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『徒然』 神々住まう屋敷


 神様には宴会好きな方が多い。

 だから金曜日から日曜日の夜は、季節に関係なく毎週忙しい。


「追加でなんか適当に作るよう、厨に言ってきとくれ」

「かしこまりました。少々お待ちください」

「こっちの甘味まだぁ?」

「申し訳ございません、すぐにお持ちいたしますね」

「おうい!次の酒だ!!」

「はーい、ただいま!」


 なんとか頭の中で注文を整理しながら、空いたお皿や徳利を回収して厨に戻る。宴が始まってからまだ一時間も経っていないはずなのに、もう流し場は洗い物で埋まりかけていた。


 さっさと洗ってしまいたいところだけど、注文が先だ。


 振り返って、馬よりも大きい魚を前に刀を構える女性——厨様に声をかける。


「厨様、追加注文入りました」

「……」


 返事はない、が聞いてくれている筈なのでそのまま注文を読み上げる。この間にも厨様は魚の解体を済ませ、刺身やら煮魚やら揚げ物やらを作り上げていた。


 厨様はその名のとおり『厨ノ神』様だ。

 屋敷での食事の殆どを担ってくださる方である。


「——以上になります」

「ん……先ずはそれとソレと其れ、旦那様のところに持って行って」

「はい」


 先程切り出されたばかりの刺身が盛り付けられた大皿と二号瓶に、玻璃の酒器は旦那様が好んでいる物だ。

 落とさないよう注意しないと。


「運び終えたら休憩に入れ」

「ですがまだ、洗い物に他の方への配膳が」

「構わない待たせておけ。それよりも、お前に冷めた飯を食わせる方が問題だ」


 厨様が指差した机の上には湯気を立てる炊き込みご飯のおむすびと、沢山のご馳走が盛られた小鉢が乗っていた。艶々としたおむすびの姿に、思わず腹がグゥと鳴ってしまう


「じゃ、じゃあ、食べ終わり次第すぐお仕事に戻りますね」

「……ん」


 一礼をしてから、さっき言われたものを持って廊下に出る。


 さっぱりとした口調に、六尺はある高身長。長い黒髪に般若の半面を付けている姿には初め見た時はかなりおっかなく感じたけれど、やっぱ厨様は優しい方なんだなと、そう改めて思った。


 ◇


 今からおおよそ百年前。

 突如現れた化け物『幽鬼』によって、日ノ本の安寧は脅かされていた。

 幽鬼に対抗できるのは八百万の神々だけ。

 そしてその神々を顕現させ、使役して戦わせる役目を持つのが皆から『旦那様』と呼ばれる、世襲制の術師だった。


「失礼します。追加の料理と酒をお持ちしました」

「入れ」


 障子戸を引いて庭に出る。

 

 藍の切れ長の瞳に、月光を映す銀髪。

 武士の装いと、座した横に置かれた大量の刀。


 入ってすぐに『刀ノ神』が控えていた。


 刀様は旦那様には忠臣として使えているが、私に対していつもすぐ怖い顔で睨み付けてくる、苦手な神様だ。


「どうした。早く渡せ」

「も、申し訳ございません」


 盆と瓶を刀様に渡すついでに、庭にいるであろう旦那様を素早く目で探す。


 あまり騒がしい宴を好まない旦那様は、こうやって離れの庭で静かに飲んでいるのだ。


「ね〜え旦那様ぁ、今度の出撃にはこの『鈴ノ神』をお供させてくださいな。絶対お役に立って見せますわ」

「あら嫌だ、抜け駆けだなんて。いけませんよ旦那様、こんな煩いだけの付喪神よりどうか私を」

「やれやれ、煩いのは君もだぞ『魚ノ神』。まぁそうこうしているうちにこのボク『狐ノ神』は、今宵も旦那様のお膝を独占するのでした。めでたしめでたし」

「「ちっともめでたくないわっ!!そこを退け!!」」



「まあまあ皆んな、俺のことでそう喧嘩しないでくれ」



 ……少し訂正しよう。旦那様は三年前くらい前から、周りに美しい神々を侍らせて飲むようになっていた。後ろから抱きついている鈴ノ神。右腕に抱きついている魚ノ神と、膝に頭を乗せている狐ノ神。あとはこの三神ほど騒がしくないが、側に『翡翠ノ神』に『春ノ神』もいるし、『琴ノ神』は桜の下で優雅な音を爪弾いていた。


 探し見ておいて今さらだが、早く厨に戻ろうと空いたお皿を刀様から受け取る。「失礼します」と廊下に出ても、最後まで旦那様は私を一度も見なかった。


 ◇


『約束しよう■■。俺は、俺の代で必ずこの戦いを終わらせてみせる。そしたら故郷で祝言を挙げよう』

『わ、私が□□様のお嫁さんに!?気は確かですか!?』

『勿論さ。でもその為には■■に屋敷を手伝って欲しいんだ。お爺様の話では一人で大変苦労したそうだからね』

『ですが女中とはいえ、神様の側に私のような人間が近寄るのは……』

『大丈夫、館で一番偉いのは俺だ。どんな神にだってお前に手出しはさせないさ』


 それから旦那様に連れられ、屋敷で働き始めてから早や五年。未だに幽鬼との戦いは終わりを見せないし、旦那様とは殆ど話す機会を失っていた。


 幼い時から女子と間違われるほど端正な顔立ちをした旦那様は、それはもう男女問わず色んな神に好かれている。

 しかも元からあった霊力に神気が混ざって、今ではもう神々と並んでも霞まないほどより美しく成長していた。


 まだ齢十七とはいえ、歳をとって枯れてゆくだけの私と違って。


 屋敷には、幽鬼と戦うために新しい神がどんどん顕現してくる。

 それに合わせ、私が旦那様と接せられる機会もどんどん減ってゆくのだろう。


「もう、駄目かもしれない」


 思わず溢れ出た言葉に、ハッとして口を塞ぐ。


 いけないいけない。こんなことでは本当に駄目になってしまう。


 それよりも早く休憩して、厨様を手伝わないと。



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