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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
56/156

6 悪夢の始まり3

 ルークは間の休息も程々に夜通しエアリアルを駆ってフォルビアを目指し、夜明け前に館へ着いた。だが、そこには見知った光景が無くなっていた。

「これは……」

 重厚な石造りの建物と飛竜用に作り変えられた厩舎は消えうせ、むき出しになった土台に崩れかけた壁と焼け残った木材が散乱していた。ルークはその光景に愕然がくぜんとなる。

「殿下!フロリエ様!……オリガ!」

 ルークは数日前に別れた人たちの名前を叫んだ。だが、それは無情にあたりに響くだけで返してくる者がいない。

「何故……」

 衝撃のあまり彼はその場に立ち尽くす。その時、エアリアルが何かに気付き、ルークの注意を促すように低くグッグッと鳴いた。

「エアリアル?」

 飛竜が促す先を見てみると、誰かがここへ近づいて来るのが見える。左足を痛めているのか、杖をつきながら小高い丘の上にあるこの館の跡へ登ってくるその人物は、フォルビア家の家令、オルティスだった。

「オルティスさん!」

 ルークは叫ぶと途中で立ち止まってしまった初老の家令に走り寄った。

「おお、ルーク卿、ルーク卿ではないか……」

 オルティスはルークの姿を見ると、感極まったように涙を流す。道端に座り込んでしまった彼をルークは一度立たせ、背中に背負って瓦礫がれきの散乱する館の跡へ連れて行く。そしてむき出しになった館の土台に彼を座らせ、未だ偽装したままのエアリアルの装具から水の入った皮袋を彼に差し出した。

「ありがとうございます」

 オルティスは礼を言って受け取ると、よほど喉が渇いていたのか、それをむさぼるようにして飲み干した。

「オルティスさん、これは一体……」

 ルークは相手が落ち着いたところを見計らって、この惨状の説明を求めた。彼は少し躊躇ためらった後に、重い口を開いた。

「もう4日前になりますか、いきなり兵士が攻め込んできたのです」

「兵士が? フォルビアのですか?」

 ルークは驚きのあまり聞き返す。

「本当にフォルビアの兵士だったかも定かではありませんが、彼等はこの館を捜索すると言って荒らし始めたのです。理由を求めたところ、先の女大公グロリア様の殺害容疑でフロリエ様に逮捕状が出たと……」

「そんなばかな!」

 オルティスの口から聞いた事が信じられず、ルークは声を荒げた。

「彼らを止めようとしたのですが、私も他の使用人たちも捕らえられ、どうする事もできませんでした。館にあった金目のものは全て奪われ、最後に火がつけられたのです。私たちももう少しで殺されるところだったのですが、グランシアードやファルクレインが逃がしてくれました」

 悔しそうな口調のオルティスの目には再び涙が溢れている。彼は更に続けた。

「私達を逃がした後、飛竜たちもいずこかへ飛び去り、私たちは近くの村へ身を隠しました一緒にいるとすぐに見つかる恐れもあります。皆、ひとまずそれぞれの縁のある場所へ行き、そこで情報を集める事にして別れました。

 ただ、私にはもうその様な場所はありませんでしたので、真直ぐこちらに向かったのです。もしかしたら殿下やフロリエ様がおられるかもしれないと、わずかな望みにかけたのでございますが……」

「では、殿下やフロリエ様は?」

「分かりません」

 ルークはがっくりとその場に膝をついた。しばらくの間、2人は無言でその場にたたずんだ。

「……神殿……神殿に行ってみましょう。」

 ルークはふと思い出した様に立ち上がった。神殿は礎の里の管理下にある為、国内にあっても治外法権が働く。もしかしたら彼等がかくまわれている可能性はあった。うなだれていたオルティスもようやく顔を上げる。

