序
ジリリリリリリン、と。
今時古風な、黒くどっしりした電話ががなり立てる。
いつもお前は噛みつくようだね、ご苦労様、と思いながら私は受話器を取った。
「はい、音ノ瀬です」
『コ、コトノハ、の?』
若い女性の上擦った声だ。私は相手を落ち着かせる声調を心がけた。
「はい。コトノハを営んでおります」
『話を――――』
「お聴きします。このままがよろしいでしょうか。それとも当方にいらっしゃいますか?」
『……そちらに、お伺いします』
顔を合わせて話したいようだ。
そんな相手は珍しくない。
商売柄、私の顔、素性がどうにも気になるのだ。果たして信用に足るかどうか、という疑念がそこにはある。それを解きほぐすのも私の仕事だ。
葉桜の初夏、蝉しぐれはまだ遠く、ともすれば涼感に包まれもする機嫌の測り難い日々だが、昼には太陽がしっかと君臨する。
案じるな、これから猛威を振るうから、と宣言するように。
私は色づき始めた紫陽花の様子を観察しながら庭の雑草を抜いたりなど、手入れをした。
観察を怠るとすぐ萎れるのは人も庭も同じだ。
蝸牛、なめくじ、ダンゴ虫を見ると履いていた長靴で踏み潰す。
酷なようだが彼らは害虫なのだ。残念ながら私の庭と共存は出来ない。そうする間にも蚊がぷうん、と独特の羽鳴りで寄って来るのを手を振って追い払う。
一時、血を吸われてやるくらいは良いが、そのあとに痒みが長引くのは御免だ。
負のものが、長引くのは良くない。
それを断ち切るのがまた、私の役割でもある。
客が来るまでにはまだ時間がある。
客間に供するのに藺草の円座が良いか、しな織の座布団が良いか。
一考したのち、相手がまだ若い女性であることを鑑み、海と山が深く混じった色合いの座布団を出した。
緑成す釣忍の下の風鈴の音色が、風を知らせる。
そう。もう間もなくか。
解ったよ、と私は風にいらえてインクブルーの切子硝子の茶器を、木の茶托と共に漆黒の卓上に並べる。
この家に辿り着くには坂を上らなければならない。
冷えた緑茶が喜ばれるだろう。
「…………」
上生菓子が無いのが残念だった。今日に限って。
予約客でない場合はこうしたこともあるのだ。
完璧に客をもてなしたい私にはいかにも物足りないことであった。
渋い気持ちを抱えながら、私は蚊を遠ざけるべく、縁側にて月桃香を焚いた。
腕組みをして目を細め、庭を眺め、空を仰いだ。