第15話 男たちとの駆け引き
「頼まれたものがなくなっている……なんでしょうか?」
ガシェは、するどく反応してきた。
わたしは慎重に、一語一語、えらびながら答えた。
「それはうかがっていないので、分かりません。この部屋でみせると、そう言われました」
「ファーラビー殿は、この部屋にひとを入れたがらなかったはずですが」
「それほど大事なものだったのでしょう」
わたしは一歩進んで、手近な備品にふれた。天球儀のひとつだ。太陽と月が、この城を模した建物を中心にまわっている。その仕組みに興味があったわけじゃない。ガシェから視線を逸らすため。案の定、ガシェはわたしが見ていないと思ったらしく、あごに太いゆびをあてて、けげんそうに考え込んでいた。
「……ファーラビー殿は、それが何と関係するものか、言っていましたか?」
よほど気になるようだ。もちろん、すべてはでまかせ、あいまいに答えておく。
「ほんとうに聞いていないのですが……魔術に関係するものだと思います」
「思います、というのは、ずいぶんとはぐらかした言い方ですな」
「ファーラビーの勤めからして、そのように考えただけです。ユーリと相談すると言っていました。もしかすると、ユーリのほうが詳しく知っているかもしれませんね」
ユーリの名前に、ガシェは眉を持ちあげた。
「ユリディーズと……ですか」
「はい……ところで、ユーリがどこにいるのか、ご存知ありません?」
「……いえ」
「そうですか。お互いに知らぬことばかりのようで」
わたしのあからさまな皮肉に、ガシェはイヤそうな顔をした。一瞬だけ。
「天文台は後任が決まるまで閉鎖になります。どうぞ、早めのご退室を」
ガシェは慇懃に頭をさげて、そそくさと部屋を出て行った。その足取りには、どこか急いだところがある。作戦どおり。今の会話で、ガシェはユーリのことを疑ったはず。ふたりがつるんでいるとしても、亀裂が入っただろう。ああいう陰謀家は、他人もおなじように詐欺師だと考えてしまうらしい。
わたしは巻き物の仕分けに、ふたたびとりかかった。
「……」
3巻目は持ち去られている。それがわたしの結論だった。
問題は、だれが持って行ったのか。
ガシェ……は、さっきの反応だとなさそう。演技がうまいタイプではない。それは食事会のときにも感じた。野心を隠しきれていない。ガシェの手下ってこともない。それなら彼の耳に入っているはずだ。つまり、盗賊団のジンとカイードも除外される。
「……まさか、ほんとうにユーリ?」
しまったと思った。
さっきのは、でまかせのつもりだったのに――後悔してもしかたがない。
部屋をあとにする。ガシェが待ち伏せしていないことを確認して、階段をおりた。
とにかく、もとの世界に帰る方法、あるいは、その希望がみえてきた。
三日月の紋章がある巻き物。それを手に入れれば光明がさす。
わたしは自室にもどった。
この国は暑い。水を飲んでひと息つこうと思い、水差しに手を伸ばした。
容器が温かい。窓からさしこむ光が、水差しを照らしていた。
置き場所をまちがえてしまったようだ。
わたしはシスマを呼んだ。
「シスマ? いる? 水を入れ替えてくれない?」
間延びした返事があった。パタパタと足音が聞こえる。
「お、お待たせいたしました、たたたッ!?」
シスマはとびらのところでつまずいた。新しい水差しが、床のうえではじけた。
破片がわたしの足もとへころがる。
「も、もうしわけございませんッ!」
シスマは平謝りで片づけをはじめた。
なんども執拗にあやまるから、わたしは思わず、
「べつにいいわよ。それより、手を切らないようにね」
とアドバイスして、足もとのガラス片を拾おうとした。
「け、けっこうですッ!」
シスマの声があまりにも大きかったので、わたしはビクッとしてしまった。
彼女自身、大声を出しすぎたと感じたようで、
