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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第一章
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幸福の処方

 日課が一つ増えた。

 聖が私の髪を櫛で梳いてくれる。

 それを見て、楓も私の髪を梳きたがったので、朝は楓が、夜は聖が私の髪の毛を梳いてくれるようになった。

 柘植の櫛で梳かれると、さらさらと髪が滑り落ちる。

 楓は仕上げに組紐で束ねて結んでくれる。

 夜はそのあと寝るので、聖は梳いてくれるだけだ。


 そんな些細な日課が、私に幸福を知らしめる。


 髪と神は音が通じることから、音ノ瀬一族――――特に本家の人間は、心を許した相手にしか自分の髪の毛を触らせない。

 それは昔からの不文律で、父も母も祖父母らも、自分の髪を信頼する者にしか委ねなかった。

 自然、身内同士で髪を切り合うことになるので、皆、床屋や美容院とは縁遠く過ごす。

 いつしか楓の髪も聖の髪も、私が整えるようになった。

 私の髪を切り揃えるのは聖だ。

 そのようにして少しずつ、私たちは「家族」のような連帯を増していく。

 楓は朝も夜も私の髪を触りたがったが、そこは聞き分けの良い子なので、夜は聖に譲る。


 聖が私の髪を梳く様は手つきから顔つきから慈しむようで愛情に満ち、それは傍から見ている楓にも察せられるものがあるらしい。


「ひーくんはことさんが好きなんだね」


 しみじみとそう言うのが可笑しい。

 女の子ならではのことだろうか。そして、そのコトノハに少しばかりの嫉妬が混じっているのを私は聴き逃さない。

 楓が独占したい相手はどうやら私のようだ。

 もちろん楓は聖にも懐いているし、聖も楓を可愛がっているが、二人の間では私の存在が架け橋となっているらしかった。

 

 自然、私たちは「家族」となるべく、コトノハを処方するようになった。

 誰かが出かける時には必ず「行ってきます」、「行ってらっしゃい」の遣り取りがあり、帰宅時には「お帰りなさい」、「ただいま」のコトノハが行き交った。

 食事時には「いただきます」、「ごちそうさま」。

 夜の「おやすみなさい」や朝の「おはよう」なども。


 こうして衣食住の内でコトノハが処方され、それは家庭というものを築き上げる役割を負った。コトノハは絆をも育むのだ。

 一度は家族を失った私が、新しい家族を得つつある。

 

 風呂上り、生乾きの楓の頭を折り畳んだ脚に乗せ、手櫛で髪を梳いてやると心地好さそうな顔をする。

 釣忍が鳴り、月桃香が漂う。

 私の隣には聖が座り、夜空を見上げている。私も釣られて上を見た。

 瞬く星たち。


 コトノハが無くても感じる一体感。


 幸福だと、そう思う。




挿絵(By みてみん)





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