Case.4 ── 爆発的な加速 ──
──遂に新型装甲車〝ベルベットⅡ〟の製造許可が降りる!悪戦苦闘しながら組み上げるチェルシー達。その裏でアミーナは自身の愛車に自動車爆弾が仕掛けられていた……!
「おいチェルシー、ボスから〝ベルベットⅡ〟の製造許可が出たぞ。」
そうアンジーが告げるとチェルシーは舞い上がった。
「ホンマかいな!?こんな早期に許可が出るなんて思わんかったで!」
「感謝してくれよ。ボスを説き伏せるのは大変だったんだぞ。」とアンジーはカッコを付けるが、実際のところはエマが書類仕事疲れで頭が呆けてるのを良いことに、別の申請書に本計画の申請書を被せて無理矢理認可のサインを書かせたものであった。
──何故ここまでして無理矢理書類を通したのか。
それは至極単純な理由……〝ロマン〟である。
チェルシーが作ったアイデアは精神年齢がエレメンタリー・スクールで止まっている一部のクルーの心を鷲掴みにして離さなかったのである。
「やった!やったで!ついにベルベットⅡを製造できるんや!みんな、やる気出していこうな!」とチェルシーが声を上げると、ガルシアが現れ「チェルシーさん。この計画書、僕もアイデアがあるんです。この設計に──」と耳打ちをした。
「それは……ええ考えや!」とチェルシーは頷くと、アイデアをメモ帳に書き留めた。
その脇でアンジーは久しぶりにシバサンに通話で連絡を取る。
「……ああ、私だアンジーだ。産休中に済まないんだが日産・NV3500パッセンジャーのハイルーフモデルが必要になってな。お前伝手でチャーリーズ・ビッグ・エギゾーストにコンタクトを取ってほしいんだ。ああ、今回の計画を成すにあたってボディワークのプロと大量のカスタムパーツが必要だ。車をバラすぐらいなら私だってできるが、補強や溶接までは流石に専門外だからな。ああ、ああ、頼むよ。じゃ。」
そうアンジーが連絡を終え、半日が経過するとCLAW本部の駐車場に巨大なバンが到着した。
中から降りてきたのはチャーリーズ・ビッグ・エギゾーストを経営しているコディであった。
「おまちどうさま。それで……コイツで何しようってんだ?」
「おお、早いなあ助かったわ!えーと、この書類に目を通してほしいねん。馬鹿げてるとは思うけど、これが今のウチに必要なんや。」
そういってチェルシーは作成した資料を見せるなり、コディは顔の口角を上げて笑い始めた。
「くはははははは!!!おいまさか、日産の業務用フルサイズバンをスーパーカーにしようってのか!!!」
「せや。グルカやと派手やしスピードもそれほど出ん。通報してから出ても遅い言うてたし、フルサイズバンをベースにして覆面の装甲車を作んねん。これがあれば今この警察車両の肩身が狭い街でパトロールに張り込みからカチコミまでなんやってできる。早い話が覆面装甲車や。日本車やから修理代もそんなかからんし、リミッター切ってエンジンを軽く弄れば時速200kmは出せるはずや。」
「ミレニアム・ファルコンみたいなコンセプトだな……ほら、スターウォーズに出てくるアレだよ。ただでさえフルサイズバンを防弾にした上で諸々内装詰め込んでストック状態のスポコンをカモれる時速240km出すって前提の時点でイカれてんのに、NOSを仕込んで最大の時速280kmを狙うだぁ?ケッセルランで12パーセク狙うようなもんだ!バカの発想だよ。それにコレだけの巨体をそれだけ動かすとなると燃費も膨れ上がる。」
「正直、ウチも馬鹿なアイデアやと思う。けど、この一台があればあらゆることに対応できると思うねん。」
「OK……まぁいい、笑わせてもらったよ。OKだ。映画やドラマに出てくるスーパーマシンを作るなんて夢みたいな経験だもんな。その代わり代金はきちんと払ってくれよ。作業量パーツ代込みでな。」
「もちろん支払いはアニマル市警に任せるんや!」
「じゃあまずは……NV3500の全バラシから始めよう。想像以上に手がかかるから二人だけじゃ無理だ。人数を呼べるだけ総動員して組み上げるぞ。」
