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群青の空の下で  作者: 花 影
第2章 タランテラの悪夢
57/156

7 苦難の旅路1

 小船は荒れた湖面に翻弄ほんろうされながら進んでいた。霧雨で視界が悪く、どの方角に向かっているのか、どのくらい岸から離れているのかも分からない。

 フロリエは泣いているコリンシアを抱きしめ、オリガは弟のティムと共に慣れない手つきでかいを操った。

「エド……」

 フロリエの頬に涙が伝う。抱きしめた子供の体温を感じながら心を奮い立たせようとするが、1人残ったエドワルドの事を思うと気力の全てが失われていく。それはオリガとティムも同じだった。

 一行にとって幸いだったのは、厚い雲が空を覆い、夏場の暑い日ざしをさえぎってくれたことであろう。更には所持していた皮袋の水がなくなった後も霧雨が降り続けたので雨具に集めた水滴で少しなりとも水分補給が出来た事だった。そしてティムは保存食を、コリンシアが砂糖菓子を所持していたので、4人と1匹で分け合って口にした。

 やがて雨は止み、日が傾くにつれて視界が良くなってきた。自分達が今どこにいるのか分からない彼等はしきりに辺りを見回し始める。もし、元の岸からほとんど離れていなかった場合、孤軍奮闘したエドワルドの努力が無駄になってしまう。ティムは櫂を操りながら、目を凝らして辺りを見回した。

「あれは……岸でしょうか?」

 不意に彼が前方に映る影を指差すと、つられてオリガとコリンシアも見てみる。フロリエはルルーに意識を合わせる事が出来ず、見る事が出来ない。

「間違いない、岸だ!」

 船が近づくと、その影はだんだんとはっきりとしてくる。背の高い葦原の向こうに森らしき影も見えてくる。ティムは櫂を握り直すと、残った力を振り絞って懸命に漕いだ。そして葦原の外れの方へ船を向け、湖底が硬いことを櫂でつついて確認すると、船から降りて腰まで水につかりながら小船を葦原の間の僅かな浜へと押し上げた。

「ああ、地面だ」

 ティムはフロリエとオリガが船から降りるのに手を貸し、コリンシアは抱き上げて船から降ろした。ずっと揺れる小船に乗っていた彼等は固い地面に座り込み、陸地に戻れた事を安堵した。

「それにしてもここはどこでしょう……」

 一息つくと見知らぬ土地にいることへの不安感が一行を襲ってくる。フロリエとオリガは座り込んだまま不安げに辺りを見渡す。コリンシアも怯えた様子でフロリエの側に身を寄せている。

 やがてフロリエの肩にとまっていたルルーがしきりに鼻をならし、クワッと一声泣いて林の方へと飛び立った。

「ルルー?」

「何か見つけたのでしょうか?」

 小竜の行動にフロリエとオリガは顔を見合す。臆病な彼が自分から危険に飛び込んで行くことは無いので、危害を及ぼすものが近づいてきたとは考えにくい。だが、食い意地の張った彼が何か食べる物を見つけたのなら、彼等にとって朗報である。

「見てきます」

 足を投げ出すようにして地面に座り込んでいたティムは体を起こすと小竜が飛んでいった林の方へ草を掻き分けて向かっていった。

「フロリエ様、コリン様、姉さん、こっちへ来て下さい」

 しばらくして小竜の首根っこをつかんだ彼は3人を呼びに来た。3人の女性はよろよろと立ち上がると、互いを支えあうようにしてティムについて歩き始めた。

「フロリエ様、足元にお気をつけ下さいませ」

 ティムはフロリエの手を取り、オリガはコリンシアと手をつないで背の高い草を掻き分けて進む。道らしい道も無いので足場が悪く、何度もつまずきそうになる。

「わあ……」

 ティムが案内して林の外れに着くと、コリンシアが嬉しそうな声を上げた。そこには木苺がたわわに実っていた。無くなっている一画があるのはルルーが食べたからだろう。空腹でたまらなかった姫君は夢中でその実を食べ始めた。

「さ、フロリエ様も……」

 ティムとオリガは目の見えない彼女のために幾つか実をもいで手に乗せてくれた。

「ありがとう」

 彼女は礼を言って木苺の実を一つ口へ運んだ。少し酸味がきついが、今は全く気にならない。彼等は瞬く間にそれらを食べつくしてしまった。

 日が沈み始めたのか、辺りが急速に暗くなり始めた。彼等は真っ暗な中を移動するのは危険と判断し、浜に戻ると着ていた雨具をつなぎ合わせて簡易のテントを作った。立ち木を利用してそれを張ると、どうにか夜露はしのげそうである。そして彼等は眠れぬ一夜をその場で過ごしたのだった。




