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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第5章 黒幕たち
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第20話 追走劇

 一頭の馬が闇夜を疾走する。兵士の喧騒けんそう。女の悲鳴。

 わたしはシスマの背中にしがみつき、彼女の荒々しい手綱さばきに恐怖をおぼえた。

 兵士たちの群れをたくみにかわしながら、わたしたちは城門を抜けた。

「シスマ! どこへ逃げるつもりッ!?」

「砂漠へ出ます」

「馬じゃ砂漠を越えられないわッ!」

 足もとの悪い砂漠に、馬の蹄は耐えられない。このまま逃げ切れるのは城下町まで。それとも、どこかにかくまってもらうつもりなのだろうか。

 町の住人たちも、この騒ぎに気づいたらしい。あちこちの窓が開いた。シスマの操る馬の姿は一瞬の影となって、家々のまえを通り過ぎる。地面に放置されていた桶を蹴り飛ばし、馬は小さくいなないた。

「ゼナ王女、いえ、ヒナさん、そこで止まりますゆえ、手をはなさないように」

 言うが早いか、シスマは手綱をきつく引いた。馬が後ろ足で立ち上がる。急ブレーキのかかった絶叫マシーンのようだ。ショックが強すぎて、悲鳴をあげる暇もなかった。

 シスマはすばやくとびおり、わたしを馬から降ろした。

「ここは? まさか、そこの掘っ立て小屋に隠れるつもり? すぐ見つかるわよ」

 シスマはわたしの質問を無視した。小屋のうらてへ回る。そのスキを突いて逃げようかとも思った。でも、目的地がない。ユーリのところへもどるのが正解なのだろうけれど、途中でガシェの配下に捕まらない保証はなかった。

 そうこうしているうちに、シスマは小屋のうらてからもどって来た。

 ダチョウのような生物が2頭、くつわをはめられた状態で出てきた。

 それは、市場で商人たちが飼っていた動物だった。

「これは……サフィー?」

「ご明察。これで砂漠を渡ります」

 シスマはわたしを1頭に乗せ、自分も残りの1頭に飛び乗った。

「ちょ、ちょっと待ってッ! わたしが操るのッ!?」

「ご安心を。こちらへついてくるように調教されています。手綱だけは決しておはなしになられないように……むッ」

 背後で声がした。一般住民のものでないことは、わたしにもわかった。

 馬とは異なる、パタパタとした足音。

「敵も用意していましたか……ヒナさんッ! 出発しますッ!」

 シスマが鳥の腹を蹴ると、毛のない足が大きく前に出た。硬い大地を助走し、そこからふわりとした砂へと踏み入れる。速い。思った以上に。

「シスマ! もっとゆっくりッ!」

「追っ手が来ていますッ!」

「このスピードなら逃げ切れるわよッ!」

「あいては軍用サフィーですッ! おそらく追いつかれますッ!」

 わたしはふりかえった。おなじ動物が数頭、遠方にみえた。

 最初は豆粒ほどだったけど、だんだん大きくなっている。

「話がちがうじゃないッ!」

「この速度なら、後方から止めることはできませんッ! スピード維持をッ!」

 わたしは心配になって、なんどもふりかえった。

 みるみるうちに距離が縮まる。男たちは、ターバンに白い上下を着ていた。兵士にみえない。それに、先頭の男には見覚えがあった。カイードだ。

 わたしはシスマに声をかける。

「シスマ! 王宮の兵士じゃないわッ! 盗賊団よッ!」

「なるほどッ! ガシェは、わたしたちを裁判にかけずに殺すつもりのようですねッ!」

「なに呑気なこと言ってるのッ! これなら城で捕まったほうがマシだったわッ!」

「わたくしにお任せをッ!」

 砂漠のレースが始まった。

 わたしのサフィーは、シスマの動きに忠実に従った。

 シスマは大きな砂丘を左方に旋回する。敵の陰になったところで、シスマは大きな球を砂丘に向かって放った。ドンと大きな音がして、砂丘が崩れた。後方で悲鳴。わたしにも砂がふりかかり、片目の視力を一時的にうばわれた。

