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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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【閑話 瑞穂夫婦の荒行】②

 結局ハドウェルはあまり時間が取れないとのことで、旧市街地までの移動はせず、この街のカフェに入ることになった。

 この街でオラクル語が聞き取れる人間はほとんどいないのだから、聞き耳を立てられるやつがいないかはさほど気にせず、ハドウェルは話し始める。


 赤毛の大男は、私達に対して極めて低姿勢だった。もともとの性格もあるだろうけど、なにより彼の状況がひっ迫しているから――藁にも縋る、まさにそんな心境から来るものらしかった。


「ヤン・ダッチマンは商人じゃない。脅迫者だ」


 端的に、彼はそう言った。


「……出会いは二年ほど前、オラクルの宝石商ギルドで声を掛けられた。ディルツの貿易商、グラナド商会から利益をかっさらわないか、と」

「……宝石商のギルドで、貿易商人と戦わないかって?」


 私の問いかけに頷くハドウェル。


「『攻撃』するのは、相手の主力商品である工芸織物。それを独占することで攻撃し、貴金属の取引権を譲るよう交渉につなげるというものだった。買い占めの資金は手前(ヤン)が出す、自分はダッチマン公爵家という大きな後ろ盾があるから安心しろ。あちらから強奪した貴金属関係の利権は、すべてハドウェル商会へ譲るから……と」

「……なんでその話を、あなたにした? 失礼だけど、ハドウェル商会ってそんなたいしたもんじゃないでしょ?」

「一応、オラクル随一の宝石商ではあるが。グラナド商会と比べて……と言われたらその通りだ」


 ハドウェルは苦笑しながら素直に答えた。


「なによりうちは国内で売買しているだけだ。海を越える貿易のノウハウが無いのだから、利権を得たところで黒字にできる自信が無い。分不相応な背伸びは身を亡ぼすだけだからと、ヤンには辞退を申し出た。それに何か――何とも言えない、嫌な感じがしたから」


 ハドウェルの言うことが私にはよくわかる。商人の勘とでもいうのだろうか。どれだけ綺麗に飾られた美味しい儲け話も、これは関わってはいけないと、頭のどこかから警鐘が聴こえることがあるのだ。

 結局それで、ハドウェルは頑として断り、商談は不成立、その場は解散となった。

 それからしばらく音沙汰が無かった――が……半年前。ハドウェルが買い付けの旅から帰宅すると、妻と子が消えていた。


 自宅は酷く荒されて、床にはぽつぽつと血の跡まであった。作りかけの料理やおもちゃが散乱しており、いきなり大勢が押し入って妻子を攫ったのだと分かった。

 その時のことを思い出したのか、大きな体がブルブルと震えだす。


「ヤンからの連絡は、すぐに来た。先日の話をもう一度、膝を付き合わせてしようではないかと言って……へらへら笑っていた」


 怒りと悲しみと、後悔と懺悔が、脂汗として滲み出ていた。


「俺は……ただの商人だ。ダッチマン家を糾弾する権力(ちから)が無い。人脈も資金も、何もかも足りない。商人の矜持と、妻子の命を天秤にかける覚悟も……俺には無かった」


 ハドウェルの拳から一筋の血が垂れる。爪が肉を割くほど握り込んでいるのだ。


 ……私は無言で、彼の慟哭が収まるのをただ待った。

 ……長い。待ちかねた。


 私はテーブルをドンと叩いた。


「それで結局、そいつの目的って何なわけ?」


 ハドウェルは俯いたまま。なんとも煮え切らない態度に苛立つ。


「あんたの事情は分かったよ、家族を攫われ、脅されるがままグラナド商会……転じて私の商売の邪魔をした。でも、そのヤンってやつの目的は何だってのよ。大金使って犯罪まで犯して、それで最終的に、アイツになんの得があるってのさ」

「……無い」


 ハドウェルは首を振り、そう言った。


「目的が無いって、なに、それ」

「本人は、グラナド商会を潰すこと――と、そう言っていた。キュロス・グラナドは悪徳商人で、親の七光りに乗っかった無能経営者。王弟にして英雄ジークフリートの血を穢す、恥ずべき悪漢なのだと」