「も、もうしわけございません……すべてわたくしがやります」
と言って、一枚のガラス片に手をのばした。
そして軽く悲鳴をあげた。
「あわてないで、って言ったでしょ……ほら、こちらへきて」
わたしはシスマを椅子にすわらせた。
衣装棚のハンカチを1枚とりだす。清潔――よね。
古い水差しの水で、手を洗ってもらった。ハンカチをひとさしゆびに巻く。
シスマは人形のように硬直して、身じろぎひとつしなかった。
「はい、これで大丈夫。あとで医者に診てもらいなさい」
「あ、ありがとうございます……」
シスマは恐縮して身をかたくした。肩をすぼめて、下を向く。
「いつもごめいわくをおかけして、もうしわけございません……」
「いいのよ」
シスマはすこしもじもじとした。なにか言いたそうな顔をしている。
「どうかしたの?」
「いえ……こう申し上げると、怒られるかもしれませんが……最近、ゼナさまはご機嫌がうるわしくないようで……あ、そ、その、わたくしがそう感じたというだけでして……わたくしの粗相のせいかと思っていましたもので……ゼナさまに優しくしていただき、シスマはたいへん光栄です……」
唐突な告白。わたしのほうがどきまぎしてしまう。
「ごめんなさい。キゲンが悪かったのは、その……ユーリのせいなのよ」
「ユリディーズさまも、最近はあまりご機嫌がよろしくないようで……このたびの事故も、なにか関係がおありなのでしょうか……?」
マズいところに話がとんだ。わたしは適当にごまかす。
「ユーリが指輪を盗むわけないでしょう。なにかのまちがいよ」
「そ、そうですね……ところで、ユリディーズさまが閉じ込められている場所がわかりました。王宮の北にある地下牢だそうです」
それは知っている。マリクから教えてもらったから。
だけど、初耳なフリをする。
「その地下牢は、面会がゆるされてるのかしら?」
「め、面会ですか? ……わかりません」
それもそうか。わたしは質問を変えようとした。
ところが、それよりも早く、シスマは思い出したように、
「ただ、ガシェさまがさきほど、地下牢へ見に行かれたような……」
と口走った。緊張が走る。
「さきほど、っていうのは? いつ?」
「ゼナさまが水差しを所望されるすこしまえです。廊下でお会いいたしまして、近習の者に使い走りをさせていらっしゃいました。そのとき、ユリディーズさまがどうのこうのとおっしゃっていたような……あ、いえ、聞き間違えかもしれません」
ガシェが罠にかかった。
ユーリとつるんでいるのかどうかはともかく、ふたりに接点ができた。
わたしはあやしまれないように、さぐりをいれる。
「ほんとう? あのふたりはあまり仲がよくないようにみえるけど?」
「あの……これは他のかたに言わないでいただきたいのですが……」
「ええ、もちろんよ」
「ガシェさまは、ユリディーズさまをあやしんでおられるようで……陛下はユリディーズさまを牢屋へいれることに反対なさったらしいのですが……ガシェさまが、どうしても、と、そうおっしゃったそうで……」
わたしは今の情報を、あたまのなかで整理した。
ユーリを牢獄につないだのはガシェ。でもそれは、ふたりの自作自演を否定しない。
重要なのは、ガシェがわたしと話したあと、ユーリに会いに行ったことだ。
つまり、ガシェはファーラビーの殺害に噛んでいる……確信が生じた。そして、そのときになにか不安材料があった。どんな? それさえ掴めればいい。鍵はユーリだ。
「ゼナさま、ご表情がけわしいようですが……」
「な、なんでもないわ……ということは、地下牢でも面会ができるのね?」
「身分の高い方々でしたら、おそらく……くわしい手続きは存じあげませんが……」
わたしはベッドから腰をあげ、シスマの肩をつかんだ。
「ぜ、ゼナさま?」
「協力して欲しいことがあるの。いいかしら?」
○
。
.