──作業が始まるといつも静けさがのあったCLAW本部の地下駐車場は途端に騒々しくなっていく。
コディはホワイトボディにまで分解された巨大なNV3500の車体にクロスメンバーを取り付け始めた。
高速走行においてねじれに対する剛性を強める為には初歩の初歩である。
「ハイエース用なら既製品があるんだが、NV3500となると六点式ロールバーはワンオフで作らなきゃいけない。サイドシルにウレタン充填も必要だ。それにスポット溶接も必要不可欠……コイツの制作は随分と手間が掛かりそうだ。増加重量は300~800は覚悟しておけ。」
「どのぐらい掛かりそうや?」
「少なく見積もっても二十日……。」
「まだまだ先は長いなあ。」
コディは汗だくになりながら巨大なボディにむしゃぶりつくように作業を続けた。
「あっ、あっ、あの……す、す、す、好きな作品とかってあるんですか……?」
「ないですよぅ。」
「……。」
フィジカルがひ弱で特にベルベットⅡの製造の手伝いに呼ばれてすらいなかったアミーナはマッドドッグに対して根暗同士である為に一方的にシンパシーを感じたのか、2人で時折会話に詰まりながらも話していた。
すると、アミーナの掌に手首を吐き出したマーダーという名前のピットブルが近寄り甘え始めた。
「え、え、えと……ワ、ワ、ワンちゃん可愛いなあ~たはは……」と冷や汗を掻いたアミーナはバレない様に距離を取りながら頭を撫でるが、そんなことも関係なくすり寄ってくる。
「マーダー、懐いてますねぇ。ワンちゃんに好かれる人は良い人なんですよぅ。マーダーは爆発物探知犬として育てましたからぁ、爆弾処理班のアミーナさんと愛称が良いのかもしれませんねぇ。」
「へ、へー!そ、そ、そ、そうなんですね~!」
あまりにも恐ろしくなってその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいになるが、マーダーはアミーナのことを甚く気に入ったのか、足の周りをぐるぐる回って体を擦り付け尻尾を振っていた。
「いいですねぇ。私以外にこんなにマーダーが懐いたのは初めてですよぉ。お犬様の友達は私の友達……一緒にお昼ご飯でもぉ……食べに行きませんかぁ?」
アミーナは足元にまとわりつく殺人犬にたじたじになっていたが、マッドドッグのその一言を聞くと、なんだか嬉しい気持ちになって飛び跳ねたくなった。
アミーナはアフガニスタンからアメリカに渡ったパシュトゥーン人移民の二世、つまりはイラン系で世間からの風当たりが強く、幼い頃から〝テロリスト〟や〝マズバハ〟、〝ミス・自爆ベスト〟と罵倒されて虐められており、ヘイトクライムで父を亡くすという悲惨な過去を持っていた。
そんな彼女が目指したのは人々を守る仕事であるFBIであり、大学卒業までの間に所謂〝ブックワーム〟(アメリカのガリ勉を表すスラング)となって必死に勉強していた過去があった。
努力の甲斐あってアメリカ有数の難関大学である〝MIT〟こと、マウスチューセッツ工科大学の工学部を好成績で卒業するほどだったが、その反面勉強に時間を使い過ぎたことで卒業の際に同級生に掛けられた第一声は「お前誰?」であり、対人能力の形成が著しく遅れたこともあって友達と呼べる友達がいなかった。
それ故にどれだけ意味が軽くとも友達という言葉を引き出せたのは心の底から嬉しく、舞い上がってしまったのだ。
「じゃ、じゃ、じゃ、じゃあ!一緒にご飯食べにいきましょう!!!」とテンションを上げ、意気揚々と大宇・マティスに乗って二人はマクドナルドへと出発した。
ここ最近のアニマルシティでは封鎖状況もあってどの飲食店も閉まっているのが基本だが、こういった有名チェーンは世間からのイメージ向上を狙って大金を使い、海輸で冷凍した食材をアニマルシティ内に持ち込んで労働者の給与を倍にして無理矢理赤字経営で存続させている。
もちろんかなり混雑はしているが治安が悪い関係上、テイクアウトする客がほとんどである。
