第14話 持ち去られた三日月
その日の正午、わたしのタメ息は、とんでもないニュースで復讐を受けた。
「ユーリが捕まった?」
わたしは自分の耳を疑った。外には太陽が昇り、カルマの消えない夜空を、まるで日食のように横切り始めたころだった。昼食を持って来たシスマが、青ざめた表情で、ユーリの拘束を耳打ちしたのだ。
「嘘でしょ?」
「宮廷内はその話で持ちきりです……あ、もちろん、ユリディーズさまがほんとうに犯人とお考えのひとは、ほとんどいらっしゃらないようですが」
わたしはシスマの付け加えに、すこしばかり不安がよぎった。
(ほんとにユーリじゃないって証拠はないのよね……王女を殺したのはユーリかもしれないんだし、ファーラビーが共犯だから口を封じた可能性も……わたしがファーラビーと話したことに、ユーリは動揺してたじゃない)
わたしは探りを入れることにした。
「ユーリにあやしいところなんてないわ。ぬれぎぬでしょう」
「はい、わたくしもそう思います」
「どうしてハサラ王は、ユーリを捕まえたのかしら」
「ファーラビーさまのそばに、指輪が落ちていたからだと聞いております」
緊張が走る。わたしは一瞬だけ、息をとめた。相手がシスマでなかったら、勘づかれていたかもしれない。深呼吸する。
「ファーラビーは指輪をしていた?」
「どのような指輪かまでは、うかがっておりません……が、ユリディーズさまと関係するものとのことで……あ、以上はナイショでお願いいたします」
いまさら言うセリフでもないだろう、と私はあれきた。おおかた「これはウワサなんだけど」という具合に、だんだんと広まっているはずだ。もっとも、伝言ゲームのせいで、情報があいまいになっているようにも見受けられた。というのも、ファーラビーのそばに落ちていた指輪は、マリクがゼナに送った指輪のはずだから。
そうなると、シスマの話は割り引いて解釈しないといけない。
「とりあえず、落ち着きましょう。ユーリなら大丈夫よ」
そうでないと困る。わたしが異世界人だと知っているのは、ユーリとファーラビーしかいない。ファーラビーは死んでしまった。もしユーリまでいなくなったら――もとの世界へもどる手段は、永久に失われてしまうかもしれない。
「新しい情報が入ったら、まっさきにわたしに知らせてちょうだい。いいわね?」
「は、はいッ!」
わたしはシスマを退室させた。
とびらを閉めたと思いきや、こんどはうしろから声をかけられた。
「ゼナさま、ゼナさま」
「マリク、来てたの?」
わたしはマリクを室内へ導きいれた。
マリクは窓枠から体を乗り出して、床に足をつけるよりも早く、
「たいへんなことになりました」
と言った。
「ユーリのことなら、さっきシスマから聞いたわ。今は情報収拾を……」
「なぜ偽物の指輪をお作りになられたんです?」
わたしは、マリクが王族であることを失念していた。ファーラビーのそばにあった指輪がどういうものか、彼に伝わっていないはずがなかった。マリクはシスマよりも多くのことを知っている。わたしはその想定のもとで、弁明を始めた。
「あれは……ちょっと事情があって、模造品を作る必要があったのよ」
「なぜそのようなことを? 本物はどこに?」
「その……なくしちゃって……」
マリクは落胆した。深く息をつく。
「なぜ、おっしゃってくださらなかったんですか? 指輪のひとつやふたつで僕が怒るとお考えになられたなら、とても残念です」
「ごめんなさい……あなたの心からの贈り物で……」
「ユーリは偽造の疑いをかけられています。ハサラ王のもとへ弁解にまいりましょう」
それはダメだ。ユーリがいない今、わたしだけで弁解をこなすのはムリがある。
わたしは脳髄をふりしぼった。なにか口実を考えないと。
「ちょ、ちょっと待って……」
「ユーリは王宮の地下牢へ連行されました。ぐずぐずしていられません」
いいわけを、なにかいいわけを――
絶対に俺を助けるな
ユーリの言葉がフラッシュバックした。
「ゆ、ユーリから止められてるの。これは彼の計画なのよ」
ほとんど無意識に、ウソが口をついて出た。
「計画……? なんの計画です?」
「ファーラビーを殺したのがだれか、それを突き止めるための計画」
「ファーラビー殿はやはり殺されたのですねッ!?」
声が大きい。わたしはマリクを説得しようと、一歩前に出た。
「マリク、動揺するのは分かるけど、声を落としてちょうだい」
