第五十話 夜食|少年の困惑
「少しは……いたい‥の、へりまし…たか……?」
乎鞠は小さな足取りで苦しげに眠るルシアの顔をのぞき込みながら、辿々しく優しい声をかけた。
もちろん、まだ意識の戻らないルシアから言葉が返ってくることはない。しかし、先ほどまでの苦悶に歪んでいた表情が嘘のように穏やかになり、荒かった呼吸もすっかり落ち着いているのを確認すると、乎鞠はホッと小さな息をついた。
そして、折れている痛む左足をそっと庇いながら、その場から立ちあがろうと体重をかけ――。
「っと……!」
バランスを崩しかけたその瞬間、扉のところで固まっていたゼノがハッと正気に返り、持っていたトレイを近くの台にガタッと音を立てて置き、猛然と乎鞠のもとへ駆け寄った。
「乎鞠、危ない! 無理しちゃダメだよ……!」
ゼノが慌ててそっと両手を差し出し、支えるようにして彼女をテーブルの席へと誘導する。
すると乎鞠は、先ほどまでの神秘的な奇跡の少女から一転、何事もなかったかのようにすまし顔でテーブルチェアにちょこんと腰を掛けた。
「ぜの、ごはん、ありがと……!」
恥ずかしそうに頬を赤らめながらお礼を言うと、カトラリーや取り分け皿をテキパキと並べ、ゼノの配膳を健気に手伝い始めた。そのあまりの切り替えの早さと健気さに、ゼノの脳内は先ほどからの驚きも相まって、いまだに「何が何だか……」と大混乱の渦に巻き込まれていた。
(今の歌は一体……? あの白銀の小動物は何だったんだ……? いや、それより乎鞠の怪我のほうが……)
疑問や動揺は山ほどあったが、目の前で一生懸命に食事の準備を手伝ってくれる乎鞠を前に、詮索するのは野暮というものだった。ゼノは深く息を吸い込み、複雑に渦巻く思考を無理やり頭の片隅に追いやった。
「い、いや、僕こそ簡単なものしか用意できなくてごめんね」
ゼノは席につき、昨日乎鞠に教えてもらったばかりの作法を思い出しながら、そっと両手を合わせて小さく頭を下げた。
「「いただきます」」
二人の声が静かな部屋に重なり、ゼノと乎鞠は温かい夜食にそっとスプーンを伸ばした。