「そうですな。望みはまだ……」

「最後まで諦めてはいけません。手を貸します。一緒に行きましょう」

 ルークが差し出した手を取ってオルティスは立ち上がった。若い竜騎士は足を痛めている彼を再び背負うと飛竜の元まで連れて行き、その背に跨らせた。

「行こう、エアリアル」

 ルークもその背にまたがると、飛竜を神殿に向かわせた。




 しかし、その最後の望みも絶たれる結果となった。神殿に着いた2人を驚いたように神官達が出迎えた。そして応接間に通され、怪我をしているオルティスの左足を丁寧に治療し、食事を用意してくれた。2人が一息ついたところ見計らうようにして知らせを受けたロイスが応接間に姿を現した。

「お留めしたのですが、殿下は急用が出来たと仰せになり、あの朝ご家族と共にお館へお戻りになられました」

 あの日の事を尋ねると神官長は沈痛な面持ちでそう答えた。館が襲撃され、一家が行方不明ということを彼は始めて知った様である。

「そうですか……」

「しかし解せません。誰が一体何の為に……」

 オルティスはがっくりとうなだれた。彼もルークも今までの疲れが一度に出て来て、動く気力も残っていない。

 そこへ見習いらしい若い神官が慌てた様子で神官長に何やら報告に現れた。神官長もその報告にひどく驚いた様子である。

「それはまことか?」

「はい。いかが致しましょうか?」

「この隣の部屋へ通せ。このお2人がいらっしゃる事を決して知られてはならない」

「はい」

 神官長の指示に若い神官はうなずいて部屋を後にする。2人のやり取りにルークもオルティスも首を傾げる。

「一体どうなさったのですか?」

「今、フォルビアの城からラグラス卿の使いが来たそうです。彼が言うには、フォルビア新大公ラグラス様の使いだそうです」

「!」

 神官長の言葉に2人は衝撃を受け、そして激しい怒りがこみ上げてくる。

「あの野郎……」

「お待ちなさい、ルーク卿。使者は10名以上の護衛を従えています。ここで騒ぎを起こせば、あなた方に勝ち目はありません。更にはこの神殿の責任者として、騒ぎを起こした者を処罰せねばなりません」

 立ち上がり、腰に提げた長剣に手をかけたルークをロイスが静かに制する。オルティスにも止められ、彼はしぶしぶ椅子に座り直した。

 やがてざわざわと人の話し声が聞こえてきて、隣の部屋へ客が案内されている気配がする。

「城からの一行を隣へ案内するように命じています。今から話を聞いてきますので、お静かに願います」

 神官長は小声で2人にそう言うと、目配せを送ってくる。やがて隣に客が落ち着き、お茶を振舞われた頃合いを見計らってロイスはそっと部屋を出て行った。彼は暗に隣の会話を聞くように言っているのだ。ルークとオルティスは音を立てないように気をつけながら壁に近づくと、隣の部屋で交わされる会話に聞き耳を立てた。

「お待たせ致しました。当神殿の神官を束ねております、ロイスと申します」

 扉が開く音がして、神官長の挨拶が聞こえる。

「ラグラス卿の使いの方と伺いましたが、どういったご用件でしょうか?」

「間違えないで頂こう。フォルビア大公ラグラス様の使いだ」

 ただの使いだと言うのに随分と偉そうである。

「おや、私も歳でございましょうか、今のフォルビア大公はフロリエ様と記憶しておりましたが?」

 神官長の答えに使いの男は笑い始め、彼は首を傾げて尋ねた。

「おかしなことを申しましたでしょうか?」

「おかしいも何も……あの女は謀反人だ。あろう事か記憶喪失を装って先の女大公グロリア様とエドワルド殿下に取り入り、まんまとフォルビア大公家の養女に納まった挙句、大公家をのっとろうとした。更にはまやかしに気付いたお2人を殺害し、殿下のご息女であるコリンシア姫を人質にして逃げた大罪人である。