「大臣のガシェによると、ファーラビー殿の死因は心臓の病です。ところが、召使いたちの話はちがいます。だれかに階段から突き落とされたらしいのです」
わたしはマリクの話におどろき、同時に奇妙だと思った。
「階段から突き落とされた? だれか目撃者がいるの?」
「いえ……目撃者はいないのですが、もっぱらそういううわさです」
目撃者がいないのに、かってに殺人事件あつかいされている。
おかしい。わたしはますます慎重になった。
「そのうわさの出どころって、どこか知ってる?」
「いえ、だれが言い出したのか……あッ!」
マリクはハッとなった。そして、思いもよらぬことを口走る。
「もしや、このうわさの流布も、ユーリの計画に入っているのですか?」
そんなバカな……いや、わからない。ユーリが今回の事件にどういう対応をしたのか、わたし自身もくわしく教えてもらわなかった。
「彼、計画の全貌については話してくれなかったのよね。でも、ガシェがどうのこうの、そんなことを言ってた気がする」
ウソを織り交ぜつつ、反応をうかがう。
「大臣殿が……? 大臣殿がどうかしたのですか?」
微妙。マリクはほんとにガシェの悪事をなにも知らないだろうか。相手国の内情を理解できていないなら、それはそれで問題があるように思えてしまう。最後にファーラビーと交わした問答も、けっきょくはマリクの能天気さを否定するものではなかった。
「待ってください……もしかして、ユーリと大臣殿の共同作戦なのでしょうか?」
そんなはずがない。と言いたいところだけど、可能性がゼロとは言い切れなかった。
(ファーラビーを殺したのはユーリで、牢屋からすぐに出してもらえることになっているとか? 裏で糸を引いているのが大臣なら、それくらいやりかねないかも……)
ありえなくはない。けど、ユーリの言行とは一致しない。
ようするに、ユーリが王女を殺害した動機、これが不明なことに尽きる。
マリクは、さらにいろいろな質問をかさねた。でも、それは全部はぐらかすことができた、と思う。すくなくとも、マリクの表情からはそう感じた。
そして、わたしは聞き出したいことをできるだけ聞き出した。ユーリが捕まっているのは、この王宮の北にある地下牢らしい。ルートもさりげなく把握した。
「ユーリがなにを考えているのか分かりませんが、最悪の場合、指輪の紛失に関しては僕が赦しを出すことで不問にふされるはずです。任せてください」
大丈夫かしら。窓枠から抜け出すマリクを見送りながら、私は不安になった。
そんな単純な事情では、もうないと思うのだけれど。
わたしは、捜査の必要性を感じた。最初に調べないといけないのは――
○
。
.
「ここがファーラビーの部屋ね……」
月の紋章が彫られた、古めかしいとびら。ひし形ののぞき窓がある。
わたしはだれもいないことを確認して、サッとなかに入った。
うっすらとした香の薫り。わたしはのぞき窓から、廊下を確認する。尾行はない。
わたしは室内の物品に目を走らせた。望遠鏡、天体儀、測量や観測に使うらしき道具の数々。壁には、天文図とこの世界の地図が貼ってあった。大きな書棚には巻き物が並べられている。ひとつほどいてみると、紙ではなく動物の毛をすいたものだった。まだ発明されていないのだろうか。あるいは、この地域で使われていないのかもしれない。
どこから捜したものか。わたしはべつの巻き物を手にとってみた。
ざらざらした感触。30センチほどひらくと、見知らぬ文字が目に飛び込んできた。
「……ダメね」
まったく読めない。あたりまえだ。この世界の住人と意思疎通できるのは、どうやら魔法のおかげらしい。ユーリがそう説明してくれた。そして、その魔法は読解には応用できないことに、わたしはうすうす気づいていた。そういうスキルをわたしに授けると、今回みたいなケースで困ると考えたのだろう。憎ったらしいことに、適切な処置だ。
わたしはもとの世界に帰る方法があるとにらんでいた。ここへ連れて来られたのが魔法なのだから、帰るにも魔法が必要なはずだ。それを知るために潜入したのだけれど、前途はかんばしくない。
(だれかに読んでもらう……は、アウトよね)
自分の計画性のなさにあきれかえる。
脱力しかけたその瞬間、わたしは書棚の下から2段目に気をとられた。そこだけ妙に乱雑になっていたからだ。ほかの棚は整然とならべられているのに、あとからまとめて置いただけになっている。
(ファーラビーったら、あわててたのかしら?)