「あ、わ、わ、わ、私フィレオフィッシュバーガーお願いします。」
「私はぁ、ソース抜きのマックリブのスーパーサイズをぉ。それと、氷入りの水とプレーンのハンバーガーを一つくださぁい。」
注文の後、十五分ほど待たされて商品が到着すると、居座っているホームレス以外誰もいない二階席で食事を始めた。
「マ、マ、マッドドッグさんって意外といっぱい食べるんですね……!」
「いやぁ、私がプレーンのハンバーガーでぇ、お犬様にマックリブを献上するんですよぅ。塩分とかぁ、諸々高いですけどぉ、たまぁにお召しになる分にはいいんですよぉ。一か月に一回献上するとぉ、すっごい喜ぶんでぇ。」
そういってマッドドッグはできたばかりの暖かいマックリブをわざわざ犬が火傷しないように水が入った容器にくっつけて冷ましつつ、小さく味気ない二ドルのプレーンハンバーガーを頬張った。
それと同時にアミーナもフィレオフィッシュバーガーを頬張る。
バンズの柔らかな感触とこってりとした濃厚なタルタルソースの旨味の後に心地よい衣のサクサクとした歯触りが触れると、ようやく白身魚のたんぱくでアッサリとした旨味が舌を刺激する。
アミーナはどちらかといえば少食なタイプで朝ごはんをあまり食べない故に昼ご飯を楽しみにするタイプであり、苦手なトレーニングもこなしたためかいつもより三倍はバーガーを美味しく感じた。
「そ、そ、そういえば好きな作品とかはないって言ってましたが、趣味とかってあるんですか?」
「趣味ですかぁ?そんなの簡単でぇ、お犬様にご奉仕することですよぅ。」
「ず、ず、ず、随分と沢山ワンちゃんを飼ってるみたいですけど、ど、どんな感じなんですか?」
「朝ぁ、五時に起きて十匹と二時間散歩するんですぅ。それで朝ごはんをみんなに食べさせたあとぉ、一緒に仕事に出かけてぇ、お昼をあげてぇ、仕事が終わったら散歩も兼ねて足で二時間掛けて帰ってぇ、一緒に遊ぶって感じですよぅ。」
「な、な、な、なんというか凄いストイックな生活ですね……じ、自分の体ごとワンちゃんに変えてるみたい……」
「私はぁ、生まれてこの方お犬様に死ぬまで仕えるのが生き甲斐なんですよぅ。極端なことを言えばぁ、この子たちが飢えて死ぬぐらいならぁ、この身を捧げますよぅ。」
狂気としか言いようのないマッドドッグの犬に対する愛情に若干引いたアミーナだったが、それはそれとしてこのように他人と腹を割って話すという行為を行ったのは母親以外では初めてであり、踊り出したいぐらい嬉しい気持ちでいっぱいだった。
──「今ならオットセイの物真似だってできる。」アミーナはそう思った。
「ワ、ワンちゃん……そ、そ、そうだ、ワンちゃんが出てくる映画なんてどうですか?」
「お犬様が出てくる映画……?」
「そそ、そ、そうですよ!ウィル・スミスのアイアム・レジェンドとか、すっごく面白いんですよ。サムっていうジャーマン・シェパードが出てくるんですけど、それがすっごく可愛くて、というかこのサムとウィル・スミス演じるロバート・ネビルの関係性がなんというかこう……エモいんですよ、すっごくエモいんです!誰もいないニューヨークの街中でシェルビー・マスタングに乗って狩りをするシーンとか雰囲気がすっごい素敵で……」
「アミーナさんってぇ、好きな作品の話になったらどもらなくなるんですねぇ……」
「キ゛ッ゛!」
そんな楽しい会話を三十分ほど続けて、CLAWの本部への帰路へ着くためにアミーナの愛車である大宇マティスに二人は乗り込み、エンジンを掛けてアクセルを踏んだその時だった。
アミーナの携帯へ一通の電話通知が入るとエヴァからの連絡だと思い応答するが、そこからは別人の声が聞こえた。
「〝フフフ……始めまして……ダーリン♡〟」
「え、えぇと、誰ですか?」
子供っぽさがありながらやや艶のあるその声にアミーナは聞き覚えが無く、ましてや自分のことを〝ダーリン〟等と呼ぶ人間に心当たりなどあるはずが無かった。
「〝ダーリン、ブレーキは絶対踏んじゃ駄目♡〟」
「こ、こ、この車ブレーキ壊れてるんですよ。」
