9 苦悩(破)
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冒険者ギルドの前で薊とダークエルフの男が出会った後。
依頼主からの命令を受け、男は薊の監視を始めた。
それは、薊が所有しているであろう竜種を捕縛または始末する為である。
だが、それは今すぐできるという訳ではない。
薊が何かしら竜種に関連する何かを持っている、という証拠が必要なのだ。
そして何より、男には竜種に対する深い憎悪があった。
(竜種め……絶対に僕が地獄に送ってやる……)
ダークエルフの男が薊の監視を始めて一日。
「チッ」
建物の影に舌打ちが響く。
その日に薊たちが行ったのは、ヨグト洞窟。
洞窟。それは今薊が取れる防衛手段としては、ほぼ最善に近いものだった。
それは、エリシアという強力な斥候の存在によって成り立っている。
エリシアの種族であるウルファ族は、獣人の中でも有数の聴力を持つ種族である。
その聴力は、下手な尾行程度なら容易く見破ってしまう。
だが、男は熟練の狩人だ。
通常であれば、ウルファ族相手にも全く問題なく尾行し、必要な情報を持ってくることが出来る。
それを不可能にしたのは、洞窟という音の響きやすい閉鎖空間のせいだった。
洞窟の中では、僅かな音を立てた瞬間に警戒の対象になりかねない。
男には失敗は許されない。
そのため、洞窟の中では薊たちが何をしているかは、見過ごすことになってしまった。
(運のいい奴め。洞窟以外に行ったらすぐに証拠を掴んでやる)
だが、ここで何もしないようではただ指を咥えて待っているのみ。
男は、薊たちが寝泊まりをする宿に盗聴の魔術具を仕掛けておいた。
ダークエルフの男が薊の監視を始めて五日。
男は焦り始めていた。
薊が連日洞窟に行くため、町にいる時の情報しかないのだ。
そんな情報では、薊を捕まえるに足るものはない。
また、宿に仕掛けた魔術具からも特に情報はなく、ただ薊とエリシアという奴隷の仲が悪いということが知れたのみだった。
監視を始めてから五日。男の依頼主からも催促の連絡が来る。
男がここまで何も出来ない目標は初めてだった。
故に、焦りから苛立ちが隠せなくなってしまう男。
狩人にとってそれは、不要な感情だ。
それを分かりながらも、男は焦りを止められなかった。
(クソクソクソッ! 何がどうなってる、あいつもしかして僕のこと気付いてるのか!?)
このままでは、依頼が達成できない。
なので、男はとある策を考えた。
男はとある場所に向った。
ダークエルフの男が薊の監視を始めて七日。
男は少しながら高揚していた。
それは、薊が洞窟に行かず町で買い出しに来ているからである。
考えていた策がはまり、自然と口角が上がってしまう男。
その策とは、町の中で薊たちに戦闘をさせるというもの。
金で雇ってきた傭兵をぶつけ、薊たちの戦闘を見る。
それにより、ほとんど進みがない内偵をどうにかする予定であった。
エリシアの索敵から逃れるために、家屋の屋根に隠れ、薊たちの様子を伺う男。
その傍に二人のローブ姿がいた。
それは、男が雇ってきた傭兵。
実力は金等級ほどなので、十分に薊たちの戦い方を引き出せるだろうと思っていた。
男が監視を始めて数刻、薊たちが自ら裏路地に入っていくのを確認する。
一応薊たちを裏路地に誘導する策はあったのだが、自分から入ってくれるのが一番リスクが少ないのも確かだ。
顔には出ていないが、男の内心は多少なりとも喜んでいた。
(よし! そのままだ、そのまま進め!)