 ラグラス様は先日、国主アロン陛下より正式にフォルビア大公に任じられ、謀反人であるあの女の逮捕を命じられたのだ」

 使いの男はひとしきり笑うと、得意げにしゃべり始めた。ルークもオルティスも怒りを抑えるのに必死であった。

「ほお……女性が1人であのエドワルド殿下を殺める事が出来ましょうか?」

 神官長は素朴な疑問を投げかけてみる。

「あの女は薬物に詳しい。殿下がお飲みになる酒に毒を入れたのだ」

「毒ですか? しかし、あの方は目がご不自由のはず。そういった物を用意するのは難しいのでは?」

「それも演技だ。盲目で同情を誘い、小竜を使えることで他の人間と違う事を演出したのだ。それによって先の女大公様も、殿下もだまされたのだ」

「……」

 神官長の無言を肯定と受け取ったのか、使いの男は更に続ける。

「殿下殺害の共犯として、あの女の小間使いだった女とその弟も行動を共にしているという情報もある。現在捜索中で行方が分からないが、こちらに逃げ込んできた折には直ちに引き渡して頂きたい。お気の毒なコリンシア姫を一刻も早く助け出したいとラグラス公はお考えでいらっしゃる」

 オルガとティムの姉弟の事とすぐに分かり、ルークは声を出さないように唇から血がにじむくらい強くかみ締めて耐えた。

「さ、左様でございますか……」

 あまりにも白々しい台詞にさすがのロイスも適切な返答が思い浮かばない。

「全ての街道に検問所を設け、領内より出て行こうとする者を厳しく監視している。逃げ場が無ければここへ現れる可能性は高い。謀反人が捕まればラグラス公も大層お喜びになり、謝礼も弾まれるだろう」

 使いの男はその後も自分達の正当性を並べ立て、ロイスはうんざりしながらもそれに付き合っていた。次に予定があるのか、やがて部下に促されて使いの男は席を立った。




見送りを若い神官に任せて、やれやれといった表情でロイスはルーク達の待つ部屋へ戻って来た。

「ああいった手合いを相手するのは骨が折れる」

「神官長殿……」

 不安げなオルティスとやり場の無い怒りに身を震わせているルークの姿に彼は再び席を勧め、2人も座っていた場所に座り直す。

「御案じ召さるな。彼等の言葉を鵜呑みにするほど分別を失ってはおらぬ。だが、神殿は内政に関与できない決まりとなっている故、現時点では我々が直接介入する事は許されていない」

 神官長の言葉にルークはがっかりとした表情となる。

「しかし、これだけはお約束いたしましょう。エドワルド殿下やフロリエ様が助けを求めてここへ来られたら、真っ先にロベリアへお知らせいたしましょう」

「本当ですか?」

「はい。彼等の言い分には無理がある。それでも現段階ではあなた方にあからさまな協力は出来ないが、フロリエ様のお身柄を彼らに渡すまねはしないと約束致します」

「ありがとうございます」

 ルークとオルティスは少し安堵した表情で神官長に頭を下げた。

「それから、武装した集団の話で思い出したのですが、ここから東へ向かう街道で商団が盗賊に襲われて犠牲者が出たと近隣の住民が申しております。亡くなっていたのは20名ほどでいずれも体格のいい男ばかりだったそうです。住民の訴えがあったのは3日ほど前。もしかしたらと思うのですが……」

 彼が言わんとすることはルークにもオルティスにもすぐに察しがついた。2人はすぐに腰を浮かせる。

「その現場はどこですか?」

「ここから館へ向かう街道のちょうど中間辺りにある林の中です。部下の話では遺体は既に神官が祈りを捧げて埋葬を済ませておるそうです」

「行ってみます」

 ルークがオルティスと共に部屋を出て行こうとすると神官長は彼を呼び止めた。

「ルーク卿、一言良いか?」

「何でしょう?」

「1人では解決できないこともある。仲間を頼りなさい」

「はい。ありがとうございます」

 ルークとオルティスは神官長に改めて頭を下げると、教えてもらった場所へ向かう為にエアリアルの元へ急いだ。




 神殿を後にしたルークとオルティスは、先に盗賊が出たという林の近くにある村に立ち寄った。そこで詳しい場所を村人に尋ね、犠牲者達を埋葬した場所も教えてもらった。彼等は盗賊の存在に怯えていたが、ルークはそういった輩の仕業ではない事を確信していた。もし盗賊の仕業ならば、もっと近隣に被害が出ているだろう。更に起きた場所も時間もエドワルド達が館へ戻る為に通った頃合いと合致する。