「えっ?今なんて言いましたぁ……?」とマッドドッグは凄い顔をした。
「〝へぇ、ダーリンって面白いね……あ、その車にはたっぷりC4爆薬を仕掛けたの♡スピードメーターが時速40km以下になるか、アクセルから足を離したらドッカーンってなっちゃうから……頑張って私にカッコいいところ見せて♡〟」
「C4爆薬が仕掛けられてたんですか……C4爆薬!?」
大声を上げる頃には通話は既に切れており、アミーナの声は虚空と消える。
「どうしようどうしよう!マッドドッグさん!」
「と、とりあえずアクセルはキープしてくださぁい……」
今のアニマルシティの交通量は非常に少なく、道が開けている為によほどのことが無ければ事故は起きないのが不幸中の幸いであったが、とはいえ自分の車に爆弾が仕掛けられているという事実は焦りと緊張を誘発し、アクセルを踏んでいる足が強張って疲弊しやすくなる。
「と、とりあえず本部に連絡しまぁす……」とマッドドッグは連絡をすると、アンジーが応答する。
「〝あーどうした?〟」
「それがですねぇ、アミーナさんの車に爆弾が仕掛けられちゃってえ、アクセル踏み続けないとぶっ飛ぶらしいんですよぅ。助けてくれまぁせんかぁ?」
「〝え!?爆弾だと!?あー……車から飛び降りればいいんじゃないか?〟」とアンジーが提案すると、大声でアミーナが「仕掛けられてるのはC4爆薬です!仮に飛び降りたとしても車の破片と爆風に巻き込まれて一発であの世行きですよ!!!そりゃあ一人は助かるかもしれませんけど!」と反論する。
「〝じゃあ走りながら解除するしかないな……何か重しはないか?アクセルを固定して安全な方向にハンドルを切りながら解除するんだ。〟」
「……も、も、もうやだ……この仕事やめたい……!」
アミーナはマッドドッグに重しになるようなものが無いか探させると、超巨大な十二キロ近くあるドッグフードが入った袋を取り出した。
「こ、これでいいですかぁ……?」
「ちょちょ、ちょうどいいです!ありがとう……重っ!?」
アミーナはそのあまりにも少ない筋力で何とか十二キロあるドッグフードを支えると、ペダルの上に乗せてアクセルを固定した。
「マ、マ、マッドドッグさん!ハンドル変わってください!」
「えぇ!?」
「マ、マ、マーダーちゃんは爆発物探知犬だったんですよね!わ、わ、私が一緒に爆薬を探して解除します!」
そういうとアミーナは片手でハンドルの修正舵を切りながら座席を倒して後部側へと移動すると、マッドドッグは運転席側へと座った。
「バッグの中に不活性サンプルがありますからぁ、それをマーダーに嗅がせてくださぁい!それから位置がちゃんとわかったら何でもいいのでお召し物をぉ!信頼関係を無くすとぉ、お犬様に失礼ですからぁ!」
「わかりました!」
アミーナは巨大なマッドドッグのバックパックから密閉容器が丁寧に小分けされた透明なプラスチック製の箱を取り出すと、〝C4〟と書かれたサンプルを取り出してマーダーの鼻に近づけた。
匂いを記憶させたマーダーをリードを使って体にがっちりと括り付けたアミーナは、そのまま後部のドアを開いて身を乗り出した。
運転している分にはそれほど脅威に感じないスピードだが、風が体に当たった途端に恐怖で体が竦む。
しかし、死ぬよりはマシであると思いながら落ちないようにしっかりとマティスのボディを掴みながら屋根へと上る。
まずはマティスの後端へと這いながらリア側の匂いをマーダーに嗅がせていく。
マフラーから出るガソリンの匂いが邪魔をしていないか不安になるが、高速で動き続けるアスファルトの地面を見るとその恐怖心にも気を取られていく。
加えてマティスの表面はつるつるとしているために掴みどころを探すにも一苦労だった。
万が一タイヤ側に髪の毛が巻き込まれればそのまま顔の皮が引きずり込まれる場合もあるため、最新の注意を払いながら爆弾を探す。
すると汗で滑ったのかアミーナの眼鏡が地面へと落ちそうになり、焦って片手で位置を修正しようとするとバランスを崩しかける。
