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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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意外な再会……です

 キュロス様は剣の柄を握ったまま、一歩足を踏み入れた。代わりにわたしは一歩下がる。無音の空間に高く足音が響く。

 そしてヤンの、場違いに明るい声も。


「さてグラナド公爵、遠路はるばる、オラクルの離島にまでようこそ。こんな所にまでおれに会いに来てくださるとは嬉しいぜ。何の用だか知らねえけど」


 ヤンの言葉を聞きながらも、わたしは倉庫を見回した。……誰もいない。奥のほうには、『予備綱』と書かれた大きな箱が積まれているだけだ。


 ……だけど何か……気配を感じる。

 人間が居る気がしてならない。


 キュロス様も同じ気配を感じたのだろうか、わたしと同じく奥の箱をチラチラと見ながら、言葉だけでヤンを牽制していた。


「おまえに用なんかないよ。商談ならおまえの祖父、コルネリス公爵と良い話ができたし」


 ぴくりとヤンの眉が半分上がった。


「……じじいと、何の話をしたって? あの老いぼれが、まともに商売の話なんかできるかよ」

「衣食住世話になって資金まで引っ張ってきてるくせに」


 キュロス様がすかさず言い返すと、意外とダメージが通ったらしい。ヤンは「ぐっ」と小さく呻いた。

 だがすぐにまた胸を張って、


「ああ、じじいは良い金づるだ。自分じゃ何にもできないじじいの寂しい余生に華を添えてやってる。オレのほうが感謝されこそすれ、じじいに恩を感じる義理は無い」

「……そうか」

「それより、改めて俺と商談をしようじゃないか。考えてくれたんだろ、双方に利益が出る話――グラナド商会がうちの傘下に下るってさ」


 ヤンは書類を取り出し、キュロス様の前に掲げた。


「あんたが開発した運河と、グラナド商会の物流ルートを使わせてくれるだけでいい。それでうちの運送コストは三割引きに、売り上げはざっと五倍になる計算だ」

「……うちの利益は?」


 ヤンは肩を竦めた。


「キュロス・グラナドの命。素直におれの言うことに従えば、あんたの貿易船(ふね)を沈めないでやるよ」

「……なんだそれ、海賊でも雇ったか? 言っておくが、うちの船は強いぞ。スフェインの造船所に発注して、下手な軍艦よりも大量の大砲が――」

「そんなの意味ねえよ。こっちには最強の軍団があるんだから」


 ヤンの言葉に、キュロス様はますます渋面になった。


「戦後五十年、泰平の世。どこの国も和平条約に縛られて、そんな物騒なもの易々(やすやす)と動かせない。たかが公爵家嫡男、現状は爵位すらない男にそんな権限はないだろう」

「できるんだよ。おれじゃなくて、あのお方なら――」


 ……『あのお方』?

 クックッと、これ以上なく嬉しそうに笑うヤン。


「とにかく、残念だけど交渉は決裂したようだな。グラナド商会とはもう、友好的な共同経営とはいかないようだ」

「よく言う。最初から買い占めだの詐欺未遂だの、そっちはケンカ腰だったろうが。こっちを一方的に搾取しようとしてきたくせに」

「そう、一方的に搾取されるだけ――それで済んでいれば平和だったと、おまえは半刻後には後悔するんだよ」

「後悔だと?」


 キュロス様が聞き返した瞬間、不意にヤンは、足元の毛布ををドッと蹴り上げた。かなり体重を乗せた乱暴な蹴りだったけど、毛布はずいぶん重いものらしく、吹っ飛びはせずぐらりと揺れただけだった。


 ――いや、違う、毛布じゃない。ひとだ。


 毛布の塊みたいなものは、毛布のように暖かそうな外套を羽織った、巨大な人間だった。

 蹴とばされても倒れず、うめき声のひとつも上げなかった男は、やはり無言のままのそり……と立ちあがる。

 大きな、大きな男だった。上背は、ディルツの男性平均並みあるわたしが見上げて首を痛めそうなほど。肩や胸の厚みは、中に人間が二、三人詰まっているんじゃないかと思うくらいがっしりしている。ヤンと並ぶとまるでリスと熊のよう――燃えるような赤毛をした大男。


 ……まさか、ずっとそこに居たなんて――ハドウェル・デッケン。


 わたしと同じく、ハドウェルの存在に今初めて気が付いたキュロス様。ちょっと驚きながらも、退くことは無い。不敵に笑って声を張り上げた。


「いたのかハドウェル! おまえの家族は発見した! こちらで必ず保護する!」

「…………ああ」


 短い言葉で、だけど頷くハドウェルさん。キュロス様が続ける。


「港町のほうに、ディルツの騎士団長にして第三王子の友人を待たせている。今朝ここに来る前に一報を出し、この場所を連絡しておいた。おまえの家族を拉致監禁したヤンの罪、重大な犯罪行為として、ディルツの司法で必ず裁く。おまえがヤンの共犯者で無いというならば、この捕り物に手を貸せよ」

「…………え?……手?」

「あの、キュロス様。ハドウェルさんはディルツ語があんまり……」


 わたしがそっと進言すると、彼は「あっそうか」と手を打った。かといって彼もオラクル語が話せるわけではないので……。


「……ええと。…………おまえ手伝う?」

「…………何? …………」


 と、コミュニケーションに行き詰ってしまう。


 ああっ、どうにこうにもしまらないっ!


 わたしは一応、ヤンに話しかけてみた。


「あのうヤンさん、できれば通訳してもらえないかしら」

「するわけねえだろバカが」


 即座に吐き捨てられた。ですよね。


 とにかく、わたし達が彼に危害を加える意図は無いこと、ヤンをとらえようとしていることだけ伝わればそれでいい。

 ハドウェルさんは、望んでヤンの傍にいたわけではない。家族を人質に、脅迫されていただけなのだから。

 しかし、ヤンは盛大に鼻で笑った。


「ふん。監禁場所を見つけたからって、こいつを寝返らせるのは無理だぞ。さっき言ったろ、『例の鍵』をあのメイドに預けるなんてありえないって」

「おまえが持っているんじゃないのか、ヤン?」

「今は無い。あたりまえだろ、おれはハドウェルと一緒に旅をしてるんだ。寝首書かれたら最後っていうところに鍵を持ち歩くわけないじゃないか」


 たしかに、それはそのとおりだろう。では牢の鍵は今どこに?


「絶対的に信頼できるお方に預けている。……それに、ハドウェルなんてはじめから戦力に考えてねーぞ。このデカブツ、喧嘩はおろか嫁を殴ったことすらないってんだから」

「――なに?」

「おれの護衛兼、あんたを殺すのは別の人間を雇ってるのさ」


 ――殺す、という言葉に、空気が一変した。ヤンはにやりと邪悪な笑みを浮かべた。とても楽しそうに、倉庫の奥に向かって声を張る――。



「来い、殺し屋! おまえの仕事だ!」



 倉庫の奥、船の材料名が掛かれた箱の蓋が勢い良く開いた。

 やはり中に人が潜んでいたらしい。


 その言葉と共に現れたのは、奇妙な服装をしていた。


 長く伸ばした金髪に青い瞳、およそ清潔感の無いまばらの無精ひげ。長い金髪を高い位置で縛り上げ、独特の衣装を着たその男――かつて、わたしもキュロス様も、彼と(さかずき)を交わしたことがある。



「アンジェロ……」



 キュロス様の口から、その名が低く漏れた。


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