 ルークは林の外れにエアリアルを待機させ、その場所へ向かった。オルティスも痛む足をかばいながら後をついてくる。

「足が痛むのでしたら、エアリアルと待っていた方が……」

「ただ待つのも落ち着きません。それに手がかりを探すのでしたら、目は多い方がよろしいかと。多少、ぼやけてはおりますが……」

 自嘲する初老の男にルークは無言で肩を貸して歩いた。もうあれから4日も経っている。既に片付けられているので何も残ってはいないと思うが、2人の心境としては何もせずにはいられない。

「この辺りかな?」

 村人から聞いた話からおおよその見当をつけて歩いていると、僅かながらに戦闘の痕跡が残る場所に着いた。2人は手分けして一帯を調べてみる事にする。

 盗賊の噂が広まっている所為か、昼間でも街道を通るものがいない。2人は流れる汗をぬぐいながら無言で辺りの茂みや木の陰をのぞいていく。

「これは……」

「ルーク卿?」

 ルークは茂みの中に一本の長剣を見つけた。戦闘の最中に弾き飛ばされたものだろうか、抜き身のまま茂みの中に突き刺さっていた。彼はこの長剣に見覚えがあった。

「間違いない」

「いかがされましたか?」

 長剣を手にしたまま動かないルークをいぶかしみ、足を引きずりながらオルティスが近寄ってくる。

「アスター卿の長剣です。昨年の夏至祭にハルベルト殿下より賜ったものです」

「まことですか?」

「何度か見せていただいた事があります。間違いありません」

 ルークはかすれた声で返答する。この場でエドワルドやフロリエを護衛していたアスター達が戦った事は紛れも無い事実となった。この場で襲われたとなれば、彼等はどう行動したであろうか……。

「神殿へ引き返そうとしたはずなのですが……」

 ルークは神殿へ続く道を歩き始め、オルティスも足を引きずりながらそれに続く。とぼとぼと歩き続け、やがて林の外に出た。既に夏の日は沈みかけていて、辺りは薄暗くなり始めていた。

 林の外れに簡単な墓碑が立てられているのが見える。あの戦闘での犠牲者を埋葬した場所だった。ルークは長剣を手にしたままそこへふらふらと歩み寄り、膝を突いて座り込んでしまう。

「俺は一体、どうしたら……」

「ルーク卿、ちょっと休みましょう」

「しかし……」

 そうは言ったもののルークもこの後どうするか考えがまとまらない。沈んだ気持ちで2人ともその場に座り込んだ。日が暮れて、とうとう辺りは真っ暗になってしまった。

「……仲間」

 ルークはふと、別れ際に仲間を頼れというロイスの助言を思い出した。

「ロベリアへ行きましょう、オルティスさん」

「そうですな。第3騎士団の方々なら、力になってくれるかもしれません」

 ルークは気力を振り絞って立ち上がると、待たせていたエアリアルを呼び寄せ、ロベリアへ向かった。




 偽装したままのエアリアルに乗り、ルークとオルティスがロベリアの着場に現れると、総督府は大騒ぎとなった。

 先ずは空腹と疲れでフラフラな2人に食事が用意され、その間に竜騎士と騎馬兵団の各隊長、現在のロベリア総督と主だった文官達が呼び集められた。食堂は即席の会議室となり、満員の状態である。呼ばれた者の中でも下位の者は椅子に座れず、壁際に立って話を聞く有様であった。

 一方、染料で皮膚が炎症を起こし始めていたエアリアルはすぐさま竜舎へ連れて行かれ、係官が3人がかりで体を洗い、炎症を起こした箇所の手当てがほどこされた。桶に山盛り用意された甘瓜を空腹だった飛竜はペロリと平らげ、そしてよほど疲れていたのか、専用の室に入ると寝藁にうずくまってすぐに眠ってしまった。

「さて、疲れているとは思うが、話を聞かせてもらおうか?」

 2人が食事を終えて満足する頃、全員が揃ったのを確認したヒースは2人に向き直って尋ねた。

「はい」

 ルークもオルティスも表情を引き締め、先ずはルークから口を開いた。神殿にいたエドワルドへハルベルトの訃報を伝えて皇都へ向かったこと。本宮でいきなり捕らわれて地下牢へ入れられ、2日後にブランドル公の手引きで助けられた事。そしてハルベルトが既に他界し、ワールウェイド公が国政をほしいままにしている現状を伝えた。

