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コトノハ薬局  作者: 九藤 朋
家督相続編 第一章
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参観日

 授業参観のお知らせ、と題されたプリントを楓から受け取った。

 そうか。

 私が保護者である以上、参観に赴くのが自然だ。

 楓が期待の籠った眼差しで私を見ていることだし。

 折角の機会だ。聖と一緒に行こう。


 ところが、意外にも聖が私の誘いに難色を示した。

「僕の容姿では楓さんが悪目立ちします」

「ほとんどの人には注目されないでしょう」

 そういう特質を持つのだから。

「しかし……」

「聖さんが断られるなら、秀一郎さんにでも頼みます」

「――――解りました。父親役、お受けします」


 よしよし。

 最初からそう言えば良いのだ。


 さて参観には何を着て行こう。



 授業参観の日は快晴だった。

 もう晩春に差し掛かる頃、太陽が主張を強くしてきている。


 私は桜色の江戸小紋に、淡い白金の名古屋帯を締めた。

 帯留めには(アメジ)水晶(スト)で作られた菫の花がぽつりと咲く。

 手には葡萄酒色地に白い花の意匠が施された、ビーズクラッチバッグを持った。

 このへんが限度だ。

 甘過ぎる装いが私は得意ではないし、好まない。


 聖にはグレーの、薄い麻のジャケットに、同色のスラックスを合わせてもらう。

 残っている父の服ではデザインや寸法の問題があったので、この日の為に楓と三人でデパートに行って見繕ったのだ。


 二人揃って、夫婦に見えるだろうか。

 楓と三人で、家族に見えるだろうか。

 ずぼらな私でも、そんなことを気に掛けたりするのだ。

 割と必死で、私は三人家族になれるよう祈っている。


 参観する授業は国語だった。

 つまり、楓の得意分野であり、彼女は私たちの前で先生の質問にすらすらと答え、勇姿を示した。

 誇らしく思う私は、親莫迦なのだろう。


 そして聖はお母さん方からちらちらと視線を送られていた。

 ――――アルビノの特徴を抜きにしても、端整な容姿だから仕方あるまい。

 私は左手首の腕時計を撫でた。



 授業が終わり、楓に歩み寄ろうとした時、突然、楓が隣の席の男子をぶった。

 その子も楓に応戦し、あわや乱闘になろうとしたところに、聖が割り込んで何とか収まった。

「楓さん。どうしましたか?」

 楓は理由なく暴力を振るうような子ではない。

 私はまず、楓を心配した。

 楓は、顔を真っ赤にして涙ぐんでいる。

「――――ことさんは、私に似てない、偽物の母親だって言われて」


 ああ……。


 どうも担任の先生から聴いたところでは、その男子は親が亡く、親戚の家に住んでいるらしい。彼には参観に来てくれる大人がいないのだ。

 今回のことは、恐らく楓に対するやっかみであろう、と言われた。

 切ない話だ。

 先生の仲裁で、何とか二人は和解したものの、顔はまだ両者共に強張っている。


「武藤君。でしたね」

「……はい」

 ぼそ、と、彼は私の問いかけに答えた。

 むっつりした顔をしているのは、他にどんな表情をすれば良いのか解らないからだろう。

 叱責を怯えているのかもしれない。


「よろしければ今度、うちに遊びに来てください」


「え」


「ことさん?」


 武藤少年は虚を突かれた顔をして、楓も驚いている。

 武藤少年の切ない境遇は置いておくとして、男子が女子にちょっかいを掛ける理由は一つだ。

 私は楓に友達を作って欲しかった。

 友情は、人に様々なことを教える。そして良いほうへ守り導く。

 私はそう思っている。


 それから私は、人目を憚らずに楓を抱き締めた。

 この子が痛手を受けたのも事実なのだ。

 慰め、癒してやらなければならない。


 温もりを与えて、独りではないよ、と教えてやらなければ。

 解り切ったことだなどと、慢心してはならないのだ。


 武藤少年は複雑そうな表情で私たちを見ている。


 抱き締めてやる腕が足りない世の中だ。

 彼の向こうに見える悲しみの凝りが、なぜか私に聖を想わせて遣る瀬無くなった。

 赤い目の、私の愛する人にもこんな時代があったのだろうか。

 聖に悲しみの凝りがあるとすれば、それは透明な被膜のようなものの重なりだろうと思える。





挿絵(By みてみん)







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