 小船がたどり着いた岸の辺りは人が住んでいる気配が無く、4人は相談の末、少しでもロベリアに近づくために歩いて東へ向かうことに決めた。

船を使ったほうが移動は楽なのだが、充分な水や食料を確保できていない上に日中の日差しをさえぎるものが無い。コリンシアだけでなく、フロリエもオリガもすぐに暑さでまいってしまうだろう。だが、彼等としてはもう船はこりごりと言うのが一番の理由かもしれない。

 万が一、船が必要になった時の事を考え、彼等は小船を背の高い葦原の中へ隠した。そして僅かな所持品を手分けして持ち、湖に沿って東へ向けて歩き始めた。

「日差しが強くなってきました。あの辺りで休憩にしましょう」

 歩き始めて2日経ったものの、彼等は未だ街道へ出る事が出来ないでいた。当初思っていたよりも、小船は随分西へ流されていたらしい。

 日の出から正午辺りまで歩き、日差しの強い時間帯は陰を見つけて休憩し、日が傾く頃再び歩き始める。日没後は野営が出来る場所を見つけたらそこで夜を明かすといった生活のサイクルが出来上がりつつあった。

 ティムが見つけた木陰に雨具をつなぎ合わせたものを敷き、一行はその上に座り込んだ。慣れない歩きでの移動に女性陣は足がボロボロである。それでもコリンシアでさえ弱音ははかなかった。

「この先を少し見てきます」

「大丈夫? あなたも少し休んだ方が良いわ」

 唯一の男とは言え、まだ13歳の少年にもこの旅はきつい筈である。それでもティムは自ら率先して水汲みをしたり、食料を確保するためにカニや魚を捕まえたりして体を動かし続けた。田舎育ちの彼はそういった事に慣れていた上に、昨年も今年も兄と慕うルークと共に数日間の野営を体験していた事が幸いした。野営地の選定方法から水の確保、食べられる草の実の見分け方などを旅なれた竜騎士から教わっていたのだ。

 あの時、エドワルドの替わりに囮になれなかったことをずっと悔やみ、せめてフロリエやコリンシアを守ろうと彼は必死だった。弟のその気持ちをオリガも理解し、彼女も同様に2人に仕えた。

「大丈夫です、フロリエ様。ルルーを借ります」

 ティムは笑ってそう答えると、小竜を連れて歩き始める。実際、この小竜のおかげで清水の湧き出る沢や木苺などが実った茂みを見つける事が多い。ティムは空になった皮袋を肩に提げて見晴らしのいい丘の上に立った。

 どこまでも続くなだらかな丘陵地帯の合間に森や林が点在する光景はもはや見飽きた景色となっていた。やがて肩にとまっていたルルーがクンクンと鼻を鳴らしながら辺りの匂いを嗅ぎ始めた。早速何か見つけたのだろう、クワッと一声鳴くと、丘を下った林の中へと飛んでいく。もし果物の類であれば腹ペコの小竜を一匹で行かせる訳にはいかない。ティムは自分達の食料を確保するため、慌ててその後を追った。


 休息を取った一行は、日が傾き始めた頃再び歩き始めた。日没後に街道に出る事が出来た上に近くに村がある事が分かり、交渉次第では温かな食事がとれ、まともな寝台で体を休める事が出来る。自然と足取りが軽やかなものになる。

 彼等の足取りが軽やかな理由は他にもあった。昼間、ルルーが見つけたのはミツバチの巣だった。ティムが小竜に追いついた時には既に蜂とルルーの壮絶な戦いが始まっていて、彼は急いで火を起こすと煙で蜂の巣をいぶして蜂を追い出し、手早く巣を壊して黄金色の蜜が蓄えられた部分を頂いた。その間に何箇所か蜂に刺されてしまったが、それでも価値ある収穫である。

 どうにか蜂を振り払ったルルーも傷だらけだった。結果的に囮になってくれた小竜へねぎらいの言葉と共に蜂子が詰まった部分の巣を真っ先に分けてやると、不機嫌だった小竜もそれで機嫌を直し、彼等は意気揚々と女性陣の待つ木陰へ戻ったのだった。