 集まった者たちは静かに耳を傾けていたが、ハルベルトの訃報が嘘でない事に動揺がはしり、中には嗚咽おえつを漏らす者さえいた。

「エドワルド殿下が未だ皇都へお着きにならないのをブランドル公も不審に思われ、私に皇都の現状を記した手紙を託して下さいました。急ぎフォルビアヘ戻ったところ、館は無残にも残骸が残るのみとなっておりました。そこでオルティスさんと会ったのです」

 続けてオルティスが兵士達に館が襲撃を受けた話をする。略奪され、炎に包まれた館から飛竜たちの機転で助かった事を伝えると、会場がざわめく。

「我らが受けた説明と随分違うな」

 さめた口調でヒースがつぶやくと、驚いたようにルークが尋ねる。

「フォルビアの使者がここへも来たのですか?」

「知っているのか?」

 ヒースは逆に驚いた様子で2人に聞き返した。

「神殿に立ち寄った折に彼等が来たので、神官長が話を聞けるように取り計らって下さいました」

「ようもあのような嘘が並べられると呆れると同時に無性に腹が立ちました」

 渋い表情の2人にヒースもうなずく。

「彼等の言う事をはなから信じてはいないが、皇都側が加担しているとなると厄介な事になる。ご一家は未だ行方不明。何としてもフォルビアの親族たちよりも先に探さねばならない」

「……」

「どうした、ルーク? オルティス殿も」

 うつむき、何かためらっている様子の2人をいぶかしみ、近くに腰を降ろしていたリーガスが尋ねる。ルークは顔を上げると、自分の椅子に立てかけていた長いものをテーブルに置いた。そしてそれを包んでいた布を外す。

「それは……」

「ヒース団長にはこれが誰の物かお分かりになりますか?」

「……ああ。我が友アスター卿の長剣だ。ハルベルト殿下より賜った逸品に間違いない」

 ヒースが震える声で答えると、室内が再びざわめく。

「一体、これをどこで?」

 リーガスが腰を浮かせる。長剣の柄には血痕らしき黒っぽいものがついている。

「神殿と館を結んでいる街道のほぼ中間に位置する林の中です。街道脇の茂みの中に落ちていました」

「……」

 ルークの答えに場内は静まり返る。

「近隣の住民達は商団が盗賊に襲われ、その護衛が殺されたと思っているようです。いずれも体格のいい男達ばかり20名ほどが犠牲となり、村人達が既に林の外れに埋葬したそうです」

「まさかその中にアスター卿が……」

「分かりません。この長剣を見つけ、林の外れに出たところで日が暮れてしまいました。私達も限界でどうしていいか分からず、皆に相談しようと思い立ってロベリアへ帰ってきました」

 うつむくルークの肩にヒースはぽんと手を乗せた。

「いい判断だ。欲を言えばもう少し早く帰ってきても良かったが、明るいうちだと簡単にはフォルビアの境を越えられなかっただろう」

「ヒース団長……」

「皇都からの変な命令のおかげであからさまにロベリアの竜騎士を外へ出す事が出来ない。昼間に来たフォルビアの使節の真偽を確かめに人を送りたかったのだが、フォルビアは境に竜騎士も配置して人の出入りを厳しく監視している。昼間であればすぐに見付かったであろう。最も、君とエアリアルを追いかけられる竜騎士はいないだろうが」

 ヒースの言葉にロベリア総督が口を添える。

「その対策を話し合っているところへ君達が来てくれたのだよ。少なくともどこから探索を始めればいいか分かった」

「皇都へはどうしますか?ブランドル公や第1騎士団のみんなはエドワルド殿下が皇都へいらっしゃるのを待っておられます。この様な事態になっていることをまだご存知ないはずです」

 ルークの訴えにヒースもうなずく。

「分かっている。小竜を使わずに直接人を送ればいい」

「私が行きましょうか?」

 ルークは名乗り出るが、ヒースは首を振る。

「お前はだめだ。君もエアリアルも疲れすぎている。それに、万が一お前が飛び回っている事がワールウェイド公に知られてみろ。脱獄に手を貸したブランドル公のお立場が更に悪くなる」