しばらくして、薊たちが立ち止まる。
薊たちがおもむろ口論を始め、それを好機と見た男が傭兵に声を潜めて言う。
「僕が合図したらあいつらを襲え。殺さなければ全力を出しても構わない」
傭兵たちが頷いたのを確認し、タイミングを見計らう男。
ここだ、とそう思った瞬間、エリシアの声が路地に響く。
「そこの裏にいる奴、出てこい! 隠れているのは分かってるぞ!」
(なっ……! 気付かれた!? いやあり得ない、いくらウルファ族でもこの距離と高さなら分かるはずもない)
それからすぐに、薊たちの前にゴロツキ三人組が現れ、その内二人が、エリシアにより瞬く間に無力される。
その実力に少し驚く男。
(ふむ、あの女やるな。金等級レベルを雇って来てよかった)
そう思うのも束の間、男は更に重要なものを見つける。
それは、フィスの部分的に龍化した爪。
その光景は、男が探し求めていた証拠に他ならなかった。
(ははは……! これでお前を捕まえられるぞ、もう監視の必要も無い)
それからの男の行動は速かった。
魔術具による依頼主への報告、薊たちが泊まる宿への根回し、町中の戦闘での被害を抑えるため、短時間での制圧を目的とした傭兵の増員。
それらを夕から薊が寝る寸前までにこなし、宿を中心とした包囲を終えていた。
「アザミだな、ギルドで話を聞かせてもらいたい。お前の奴隷の件についてだ」
真野薊、決断の時。
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どこだ、どこで気付かれた。
いや、そもそも気付かれたの話じゃないのか。
あそこ、ギルドの前で会った時点で疑われていたのか?
いやそうじゃないだろ俺、今はそんな昔の話をしてる場合じゃない。
この絶対絶命の状況を、どうくぐり抜けるかを考えろ。
「……? 何のことですか?」
「とぼけるつもりか。まぁいい、強引に連れてくまでだ。騒いでも憲兵は来ないぞ」
「……そうかよ」
チッ。
内心で悪態を付く。
だから何だという話だが、そうでもしないと暴れ出したくなってしまう。
横目でフィスとエリシアを見る。
二人とも臨戦態勢を整えてはいるが、ダークエルフへの警戒心で動けないでいるようだ。
フィスに至っては、目の奥に強い恐怖が見える。
それもそうか、龍化して暴れた時、あのままだったらフィスは確実に死んでたからな。
そんなことは今はいいんだ、俺が今考えなきゃいけないのはこの状況を脱する方法だ。
刹那の間に思考を巡らせ、案を浮かべる。
俺が今取れるの策は、三つ。
一つ目は、素直に捕まり、その先でどうにかするという手段。
これは間違いなく却下だ。
運要素が強すぎる。捕まった先で何も出来ずに処刑、だなんて冗談じゃない。
二つ目は、目の前のダークエルフを倒すこと。
一つ目よりかはまだマシだが、これも現実的じゃない。
このダークエルフは、龍化したフィスを容易く殺せる程の実力者だ。
いくらパーティが強くなったとは言え、それは自殺行為に近い。
それに恐らくだが、ダークエルフ以外にもこの宿の近くに敵がいる。
エリシアが、扉のダークエルフの以外にも注意を向けているのがその証拠だ。
ダークエルフを含む全員を倒して逃げる。うん、不可能だ。
三つ目は、アレイスターに助けを呼んで時間を稼ぐ。
運のいいことに、念じればあいつが来る石をポケットに入れている。
これに念じてどうにかして時間を稼いだ後、逃亡。
この案が、一番成功率が高くて安全だ。
問題はアレイスターに支払う代価だが、既に準備済みだ。
というか、転生時点で持っていた。
俺が転生時点で持っていたもの、それは財布とスマホ。
そう、スマホを報酬にしてアレイスターを使う。
もしものためを思って、アレイスターにもらった魔法の袋の中に大切に仕舞ってある。
使うなら今しかない。
よし、そうと決まれば。
「なぁ、俺を捕まえてもいいのか? 俺の後ろにはこの国でも有数の貴族様が付いてるんだぞ?」
「ハッタリか、この期に及んで見苦しい」
その通りだよ畜生。
俺の後ろには、アレイスターとかいう気狂い魔法使いしかいないさ。
でも、このダークエルフは聞く耳は持ってるらしい。
そこを付けば……!
