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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
98/156

47 冬の到来2



 リーガスは総督府の着場で何年かぶりに会う昔の仲間を出迎えていた。

 まだ傭兵として各国を転々としていた頃、共に戦った仲間から連絡を貰ったのは3日前だった。若いのを連れて行くから待っていろといった内容の手紙が届き、今日、先発として若い竜騎士を5名引き連れて到着したのだ。

「リーガス!」

「ジグムント!」

 再会した2人はがっしりと握手を交わした。

「しかし、お前が団長とはねぇ」

「そう言うお前は傭兵団の部隊長じゃねえか」

 記憶の中の姿と比べて幾分歳をとった相手と軽口を交えながら挨拶を交わす。十分な準備も整わず、いつも以上に厳しい冬を乗り越えなければならないのを覚悟していた所に、この申し出は本当にありがたかった。

「本当に助かった。だが、正直な話、報酬はあまりはずめないぞ」

「こちらの内情もある程度は聞いている。そう思ったから経験を積ませる意味も込めて若手を中心に連れて来たんだ。10日後になるが、騎馬兵も到着する」

「そうか、感謝する」

 リーガスは自ら旧友を団長執務室に案内する。今後の打ち合わせの為、既に総督も来ているのだが、あらかじめ連絡を入れていたにも関わらずフォルビアからはまだ誰も来ていない。あちらの状況を考えれば無理も無く、先に話を進めようかとしたところへ執務室の扉が叩かれる。

「失礼します。フォルビアからルーク卿がお見えになりました」

 ルークを案内してきたのはジーンだった。てっきり自宅にいると思っていたリーガスは驚いて席を立つ。

「ジーン! 何でここにいる?」

「あら、仕事に決まっているじゃない」

「……家で大人しくしていろと言わなかったか?」

 リーガスの声が地を這う。自分に向けられたものでは無いのに、ルークは思わずすくみ上り、背後に控えていたラウルとシュテファンに至っては恐ろしさのあまりその場を逃げ出した。

「人手が足りないって嘆いていたのは貴方でしょ? 出来る事をしに来ただけよ」

 ジーンは1人平然と受け流す。子を宿しているのでさすがに騎士服をまとっていないが、ゆったりとしていても動きやすい服を身に着けていた。悪阻つわりも大したことも無く、家で大人しくしているのにも飽きた彼女は、どうやら見習いに混ざって雑用をこなしていたらしい。

「お前1人の体じゃないんだぞ」

「分かっているわよ。無理はしていないわ」

「分かってない。帰って体休めておけ」

「大丈夫よ」

 必死に言い募るリーガスに対し、ジーンは至ってお気楽に答える。しかし、その大丈夫に根拠は無さそうだった。

「団長、まあ、落ち着いて下さい。彼女に雑用を頼んだのは私です」

 そこへクレストが現れる。リーガスはどういうつもりかとギロリと睨むが、付き合いの長い彼は平然と受け流して続ける。

「入ったばかりの見習いに指導する暇もありませんからねぇ。彼女には彼等の指導と監督を頼んだのですよ。大事な時期ですからね、体へ負担がかからないように配慮はしています」

「……」

 黙りこむリーガスにクレストは爽やかな笑みを浮かべ、突っ立ったままのルークに室内に入るよう促す。1人傍観していた客人は揶揄やゆするような視線をリーガスに向けるので、彼の表情は一層険しくなる。

「さて、お客様をあまりお待たせするのも申し訳ありませんから、そろそろ始めましょうか。ジーン、お茶の手配を頼みますよ」

「はい」

 ジーンは笑顔で答えると、お茶の支度をしに出て行った。いつもなら小走りになるところをさすがに用心して歩いていく。一応、母になった自覚はあるらしい。程なくしてジーンに頼まれたらしい若い侍官が現れ、それぞれにお茶を出すと、静かに退出した。