「なにかするときは、するって言ってッ!」

 ヒュッと風を切る音が聞こえた。転倒音。

 ふりかえると、1頭が砂漠に倒れていた。なにが起こったのか理解できない。

「ヒナさん、あまり上体をブラさないでくださいッ! 的になりますよッ!」

 わたしは前方にむきなおる。シスマの指に、なにか光るものが握られていた。

 ナイフだ。それに気付いたわたしは、サフィーの細い首のうしろに隠れた。

 ヒュッと風を切る音。ふたたび1頭が転倒する。

 のこり2頭。わたしは歓喜して叫んだ。

「シスマ! ナイス! 残りのふたりも……きゃッ!?」

 サフィーが大きくはばたいた。わたしは手綱を握ったけど、暴れるサフィーに振り落とされた。砂に尻もちをつく。あっという間に、2頭のサフィーに囲まれた。

「ヒナさんッ!」

 シスマはこちらへもどろうとした。

 けど、それよりも早く、わたしの頭上に剣があてられた。カイードの剣だ。

 カイードは、シスマにむかって声を荒げた。

「動くなッ! もうすぐ後発隊が来るッ! 勝ち目はないぞッ!」

「……」

 シスマはサフィーを2、3歩さがらせた。

 わたしを置いていくつもり? 背筋に冷たい汗が走る。

 数秒ほど沈黙がつづき、シスマがようやく声を発した。

「盗賊団よッ! まつりごとへの介入は、諸国の王がお認めにならぬぞッ!」

「語るなッ! 女狐めぎつねッ!」

 カイードは論戦を張るつもりなどないらしい。

 シスマを罵倒ばとうし、残った最後の団員に合図をした。

 それは顎髭あごひげのある男で、いかにも残忍そうな顔をしていた。

「この偽王女を、おまえのサフィーに乗せろ」

 団員はサフィーから飛び降りて、わたしの肩に手をかけた。

 わたしはそれを振り払おうとしたけど、手首を押さえ込まれた。

「はなしなさいよ」

「おかしら、こいつ暴れますぜ」

 カイードはめんどくさそうな顔で、

「偽王女、ここに置き去りにされても、のたれ死ぬだけですぞ」

 と言い、剣をちらつかせた。わたしはくちびるを噛む。

「あなた、わたしをどうするつもり?」

「縛って乗せろ」

 団員はわたしの手首をしばって、サフィーに乗せた。

 うしろから抱え込むように座られて、わたしは気分が悪くなった。

 殺されるかもしれない。それとも、拷問にかけられる?

 舌を噛み切って死ぬ勇気はない。代わりに涙があふれてきた。

「もどるぞッ!」

 カイードは鳥のわきばらに蹴りを入れた。

 一転、王都の方角へむかう。ふりかえっても、男の体でシスマの姿は見えなかった。

「ちょろちょろするな」

 団員の一喝いっかつで、わたしはまえを向いた。

 どうやって逃げる? そればかり考えていた。中途半端な地点で逃げても意味がない。砂漠の餌食えじきになる。だとすれば、王都と砂漠の境界線、あるいは、すこし中に入ってから逃げるのが最善だと思った。