 今の彼らにとって甘いものは何よりのご馳走である上に、蜂蜜は滋養が高い。彼女達もこの収穫には大いに喜び、この貴重な品を皆で分け合って食べた。フロリエは道中で見つけた薬草で傷ついた彼らに感謝しながら優しく傷の手当てしたのだった。

「ねえ、まだかなぁ……」

 しかしながら子供の足はもう限界なのであろう、コリンシアが疲れた様にしゃがみこむ。月明かりではっきりとは分からないが、この先に畑の様な物が見える。後もう少しなのだが、彼女はもう動けなかった。

「姫様、それでは僕の背に負ぶさって下さい」

 ティムはそう言うと座り込んだコリンシアの前に背中を向けてしゃがんだ。フロリエは慌てて彼をとめる。

「ティム、貴方だって疲れているのに」

「大丈夫です、フロリエ様。これは、僕の務めです。さあ、姫様どうぞ」

「荷物は私が持ちますから、さ、コリン様」

 彼の決意は固く、オリガの勧めもあってコリンシアはその背中につかまった。少年は姫君を背負って立ち上がると、しっかりした足取りで歩き始めた。

「ティム、ごめんね、ありがとう……」

「きっと村はもう少しですよ。さあ、行きましょう、姫様」

 コリンシアは泣きながら少年に感謝すると、彼は元気付けるようわざと明るい声で彼女を励ました。仕えてくれる姉弟の様子にフロリエもこれ以上は何も言えず、黙って道を歩き始めた。やがて疲れていたコリンシアはそのまま少年の背中で眠ってしまった。

「よほど疲れていたのですね」

 オリガが眠ってしまったコリンシアを見てそっと言うと、フロリエは悲しげに俯き、右腕に巻かれた組み紐に触れる。

「どうしてこんな事に……」

 ほんの数日前までは幸せの只中にあった筈だった。ハルベルトの訃報に始まり、襲撃を受けて愛する夫ともはぐれ、こうして民家すら見当たらない辺境をさまよう事になってしまった。

 残念なことにこんな暴挙に出てまで自分達を排除しようとする犯人の心当たりは親族達しかいない。自分がフォルビアを受け継いだ事から、親族の不満が高じてこうなってしまったのかと思うと、幼い娘にも仕えてくれる2人にも申し訳なく思ってしまう。

「フロリエ様の所為ではありません。全てご親族方の際限ない欲望の所為でございます」

 彼女が何を考えたか察し、オリガが口を挟む。彼女も弟のティムも彼等のやりように腹を立てていた。領民に使う筈の金を横領して自分達の私服を肥やした挙句、返済をただ拒むだけでなく、この様な暴挙に出たのは言語道断の所業であった。

「姉さんの言うとおりです。さ、灯りが見えてきました。もうすぐですよ、フロリエ様」

 ティムに促されて肩にとまるルルーに意識を集中させると、街道の先に民家の灯りが見えてきた。月明かりのもと、気付けば街道の両脇には畑が広がっている。


 クワッ


 突然、ルルーが嬉しそうに一声無くと、右手の畑へと飛んでいく。何か見付けたのだろうが、ここは人の手によって植えられたものである。勝手に荒らしたりしては大事になる。

「ま……まずい!」

 いち早くティムが動いた。背負っていたコリンシアを姉に預け、慌てて小竜の後を追う。村人に迷惑をかければ、今夜の宿がふいになるだけでなく、役人に突き出されてしまう。もし、親族達の手がこの辺りにも回っていれば、彼等は危険にさらされる事になってしまう。彼は全力で小竜を追いかけた。

 一方、ルルーは大好物の甘瓜の匂いに誘われて畑の奥へと飛んでいた。日頃は畑のものを荒らしてはいけないと教え込まれている彼ではあるが、今は空腹が限界に達している。その匂いに酔ったかのようにフラフラと畑の真ん中に降り立った。だが、辺りを探しても肝心の瓜が無い。匂いは充満しているというのに、それが無いのだ。

 探しまわっていると、畑の隅のほうに先客がいた。畑の作物を漁っていたのは、大きな猪だった。ルルーからしてみれば小山のような存在で、普段の彼なら間違っても近寄ろうとはしない相手である。だが、彼は空腹で気が立っていた。好物の甘瓜が独り占めされることに我慢できなかった。