「で、俺達は何をすればいい?」

 お茶を一口だけ飲むと、ジグムントは早速本題に入る。彼が知りえた情報だけでも優雅にお茶を楽しむ時間すら惜しい状態のはずだった。

「いつ霧が出てもおかしくない状況だ。移動の時間も限られるから、半数はフォルビア、残りはロベリアに駐留してもらう。それで生じる余裕をワールウェイド領に回す」

 グスタフが失脚した事により、ワールウェイド領にいた竜騎士の一部が冬を直前に控えた時期に新総督との契約を拒否して他国へと渡ってしまった。大隊が1つ壊滅した第1騎士団からは既に裂ける人員はおらず、新団長に就任したエルフレートだけでなく、ブロワディもアスターも奔走しているのだが、なかなかその穴は埋まらない。今回のジグムントの申し出は本当に渡りに船だった。

 来たのは高名な傭兵団である。若手が中心とはいえその実力は申し分なく、信用第一の彼等は契約が有る限り裏切る事も無い。安心して任せられる。

「ふむ……。私はどこにいればいい?」

「ありがたいが、本当にいいのか?」

「勿論だ」

 長年、第一線で働いて来たジグムントの俸給は、大隊長のものに匹敵する。だが今回、彼が要求したのは一般の竜騎士に相当する額だった。懐具合も苦しい彼等にとって、本当にありがたい申し出なのだが、ついつい裏で何かあるのではないかと勘繰ってしまう。

「東の砦に行ってくれ。今年から若い隊長が率いるから、その補佐を頼む」

「良いだろう」

「若手2人はここで俺の傘下に入ってもらう。残り3名はフォルビアに行ってくれ」

 リーガスは地図を広げ、駒を使い現在の配置を再現する。そして新たに加わる傭兵達を配置し、ロベリアに配置させていた竜騎士を表す駒を2つ取るとワールウェイド領に置く。

「兵団の数は?」

「予定通り200騎だ。こちらも若手中心だが、指揮官は中堅を用意した」

「それはありがたい。半数は西砦に残りはフォルビアに行ってもらおう」

 リーガスは先程と同様に西砦に置いてあった騎馬兵の駒をワールウェイド領に動かす。3日前に連絡を貰った時には既に、西砦の騎馬兵団には通達を出していたので、今頃は既に人選が済んでいるだろう。

「ルーク、フォルビアの配置は決めてあるか?」

「はい」

 ずっと黙って話を聞いていたルークは、前に進み出るとヒースから預かった書状を取りだし、それを読み上げる。対策に奔走しているヒースはフォルビアから離れる暇が無く、補佐役のルークに代理を頼んだのだ。

「竜騎士3名は城に詰めて頂きます。騎馬兵団は東部の砦に」

 ルークも駒を移動させながら説明し、浮いた戦力をワールウェイド領に移した。これだけの兵力があれば、抜けた竜騎士達の穴を埋めるには十分だろう。

「騎馬兵団には配属先に直行する様に伝えよう」

「ルーク、戻る時にフォルビア配属の3名を案内してくれ」

「分かりました」

 配置の確認が済むと、一同はすぐに席を立つ。来たばかりだが、ルークはすぐに部下とフォルビアに配属になった傭兵を連れて総督府を後にした。




「風の便りで結婚したと聞いたが、随分と若い嫁さんを貰ったんだな」

「童顔なだけだ」

 皆、仕事に戻り、リーガスが東砦の新たな隊長になったキリアンに宛てた手紙を書く間、ジグムントには執務室に残ってもらった。そんな彼に先程見かけたリーガスの伴侶を興味津々に揶揄やゆされてリーガスは憮然とする。

「美人の彼女をどうやって口説き落としたんだ?」

「……口説かれたのはこっちだ」

「……嘘だろう?」

「本当だ」

 ジグムントは黙々とペンを動かすリーガスに疑いの眼差しを向けるが、彼は気にせず手紙を書き上げた。

 彼にほれ込んだジーンが押しの一手でリーガスを口説いたのはロベリアでは有名な話である。しかも街の名士であるジーンの父親もリーガスを気に入り、婿養子に迎えただけでなく後継者に指名してしまった。これに異議を唱えると思っていたジーンの兄達は逆にこれ幸いと家を出て独立してしまっていた。

