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青空の夜と、星空の昼  作者: 星野ナイル
第4章 笛の音が呼ぶ殺人
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第15話 男たちとの駆け引き

「頼まれたものがなくなっている……なんでしょうか?」

 ガシェは、するどく反応してきた。

 わたしは慎重に、一語一語、えらびながら答えた。

「それはうかがっていないので、分かりません。この部屋でみせると、そう言われました」

「ファーラビー殿は、この部屋にひとを入れたがらなかったはずですが」

「それほど大事なものだったのでしょう」

 わたしは一歩進んで、手近な備品にふれた。天球儀のひとつだ。太陽と月が、この城を模した建物を中心にまわっている。その仕組みに興味があったわけじゃない。ガシェから視線を逸らすため。案の定、ガシェはわたしが見ていないと思ったらしく、あごに太いゆびをあてて、けげんそうに考え込んでいた。

「……ファーラビー殿は、それが何と関係するものか、言っていましたか?」

 よほど気になるようだ。もちろん、すべてはでまかせ、あいまいに答えておく。

「ほんとうに聞いていないのですが……魔術に関係するものだと思います」

「思います、というのは、ずいぶんとはぐらかした言い方ですな」

「ファーラビーの勤めからして、そのように考えただけです。ユーリと相談すると言っていました。もしかすると、ユーリのほうが詳しく知っているかもしれませんね」

 ユーリの名前に、ガシェは眉を持ちあげた。

「ユリディーズと……ですか」

「はい……ところで、ユーリがどこにいるのか、ご存知ありません?」

「……いえ」

「そうですか。お互いに知らぬことばかりのようで」

 わたしのあからさまな皮肉に、ガシェはイヤそうな顔をした。一瞬だけ。

「天文台は後任が決まるまで閉鎖になります。どうぞ、早めのご退室を」

 ガシェは慇懃に頭をさげて、そそくさと部屋を出て行った。その足取りには、どこか急いだところがある。作戦どおり。今の会話で、ガシェはユーリのことを疑ったはず。ふたりがつるんでいるとしても、亀裂が入っただろう。ああいう陰謀家は、他人もおなじように詐欺師だと考えてしまうらしい。

 わたしは巻き物の仕分けに、ふたたびとりかかった。

「……」

 3巻目は持ち去られている。それがわたしの結論だった。

 問題は、だれが持って行ったのか。

 ガシェ……は、さっきの反応だとなさそう。演技がうまいタイプではない。それは食事会のときにも感じた。野心を隠しきれていない。ガシェの手下ってこともない。それなら彼の耳に入っているはずだ。つまり、盗賊団のジンとカイードも除外される。