 グ…グワッ


 思い切って猪に威嚇いかくをしてみたが、相手はフンと鼻を鳴らして相手にもされない。僅かに残った甘瓜も風前のともし火である。それがルルーの闘争本能に火をつけた。


 クワッ


 小竜は猪の後ろ足に思い切りかみついた。不意の攻撃に猪は驚き、その場で暴れ始めた。

「うわっ、ルルー!」

 そこへようやくティムが追いついた。月明かりの元、小竜が猪に噛み付いているのが分かり、彼は腰の小剣を抜いた。それはルークが竜騎士見習いだった頃に使っていたものを第3騎士団入団決定の祝いとして譲られたものだった。

 ティムは意を決すると、暴れている猪に向かっていった。身軽さを生かして背中に飛びつくと、逆手に構えた小剣を急所に突き立てた。体の大きな猪はそれだけでは倒れず、背中の少年を振り落とそうと更に暴れる。少年はそれでも背中にしがみつき、渾身の力を込めてもう一度小剣を同じ場所に突き刺した。しかし、猪も死に物狂いで暴れ、少年は振り落とされて地面で体を打ちつけてしまい、そのまま失神してしまった。




「う……」

 ティムが目を覚ますと、寝心地のいい寝台に寝かせられていた。既に日が昇っていて、部屋の中には頑丈に作られた長持ちや小さな机が置かれている。こういった物から判断すると、地方の村でも比較的裕福な地主や村長といった人たちの住む家にいるらしい。彼はまだ痛む体をゆっくりと起こしてみると、衣服は清潔なものに取替えられている。

「あ、目を覚ましたのね」

 静かに扉の開く音がして、戸口にオリガが立っていた。彼女もこざっぱりした木綿の衣服に身を包んでいた。

「姉さん……」

「どう、気分は?」

「まだ体が痛い」

 オリガは隣の部屋へ一声かけると、寝台の側に来て体を起こしたティムの背中に枕をそっとあてがってくれる。彼はゆっくりとそれに体を預け、大きく息を吐いた。

「ティム!」

 扉が開いてコリンシアが部屋へ駆け込んできた。彼女もこざっぱりとした服に着替えているが、簡素な服は彼女の高貴な髪の色とは合わず、違和感を覚える。

「コリン、騒がしくしてはだめですよ」

 続けていい匂いがする皿を載せたお盆を手にしたフロリエが部屋に入ってきた。彼女も木綿の衣服に着替えており、肩にはいつもの様にルルーがとまっている。

「はーい。ごめんなさい」

 コリンシアは反省の言葉を口にするが、気にする様子も無く寝台の縁に座ってティムの顔を覗き込んでくる。元気そうなその様子に彼は少しほっとする。

「さ、冷めないうちにどうぞ」

 恐れ多くも女大公自ら食事の用意を整えてくれる。机の上にスープの入った器と薄焼きのパンを盛った皿が乗せられたお盆を置くと、まずはスープの入った器を手渡してくれる。そういった作業が出来るのは、ルルーの機嫌が安定している証だった。

「ありがとうございます」

 ティムは感謝して受け取ると、添えられたさじでスープを口に運ぶ。細かく刻んだ野菜が入ったシンプルなスープだが、久しぶりに食べるまともな食事に涙が溢れるほどの感動を覚える。

「おいしい……」

 その気持ちは他の3人も良く分かるようで、彼がスープを口に運ぶ様子をうなずきながら見ている。

「パンもおいしいよ」

 コリンシアがそう口を挟むと、オリガがパンの皿を手渡してくれる。彼は感謝して受け取ると、パンをちぎってスープに浸して口に運ぶ。久しぶりに食べるパンは無性においしかった。

 皿が空になってもまだ物足りないくらいだったが、ティムは満ち足りた気分で再び枕に背中を預けた。昨夜、猪に振り落とされて打ち付けた部分がまだ痛む。フロリエがその部分の薬を取り替えてくれる間、オリガは食器を片付け、落ち着いたところで昨夜の話をかいつまんで話してくれた。

 猪と格闘する騒ぎは彼女達の耳に届き、慌ててコリンシアを起こしてその場に駆けつけた。彼女達が着いた時には既に猪は地面に倒れ、興奮したルルーがその猪の上で勝利の雄叫びを上げていたのだ。

 無論、その騒ぎは村にも伝わっており、松明を手にした村人が何人もやってきた。その様子に驚く村人達にとにかく頭を下げてフロリエとオリガは騒がせた侘びをしたのだ。

「よく受け入れて頂けましたね」

 夜遅い時間にあれだけの騒ぎを起こした上、畑を荒らしてしまったのだ。役人に突き出されてもおかしくない。

「ティム、貴方のおかげよ」

 フロリエは微笑むと話を続ける。村人達の話によると、彼等はあの猪にずっと悩まされていたらしい。村の若い者は兵士として連れて行かれて退治することも出来ず、畑は荒らされ続けて今年は収穫を諦めていたところだった。

