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その日の夜、騎士団に所属する隊長格の面々が集合していた。もちろんエルフリートとロスヴィータもである。女性騎士団は団長と副団長が率いる小隊で構成されている為、他のメンバーはこの場にいない。
ブライスやアントニオを始めとした見慣れた同僚もいるが、ちらほらと挨拶をした事のない顔もいる。
中には貴族年鑑――爵位を持つ当主とその配偶者、次期当主候補がまとめられている――に載っている顔もある。その中の数人はボルガ国に近い領の貴族だから、騎士団としてではなく参加しているのかな。
そうなると、その他のメンバーは、この打ち合わせの為に呼び戻されたカッタヒルダ山方面に駐在していた騎士なのかもしれないね。
「さて、召集の理由は既に理解してくれていると思う」
騎士団総長のヘンドリクスが重々しく口を開いた。室内に響いた声ははっきりとして聞こえやすく、戦場でも目立つだろう。
「ボルガ国が攻め込んでくる、という予測がほぼ確実になった。我々は、攻め入られる瞬間を待ち、即座に侵略者を排除しなければならない」
「向こうは堂々と準備を進めているが、こちらは気がついていない風を装ったまま、兵の配置をする」
ヘンドリクスから引き継いだケリーの発言に、周囲がどよめいた。
「こっちが向こうの国の動きに気がついているって相手さんだって知っているだろうよ。むしろ怪しまれるんじゃないか?」
第一騎士団長――つまり王宮近衛騎士、国王周辺の守備担当――のリカルドが指摘する。
「そう思わせるのが目的なんだ。つまり、時間稼ぎだね。相手の思惑が読めない場合、攻め倦ねる可能性が高い。
久しぶりの侵略行為となるのだから、慎重になるだろうというのが我々の見解だ」
聞かれる事があらかじめ分かっていたかのようなケリーの返答に、リカルドは軽く頷いてみせる。まあ、夜になるまでに上層部である程度の打ち合わせはしてたんだろうね。
エルフリートは決められた流れが進んでいくのを見守った。
「今回の戦争は、今までになく小規模で大規模なものになる。卑怯者の泥を被ってくれるものを最前線へ配置する。その泥から逃げたいならば、一歩後ろに配備する。
どちらの役を受けたとしても、陛下や俺たちからの評価は変わらない」
「泥を被る気のある人はいるかい?」
正面衝突の流れだった時、ロスヴィータがゲリラ戦の提案をする予定だった。だが、今の流れはゲリラ戦に繋がっているようだ。
エルフリートとロスヴィータはほぼ同時に互いへ視線を送っていた。
同じ気持ちなのだと理解したエルフリートは、ロスヴィータとほぼ同時に手を挙げる。
他に手を挙げたのは、ブライスと副官のアイザック、アントニオ――と、いつの間にか彼の副官に収まっていたらしいレオンハルト。
直接話をした事はないけど、顔だけは知っている辺境伯次期当主仲間のエンリケと彼の副官。
やっぱり、と思う面々だった。
「ロス、フリーデ。功績を焦っての事ではないな?」
ヘンドリクスの問いに、ロスヴィータは縦に首を振った。
「もちろんです。元々、定石通りの戦いを提案されたら、私の方から別の提案をする予定でした。私と副官の考えている事が総長と副総長の考えている事に近いのであれば、是非ともその話に乗りたく」
「君たちの考えを聞こうか」
ケリーの許可が下り、ロスヴィータは立ち上がった。
王族としての威厳を感じさせるその立ち姿は、エルフリートの胸を高鳴らせる。彼女は全員を見回しながら口を開いた。
「今回の戦争は、はっきり言って無意味な戦いです。それはおそらく、口に出さないだけでここにいる全員が思っているはず。攻め込まれて防衛したところで、こちら側に旨みは全くない。あるとすれば今回の戦を煽動したと思われるアルフレッドの引き渡しくらいでしょう。
たったそれだけの事に、犠牲者を出すのは馬鹿げています」
半分近くの人間が頷き、数人が苦虫をかみしめたような表情をする。ついこの前まで王位継承権を持っていた人間の価値を重く思っているからこその、反応の分かれ方なのかもしれない。
「そうなれば、犠牲者を最小限に抑える為、国内のカッタヒルダ山中で迎え撃つ事になります。山中での戦闘は、厳しい戦いになるでしょう。山岳訓練であの山に登った時、私は滑落して遭難しました。
我が副官のおかげで事なきを得ましたが……同じような事が敵と遭遇する前に、あるいは戦闘中に起こりかねない土地です。
そんな事で、大切な戦力を失ってまで彼らと戦う価値があるとは思えない」
いくつかのうなり声が上がる。
「この戦争のベストは“何もなかった”事にするのが一番だと、我々は考えます。侵略者を罠で攪乱し、可能な限り捕虜とする。相手側の犠牲は、多少は仕方がないでしょう。
そして、相手側に“アルフレッドを返すから、こちらからの侵略行為はなかった事にしてくれ”と言わせるのです」
小さなどよめきが広がった。戦争の形にすらさせないこの戦い方は、かなり卑怯である。
この反応は予想していた事だ。エルフリートはもちろん、ロスヴィータの表情に変化はない。
「我が国としては“迷い込んできた人間が罠にかかったから保護している”で済ませ、身代金を要求すれば良い。そうすれば、戦を仕掛けたはずのボルガ国はグリュップ王国の領民が仕掛けた罠に引っかかって撤退を余儀なくされた事を、責任者の引き渡しだけでなかったことにできるのです」
ロスヴィータはエルフリートと一緒に考えた話を一気に説明し、着席した。一部の隊長格がこそこそと副官に話しかけているが、気にしない。
「なるほど、卑怯だね。良いと思う。我々が考えている泥を被る行為に近い。一緒に泥を被ろうではないか」
ケリーが嬉しそうに笑い、そうして女性騎士団の初陣が決まるのだった。
2024.8.4 一部加筆修正