それだけのリスクを冒してもマーダーは特に何も反応しない。
「マ、マ、マーダーちゃんはちゃんと爆発物を探知できるんですよねぇ!」
「できますよぅ!私がこの身を捧げてちゃんと教示してますからぁ!信じてくださぁい!」
「うわっ!」
マッドドッグがT字路でハンドルを切ったところ、アミーナは振り落とされそうになるが何とか掴まり続けるとそのままフロント側へと滑って移動した。
「ああっ、前方視界を塞がないでくださいよぅ!!!この辺の道は狭いんですよぉ!」
「仕方ないじゃないですかあ~!!!」
喚きながらアミーナはマーダーに匂いを嗅がせると、ボンネット側に反応を示す。
「ま、ま、ま……まさか……エンジンルームの中!?」
「ええ!?今開けたらぁ、前見えませんよぅ!」
「っ……し、仕方ありません……っ……ボ、ボ、ボンネットを開けてください!はやく!」
「どこにあるんですかぁ!?」
「運転席の下です!それから、もっとアクセル踏んで!ごめんねマティス──」
言われるがままにマッドドッグは運転席の下にあるレバーを引いてボンネットが起き上がり、それに付随してアミーナは腰に下げていたグロック19を使ってヒンジ部分を撃ち抜いて破壊すると、支える物が無くなったボンネットは宙を舞いアミーナの頭を掠めながら風と共に後方へと吹き飛ばされていった。
すると、エンジンルーム内の死角に仕掛けられた爆弾と思しき物体が見えた。
「あ、あった!ありましたよ!!!」
「見えないからぁ、早く解除してくださぁい!」
アミーナは早速爆弾の解除にとりかかろうとするが、そこで初歩的な問題が発生する。
──それはエンジンルーム内の熱だった。
走行中のエンジンの温度は摂氏百度近くあり、少なくとも解除する過程で必ず火傷するのは目に見えていた。
だがやらないわけにもいかないアミーナは灼熱のエンジンルーム内に顔を近づけ、爆弾の形状をチェックした。
そのC4爆弾の起爆装置はハッピートイ社製のシンプルな玩具用基盤が流用されており、子供向け玩具の機構をそのまま爆弾に転用しているようであった。
基盤の構造が単純であれば自ずと爆弾の構造も単純であることは明白で、爆発物に関してはプロ中のプロであるアミーナにとってはある意味で〝馬鹿にしている〟と思えるほどシンプルな構造であった。
ガーバー製のマルチツールを取ってエンジンルーム内に手を入れると、熱を帯びた金属がアミーナの手を焼き、直感的に〝これが狙い〟であることが想像ついた。
教えれば子供でも作れるほど簡素な爆薬を仕掛け、その簡素なものに二重の意味で手を焼かせる……そんな設計者のサディスティックな内心が伺い知れた。
高熱で腕に火傷を負いながらエンジンルームに手を突っ込み、顔を近づけながら爆弾の配線をカットすると装置は止まったようでインターフェース周りの電源が切れて沈静化した。
「ふぅ。」とアミーナは一息漏らすが、その瞬間にいきなりマティスのエンジンがブローを起こすと壁にぶつかりそうになり、慌てて地面に飛び降りた。
マーダーを傷つけないように体を丸めたこともあって、地面にぶつかった際にアスファルトに強く体をぶつけて打撲ができた。
だが、マッドドッグを助ける為に起き上がると運転席でエアバッグに包まれた彼女を窓から引きずりだして、小走りしながら距離を取った。
幸いなことにマッドドッグは体格も小さく体重も非常に軽かった為にアミーナでも容易に引きずり出すことができた。
すると、マティスから垂れたガソリンに引火して車は爆発炎上し始めた。
C4爆弾は雷管を通さなければ爆発しない構造になっている為、ただ炎に包まれただけでは何も起こらず焼失するだけである。
「ああ……わ、わ、私の、私゛のマティス……い゛……!い゛……い゛ぃ゛い゛いいいいいい゛いいいいいいい゛いいいいいいいいいぃぃ゛!」
アミーナは顔面蒼白になり奇声をあげながら目の前で黒焦げのスクラップと化した大宇・マティスを涙ながらに見つめるほか無かった。