「……」

「心配するな。ブランドル大公領とサントリナ大公領へは確実な方法でこちらの状況をお知らせする。とにかく君達は、今は体を休めておけ。必要な時には手を貸してもらう」

「はい」

 ヒースの言葉にルークは渋々うなずく。確かにエアリアルにこれ以上無理はさせられなかった。体に炎症を起こしていたにもかかわらず、飛竜は彼が求めるままに一日飛び続けてくれたのだ。今はゆっくり休ませてやらなければならない。

「では、これをヒース卿にあずけます。ブランドル公がエドワルド殿下にあてた手紙です。宛て名ではない方に渡すのは使いに出る者にとってあるまじき行為ですが、皇都の現状が詳しく分かると思います」

 そう言ってルークは懐から手紙を取り出し、ヒースはうなずいてそれを受け取った。

「分かった、預かろう。リーガス、クレスト、夜明けまでにフォルビアヘ潜入させる兵士を手分けして運んでくれ。ロベリアにはおそらく皇都側の密偵が潜んでいるだろう。彼らに気取られぬよう、くれぐれも気を付けてくれ」

「分かりました」

 リーガスとクレストはそう答えると、他の竜騎士に目配せして立ち上がる。彼等は別室で細かい打ち合わせをする為に食堂を出て行こうとする。

「私も連れて行ってくれませんか?」

 オルティスが立ち上がって竜騎士たちを呼び止める。

「オルティスさん?」

「フォルビアに戻るというのですか?」

 皆が驚いたように初老の家令に尋ねた。

「はい。どうしても行かねばならない場所があります」

「しかし……」

 竜騎士達が止めようとするのをヒースは片手を上げて制し、オルティスに向き直った。

「理由を伺ってもよろしいですか?」

「館におった者たちと明日の正午に会う約束をしております。手分けして情報を集め、館のふもとに集まる予定でした。私が行きませんと皆が不安に思うでしょうし、皆が危険を犯してまで集まろうとしているのに、私だけが安全な場所にいるわけにはいきません」

 最後は声が震えていた。館にいた所を襲われて命を奪われそうになり、いまさらながらにその恐怖が蘇ったのだろうか。

「オルティスさん、私が行きましょう。私は館の人たちとは顔なじみですから、彼等も安心して会ってくれるはずです」

 名乗り出たのはジーンだった。一番驚いたのはその隣にいた夫のリーガスだろう。

「お、おいっ」

「大丈夫よ。団長、許可頂けますか?」

「分かった。だが、1人で行くな。それから彼等が希望すれば、ロベリアへ避難させてくれ」

「はい」

 仕方ないといった風にヒースが許可すると、リーガスは不服そうな表情となる。

「そんなに心配ならば、一緒に行って来るか?リーガス」

「……よろしいので?」

「ルーク卿が戻ってきたし、長期でなければ大丈夫だ。君の目でフォルビアの現状を確かめてきてくれ」

「分かりました」

 リーガスは頷くと、他の竜騎士達と共に食堂を出て行った。夜明けまでに打ち合わせを済ませ、フォルビアヘ兵士を送らなければならない。急がねばならなかった。

「後は我々に任せ、ルーク卿もオルティス殿も今日は休んだ方が良い」

 竜騎士が出て行くと、ヒースは2人に向き直ってそう勧める。2人はためらった様子を見せるが、誰が見ても疲れきっているのは明白だった。彼等は仕方なく席を立つ。ルークは自分の部屋へ戻り、オルティスは急いで用意された客室へ案内された。

「オリガ……」

 ルークは部屋に戻って1人になると、寝台の縁に座り込んだ。皆がいる前では口に出して言えないが、彼は一家に同行している恋人の事が気がかりだった。濡れ衣を着せられ、どんなにつらい思いをしているだろうか? 彼の頬を涙がつたう。

「無事でいてくれ……」

 今は身動き出来ない彼はただ祈る事しか出来なかった。




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