「おかげで面倒なお付き合いが増えちまって参ってるんだ」

「俺には惚気のろけにしか聞こえねぇなぁ」

 頭を抱えるリーガスをジグムントは冷やかす。本当に嫌ならばさっさと逃げ出す事も出来たはず。そしてそれをしなかったのは伴侶に惚れ込んでいる証だろう。

「まあ、いい。その辺の詳しい話は春になったらじっくり聞かせてもらおう」

 ジグムントはリーガスから手紙を受け取ると、用が済んだとばかりに席を立とうとするが、リーガスは彼を制すると執務机の引き出しからペラルゴ村で発行された手形の写しを見せた。

「そういえば、お前、この4人に心当たりがないか?」

「手配中の人間か?」

「罪人ではない。殿下の奥方様と姫様、そして側仕えの姉弟だ」

 怪訝そうなジグムントにリーガスは内乱中に起きた出来事と、この手形を見つけた経緯をかいつまんで説明する。

「……境界の原野を通過してタルカナへ? 女子供だけで? 無理だろう?」

「ルークが力説するんだ。ティムがいるなら彼女達を飢えさせることはないと」

「さっき、フォルビアから来た若い竜騎士か?」

「ああ。実際、着の身着のままの状態だったにもかかわらず、漂着した場所から2日間徒歩で村まで移動している。村長のご厚意で十分な装備を整えているし、殿下が持たせた潤沢じゅんたくな旅費もある。可能性は高い」

 ジグムントは信じがたい様子だが、ティムという少年を良く知り、弟分を信じるリーガスはその信念を曲げずに続ける。

「ルークは野営に長けている。その手腕を自分を兄と慕うカワイイ弟分に随分と教え込んでいた」

「ふむ……傭兵としてもやっていけそうだなそいつは」

「ルークか? アイツはタランテラの至宝だ。絶対に出してたまるか」

「いや、2人共だ。是非ともスカウトしてみよう」

 リーガスにジロリと睨まれるが、ジグムントはニヤリと笑う。

「何事も無ければ、ティムは当人の希望通りこの秋に私の配下に置かれるはずだった。ルークは皇都へ栄転。春には慶事が聞けるだろうと思っていた」

 ため息交じりにリーガスが零すと、ジグムントは目を見張る。

「なんだ、あの若いの恋人がいるのか?」

「その行方不明の侍女だ」

「そうだったのか……」

「俺は、奴の心の方が壊れやしないか心配なんだ。元来喜怒哀楽に富み、人情にあつい奴だったが、最近じゃ滅多に表情を変えなくなった。殿下の為だけじゃなく、どうにかこの4人の手がかりが欲しいんだ俺達は。なのにラグラスの野郎、余計な手間を掛けさせやがって……」

 リーガスの言葉にさすがのジグムントも考え込む。

「察するに、あまり触れ回って探していい状態ではなさそうだな」

「分かるか?」

「その厚顔無恥な奴がその4人を先に見つけちまうと、お前達も苦境に立たされることになる」

「ああ。もしかしたら、それが分かっているから彼女達も今いる場所から名乗り出られずにいるんじゃないかという意見がある」

「ならば、俺達に出来る事は、春までお前達を全力でサポートする事だな。ついでにその厚顔無恥野郎の居場所を割り出す」

 ジグムントはニヤリと笑う。

「審理が終わるまでは手が出せないぞ」

「それでも居場所が分かれば奴らの動向が掴めるだろう?」

「それはそうだが……」

「傭兵仲間の繋がりを甘く見るなよ? その仲裁したベルクって準賢者は俺達の様な真っ当な傭兵からは疎まれてんだ。金さえ積めば何でもすると思っていやがる。悪い意味で有名人だから色々と情報も入る。そいつが匿っているラグラスって奴の居場所も入って来るはずだ」

「本当か?」

「ただ、少しばかり時間はかかる」

「春までは動けないんだ。少しくらいは目ぇつむる」

「任せておけ」

「成功報酬は自腹を切ってでも払わせてもらう」

 自信満々に請け負ったジグムントにリーガスは真顔で答える。

「酒を奢ってくれ。一晩飲み明かそう」

「良いだろう」

 ジグムントもかなりの酒豪である。一晩飲み明かせばかなりの額になるだろうが、もたらされるであろう情報はそれよりも何倍も価値があるはずだった。

「頼むぞ」

「おう、任せろ」

 旧知の2人は握手して別れた。




 母屋の居間に即席の祭壇が設けられていた。飾られたのは慎ましやかな野の花、そして捧げられた供物は村で取れた野菜。ただ、お神酒だけはブレシッド産の最高級品が供えられている。