 でも、それより手前で、ガシェの手下と合流されたら? 万事休す。

「ガシェとは、どこで落ち合うつもりなの?」

 わたしはカイードに尋ねた。

「……」

「ユーリは今ごろ、ハサラ王に援軍を要請してるわよ」

「……」

 カイードはなにも答えなかった。聞こえないふりをしている。

 わたしは団員のほうに意識を移した。小声で話しかける。

「ねぇ、取引をしない?」

「あん?」

「わたしをユーリのところへ連れて行ってくれたら、お礼をはずむわ」

「おまえ、奴隷かなんかだろ。金があるようにみえないぜ」

「わたしは……」

「おいッ! 話をするなッ!」

 カイードの叱責しっせき。団員は口をつぐんだ。

 お手上げだ。なにかほかの手を――

「おいッ! どこへ行くッ!」

 カイードの声に、わたしはビクリとした。

 でも、それは、わたしにではなく、ひげの団員にむけられていた。

「どこへ行く。王都はそちらではない」

 団員は、おいおいという顔をした。

「カイードさま、バカ言っちゃいけません。そこにサフィーの足跡がありやすよ」

 たしかに、団員の言うとおりだった。

 鳥の足跡が、月明かりに照らされて、大股で続いていた。団員の男は、その足跡の続いている方角へと、サフィーを進めようとしていた。

「ちがうな」

「なにがですか?」

「それは我々が乗ってきたサフィーと歩幅ほはばがちがう。それに、星の方角もちがう」

 カイードは、サフィーのうえで剣を抜いた。

「きさま、何者だ?」

「……」

 カイードはサフィーを前進させた。剣が振り下ろされる。

 金属音とともに、団員の男は華麗に宙を舞った。

 彼の顔は、曲芸の数瞬で、ひとりの美少年へと変わる。

 わたしは思わず名前をさけんだ。

「ユーリ!」

「チッ! 変化の術ミラージュかッ!」

 カイードは、砂漠に降り立ったユーリめがけて、サフィーを操った。

 ユーリもまた剣を抜き、カイードの一撃を受け止めた。

 さらに手綱を切り、カイードのバランスを崩した。

 カイードはサフィーから転がり落ちる。彼の顔面に、ユーリの剣先が突きつけられた。

「盗賊団の幹部といえども、親衛隊ハンジャル相手では分が悪かったようだな」

「くッ……俺を殺したら、ガシェと折り合いをつけるチャンスがなくなるぞ」

「悪いが、劇は終わりだ。ゼナ王女は、ハサラ王に真相を話した」

 カイードは唖然あぜんとした。

「ば、バカなッ! そんなことをしたら、おまえたちの計画は……」

「ゼナが、おまえや大臣の動きを計画に組み入れていないと思ったのか?」

 カイードはしばらく言葉を失い、それからニガ笑いを浮かべた。

「砂漠で雨を恐れない者は滅びる……か。俺の負けだ」

「すなおでけっこう」

 ユーリはカイードの首筋を剣で叩いた。

 ねたのではなく、気絶させたようだ。血しぶきはあがらなかった。

 ユーリはカイードの右手を持ち上げる。

「どうりで見つからないわけだ。こいつが嵌めていたのか」

 ユーリは、カイードの中指からリングを抜き取った。

 そして、わたしのほうへ歩み寄る。手首のいましめを解いてくれた。

 わたしは恐怖から解放され、ユーリの胸もとにもたれかかる。

「怖かった……」

「心臓に毛が生えたような態度だったけどな」

 わたしはユーリの胸を右手でたたいた。びくともしない。

 その憎まれ口も、今となってはわたしの心に平穏を与えてくれた。

「……ところで、さっきの指輪は?」

「これか?」

 ユーリは現物をわたしにみせた。わたしは、そのかたちに見覚えがあった。

「それって、わたしが拉致されたときに盗まれた……」

「そうだ。マリクからの贈り物だ」

「ガシェのやつ、カイードに持たせてたのね」

「いや、カイードはガシェに指輪を渡さなかったんだろう」

 わたしは理由をたずねた。ユーリはこう答えた。カイードたちは、ガシェに協力しているとはいえ、盗賊団だ。いつガシェから裏切られてもおかしくはない。だから、万が一のときの保険として、指輪を引き渡さなかったのだろう、と。

「わたしの正体を見抜いているわりに、ガシェの行動が消極的だったのもそのせい?」

「おそらく、な。指輪の現物があれば、俺たちをもっと早く追い詰めていたはずだ。それをしないということは、盗賊団から肝心の指輪を受け取っていなかったんだろう。ゼナも俺も、そう読んでいた。今回はカイードの用心深さが裏目に出た」

 わたしはユーリの説明を聞きながら、べつのことを考えていた。

 ゼナは、どうなったのだろう。あの問答は、まだ終わっていない。余命短い王女に伝える言葉を、わたしは頭のすみで紡いでいた。

「ねぇ、ユーリ、もしできるなら、ゼナのところへ……ユーリ?」

 わたしは異変に気付いた。ユーリの顔色が悪い。苦しそうに心臓を押さえていた。

「ユーリ? どうしたの?」

「これは呪い……なぜ……」

 ユーリはその場に倒れた。わたしは呼吸をみる。

 息はある。だけど、なぜ倒れたのかわからなかった。

 発作? 呪いってなに? まさか、まだ敵がどこかに隠れて――

「死んではいません」

 砂丘の向こうから聞こえた声の正体に、わたしは息を呑んだ。

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