14 なんだよ、その恰好……
「慌てないで。外に出たらゆっくりでいいからここからまっすぐ離れて。あの火の反対方向にまっすぐ。戻ってきちゃだめやけんね」
暗い部屋の中。リィネは捕らえられていた女達と少女達を逃がしていた。砦の入口まで連れていく余裕はない。座敷牢の鉄格子で作られた窓を強引に壊し、外への道を作ったのだ。
少女達に大きなケガはなかったのでまずは、女性達を逃がした。そして、今少女達をゆっくり、一人ずつ出していく。
そこへ、叫び声が聞こえた。何度目だろうか。ロクドーの声ではない、がしかし。リィネは戻りたい衝動を必死にこらえていた。
と、そこで手近の少女の一人が身体を震わせていることに気が付いた。
「大丈夫。お姉ちゃんのお兄ちゃんが遊んでるだけだから」
そういうと、手を頭にのせてやる。ロクドーがそうやってくれたことを思い出した。
この子で、最後だ。そこで背後で扉の開く音が聞こえた。
「おい、どこ行く気だ!」
リィネは舌打ちすると、最後の少女をかばうように背に隠しながらそちらに向き直る。そこには、青い服を着込んだ男がいた。
エーリスの馬車に乗っていたうちの、魔術を使う大男の方である。
「なんか今日はやけにうるせぇから嫌な予感がしたんだよ。おい、ガキ! お前何もんだ?」
「ガキガキうるさいなークソが偉そうに」
リィネは手甲からナイフを抜き出し、逆手に構える。
「あれか? 俺たちの商売敵か? それとも、エンドリケリのばばあのとこの別動隊か?」
大男はそういうとぐるりと首をまわし、檻の中を確認した。そしてリィネの背に隠れる少女を見た後で、わざとらしく大きなため息をついた。
「なんつうことしてくれたんだよ。ガキ、死ぬしかないぞ」
そういうと、呪文を唱える。逃げた子供たちを捕らえるための魔法だ。そう判断したリィネが動いた。少女を壁際にあった机の後ろに押した。キャッと少女が言うのを最後まで聞かず走り出す。五メートル。間には机が一つあったが、それを飛び越え距離を詰めた。
大男は呪文の詠唱を中断するとリィネに相対する。先に仕掛けたのはリィネであった。ナイフを握ったまま脇腹めがけて殴撃。大男はそれを肘でブロックすると、もう一方の手でその手を掴んだ。掴まれまいと退いたが一瞬遅い。
「癖の悪い手だな」
男が力任せにねじりあげる。リィネは、痛みからこぼれそうになる苦鳴を食いしばりかみ殺す。そして、脚力のみで飛び上がると宙返りの要領で拘束から逃れた。
「サルかよ」
男はにやりと口を歪めた。そして懐から紙束を取り出す。その紙には、絵のような文字のような不思議な文様が描かれていた。
「ずりぃ! 符とか高いのに!!」
符とは、魔術の即時発動を狙って使うものである。呪文詠唱より発動までが早い、が自由度が低い。
「知るかよ。死ね!」
男はその符をリィネに目がけて放った。瞬間符が溶け落ち、今度はそれが金属で作られた槍の穂先の様なものに変じる。数は三。
リィネはバク転でそれを躱す。しかし、躱せたのはわずか数本だ。体勢を整える暇はない。ナイフでそれを叩き落とし、避けるために跳ねる。その着地の瞬間穂先の一本が太腿をかすめた。リィネがバランスを崩す。それを待ち構えていたかのように穂先が殺到。
男の口元が勝利の確信に笑んだ。
「ユヌ、ドゥ、ディス、フルゥベ イゥラユラ フルゥ」
リィネの眼前に炎の球が現れる。そして、それはリィネに突き刺さる前の穂先をすべて迎撃した。
「お前、短縮詠唱を?」
リィネは、立ち上がる。どうやらすべて迎撃できなかったのか、頬から一筋血が流れていた。それを手で拭う。
その手は赤黒く光っていた。痣が左肩も首筋も越え、右手にまで到達している。
「その、痣…… お前忌み子だな? そうか、呪われてんのか、ガキ。てめぇみたいのは、だいたい魔法薬の材料にされちまうもんだと思ったが」
あざけるように、男は口を引き上げる。
男が再度懐から符を取り出した。そして、口端に泡をため叫ぶ。
「ぐちゃぐちゃになっちまっても売れるからいいだろ」
符を放る。それは、壁に、床に、天井にその符が張り付いた。と、続けざまに男は詠唱を開始する。
リィネはそれに突っかかろうと走り出した。が、左腕の痣がジクリと痛む。予感。リィネが反射的に横に跳んだ。その瞬間轟音が響いた。
リィネがいた場所に壁から土槍が飛び出してきた。符によるものだ。視線を廻らす。見える範囲に三カ所。
着地した瞬間に再度横跳び。今度は天井から槍が突き出した。
回転しながら目だけで男を確認すると、男は詠唱を終えた。
男のローブがはためいた。と、それは見る間に風の渦、そして金切り音を立てだした。
「細切れになれ! 空刃!」
リィネが捉えられるのは、空気の刃が作り出す空間のわずかな歪みだ。ほぼ勘だけで体を伏せる。頭の僅か上を空気の刃が過ぎていく。動きについていけなかった毛が切り飛ばされた。
避けた。しかし、安堵はできない。刃は一本ではない。リィネは、次いで来る刃を手甲で叩く。パキンと金属のような音を立ててそれが砕け散った。それを目視しつつ手甲を振った勢いで体の軸をずらす。背にまで到達した痣がチリリと痛んだ。
「捉えたぜ」