 今日はコリンシアの7歳の誕生日。国主の血筋に連なる家系にとっては一つの節目として、先祖の名を継承する儀式が行われる。未だフロリエの外出がままならない状態なので、神殿には出向かずにここで行う事になったのだ。

 一見、慎ましやかに見えるが、儀式を執り行うのは賢者で、立ち合いが元大母と一国の公子といった豪華な顔ぶれである。それでもフレアの体調を考慮し、儀式は短時間で済むように簡略して行うことになっていた。

「良くお似合いですよ、姫様」

 いつもはリボンで束ねているコリンシアのプラチナブロンドをオリガは丁寧に結い上げ、仕上げにラピスラズリの髪飾りを付けた。父親に買ってもらったあの髪飾りは逃避行の途中で留め具が壊れてしまったのだが、器用なバトスが直してくれていた。姫君の希望で今日の晴れの日にも付ける事になり、まだ十分に伸びきっていない髪をオリガはどうにか結い上げてくれたのだ。

 今日の為にアリシアが用意してくれたのは丈長の深い青色のドレス。古いしきたりだが、7つの誕生日を境に女の子は丈の長いドレスを身に纏う事を許される。コリンシアは少し大人になった気分を味わい、その場でクルリと回って見せた。

「さ、参りましょう」

 ルルーを通じ、その様子を眺めていたフレアは、頃合いを見計らってコリンシアをうながす。少し膨らみ始めたお腹を締め付けないように配慮されたドレスを身に着けている彼女は、オリガに手を取られてゆっくりと立ちあがった。コリンシアが近寄ってその手を取り、母子は連れだって部屋を出る。そしてオリガに先導され、用心しながら階段を下りると、ゆっくりと居間の戸を開けた。

「さ、こちらへ」

 彼女達を迎えてくれたのは見届け役のアリシアだった。フレアを気遣い、ゆっくりと祭壇の前で待つペドロの元へと歩を進める。

「コリンシア・ディア・タランテイル、これへ」

 ペドロがコリンシアを呼ぶと、姫君は「はい」と返事をし、予め教えられていた通り、賢者の前に進み出て跪いた。フレアはアリシアと共に祭壇の脇に立ち、反対側にはルイスが無言で佇んでいる。そしてオリガとマルト、ティムの3人は戸口の脇で儀式を見守る。

「これより、継承の儀を行う」

 ペドロが重々しく宣言して儀式は始まった。先ずは全員でダナシアに祈りを捧げ、コリンシアが無事に成長した事を感謝した。そしてペドロが清めに聖水をコリンシアに振りかけ、アリシアに手を取られたフレアが進み出る。手には金の首飾りが握られており、フレアはそれをコリンシアの首にかけた。

「おばば様のご遺言でコリンはいずれフォルビアの女大公になります。おばば様のようにしっかりとした志を持って民を導けるように、テレーゼの名を継承しましょう」

 まだフォルビアにいた頃に、一度だけエドワルドとコリンシアの7歳のお祝いについて話し合った事があった。偶然にも継承させたいと思った名は一致したので、この名を継がせるのはエドワルドの意思でもあった。ちなみに「テレーゼ」は200年位前に大母に選ばれたタランテラの皇女の名である。以来、資質の高い皇女にはこの名が継承されるのが慣例になっていた。

「はい、おばば様のように立派な人になります」

 コリンシアが元気良く宣言すると、フレアは娘を抱擁する。そして最後にもう一度ダナシアに感謝の言葉を捧げて儀式は終了した。




 この日の昼食は随分とにぎやかだった。お祝いの御前が並んだだけでなく、いつもは部屋で食事を摂るフレアや都合で時間帯がずれるルイスやペドロも一緒に席に着き、更には恐れ多いと村に着いてからは同席する事が無かったオリガやティムも一緒である。希望を全て叶えてもらったコリンシアは終始ご機嫌だった。