「ま、まぁ……ほらぁ、命だけでも助かったんですからぁ、儲けもんですよぉ……」とマッドドッグは起き上がって告げた。
「どうして、どうして゛こうなるの゛!わ、わ、私が貯金を゛叩いて買った大好きな゛車だったの゛に!」
大粒の涙を流し続けるアミーナを哀れに思ったマーダーは彼女に近づくと、優しく顔をぺろぺろと舐めた。
「ほらぁ、元気出してくださぁい……それにぃ、火傷してまで私とマーダーの命を救ってくれたんですからぁ、もっと胸張ってくださいよぅ。友達なんですからぁ。」
「……友達?」
その言葉を聞いたアミーナは鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭った。
「えぇ、友達ですよぅ。少なくとも赤の他人同士がぁ同じ車の中で死にかけるなんてぇ、あるわきゃあないじゃないですかぁ。」
「……!」
アミーナはとぼとぼと立ち上がるとマッドドッグにハグをしてもう一度大きな声で泣き喚いた。
「……ちょっと恥ずかしいですよぅ……というか、随分と遠くに来ちゃいましたねぇ……」
「代車……用意します……」
するとアミーナはスマートフォンから上司であるエヴァ上級捜査官へと通話を入れた。
「ぐすっ……アミーナです。」
「〝……どうしたんだアミーナ捜査官!なんでそんな泣いてる!〟」
本気で心配しているエヴァにアミーナは自分の車が廃車になったことを伝えた。
「〝そうか……頑張ったな、わかった。代車を他のエージェントに用意させる。十分ほど待ってくれ。〟」とエヴァは告げると通話は途切れた。
数十分後に別件で街中に派遣されていた1996年式シボレー・インパラに乗った捜査官が車を届けにやってきた。
「アミーナ捜査官?エヴァ上級捜査官からの指示で車を届けに来ました。それでは。」
そういうと別の捜査官はキーを投げ渡し、直ぐに走って裏路地へと消えていった。
「それじゃあ、帰りましょうかぁ。」
「そ、そ、そうですね。」
アミーナはそういってインパラの運転席へと座ると違和感があった。
「ああ、あれ……ペダルが三つある……」
「あぁ、マニュアル車じゃあないですかぁ。」
本来シボレー・インパラにマニュアルトランスミッションが搭載されたのは1971年から1976年まで製造された第5世代の物が最後だが、渡されたモデルは中古品で適当に見繕った物のようで同じB-Bodyプラットフォーム向けに製造されたマニュアル化キットが後付けで取り付けられていた。
「わ、わ、私、マニュアル車運転できないんです……」
「私も運転できないですよぉ……ぶっつけ本番で練習ってぇ、コトでぇ。」
アミーナが慌てふためきながらクラッチを踏んでエンジンを始動させ、ギアを入れペダルから足を離した瞬間、車はガタガタッと揺れながら動かなくなると、〝KA-DOGASOUNYUUSARETEIMASENカードが挿入されていません〟という意味の分からない機械音声を発した。
「い゛……い゛ぃ゛い゛いいいいいい゛いいいいいいい゛いいいいいいいいいぃぃ゛!」
そして、そんなアミーナがなんとか生き延びた様子をドローンのカメラ越しにオリオンのチョコパイを頬張りながら見守る一人の女があった。
無線通信越しに〝デイジー〟と名乗ったその女は雰囲気に似合わずフリルだらけのピンクのロリータ衣装を身に纏い、まるで子供のようにはしゃいでいた。
デイジーはエル・アルテサーノによるアニマルシティの大規模爆破テロが行われた際の爆弾を製造し、核爆弾の再組立てを行った張本人であり、その核爆弾を見事に解除したアミーナに対して強い興味を持っていた。
何時しかそれは愛しさへと変わり、歪んだ愛情へと変質していった。
「フフフ……流石ダーリン……命に溢れてて素敵……エネルギッシュで……必死に頑張っててカッコいい……♡ねえ、そう思うよね?」
そういってデイジーは立ち上がると自身の背後に全裸にして縛り付けたアバンドナドスの兵士の一人に話しかけた。
「お願いします……放してください……貴女の望むことならなんでも……なんでもやりますから……」