男の声。まずい。リィネは瞬時に空中に跳ねた。その瞬間背後から土槍がリィネの影に突きこまれる。それを認識している暇はない。視線を移す。三本目、四本目、五本目。襲い来る空気の刃。そこでいつの間にか始めていた詠唱を終えた。
「フルゥベ イゥラユラ フルゥ」
リィネを持ち上げるように大きく熱風が吹き荒れる。空気の刃はそれに飲み込まれた。リィネはその風に乗り体勢を整える。痣は自身の下腹部にまで到達していた。手甲で抑えられる痣の浸食の許容量を超えつつある。これ以上戦いが伸びるのはまずい。そう思ったリィネだったが、そこで気が付く。男の目がリィネに向いていないことに。
「貴様みたいなガキいるんだよ。天賦の才がある奴。普通にやったら勝てないんだよ。でもそういう奴と戦う必要があるときどうすればいいか知ってるか? 先に心を折るんだ」
男は右手を上げた。先ほど少女を隠した方に向いている。
リィネは気が付いた。男は自身と少女の距離を離すように動いていたのだ。
リィネは歯噛みした。男の動作がひどく緩慢に見える。しかし、自分の体はそれ以上にトロい。口をパクパクと動かした。リィネはひどく喉が渇いた。
「ドゥ、トロワ、キャト、サンク、ディス、フルゥベ イゥラユラ フルゥ」
リィネによる短縮詠唱が完了。少女の隠れている机の前に光の壁が出現した。間に合った。しかし男の動きはまだ緩慢だった。
「ほら、天才は何でもできると思ってるからな」
男の詠唱は完了しているが発動していない。男の目が微笑んでいる。
しかし、それ以上にまずい。痣が身体を巡る。
「来い、火焔槍!」
男が叫んだ。男の眼前に炎塊が生成される。そして、それは馬上槍状に変形すると、発射された。炎により加速する火焔槍。それと同時に周囲に展開されていた符から土槍が打ち出される。
リィネは目をつぶった。恐怖からではない。意志とは無関係に身体が目を閉じさせたのだ。
「終わったか。せめて、あのガキだけでも回収しないと金になんねえんだから、やるわけねぇだろ」
終わったものと思い歩き出そうとした男の足がはたと止まった。振り返る。リィネがいた場所はもうもうと煙が立ち込めていた。その中でゆらりと何かが動いたように見える。
「生きてんのか?」
男は懐に手を入れる。符の残量は十分だ。数枚握りしめるとそれを放つ。それが溶け落ちるとともに打ち出される金属槍。金属光を引きながら煙の中に突入した。
瞬間、土壁が地面からせり出す。金属槍はそれに突き刺さった。
「おいおい、お前も符を持ってたのかよ」
煙がはれる。そして、土壁が崩れ落ちた。男はリィネの姿をやっと視認して、目を丸くした。
「なんだよ、その恰好……」
リィネの体からきれいに痣はなくなっていた。代わりに頭部の上のあたりに掌大の三角が二つついている。腰に目をやれば、もふもふの毛玉が付いていた。
さながら、狐であった。
「ぶひゃひゃひゃひゃ。なんだそれ、いいじゃねぇか。そんなんならひき肉はやめだ! お前高く売れるぞ!」
男は腹を抱えて笑う。リィネはそれを見て眉をひそめ、少し涙を浮かべた。尻尾も心なしか元気がなく見える。
「う~だからウチは魔術使いたくないんに」
「いや、気にするなよ。何だったら俺が可愛がってやってもいいんだぜ」
リィネは尻尾をふりふりと振るった。それと同時にリィネの目に力が戻る。
「うっさいばか。この姿見たからには、あんた、死ぬしかないけんね」
男はまだ笑っている。先ほど完璧に捉えた女だ。負けるわけはないと高をくくっているのだろう。
「ならよ、どうすんだよ。こっちのガキは」
男は無造作に符を放り投げた。その符は巨大な岩石となる。そして、少女の頭上に向かって落下し始めた。
自由落下ではあったが、その質量はすさまじい。押しつぶされればひとたまりもない。
そして、男はそれの行く末など見ない。すぐさま、リィネに視線を向けた。懐から符を取り出すと投げつけた。
瞬間、符が燃え落ち炎弾と化した。爆発的な速度をもってリィネに向かう。
それを、リィネは興味なさげに見ていた。狐耳を両方パタパタさせたかと思うと、リィネの足元から土が鞭のように伸びた。そして、その炎弾をすべて撃ち落としてしまう。
「バカな――」
次いで、リィネは尻尾をパタパタとさせた。次の瞬間岩石の進行方向が変わった。落下移動していたはずが、何かに押されたかのように男に向かって移動し始めたのである。
その速度は落下時よりも早い。男は、必死に身体をずらす。しかし、避けきれない。そして、その威力は強大であった。右肩がわずかに触れたかと思うと、瞬間三メートルほど離れていた壁に叩き付けられる。さらに右肩から胸にかけて肉がそぎ取られていた。吹き出す鮮血。リィネの顔にまで血飛沫が飛ぶ。
「符でもない。詠唱でもない…… なんでそんな…… 速度が……」
男が動かなくなった。鼓動に合わせて吹き出していた血液も、いつの間にかただ垂れ流されるだけになっている。
リィネは相手が動かなくなったことを確認すると、少女の方へ歩き出した。運良く、と言えるのか、少女は先ほどの戦闘で気絶してしまっている。ほっと息を吐くと狐耳を両手で抑えた。そして、尻尾を体に巻き付ける。
「どうしよ…… これ」
リィネは、外へ続く穴から空を見た。まだまだ夜は続きそうである。




