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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第5章 黒幕たち
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第21話 真の黒幕

 夜が明ける。地平線だけが輝くカマルの朝がおとずれる。

 ここは、砂漠にそびえたつ物見の塔。戦禍で打ち捨てられた建物だ。あのあと、砂丘を越えてあらわれた人物に、ここまで案内された。その人物は、わたしをシスマに引き渡して、今は姿を消している。儀式の準備だと、そう言い残して。

 砂漠が、夜にはらんだ水気みずけを吐き出し、霧を生み出す。

 天頂には満月。三日月は不吉の象徴だと、ファーラビーは言った。わたしが捜していた巻き物の紋様も、三日月だった。だとしたら、この満月には、どんな比喩が隠されているのだろう。それとも、ただの迷信なのだろうか。

「ヒナさん、そろそろ時間です」

 シスマの声。彼女は、石造りの欄干に立ち、美しく背筋を伸ばしていた。

 風に吹かれ、すそがおどる。その勇姿は、あのおどおどしたシスマとは別人だった。

「もうすぐ、あなたを送り返す手はずが整います」

「魔法陣なら、できあがってるじゃない」

 わたしは、石畳に描かれた魔法陣をみた。わたしよりもうまく再現できている。

「魔術師が必要です。高等魔法なので、だれでもよいというわけではありません」

「……そう」

「さきほどから、どうも気の抜けたご様子ですね。おびえたり、よろこんだりするのかと思いましたが……ユリディーズさんとの別れが、名残惜しいですか?」

「そんなんじゃないわ……わたしがあれこれしてきたことは、全部ひとり芝居で、なんの役にも立ってなかったんだなって……そう思っていたところ」

 階段から足音が聞こえた。

 正装のマリクが、朝日のなかへ姿をあらわす。

 お別れのときが来たのだ。わたしは自然といずまいを正した。わたしはこの数時間、心の準備に努めていた。もとの世界へもどるのに心の準備だなんて、おかしな話だけれど、さよならの仕方だけは考えておかないといけない。そう思った。

 最初にあいさつをしたのは、シスマだった。

「殿下、ご機嫌うるわしゅう」

「シスマ、きみが父王の命を受けていたとは知らなかった。なぜ秘密に?」

「陛下から、そのように仰せつかりました」

「そうか……」

 マリクは諦念の表情を浮かべた。わたしのほうへ向きなおる。

「おはようございます、ヒナさん」

 マリクは無理に笑おうとしていた。悲しげな瞳だ。

 わたしもそれを真似してしまう。

「あなたが、この事件の黒幕だとは、ね……」

「弁明する余地もないかもしれませんが、どうかお恨みにならないでください」

「ユーリはどうなったの?」

「彼には眠ってもらいました。あの指輪は、ゼナさまをお守りするために、特別にこしらえたものなのです。ゼナさまの身に危険が及んだときだけでなく、僕の呪術で遠隔操作することもできます」

「ってことは、わたしが偽物だってことも、早くから気づいていたわけね……それとも、シャムスの大魔術師さんには、変化の術ミラージュがそもそも効いてなかったのかしら」

「いいえ、ファーラビー殿の魔法は完璧でした。さすがともうしあげるほか、ありません。あなたが偽物にせものだと気づいたのは、指輪の護身が発動しなかったからです」

 ということは、馬の暴走で見抜かれたわけだ。

 ずいぶんと短い変装だった。

「どうしてこの茶番につきあったの?」

「さきほどももうしあげたように、わたしの目をあざむくほどの魔術が使えるのは、ファーラビーをおいてほかにありません。すると、ユーリもこの件にからんでいるのではないかと思いました。だとすれば、けっきょくはゼナ王女の自作自演ということになります」

 そこまで読んでいたのか――わたしは苦笑したくなった。

「わかったわ……どうやら、わたしは最後まで異邦人ってことみたいね」

「あなたを巻き込んでもうしわけなく思っています。もとの世界におもどりください。お詫びともうしあげては失礼ですが、この指輪はやはりあなたがお持ち帰りください」

 マリクは指輪をわたしの手のひらに乗せた。

「慰謝料としてもらっておくわ……ところで……ひとつだけ訊いてもいい?」

「質問次第です」

「あなたは、ゼナのことを愛してるの?」

 あの秘密の寝室ではなった問いを、こんどはマリクに投げかけた。

 マリクは真摯な表情で、

「もちろんです」

 と答えた。

「そう……ゼナもそう言ってたわ」

「ゼナさまにお会いなさったのですか?」

「ええ、お城で……彼女は……」

 わたしはそこで口をつぐんだ。マリクは、ゼナの余命を聞かされたのだろうか。昨晩、城から連れ出されたあと、マリクとゼナとのあいだで会話があったのかどうか、わたしは知らなかった。ひとつだけ言えるのは、マリクのその悲哀に満ちた瞳からして、事情を察していてもおかしくはない、ということだけだった。