 私は思わず噴き出した。


「わははっ、ソイツ多分、本気でそう思ってるよ。馬鹿だねえ、噂をまるっと信じちゃって」

「……ヤンは、誰かから吹き込まれているようだった」


 ハドウェルは溜め息みたいな低い声音で吐き出した。


「ヤンはもともと、ここイプスよりさらに東の国で生まれた。詳しくは知らないが、かなり力の強い貴族の家だったらしい。……ある日そこで、出会ったのだそうだ。『真の王』と――」

「しんのおうぅ?」


 私と杏侍郎は顔を見合わせた。そして同時に、ブフゥッと吹き出し、大笑い。


「なぁにそれ。どこの王様だって?」

「わからない。二年ほど前、突然ヤンの家にやってきた。一目見てやんごとなき身分の方だと察し、その男の居室にたびたび通っては、教えを乞うていた、と」


 なるほど。ヤンの言葉や思想は全部、その男の受け売りってわけだ。

 ヤンはディルツ王国のこともキュロスのことも、そいつが言ったことを鵜呑みにしているだけなのね。本人は商売のことなど何にも知らないお坊ちゃん、そしてそれを自覚せず、自意識ばっかり肥大した高慢ちき、と……。

 私がそんな風にヤンを評すると、ハドウェルは苦笑して、ゆっくりと首を振った。


「……いや、むしろ彼は、自分に自信が無い……のだと思う。だからこそ、大きなものに縋るんだ」

「……ふうん? 正直私にはよくわからない心理ね」


 私が言うと、今度は苦笑いではなく、フフッと楽しそうにハドウェルは笑った。


「ヤンも、貴女のように気高く、貴女ほどに賢ければ、『真の王』に心酔などしなかっただろうな。……とにかく、ヤンはその男に命じられるまま、オラクルの縁者を頼り、グラナド商会を攻撃する準備を始めた。莫大な金と時間、時には俺のように商人を脅迫して仲間に引き込んでいった。そして……数か月前、とうとう例の男を実家から連れ出すことに成功したようだ」

「……それで? その『真の王』の目的は? ヤンはそいつに何と聞かされているのかしら」


 さらに問うと、ハドウェルはますます不可解そうな顔をした。


「『それは、我が王のみが知っている』――と」


 私も、ハドウェルと同じ表情になった。

 盲目的な崇拝――それは私達商売人には最も縁が遠い概念だ。

 商売人にとって一番大事なのは目利きだ。商品の価値はもちろんのこと、儲け話の真偽、そして信じる人間の選別も必要不可欠なスキルである。

 聖人君子気取った慈善家からドブ臭い匂いを感じ取ることもあるし、逆に悪徳と評判を聞いた者と出会い、噂は(デマ)だと確信したこともある。対面した人間の肩書や言葉に騙されない、自分を含めて常に人を疑って、一歩引いた目で判断する。

 もちろん私だって、うっかり間違ってしまう時はある。だがそれを怠ることは絶対にない。

 ……その『真の王』が、本当にどこかの王様だったとしても、そいつの言うことを確かめもせずホイホイ言うこと聞いちゃうヤンは、たしかに商売人ではない。ただの飼い犬であり、そして、脅迫者だった。


「ヤンはその男に命令されているだけだ。グラナド商会への攻撃も、己の利益は求めていない、世界にとっての善行だと本気で信じ込まされている」

「……それ、悪いヤツじゃないって言いたいの? 女房と子どもを攫われておいて」

「そうとまでは言わない。だが……ヤンを叩き潰せばそれで解決、とは……俺は思えないんだ」


 私はでっかい溜め息を吐いた。


「『真の王』を潰さないと、解決はされないってわけね」

「……おそらくは」


 ハドウェルは苦笑いして言った。


 …………ふうむ……。顎を抑えて唸る私。

 ……なるほどねえ……まあ、大体のことは理解した。解決方法もわかる。けど実行可能かどうかが……一番悩ましい。


 私は今、ディルツからもオラクルからも遠く離れた地にあって、生まれたばかりの赤子を抱えている。グラナド商会とは業務提携の関係にあるけれど、私自身、経営者って言うわけじゃない。ただキュロスの旦那に手紙でも送って、粛々と問題解決を待ってりゃいいだけ……ってのが私の本来の立場ってもんだろう。


