参観日
授業参観のお知らせ、と題されたプリントを楓から受け取った。
そうか。
私が保護者である以上、参観に赴くのが自然だ。
楓が期待の籠った眼差しで私を見ていることだし。
折角の機会だ。聖と一緒に行こう。
ところが、意外にも聖が私の誘いに難色を示した。
「僕の容姿では楓さんが悪目立ちします」
「ほとんどの人には注目されないでしょう」
そういう特質を持つのだから。
「しかし……」
「聖さんが断られるなら、秀一郎さんにでも頼みます」
「――――解りました。父親役、お受けします」
よしよし。
最初からそう言えば良いのだ。
さて参観には何を着て行こう。
授業参観の日は快晴だった。
もう晩春に差し掛かる頃、太陽が主張を強くしてきている。
私は桜色の江戸小紋に、淡い白金の名古屋帯を締めた。
帯留めには紫水晶で作られた菫の花がぽつりと咲く。
手には葡萄酒色地に白い花の意匠が施された、ビーズクラッチバッグを持った。
このへんが限度だ。
甘過ぎる装いが私は得意ではないし、好まない。
聖にはグレーの、薄い麻のジャケットに、同色のスラックスを合わせてもらう。
残っている父の服ではデザインや寸法の問題があったので、この日の為に楓と三人でデパートに行って見繕ったのだ。
二人揃って、夫婦に見えるだろうか。
楓と三人で、家族に見えるだろうか。
ずぼらな私でも、そんなことを気に掛けたりするのだ。
割と必死で、私は三人家族になれるよう祈っている。
参観する授業は国語だった。
つまり、楓の得意分野であり、彼女は私たちの前で先生の質問にすらすらと答え、勇姿を示した。
誇らしく思う私は、親莫迦なのだろう。
そして聖はお母さん方からちらちらと視線を送られていた。
――――アルビノの特徴を抜きにしても、端整な容姿だから仕方あるまい。
私は左手首の腕時計を撫でた。
授業が終わり、楓に歩み寄ろうとした時、突然、楓が隣の席の男子をぶった。
その子も楓に応戦し、あわや乱闘になろうとしたところに、聖が割り込んで何とか収まった。
「楓さん。どうしましたか?」
楓は理由なく暴力を振るうような子ではない。
私はまず、楓を心配した。
楓は、顔を真っ赤にして涙ぐんでいる。
「――――ことさんは、私に似てない、偽物の母親だって言われて」
ああ……。
どうも担任の先生から聴いたところでは、その男子は親が亡く、親戚の家に住んでいるらしい。彼には参観に来てくれる大人がいないのだ。
今回のことは、恐らく楓に対するやっかみであろう、と言われた。
切ない話だ。
先生の仲裁で、何とか二人は和解したものの、顔はまだ両者共に強張っている。
「武藤君。でしたね」
「……はい」
ぼそ、と、彼は私の問いかけに答えた。
むっつりした顔をしているのは、他にどんな表情をすれば良いのか解らないからだろう。
叱責を怯えているのかもしれない。
「よろしければ今度、うちに遊びに来てください」
「え」
「ことさん?」
武藤少年は虚を突かれた顔をして、楓も驚いている。
武藤少年の切ない境遇は置いておくとして、男子が女子にちょっかいを掛ける理由は一つだ。
私は楓に友達を作って欲しかった。
友情は、人に様々なことを教える。そして良いほうへ守り導く。
私はそう思っている。
それから私は、人目を憚らずに楓を抱き締めた。
この子が痛手を受けたのも事実なのだ。
慰め、癒してやらなければならない。
温もりを与えて、独りではないよ、と教えてやらなければ。
解り切ったことだなどと、慢心してはならないのだ。
武藤少年は複雑そうな表情で私たちを見ている。
抱き締めてやる腕が足りない世の中だ。
彼の向こうに見える悲しみの凝りが、なぜか私に聖を想わせて遣る瀬無くなった。
赤い目の、私の愛する人にもこんな時代があったのだろうか。
聖に悲しみの凝りがあるとすれば、それは透明な被膜のようなものの重なりだろうと思える。




