13 道のり
俺の言葉を聞いた瞬間、ダークエルフの顔が底知れない怒りにまみれる。
奴隷堕ち。
この世界で生まれ育ってない俺にも、それがどれだけ屈辱的なことなのかは理解できる。
だが、あくまで理解できるだけだ。
共感や同情はしない。
俺は、俺の最も利となることを選ぶ。
それが今は、ダークエルフを奴隷に堕とすという選択肢だっただけだ。
今なお憤怒の炎を目に浮かべるダークエルフに相対し、隷属の首輪を付ける。
微かに抵抗したように思えたが、拘束具のせいか特に手間取ることなく首輪を付けられた。
普通の人間を奴隷にするためには、とある呪文の詠唱が必要だ。
アレイスターから教わった、100節にも及ぶ呪文は読むだけで一時間はかかる代物だ。
しかも詠唱中は、周囲の警戒や咄嗟の行動のたぐいは全てできなくなる。
だが、そのデメリットを優に超すほどのメリットがあるのが、奴隷に対する強制の魔法である。
強制の魔法一つあれば、物理的に不可能なこと以外は全てノーリスクで命令できるのだ。
それがどれほど価値のあることか。
このダークエルフが奴隷になった時、どれほどの利を生み出すのか。
考えただけでワクワクしてくる。
さて、さっさとこいつを奴隷にしてしまおう。
長い長い呪文の詠唱を始める。
「辺に大魔の祖、天に命源を、八方を繋げ、八度を曲げよ━━━━━」
一時間と少しかかり、無事に詠唱を終えた。
詠唱の最後に、フィスと契約した時と同じような魔力を感じたのみで、他に変化などはなかった。
本当にこのダークエルフは、俺の奴隷になったのだろうか。
何か言わせて確認するにも、口はふさいである。
外すにしても、本当に奴隷になったのを確認してからだろう。
うーん、そうだな……。
「『笑え』」
俺がそう言うと、さっきまでは鋭かった目付きが、やんわりと優しい目になっていった。
これまでのダークエルフからは、想像も付かないようなものだった。
きっと自分の好ましい人間に向けるのであろう、そんな目。
とにかく、こいつが俺の奴隷になったのはもう確認できた。
このダークエルフは、命令されたとしても俺に笑いかけるような奴じゃない。
「『俺の害になる全ての行為を禁止する』」
保険はかけた、そろそろ喋らせてやらなきゃな。
横のエリシアに命令して、口枷を外してやる。
「……っはぁ! 貴様ァ! 何をしたか分かってるのか!」
口枷を外した瞬間、噛みつかんばかり勢いで吼える。
顔全体が分かるようになって、どれだけ怒っているかがよく分かる。
ま、どれだけ怒ろうが無駄なんだけどな。
「分かってるに決まってんだろ。単純にお前を殺すメリットと、俺の奴隷にするメリットを比べたら後者が勝ったってだけだよ。『でけぇ声出してんじゃねえよ』」
「……っ! 絶対にお前を殺すぞ。絶対にだ。そこの竜種も」
「はっ、やってみろよ。俺が寿命で死ぬまでにできればいいな」
さてと、このダークエルフには聞きたいことが一杯ある。
とりあえずは……。
「『俺とフィスの捕縛、それを命令したのは誰だ?』」
一瞬、抵抗するような呻きを上げるが、魔法の効力の方が上だった。
悔しそうな顔で、命令通りに口を開く。
「ギルドの上層部だ。恐らくだが、実際にはスレタ王国の深部からの命令のはずだ」
「竜種に関する何かを持っていけば、ギルドの上層が高値で取引してくれる」
「なるほど」
王国の支配層が竜種のことを嫌ってるのか……?
それをギルドの上層部に命令して、間接的に竜種を排除しようとしてるってことか?