 猪に刺さったままの小剣で、ティムがあの大きな猪を退治した事が分かり、村人達は逆に彼らに感謝し、村に受け入れてくれたという事だった。更にはコリンシアの髪の色で高貴な人物と理解したらしく、詳しいことは聞かずに一層手厚いもてなしをしてくれたらしい。今、彼等がいるのは、ティムの予想通りこの村の村長の家だった。

「焦る気持ちはありますが、ティムの体を治るのを待って、それからロベリアへ向かいましょう」

「はい」

 フロリエの提案はオリガと相談して決めたのだろう。ティムにはすぐにでも旅立ちたい気持ちはあったが、体のほうが言う事を聞いてくれそうにも無い。促されるままに再び寝台に横になると、腹が満たされた事と屋根の下できちんとした寝台に横になれる安心感も重なり、彼はそのままうとうととし始めた。

 このさまよっていた3日というもの、寸暇を惜しんで体を動かし続けた少年をゆっくりと休ませるために、女性陣はそっと部屋から出て行った。

 オリガとフロリエは、ここにいる間ただ居候させてもらうつもりは無かった。この村の人たちのために自分たちに出来る事を少しでもお手伝いさせてもらう事で恩返ししようと決めていた。ティムの様子をコリンシアに見ていてもらい、2人は自分達に出来る仕事を探しに表へ出て行った。

 若い上に鍛えていたこともあって、ティムはその日の夕方には起きて動きまわれるまで回復していた。改めて村長夫妻に泊めてもらった礼を言うと、周囲の心配をよそに、彼は旅立つための準備にかかりはじめた。

「もう少しゆっくり休んだらどうかね?」

 村長は村を救ってくれた若い勇者にそう換言するが、彼は首を振って必要な荷物をまとめ始める。女性陣はこういったことには不慣れであったし、今は台所で夕食の支度を手伝っている。必然的にこれは彼の仕事となった。

「長居してもご迷惑になりますから。それに早く仲間と合流したいのです」

 ティムはそう答えると、村人から提供してもらった背嚢はいのうに荷物を詰めていく。着替えに調理器具と保存食、細々とした旅の必需品等、村人が用意してくれた荷物を手際よく4つに振り分ける。もちろん、自分用は多めに詰め、コリンシアには軽いものだけを入れるという心配りも忘れない。

 だいたい荷物の準備が整ったところで夕食の支度が整い、ティムはコリンシアに手を引かれて食卓に着いた。フロリエやコリンシアと同席するのは恐れ多いと思ったが、村長夫妻に勧められて固辞するのもかえって申し訳ない。用意された席に恐る恐る座った。

「さあ、たくさん召し上がってくださいな」

 村長の奥方はそう言って若者に料理を取り分けてくれる。田舎風の野菜の煮込みや焼き魚、自家製らしいチーズ等、素朴な料理が並んでいる。そこへ焼きたてのパンも運ばれてきて、その匂いだけで食欲が掻き立てられる。

「ダナシア様のお恵みと村の方々のご好意に感謝して……」

 フロリエが食前に小さな声で祈りの言葉を口にすると、コリンシアもそれに習う。そのほほえましい光景に村長夫妻は目を細めた。

 聞けば彼等の娘は遠方に嫁ぎ、息子は先日兵士としてかり出されてしまい、今は夫婦2人で生活しているらしい。彼等は久しぶりの賑やかな食卓に嬉しそうで、孫のようだと特にコリンシアにあれこれと世話をやいてくれている。

 始めは少し緊張したものの、久しぶりに家族団欒といった食卓を囲み、ティムはこころゆくまで料理を堪能したのだ。

「明朝、夜明けと共に出立しようと思います」

 食後、旅の準備が整うと、フロリエは村長夫妻に礼の言葉と共にそうことわった。

「ティム殿はまだ体が治りきっておらぬのであろう? 無理せずにもう少し滞在した方が良いのでは?」

「そうじゃ。あなた方は恩人じゃ。気兼ねせずに滞在すれば良い」

 夫妻はそう言って引き止めてくれるが、こちらも急ぐ事情がある。明日の出立は天気が崩れなければと条件をつけて夫妻には納得してもらったのだった。

勝利の雄叫びって……ルルー、勝ったのは君じゃないでしょ?




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