛んできた。ふわりとした動きのそれは、ロクドーの首巻であった。
「おい、俺は行くとは言ってないぞ」
「ダメやし!」
「なぜだ! 俺は昨日から一睡もしてないんだぞ! 頼むから寝かせてくれよ!!」
「うっさい! この子がかわいそうやないん?」
リィネはズビシとマリナを指さす。
「指差すのはやめなさい」
「そうです、お二人とも私のことはお気になさらず。一人でも」
「ダメだよ。下手して捕まったらやばいって」
ロクドーは大きく息を吐き出した。そして、頭部の後ろをボリボリとかく。
「わぁったよ。行くよ、行く」
「え?」
「アランの思い通りに動くのがむかついただけだ。あんたを助けるのはやぶさかじゃあない」
そういって首巻を手近のテーブルに置いた。
「でも、もうちょっと日が落ちてからだ。明るすぎる。それまでは……」
ロクドーが布団に潜り込もうとした瞬間、リィネが腕をつかんだ。
「腹ごしらえやね」
「寝かせろぉぉぉぉ!!」