「それはどうかな? 何で俺みたいな銅等級の冒険者が竜種を持ってるんだ? 少しおかしいとは思わないのか?」
「……言ってろ、少なくともこの世界では竜種の所有など許されてはいない。お前はここで捕まえる、そして入手先も聞いてそこも捕まえる」
「はっ、それは今お前が決めていい問題じゃないね。俺を捕まえたらどうなる分かってないから、そんなこと言えるんだ。この国傾くぞ? お前の一存で決めていいのか?」
そのまま帰っちまえ。
お前の上司に一回聞いてこい。
その間に俺はトンズラこかせてもらう。
「ふむ、なら今聞けばいい」
「すまない、この件に関わっている権力者はいるか?」
ダークエルフが首に下げたペンダントに話しかける。
おいおいおい、聞いてないぞ。
この世界にもそんなお手軽な通信手段あんのかよ。
だが今、ダークエルフは意識をペンダントに向けている。
このまま結果を待っていたら、拘束されて何も出来ずに終わりだ。
意識が俺以外に向いてる今なら、ワンモーションで煙幕焚いて逃げられる。
俺がさっと腰のポーチに手を這わせた瞬間、ダークエルフから今までの比ではない程の殺気が漏れる。
「おい、動くなよ? 別にここで殺して構わないんだ、じっとしてろ」
「あ、あっ、はい……」
心が怖気づいてしまう。
何だ今の殺気。
間違いなく今、俺は一度死んだ。あの殺気は、何の躊躇もなく俺を殺すそれだった。
ああ、こんな化け物に狙われた時点で、もう詰みだったんだ。
アレイスターが来るまで絶対に粘ってやると思ったけど、そんなことしちゃいけなかったんだ。
最初から素直に謝ってれば良かった。
そうすれば、もしかしたら許してくれてたかも。
そんなことを思っていると、目の前のダークエルフの連絡が終わったらしく、口を開く。
だがその前に、俺の後ろから、フィスが言った。
「待って。私が捕まればいい、アザミは違う。あなたたちが捕まえたいのは竜種の私、違う?」
「フィス! 待て!」
エリシアが止めようとしていたが、フィスは聞く耳を持たなかった。
フィスの言ったことをあまり理解できず、混乱する。
は……? 何言ってるんだフィス?
お前に今強制の魔法なんて使ってないだろ? 何で俺をかばうようなこと……。
「確かにそうだ竜種。だが、この男は貴様を何らかの手段で手に入れた、それを聞き出さなけばならない」
「それは私が話せばいい、アザミは関係ない」
「ふっ、竜種風情が人をかばうなど。だが駄目だ、この男は何があろうが連れて行く。もちろん竜種、貴様もな」
「……私がここで暴れても?」
「ああ、貴様ごときの強さじゃ暴れる内に入らん。既に魔術は構築済みだ、いつ竜になってもいいぞ」
「…………」
そうだフィス。
お前が俺をかばおうがもう詰んでるんだ。
俺もお前も、さっさと処刑されて死ぬ。
そういうもんなんだよ。
だが、フィスは諦めていなかった。
予備動作なしで床を蹴り、爪を部分龍化させ、ダークエルフに切りかかる。
「馬鹿が」
「い゛っ……」
どこからか現れた剛弾によりフィスの腕が吹き飛ばされ、床に倒れ込んでしまう。
飛び散る鮮血が部屋を染めていく。
血まみれで這いつくばるフィス。
それでも、その目はダークエルフをしっかりと見つめていた。
何でだ、何でそんなことが出来るんだ。
痛いだろ、苦しいだろ。
お前は奴隷だろ、俺を恨んでるだろ。
なら抵抗する必要も、ないはずだろうが。
そんな考えでいっぱいになり、思わず口に出てしまう。
「もう、いいよ……」
「良くない。私は、ここで終われない」
俺の弱音に、確かな声で答えるフィス。
「アザミは、ここで終わってもいいの? 私と会った時、言ったよね? 世界に復讐する、って」
「復讐、しなくていいの?」
冷水を掛けられた気分だった。
そうだ。俺は、このクソみたいな世界に、俺を拒絶する世界に復讐するためにフィスを買ったんだ。
なのにこんな所で躓いてどうする。
俺は馬鹿だ、奴隷なんか言われなきゃ気付きもしなかった。
こんなダークエルフ如きに、俺が止められてたまるか……!
燃え上がる炎のような意思に押され、弾けるように動く。
ダークエルフの不意を突いてやる。
腕の一本や二本くらい取られてもいい。
煙玉を床に叩き付け、白い煙が部屋を満たす。
咄嗟に防御姿勢を取り、来たる攻撃に備える。
が、いつまでも攻撃は飛んでこない。
何だ……?
何が起こってんだ?
そんなことを思った瞬間、開け放たれた扉の向こう側から、とある奴の声がしてくる。
「大変そうですね。丁度いいところに来れて良かったですよ」
煙が晴れ、その姿が明らかになる。
その声の主は、アレイスター・クロックフォールド。俺がよく知る得体の知れないローブ姿だった。
そのローブ姿は、何らかの手段でダークエルフの動きを封じていた。
つい、悪態が口を出る。
「遅ぇよ、この狂人が」
実は一回全文消えてます。
メンテのせいでした、畜生。
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