 午後には村の人達が代わる代わるお祝いに来てくれて、大人にはブレシッド産の美酒が、子供には甘いお菓子が配られて、先日の収穫祭と変わらないお祭り騒ぎとなった。

 体調が悪かったこともあるが、村に来てしばらくは馴染めずにいたコリンシアも今では村の子供達とすっかり仲良くなり、一緒になって遊んでいる。村の友達から艶々《つやつや》とした木の実を繋げた首飾りを貰い、嬉しそうに話している様子をフレアは膝に乗るルルーを通じて眺めていた。

「体、大丈夫か?」

「うん……」

 フレアは部屋の隅に置かれたゆったりした椅子に座っていたが、ルイスがそっと声をかけてくる。コリンシアにはまだ伝えてないが、タランテラではラグラスがエドワルド達を訴え、審理が行われる事が正式に決まったと知らせが届いていた。

 囚われていた神官長が解放されたとはいえ、明らかに不当な訴えに、交渉をまとめたベルクに強い怒りを覚える。それでも冬を間近に控え妖魔対策に集中しなければならないエドワルドは止むを得ずそれを受ける事にしたらしい。

 正直、居ても立っても居られないのだが、フレアはどうすることも出来ずに歯がゆい思いを募らせていた。そう言った精神状態も影響してか、実の所、今日は体調が思わしくない。だが、色々我慢を強いているコリンシアをがっかりさせない為にも今日の儀式は予定通り行われたのだ。

「部屋で休むか?」

 ルイスが少しぶっきらぼうに尋ねて来るが、フレアは答えず、膝に乗るルルーを撫でながら特に仲良しの女の子と話をしているコリンシアの様子を窺う。再会してから一月以上経っているのに、互いにまだどう接していいのか分からない。結局、2人共そのまま無言でコリンシアの様子を眺め続ける。

「どうして……」

「ん?」

「どうしてタランテラばかりが……」

 ポツリと呟くとともにフレアの目から涙が落ちた。傍らに立つルイスは深いため息をつくと、手にしたグラスの中身を飲み干した。

「確かに、どうしてタランテラなんだろうな?」

 ルイスはそう呟くと、空のグラスを手に一旦離れていく。そしてアリシアと少し会話を交わすと、フレアの元に戻ってくる。

「体調が良くないんだろう? とにかく部屋に戻ろう」

「いいのかしら?」

「母上もそうしろと言っている。部屋まで送る」

 フレアは不安げにコリンシアの様子をうかがうが、おめかしした大勢の友達に囲まれて楽しそうにしている。フレアはルルーを肩に乗せると、差し出されたルイスの手を取って席を立った。そして集まってくれている村人に感謝の言葉を述べると、ゆっくりと2階の自分の部屋へと戻った。

「もう少し話をしても大丈夫か?」

「ええ」

 フレアはお気に入りの安楽椅子に座ると、ルイスにも席を勧める。生憎あいにくと階下での来客の対応に追われているので、マルトもオリガもおらず、誰もお茶を淹れる人がいない。だが、フレアがどうしようかと迷う間もなく、ルイスがお茶を2人分用意した。

「ありがとう」

「味は保証しないぞ」

 そう断ると、傍らのテーブルにお茶を置く。そして手近な椅子を引き寄せると、フレアの向かいに座った。

「美味しいわ」

「世辞でも嬉しいよ」

「お世辞じゃないわ」

 フレアはお茶を飲み、ほぅっと息をつく。入れ代わり立ち代わり来たお客の対応はアリシアやペドロがしてくれたが、大勢の人の前に出たのは随分と久しぶりで緊張していたのだ。部屋に戻り、温かいお茶を飲んだことで少しリラックスできた様だ。肩に乗っていたルルーを降ろしてやると、小竜は役目を終えたのが分かるのか、パタパタと飛んで部屋から出て行く。きっと階下に並べられているお菓子が目当てなのだろう。

「前のと違ってマイペースな奴だな」

「そうね。でも、随分と助かっているわ」

「そうみたいだな」

 ルイスは相槌を打つと、向かいに座るフレアを改めて見る。記憶の中の彼女よりもやつれているが、それでも美しくなったと思う。心から愛する相手に巡り合い、子を宿したことで彼女が持っていた美しさに磨きがかかったのだろう。