「いえ、なんでもないわ。ごめんなさい。だれかを愛しているかなんて、ほんとうは訊いちゃいけないのよね。さっきの質問は忘れて。わたしもあなたの返事を忘れるから」

「あなたは異国から連れて来られたおひとです。心に重荷を負わないでください」

 魔法陣のなかへ入るように、マリクはわたしに命じた。

 わたしは耳のイヤリングをはずした。

「これは返しておくわ」

 婚約の証しなら、わたしが持って帰るというわけにもいかないだろう。

 マリクは両手でそれを受け取った。その恭しい態度から、わたしの嫌な予感がやはり当たっているような気がしてきた。

「マリク、わたしは……」

「ヒナさん、さきほども申し上げたように、あなたは通りすがりの旅人。神も時も異なる場所からいらしたお方です。どうか、よき旅立ちを」

 そうだ。わたしは通りすがりの旅人。ただの傍観者。

 なにかを伝える者でもなければ、なにかを支える者でもない。あなた、ゼナが余命1年だって知ってるの?――こんなことを訊く資格は、わたしにはなかった。

「あなたって、ずいぶん強いひとなのね。誤解してたわ」

 マリクはほほえんだ。悲しみの色はそのままに。

「強くなければ、王族は務まりません」

 王宮は蛇の巣のようだと、そんな比喩を読んだことがある。シャムスもまた、そうなのだろう。

「それでは、送らせていただきます」

「ありがとう……それじゃ……」

「俺にはあいさつなしなのか」

 わたしたちは、塔の昇降口をみやった。ユーリが右手を壁につき、朝日が作った影のなかでこちらをみつめていた。

「ユーリ、もう大丈夫なの?」

「マリクの手加減のおかげでな」

 ユーリはそう言って、陽のあたる場所へと進んだ。だけど、それがウソだというのは、マリクの表情でわかった。マリクは心配そうに、

「ユーリ、あまり無理しないほうがいい」

 と声をかけた。ユーリはそれを無視して、今回の事件の真相をたずね始めた。マリクはいつからこの件に噛んでいたのか、シャムスの王の承諾はあったのか、さらに、ほかの国々の介入はあったのか。

 マリクは、そのどれにも答えなかった。

「国家機密、というわけか」

「すまない……」

「いや、いい。大事なことは、さっき立ち聞きした」

 マリクは顔をあげた。じぶんに失言があったのかと、不安になったのだろう。

 ユーリはそれを見てほほえんだ。

「王族がそう顔に出すもんじゃない」

「きみが一番聞きたかったこと? それは?」

「おまえがゼナを愛してるってことだ」

 風が吹いた。ユーリの言葉には、うしろめたいことがなにもないと、そう証言するかのように。そして、わたしのなかのわだかまりも、その風に乗って消えた。おそらく、この砂漠のどこかに咲く花の露のように。

 マリクはそっと目を閉じた。ただ黙って一礼した。

「もっとヒナみたいに堂々としろ。助けてやったのにお礼の一言もないんだぞ」

 いきなりのとばっちり。わたしは腰に手をあてて、

「助けたもなにも、危険な目にあった原因があなたでしょ」

 と反論した。

 マリクは笑った。わたしは大きく息をついて、

「ま、ユーリには感謝してるわ。あのままだと殺されてたかもしれないし」

「……かもな」

 にくたらしい。最後までかわいくない男だ。

 同時に、わたしはユーリとはすこし仲を持ち過ぎたと感じた。

 急なお別れで平気じゃないほどに。

「では、始めさせていただきます」

 マリクは呪文を詠唱し始めた。さきほどよりも真剣な表情で言葉をつむぐ。魔法陣がだんだんと紫色に染まり始めた。

「……ッ!」

 わたしは体がすこししびれた気がした。

 最悪の事態が脳裏をかすめる。

「マリク、わたしを始末する気なのッ!?」

「ちがいますッ! 魔法陣が崩れてるッ!」

 わたしは足元をみた。魔法陣のチョークが、すこしだけ乱れていた。

 さっきの風? いや、もっと人為的なものだ。

 マリクは叫んだ。

「シスマ! まさかッ!」

 シスマは青ざめた顔で答える。

「陛下のご命令です……お赦しを」

 わたしは一瞬で事態を把握した。

 シャムスの王は、証人が生き残ることを認めなかったのだ。

 わたしは魔法陣から脱出しようとする。

「ヒナ、やめろッ! 出るのは危ないッ!」

 ユーリがわたしを押し戻しに飛びかかった。

 魔法陣の外円のはざまで、わたしとユーリはぶつかり合い、そして気を失った。

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