深夜――わたしはこっそりと寝室を抜け出した。
ブルカをかぶり、地下牢への階段をゆっくりとおりていた。
「ゼナさま、足もとにお気をつけください」
ランプを持って先導するシスマ。わたしは背中を小突く。
「名前は出しちゃダメ」
「し、しつれいいたしました」
階段が続く。ひんやりとした空気。
ここが地下牢でなければ、昼間はかえって好環境なんじゃないかと思えるくらい。
だんだんと段差が小さくなり、湿った石畳へと変わった。
椅子に座って肘をついていた兵士が、サッと顔をあげた。
「何者だ?」
「王宮付女中のシスマです」
兵士は壁にかけてあったランプを手にし、シスマの顔を照らした。
そして、わたしの顔も照らす。
「女、顔をみせろ」
わたしがブルカをはずさないでいると、兵士が一歩まえにでた。
それに合わせてシスマもあいだに割って入る。
「どうぞ、お納めください」
シスマは兵士に小さな布袋をわたした。
兵士はニヤリと笑って、
「すこしだけだぞ」
と、ささやいた。
「承知しております」
兵士はわたしのほうへ、好奇の目をむけた。
わたしは顔を伏せて、シスマのあとにつづく。
奥から3番目、右手の牢。わたしはそのまえで歩をとめた。
なかをのぞく――いた。ユーリだ。
ユーリは壁と一体化したベッドのうえで、腕枕をしていた。
「ユーリ……ユーリ……」
声をかけると、ユーリは目を開けた。
「……来るなと言っただろ」
ユーリはベッドからそっとおりて、鉄格子のそばに腰をおろした。
わたしも屈みこんで、ひそひそと耳打ちする。
「べつに助けに来たわけじゃないわ」
「だったら、なんの用だ?」
「昼間、ガシェがここに来たでしょ?」
わたしは単刀直入にきりこんだ。
長話をする時間は、おそらくない。今も兵士の視線を背中に感じている。
シスマに頼んで見つけてもらった、地下牢への入り方――それは、罪人の親族をよおそうというものだった。金を渡せば、ある程度は融通が利く。とはいえ、面会時間は兵士の気分次第らしい。シスマには、多めに渡すように言ってあったけれど、だらだらと話をさせてくれる保証はない。
しかも、ユーリが黙秘すれば、わたしのもくろみは簡単に崩れてしまう。
わたしは固唾を呑んで、ユーリの反応を待った。
「……だれからそれを聞いた?」
「答えられないわ」
「一方的に俺がしゃべると思ったか? 不公平だろう?」
「ねぇ、ユーリ、ひとつだけ答えて欲しいの」
「……」
「王女を殺したのは、あなたなの?」
ユーリは顔をあげた。視線だけは正面にむけられている。
わたしはユーリの横顔を見つめて、回答を待った。
「俺だ。俺が殺した」
「ウソよ」
「だったら、だれが殺したと思う? ガシェか?」
質問の意図を見透かされた。わたしは一瞬、言葉につまる。
「そう考えたことも……あったわ」
「俺がガシェと組んで王女を殺害した。仲が悪そうにみえるのは演技。そう思うか?」
わたしは鉄格子をつかんだ。
「ユーリ、巻き物をどこへやったの?」
「巻き物……? なんのことだ?」
「ファーラビーの部屋から巻き物がなくなっていたの。心当たりは?」
「だからなんの巻き物だ? ファーラビーの部屋にそんなのは腐るほどあっただろう」
「ほんとに知らないの?」
わたしは念をおした。ユーリは怪訝そうな目で、はじめてわたしを見た。
「ヒナ。もういちど忠告する。おまえは手を出すな。さもないと……」
「おい、そこの牢ッ! いいかげんにしろッ!」
わたしは舌打ちをした。けど、あやしまれたら最後だ。
すぐに立ち上がる。
「また来るわね」
「……」
わたしはユーリに背をむけた。最後に一度だけふりかえる。
ユーリの姿は、牢の闇のなかに消えていた。
(ガシェもユーリも召喚魔法のゆくえを知らない……じゃあ、犯人はだれなの?)