 それが自分では無かったことに落ち込んだりもしたが、彼女が夫を慕う様を見てそれを認めざるを得なかった。

「……ルカ?」

 話があると言っておきながら黙り込んだルイスを不審に思い、フレアが声をかける。我に返ったルイスはごめんと一言断ると、居住まいを正した。

「何故、君がタランテラで保護されたのか、不審に思って少し調べてみたんだ」

「え?」

「君が行方不明になる前に訪れたという村というか集落の跡にも行って来た」

 フレアの顔が少し強張る。正直、今の状況のフレアに正直に話していいかルイスは迷った。だが、だからと言って当事者である彼女に何も知らせない方が酷な気がしたのだ。

「建物の土台の跡で辛うじてそこに人が住んでいたと分かる程度だった。徹底的に破壊されていたよ」

「そんな……」

「だけど、同時に不審に思った。ブレシッドやソレルの近郊では大規模な盗賊団が出没する事は無いが、そんな俺でも何度か盗賊に襲われた村を目にしてきた。死者が出る事もあるし、建物が壊されて火をかけられることもある。だが、あの集落は本当に徹底的に破壊されていた。まるで元から何も無かったかのように。そこまで破壊するとなると時間もかかる。騎士団に見つかる危険を冒してまでその集落を破壊した事になる」

「……」

 ルイスの指摘にフレアは言葉を失う。

「驚いた事に、そんな風に破壊されていた集落はそこだけでは無かった。タルカナやエヴィルに隣接する地域にあった集落が7つ、同様に跡形も無く破壊されていた」

「そんなにも……」

「ああ。襲撃を受けずに済んだ近くの集落にも立ち寄ってみたけど、生き残った者はいないみたいだった。襲撃者にとってそこまでしなければならない理由がそれらの集落にはあった事になる。そして、君は唯一の生き残りと考えていい」

「……あの時、何が起こったのかは今でも思い出せないの。かすみがかかった様で……」

 ルイスの言葉にフレアは蒼白となり、頭を抱える。

「すまん、大丈夫か?」

 頭を抱えるフレアにルイスは慌てて腰を浮かせる。配慮が足りなかったと今更ながらに後悔する

「大丈夫……。続けて」

 気丈にもフレアは顔を上げるとルイスに先を促した。

「いや……だが……」

「大丈夫。ルカ、教えて」

 自分に関わる事でもある。フレアの意志の固さはルイスも身を以て知っているので、諦めたように一つ息を吐くと話を続ける。

「この間、北の村でアレスに会った時に聞いた話だが、ワールウェイド領で見つけた薬草園の施設は最近できたばかりの様だ。5年……いや、6年前のあの一件にもあの薬草は絡んでいるから、もうずいぶん前から栽培されている事になる。と、なるとそれは今までどこで栽培されていたのか……」

「まさか……」

「俺の推測では、以前はあの集落で栽培されていて、不要になったから破壊されたと見ている。母上にも賢者殿にも俺の考えは伝えた。アレスにも後から知らせる手配は済ませている。もう少し調べてみる必要はあるが、もし、その全てがベルクの指示によるものならば、奴をもうこれ以上野放しに出来ない」

 ルイスの推測にフレアは動揺を隠せない。重苦しい沈黙が続き、声を発するタイミングさえ掴みかねていると、戸を叩く音が聞こえる。

「母様、これ貰ったの!」

 コリンシアが息を弾ませて部屋に入って来た。パタパタとフレアに駆け寄り、抱えていた贈り物を彼女の膝に乗せる。ルルーがいないのでフレアはそれを一つ一つ触って確認する。

 先程貰っていた木の実のネックレスに刺しゅう入りのハンカチや小物入れ。手作りらしい品の数々に自然と顔が綻んでくる。

「じゃ、俺はこれで。また報告するから、後の事は任せてくれ」

 付け加える様に言い残すと、親子の時間を邪魔しないようにルイスは部屋を出て行く。フレアはルイスの声がした方にうなずくと、コリンシアの話にまた耳を傾けた。

 こうして隠さずに話してくれるのは、彼の心遣いだと知っているので、フレアは小さく「ありがとう」と呟いた。

ジグムントがタランテラに来たのはディエゴの介入によるもの。

ちなみにリーガスとジグムントとディエゴは昔一緒につるんだ仲。


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