わたしは室内をもういちど見回した。テーブルのうえに目をこらす。
天球儀がほこりをこするように移動していた。
(……先客がいた?)
わたしはどきりとして、のぞき窓から廊下を確認した。だれもいない。
直感に突き動かされて、わたしは下から2段目の巻き物をとりだした。
テーブルのうえに並べて、1本1本調べる。
巻き物の一番そとがわに、月のマークが打たれていることに気づいた。
それぞれかたちが微妙にちがう。
「これは……月の満ち欠け? もしかして数字の代わり?」
自分の推理が正しいかどうか確かめる。
●と○ おそらく前者が新月で、後者が満月。
ということは、新月から始まって……やっぱりそうだ。月の満ち欠けだ。
わたしは月のかたちを慎重に判断して、巻き物を順番にならべた。
そして、1巻足りていないことに気づいた。
「三日月が足りてない……3巻をだれかが持ち出した……?」
三日月――わたしの記憶が、その言葉に反応した。
(待ってよ……三日月の紋章の巻き物……どこかで見たような……あッ!)
「召喚魔法ッ!」
わたしは思わず声をあげてしまった。じぶんでびっくりして、胸もとに手をあてる。
それから、部屋のなかをさまよった。
(わたしがこの世界へ召喚されたとき、ファーラビーは手に巻き物を持っていた。かたちがこのシリーズにそっくりだし、三日月の紋章だった気がする)
ということは――そういうことだ。私は息を呑む。
「もとの世界へ帰る方法も、おそらく3巻目に……」
「ゼナさま、なにをなさっているのですか?」
わたしは心臓がとまりかけた。
「が、ガシェ……」
「おやおや、呼び捨てになさるとは、このガシェも傷心致しますぞ」
ガシェはそう言って、部屋のなかに図々しく踏み込んできた。
「ご、ごめんなさい、ガシェ大臣……なぜこちらへ?」
「ゼナさまこそ、なぜこちらへ?」
わたしは心のなかで舌打ちした。同時に、あせりを感じた。
ガシェはテーブルのうえの巻き物に目をとめた。
「いかがなさいました? 家臣の遺品ですぞ?」
「乱雑になっていたから、整理しているのよ。部屋が散らかったままだと、ファーラビーに申しわけないでしょう?」
「『故人のものは故人の最期のままに』というのがカマルの伝統でございます。魂は天に昇っても、地上のものはその魂によって占有されているのですから」
しまった。そういう文化か。わたしたちの世界と違いすぎる。
わたしはどうしたものか迷った。そして、やや大胆な行動に出た。
「この部屋に先に入った者が、遺品を動かしたようなのです。そこで、わたくしが最後に見たとおり、なおしておこうと思ったのですよ。そのほうが、『故人のものは故人の最期のままに』という格言にふさわしいでしょうから」
「ほほぉ……ファーラビー殿がお亡くなりになられるまえ、部屋の模様替えをなさっただけでは? なぜファーラビー以外の者のしわざだと分かるのです?」
「それは……」
私は室内に視線を走らせた――そして、こう答える。
「ファーラビーから頼まれたものがなくなっているのです」