「……まさか、ほんとうにユーリ?」

 しまったと思った。

 さっきのは、でまかせのつもりだったのに――後悔してもしかたがない。

 部屋をあとにする。ガシェが待ち伏せしていないことを確認して、階段をおりた。

 とにかく、もとの世界に帰る方法、あるいは、その希望がみえてきた。

 三日月の紋章がある巻き物。それを手に入れれば光明がさす。

 わたしは自室にもどった。

 この国は暑い。水を飲んでひと息つこうと思い、水差しに手を伸ばした。

 容器が温かい。窓からさしこむ光が、水差しを照らしていた。

 置き場所をまちがえてしまったようだ。

 わたしはシスマを呼んだ。

「シスマ? いる? 水を入れ替えてくれない?」

 間延びした返事があった。パタパタと足音が聞こえる。

「お、お待たせいたしました、たたたッ!?」

 シスマはとびらのところでつまずいた。新しい水差しが、床のうえではじけた。

 破片がわたしの足もとへころがる。

「も、もうしわけございませんッ!」

 シスマは平謝りで片づけをはじめた。

 なんども執拗しつようにあやまるから、わたしは思わず、

「べつにいいわよ。それより、手を切らないようにね」

 とアドバイスして、足もとのガラス片をひろおうとした。

「け、けっこうですッ!」

 シスマの声があまりにも大きかったので、わたしはビクッとしてしまった。

 彼女自身、大声を出しすぎたと感じたようで、

「も、もうしわけございません……すべてわたくしがやります」

 と言って、一枚のガラス片に手をのばした。

 そして軽く悲鳴をあげた。

「あわてないで、って言ったでしょ……ほら、こちらへきて」

 わたしはシスマを椅子にすわらせた。

 衣装棚のハンカチを1枚とりだす。清潔――よね。

 古い水差しの水で、手を洗ってもらった。ハンカチをひとさしゆびに巻く。

 シスマは人形のように硬直して、身じろぎひとつしなかった。

「はい、これで大丈夫。あとで医者に診てもらいなさい」

「あ、ありがとうございます……」

 シスマは恐縮して身をかたくした。肩をすぼめて、下を向く。

「いつもごめいわくをおかけして、もうしわけございません……」

「いいのよ」

 シスマはすこしもじもじとした。なにか言いたそうな顔をしている。

「どうかしたの?」

「いえ……こう申し上げると、怒られるかもしれませんが……最近、ゼナさまはご機嫌がうるわしくないようで……あ、そ、その、わたくしがそう感じたというだけでして……わたくしの粗相のせいかと思っていましたもので……ゼナさまに優しくしていただき、シスマはたいへん光栄です……」

 唐突な告白。わたしのほうがどきまぎしてしまう。

「ごめんなさい。キゲンが悪かったのは、その……ユーリのせいなのよ」

「ユリディーズさまも、最近はあまりご機嫌がよろしくないようで……このたびの事故も、なにか関係がおありなのでしょうか……?」

 マズいところに話がとんだ。わたしは適当にごまかす。

「ユーリが指輪を盗むわけないでしょう。なにかのまちがいよ」

「そ、そうですね……ところで、ユリディーズさまが閉じ込められている場所がわかりました。王宮の北にある地下牢だそうです」

 それは知っている。マリクから教えてもらったから。

 だけど、初耳なフリをする。

「その地下牢は、面会がゆるされてるのかしら?」

「め、面会ですか? ……わかりません」

 それもそうか。わたしは質問を変えようとした。

 ところが、それよりも早く、シスマは思い出したように、

「ただ、ガシェさまがさきほど、地下牢へ見に行かれたような……」

 と口走った。緊張が走る。

「さきほど、っていうのは? いつ?」

「ゼナさまが水差しを所望されるすこしまえです。廊下でお会いいたしまして、近習の者に使い走りをさせていらっしゃいました。そのとき、ユリディーズさまがどうのこうのとおっしゃっていたような……あ、いえ、聞き間違えかもしれません」

 ガシェが罠にかかった。

 ユーリとつるんでいるのかどうかはともかく、ふたりに接点ができた。

 わたしはあやしまれないように、さぐりをいれる。

「ほんとう? あのふたりはあまり仲がよくないようにみえるけど?」

「あの……これは他のかたに言わないでいただきたいのですが……」

「ええ、もちろんよ」

「ガシェさまは、ユリディーズさまをあやしんでおられるようで……陛下はユリディーズさまを牢屋へいれることに反対なさったらしいのですが……ガシェさまが、どうしても、と、そうおっしゃったそうで……」

 わたしは今の情報を、あたまのなかで整理した。

 ユーリを牢獄につないだのはガシェ。でもそれは、ふたりの自作自演を否定しない。

 重要なのは、ガシェがわたしと話したあと、ユーリに会いに行ったことだ。

 つまり、ガシェはファーラビーの殺害に噛んでいる……確信が生じた。そして、そのときになにか不安材料があった。どんな? それさえ掴めればいい。鍵はユーリだ。

「ゼナさま、ご表情がけわしいようですが……」

「な、なんでもないわ……ということは、地下牢でも面会ができるのね?」

「身分の高い方々でしたら、おそらく……くわしい手続きは存じあげませんが……」

 わたしはベッドから腰をあげ、シスマの肩をつかんだ。

「ぜ、ゼナさま?」

「協力して欲しいことがあるの。いいかしら?」


  ○

   。

    .