少し引っかかる何かがあったが、他にも聞きたいことがあったので、またダークエルフに尋ねる。
「俺らが今から行こうとしてるラヴィーナ帝国、そこにもどうせ冒険者ギルドがあるな? 『そこでお前は何ができる? 例えば、ギルドに逃げこんで俺らのことを告発するとか、そういうことは?』」
「できない。冒険者ギルドは国を跨いだ大きな組織というていだが、実際にはほぼ国ごとの組織だ。俺はスレタ王国内のギルドなら大体のことはできるが、ラヴィーナ帝国では駆け出しの冒険者と同じ権力しかない。俺が助けてくれと駆け込んでも、奴隷だと分かったら無視されるだろうな」
「ふむ。よし」
「『ラヴィーナ帝国ではフィスの爪はどう見られる?』」
「分かる奴には竜種のそれだとバレる。普通の人間には魔族のものだと思われるんじゃないか」
「『この世界の魔族ってのはどう思われてるんだ?』」
「竜種ほどではないが、疎まれてはいる」
「なるほど」
ラヴィーナ帝国でも、フィスの爪は見せない方が良さそうだ。
最悪呪いです、とでも言ってればどうにかなるかもな。
まぁ、最悪だが。
さて、他に何か聞くことあったかな……。
考え込む俺に、魔法の効果が切れて口の空いたダークエルフが言う。
「はっ、もう終わりか? 随分と気になることが少ないんだな。お前の頭ならそれも仕方ないか」
「…………」
負け犬の遠吠えは無視して、さらに脳を回転させていく。
ああ、あれだ。
「お前、フィスに追い詰められた時、何か呟いていきなり強くなったろ。『あれの詳細と同じようなのは他にもあるかを教えろ。あるなら、その発動条件も』」
小さい舌打ちの抵抗の後、口を開く。
「あれは、ダークエルフだけが使える呪いだ。呪文を口にしたら、一時的な身体能力の上昇の後、尋常じゃないダメージを受ける。他に似たようなものはない」
「ならいい。後は……。ああ、『お前を助けるための追手は出てると思うか?』」
「ない。確実に」
そう言うダークエルフの顔は悔しそうだった。
まぁ所詮は冒険者だから、ってことだろうな。
依頼を受けるのも自由なんだから、受けた後に死ぬのも失踪するのも自由だ。
それが冒険者という職業の定めだ。
「よし、聞きたいことはとりあえずは消えたかな」
そう言って立ち上がる俺に、丁度いいタイミングでアレイスターが呼びかけてくる。
「アザミさーん、そろそろ下りて歩きますよー。この子で町の近くまで行ったら、間違いなく戦闘になりますからー」
「分かった」
ヨグトを離れてから数時間。
意外と早いもんだ。
確実にこのアマノトリフネとやらが速いのもあったんだろうが、ただ草原や森林を移動してるだけだったはずだ。
案外簡単に移動できるもんなんだな。
俺たちがアマノトリフネの上から下りると、アレイスターの手振り一つでそれは闇の中へと沈んで消えた。
召喚獣ってのは便利だなぁ。
俺も使えたらいいのに。
「さて、多少は歩くでしょうが勘弁してくださいね。本来なら三日はかかってた所を、8時間で来たんですから」
「それなら文句は言えんな。ここからレグリアとやらはどれぐらいかかる?」
「んー、2か3時間でしょうね」
「ならいいか」
冒険者としての日常のおかげで体力は付いてるので、3時間程度ならそこまで苦にもならないだろう。
ダークエルフに付いてこいと命令し、黙々と草原を歩いていく。
道中、魔物が襲ってくることもあったが、アレイスターが一言、「消えなさい」と言うと、蜘蛛の子を散らすように逃げていくのは見物だった。
どういう原理で威圧してるのかが気になったので、アレイスターに聞く。
「おい、お前どうやって言葉だけで威圧してんだ?」
「あー、あれですか。物凄く簡単な魔法みたいなのを放ってるだけですよ」
魔法? 魔術とは違うのか?
そういえばこいつ、魔法と魔術で言い方がブレる時あんだよな。
「その魔法と魔術って何か違うのか?」
「全然違いますねぇ。確かにアザミさんにはその説明はしてませんでしたね」
「ああ、全く」
それでは、とアレイスターが前置きをし、魔力で空に図を描きながら説明していく。
「まず最初に魔術とは、自身や空中の魔力を用いて、呪文という式を発動する行動のことです」
「あー……。何となく分かるが、分かりずらい。もっと細かく説明しろ」
「アザミさんは我儘ですねぇ。まぁいいでしょう」
「そうですねぇ。アザミさん、火が起こるのはどういった原理で成り立っていますか?」
「燃焼か。あー、習ったことはあるんだ、何だっけ」
「あ、あれだよ。物質が酸素と化合して酸化物になって、その時に熱エネルギーと光エネルギーになるんだ。合ってるよな?」
「……?」「何を言っているんだお前は」「流石ですねぇ」「……」
周りの皆が目を見張っていた。
……? 何でだ?