 ……でもなあ……このままやられっぱなし、任せっぱなしってのは……ちょっと悔しいな。


 口の端から漏れる唸り声すらも尽きて、カフェの一室は静寂に包まれた。

 私もハドウェルも、もう何も言わない。

 しばらくそんな、無意味な時間が過ぎて……静寂を破ったのは、私の背後に佇む護衛兼主夫の侍だった。


「で、結局のところ。貴殿は楓様に、何を求めておられるのか」


 私は驚いて、振り向いた。杏侍郎が商売の話に口を挟んでくるのは珍しい。ハドウェルも、ずっと気配を消していた男の発声に不意を突かれたらしく、数秒言葉を失ってから、息を呑んだ。杏侍郎に向かって真っすぐ答える。


「……助けてほしい」


 そう言ってから、今度は私のほうへと向き直る。


「初めに市場で声を掛けた時は、ただ思わず、グラナドの名に反応をしてしまっただけだった。関係者ならば、迷惑をかけている詫びをしたいと思った。……だが、もしも、貴女が『力ある者』ならば……助けてほしい」

「具体的には?」


 私が問う。ハドウェルは答えた。


「ヤンを操る『真の王』、この件の黒幕を探し出し、潰したい」

「そいつが今どこにいるのか、ヤンに匿われているのか分かってるの?」


 ハドウェルは首を振った。


「俺はヤンに警戒されている。常に見張りが付き、ひとりで出歩くのもままならん。その見張りの兵も言語が通じない異国人で、情報収集が出来ない」

「その体躯じゃ見張りを撒くのもヤンの後を付けるのも一苦労でしょうね」

「……うん。今は腹を下したと言って、離れてきた。だからそろそろ戻らないと」

「難儀だねえ」


 私はケラケラと笑いながら、もう一度、杏侍郎を振り向いた。

 それ以上は、何も言わない。視線だけで伝える。


 ――杏侍郎、なんとかしなさい。と。


 杏侍郎は、にやりと笑った。


「やれやれ、商売というのは難しいでござるな。拙者は頭に筋肉、心臓には蜜柑(みかん)が入っている男ゆえ、なにがなにやらわからんでござるよ」


 そう言いながら、抱いていた赤ん坊を私に手渡す。私の護衛兼主夫兼、私の命令を何でも聞く侍は、腰元の刀をかちゃりと鳴らした。


「して、楓様。拙者の役どころはなんとしましょうか」

「食い詰め浪人とかでいいんじゃないの。腕っぷし自慢の用心棒、博打で有り金ぜんぶスッて、今すぐ雇ってくれなきゃ死んじまう――って」

「おおさすが楓様、良晏でござる。それならほとんど事実でござる。演技も要らずに楽々でござる」

「今日ハドウェルの帰還が遅くなった言い訳にも使えるんじゃない? 路上で突然縋られて、俺を雇ってくれーもしくは金持ちを紹介してくれーって喚かれたとか」

「そのシーン、ヤン殿の前で再現するでござる? それはちょっと縁起の練習が必要でござる」

「……演技? 用心棒?」


 ぽかんとして話の流れについて行けてないハドウェルに、杏侍郎は笑うばかり。


「悪役も、お任せあれでござる。なにせ拙者の人生は大半が落伍者。ちんぴら役が一番年季の入ったもんでござる」

「……はあ」


 まだよくわからないという顔をしているハドウェル。私は杏侍郎をじろりとにらんだ。


「あんまり出しゃばるんじゃないよ。黒幕ってのがどんなやつか分かるまで接触禁止。直接対決は、あの旦那に任せること」

「もちろんでござる。拙者の主はキュロス殿ではなく、楓様でござるゆえ」

「殺すの禁止、死ぬのはもっと禁止。……絶対帰ってくること」

「承知仕りました」


 杏侍郎は即答し、頷いた。


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