 深夜――わたしはこっそりと寝室を抜け出した。

 ブルカをかぶり、地下牢への階段をゆっくりとおりていた。

「ゼナさま、足もとにお気をつけください」

 ランプを持って先導するシスマ。わたしは背中を小突く。

「名前は出しちゃダメ」

「し、しつれいいたしました」

 階段が続く。ひんやりとした空気。

 ここが地下牢でなければ、昼間はかえって好環境なんじゃないかと思えるくらい。

 だんだんと段差が小さくなり、湿った石畳へと変わった。

 椅子に座ってひじをついていた兵士が、サッと顔をあげた。

「何者だ?」

「王宮付女中のシスマです」

 兵士は壁にかけてあったランプを手にし、シスマの顔を照らした。

 そして、わたしの顔も照らす。

「女、顔をみせろ」

 わたしがブルカをはずさないでいると、兵士が一歩まえにでた。

 それに合わせてシスマもあいだに割って入る。

「どうぞ、お納めください」

 シスマは兵士に小さな布袋をわたした。

 兵士はニヤリと笑って、

「すこしだけだぞ」

 と、ささやいた。

「承知しております」

 兵士はわたしのほうへ、好奇の目をむけた。

 わたしは顔を伏せて、シスマのあとにつづく。

 奥から3番目、右手の牢。わたしはそのまえで歩をとめた。

 なかをのぞく――いた。ユーリだ。

 ユーリは壁と一体化したベッドのうえで、腕枕うでまくらをしていた。

「ユーリ……ユーリ……」

 声をかけると、ユーリは目を開けた。

「……来るなと言っただろ」

 ユーリはベッドからそっとおりて、鉄格子てつごうしのそばに腰をおろした。

 わたしもかがみこんで、ひそひそと耳打ちする。

「べつに助けに来たわけじゃないわ」

「だったら、なんの用だ?」

「昼間、ガシェがここに来たでしょ?」

 わたしは単刀直入にきりこんだ。

 長話をする時間は、おそらくない。今も兵士の視線を背中に感じている。

 シスマに頼んで見つけてもらった、地下牢への入り方――それは、罪人の親族をよおそうというものだった。金を渡せば、ある程度は融通ゆうづうが利く。とはいえ、面会時間は兵士の気分次第らしい。シスマには、多めに渡すように言ってあったけれど、だらだらと話をさせてくれる保証はない。

 しかも、ユーリが黙秘すれば、わたしのもくろみは簡単に崩れてしまう。

 わたしは固唾かたずを呑んで、ユーリの反応を待った。

「……だれからそれを聞いた?」

「答えられないわ」

「一方的に俺がしゃべると思ったか? 不公平だろう?」

「ねぇ、ユーリ、ひとつだけ答えて欲しいの」

「……」

「王女を殺したのは、あなたなの?」

 ユーリは顔をあげた。視線だけは正面にむけられている。

 わたしはユーリの横顔を見つめて、回答を待った。

「俺だ。俺が殺した」

「ウソよ」

「だったら、だれが殺したと思う? ガシェか?」

 質問の意図を見透かされた。わたしは一瞬、言葉につまる。

「そう考えたことも……あったわ」

「俺がガシェと組んで王女を殺害した。仲が悪そうにみえるのは演技。そう思うか?」

 わたしは鉄格子てつごうしをつかんだ。

「ユーリ、巻き物をどこへやったの?」

「巻き物……? なんのことだ?」

「ファーラビーの部屋から巻き物がなくなっていたの。心当たりは?」

「だからなんの巻き物だ? ファーラビーの部屋にそんなのは腐るほどあっただろう」

「ほんとに知らないの?」

 わたしは念をおした。ユーリは怪訝そうな目で、はじめてわたしを見た。

「ヒナ。もういちど忠告する。おまえは手を出すな。さもないと……」

「おい、そこの牢ッ! いいかげんにしろッ!」

 わたしは舌打ちをした。けど、あやしまれたら最後だ。

 すぐに立ち上がる。

「また来るわね」

「……」

 わたしはユーリに背をむけた。最後に一度だけふりかえる。

 ユーリの姿は、牢の闇のなかに消えていた。

(ガシェもユーリも召喚魔法のゆくえを知らない……じゃあ、犯人はだれなの?)

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