するとデイジーはハートに象られたアルテサーノとのツーショット写真が入った写真立ての横に置いてあった生首を手に取り、その兵士の前で腹話術をした。
「お願いだから助けてお父さん~って言ってたよね。」
「お、お願いだから助けてください……助けて……」
「フフ……随分と従順になっちゃって。あの時の抵抗心は何処に消えちゃったの?リディアの忠臣さん?」とデイジーは生首を壁へ粗雑に投げつけサディスティックに微笑むと優しく胸に手を当て、その兵士の胸の中に耳をすませた。
その胸には滅茶苦茶な形に縫われた切開傷があり、中からはパクパクと脈打つ脈動の音と共に聞こえてくるのは人工的な点滅音が響き続けていた。
「ねえ……あなたは死にたくない?」
「死にたくないです!死にたくないですっ!」
「でも……私を裏切ろうとしたよね?フフ……可愛い……」とデイジーは囁くと、その兵士から距離を取ってデスクに置いた無線式の遠隔起爆装置を手に取ってスイッチを押した。
するとその瞬間、その兵士の体内に取り付けられていた小型の爆薬が炸裂し、体内の肉は爆風によって突き破られ、上半身がぐちゃぐちゃに吹き飛ぶと、地面にザクロのような細切れの肉片を巻き散らし絶命した。
残った下半身からは赤黒い臓腑の断片がぼとりと零れ落ちると、しばらく痙攣した後に脱力して動かなくなるが、その断面からはぴゅうぴゅうと血液が流れだし続けていた。
返り血を浴びたデイジーはうっとりとした表情になると、着ていたロリータ衣装を脱いで全裸になり血溜まりに飛び込んだ。
青白い肌を血液で真っ赤に染め、体の全体に塗布し、鉄の臭いを嗅ぎながら舐め取ったりして、マタタビを与えられた猫のように笑いながら地面に体を擦り付けた。
「はぁ……ダーリン……あなたと攪拌されて混ざり合いたい……あなたと私が……ミキサーの中に入ったみたいに……ぐちゃぐちゃに溶け合うのっ……♡」
血塗れのデイジーは発情しながら地面に飛び散った骨や脳みそと言った肉片を手で掬って肉塊を作ると、自分の性器に挿入して自慰行為を始めた。
残された下半身の断面から露出した千切れた大腸に顔を埋めながら、肉塊で性器を刺激してオーガズムを求めた。
数分間ひたすらに自慰行為耽って快楽を貪ると、骨片が膣内に突き刺さる感覚と共に絶頂を迎え、膣内から肉片を吐き出した。
デイジーは愛おしそうに肉片を撫でると、飴を舐める子供の様に遺体に残された男性器にしゃぶりつきながら、モニターにクローズアップされたアミーナの映像を眺めてうっとりしながら囁いた。
「フフ……ダーリン……♡次は私の中に還って来てね……♡」
作業を開始して二十日が経過し、ようやくベルベットⅡの開発も終盤へとこぎつけた。
コディが死に物狂いでボディワークを行い、チェルシーがエンジンのチューン、機械系統に詳しいことを自己主張したアミーナはECUの書き換え、アンジーが注文したパーツをピックアップで運び、取り付ける重量物の運搬はココが、配線周りのチェックはメイが行い、ガルシアはとある目的から取り外し式の座席の機構を流用した新たな装置の開発を担当し、その他のメンバーは補助的な作業に従事した。
もちろん通報が入れば一部のメンバーが作業を途中で放り出して出動するため、短期間でこれだけのギミックを作るのは至難の業であった。
そして、チェルシーが求めたスペックは以下の通りだ。
・ベースは日産・NV3500パッセンジャーのハイルーフモデル。これによりメンバーの居住性及び貨物容量を確保。
・ガラスはすべてスモーク仕様。
・逃走車両を停止させるため攻撃用プッシュバンパー装備。
・V8エンジンにツインターボを増設して800馬力までチューン。耐えられるようにボディワークとロールケージ溶接を行い、最大時速240kmを叩き出せるスペックに引き上げる。
・警察車両としての仕事をこなせるように小型パトランプとサイレンに拡声器を搭載。