「ははは、何言ってるか全然分かりませんでした。やっぱり渡り人は凄いですね、異世界の知識は目を見張るものばかりです。後で教えて貰えませんか? 報酬は弾みますよ」
ああ、そうかこいつ異世界の人間なのか。
つい忘れてた。
この時代の科学がどれだけ進んでるかは知らんが、建造物から察するにあまり科学とかそっちの方面は進んでないように見える。
なら、俺のこんな義務教育レベルの知識も金になる可能性はあるのか。
やっぱり渡り人ってのは隠すべきだな。
アレイスターはまだ交渉で俺の知識を得ようとしてるが、他の人間ならこうはいかなかっただろう。
案外こういう所はまともなんだよなこいつ。
「いつかな。続きを聞かせろ」
「いつかは絶対に教えて下さいね」
「で、魔術というのは、その決められた原理を魔力と呪文ですっ飛ばすして、結果だけを魔術という形にして発動するものです。その為に、頭の中でその原理を理解しておくと何かと便利なのですが、アザミさんはそこに関しては、この世界の誰よりも凄いでしょうね」
「ほう、含みがある言い方だな。他にも何かあるんだな?」
「はい。魔術を使うにはどれだけ魔力を思うがままに扱えるか、そしてどれだけ呪文を理解しているか、この二点が重要なのです。正直、原理を理解するどうのこうのは、魔術師としての強さにはあまり関係ないですね」
「……そうか」
内心で凹む。
だって、やっと魔術でチート生活できると思ったんだもん。
仕方ないだろうが……。
気を取り直して、アレイスターの話を聞く。
「それで、魔法についてなのですが、魔術とは全く異なるものだと思って下さい」
「魔法には、物事の原理や呪文を理解する必要はありません。己に宿った特異な魔力、それをただ行使するだけで、大体のことができるようになります。例えば、人を治癒したり、気絶させたり、言葉に魔力を乗せて簡単な強制を強いることもできます」
「つまり、魔法は滅茶苦茶便利な魔術ってことか?」
「まぁ、その認識で構いません。私のこの魔法が便利なだけで、一つか二つのことぐらいしかできない魔法もありますけどね」
「ああそれと、魔法を使える人間はとてつもなく少ないです。私の他に魔法を使える人間がいたら、すぐに逃げて下さいね。大体碌な人間じゃないので」
「お前もな」
「それもそうですねぇ」
「なあ、お前はどうやって魔法を手に入れたんだ?」
「私ですか……。私の魔法は実験の途中で手に入れたものですね。まぁ便利ではあるのですが、副産物として、少しだけ面倒なものも手に入れましたね」
「へぇ、その面倒なものって何なんだ?」
俺がそう言った瞬間、ほんの少しだけアレイスターの体がこわばったような気がした。
だが、アレイスターはすぐに何もなかったように平静を取り戻し、返事をした。
「そうですね、いつか貴方ともっと仲良くなれたなら言いますよ。今はまだその仲ではないのでね」
「そうかよ」
珍しいアレイスターの態度に、少し驚く。
アレイスターにも、知られたくないことってあるんだな。
意外だ。
そんなことを思っていると、フィスが何かに気付いたようで、声を上げる。
「あ。あれ、町だよ」
草原の遥か彼方を指さすフィス。
「お、どれだ」
俺が目を凝らして見ても、どこまで行っても緑が続いてるだけで町などは見えない。
フィスは龍であるので視力も高いらしく、きっとそのせいだろう。
「あ、本当ですねぇ。あともう少しですよ」
アレイスターは見えてるらしい。
まぁ、アレイスターなら見えるだろうな。アレイスターだし。
町が近いというので、自然と歩く足も速くなっていく。
やはり、新しい町というのは得てしてワクワクするものである。
RPGゲームもそうだった。
広大なマップを旅したあと、まだ見ぬ新しい町を見つけ入る。
冒険の醍醐味だ。
少し歩いて、俺にも僅かな町の輪郭が見えてくる。
防壁に囲まれているであろう町。
遠目ではヨグトとあまり変わらないように見えるが、中ではまた違った生活が送られているのだろう。
うーん、異世界って感じだな。
久しぶりの高揚感と共に、レグリアに向う街道を歩いて行くのだった。
進展ナシ!
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