・車両後部に軽量なBMW・F450GSオフロードバイクを一台、内部に四台のホンダ・モトコンパクトを積載。NV3500では通れない場所や挟み撃ち作戦などで臨機応変に使用。
・モジュール式ボルトオン装甲パネルを内側に取り付け、アサルトライフルクラスに耐えうる防弾仕様。
・本部と連絡を取れる無線機やAR-15とグロックが積載された武器庫、それにマッドドッグのK9を収容できるケージを完備。場合によってはその場の判断で突入作戦を行える。
・足回りはオーバーフェンダーで幅を拡大し安定性を確保。タイヤはパンク対策にランフラット。オンロードもオフロードも走れるように調整。また、エアサスペンションを搭載して車高を下げることにより高速走行にも対応させる。
・火力支援用に上部ハッチを増設。
・緊急加速用のナイトラス・オキサイド・システムを全解放した際に最大時速280kmを狙う。
・被疑者の視界を潰すため、ハイビームを軍用の鎮圧向けタクティカルライトの物を移植し蒼色光に。
・姿勢制御用にダックテイルの追加。
・外装はラッピングでチャーリーズ・ビッグ・エギゾーストのデモカーを装う。これにより高スピード時に必須のオーバーフェンダー等も誤魔化すことができる。
・マフラーはアンチラグシステムをオンオフ可能。
「この車輌は僕が提案したもう一つのギミックがあります。」
そう言うとガルシアはベルベットIIの内装を取り外し始めた。
「この車輌はこのように取り外し式の座席の機構を流用して、設置物をモジュラー式で取り外せるようになっています。」
そういうとガルシアは奥の部屋から白い布に包まれた医療器具一式を持ち出すと、外したジョイント部分に取り付けた。
「ここにある医療器具一式に交換してラッピングを剥がすとベルベットIIは覆面装甲車から装甲救急車に早変わりします。チェルシーさんがエンジン系を弄ったお陰で仮に急を要するクランケがいたとしても高速で運べる。更に言えばこの車輌は全長6m、高さ260cmという超大型サイズなので正当な設備に取り換えれば簡易的ですが手術室にもなります。」
「名付けて〝多目的覆面救急装甲車ベルベットII〟や!」とチェルシーが声高々に名乗りを上げると、CLAWのクルーたちは一斉に拍手をした。
「居住性は広くてバッチし!ちゃんと寝れるし、夜通し捜査対象を見張っても疲れへん!」というと助手席に座ってシートを倒し、快適そうに足をインパネへと置いた。
「それで?運転手は?」とメイが言うと、「当然、ウチに決まってるやろ。」と自信満々に自分を指差した。
「それで、製作費はどのぐらい掛かったんだ?」とアンジーが告げると、途端にチェルシーは冷や汗を流し始めた。
「え、えっとなぁ、やりたいこと詰め込んだら予算が青天井に膨れ上がってしもうて……さ、さ……」
「さ?」
「さ、三十万ドル掛かってしもた……」
「三十万ドル!?」
アンジーは頭を抱えるとエマが気づいたときにどんな反応をするかを想像して身の毛がよだった。
「ああ、ちゃんと三十万ドルきっちり責任者はエマ・カストロ・マルチネス名義でアニマル市警に請求するからそのつもりで頼むよ。」とコディは鼻で笑いながら話した。
すると更にチェルシーは申し訳なさそうに話を切り出した。
「そ、それとな……ちょっと欠点があってな……」
「なんだ、欠点って……」
「リ、リッター約2kmになっちゃってぇ……でへへ。」
「なにィ!?リッター2kmだぁ!?頭おかしいんじゃねえのか!!!グルカの方が倍以上燃費良いってどういうことだよ!!!」
「時速100キロで走ったら二時間で満タンのタンクが空になっちゃう計算になってしもうてえ……」
「ぎゃあああああああああああああああっ!」
アンジーが困惑するのも無理はないが、それもそのはずでV8エンジンにツインターボを積み、様々な荷重物を高速で動かす関係上、効率が物凄く悪く下手なスポーツカーよりも燃料を食う食いしん坊と化してしまったのだ。
──次に必要は物は明々白々。ストリートレーサーに占領されているガソリンに他ならなかった。




