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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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小さなオラクル人

「……ヤンがダッチマン公爵の孫……イルダーナフ島には、ヤンの家があったというのか……」

「そうだったんですね……」


 わたしも独り言みたいにつぶやいた。

 ということは、やっぱり……あの地図は罠ではなかったのね。わたしはやっとそれを確信できた。

 ハドウェルがヤンと結託していたなら、この地に呼び寄せるなんてあり得ない。家族も住んでいる地元だなんて、弱み以外のなんでもないもの。

 ……あのメッセージ――『助けて』とは、ハドウェルの本心。

 助け出して欲しいもの……彼にとって大切なものが、ヤンの地元に――もしかしたらこの家に……。


「……キュロス様」

「マリー」


 わたし達は顔を見合わせた。お互いの思考を、視線だけで共有する。

 ……うん。少しだけ危険だが、きっとこの手段が最も近道で、正しい……。

 わたし達は同時にコクリと頷いた。


「あのう、お二人とも、どうかなされましたか?」


 急に黙ってしまったせいだろう、ダッチマン公爵が尋ねてくる。

 わたしは顔の向きを公爵に戻し、居住まいを正した。


「お願いがあります、公爵様」

「えっ、な、なんですかなご夫人。どうぞなんなりと」

「……今夜、この屋敷に泊めていただけませんか?」


 キュロス様もわたしと全く同じ表情で、頷いていた。



 いきなりの、今夜泊めてくれというわたし達の願いは、存外あっさりと受け入れられた。

 いや、むしろこれは大歓迎されたと言っていい。公爵は「ぜひ! もっとお話したいと思っていましたので!」と叫ぶなり、家政婦ビビを呼びつけた。


「お呼びでございますか、ご主人様」

「客人のお泊りだ! 急ぎ、客室の支度を頼むぞ!」


 急遽、二人も宿泊すると告げられたけど物静かな彼女はかしこまりましたと頷くだけ――かと、思いきや。


「えっ⁉」


 今までになく大きな声で、酷く驚いたような反応をした。それも何だか迷惑そうに。

 しかしすぐに微笑を浮かべ、わたし達に向かって一礼する。


「……承知いたしました。すぐお部屋と、お夕食をご用意いたしますね」


 そして彼女は去って行った。

 夕食時、わたし達はダッチマン公爵に、ヤンのことをいくつか尋ねた。公爵は何の抵抗もせず、孫の話を、自慢げに語ってくれる。


 ヤン・ウェイ・ダッチマン。現在三十一歳。

 東の大国シャイナの王族傍系、大貴族の末子として誕生。以後、ほんの二、三年前まではシャイナの城で何不自由なく育った。彼の母親、ダッチマン公爵の長女いわく『向上心の塊』。シャイナにいながら独学で多数の言語を修得し、母の故郷、学術国オラクルへの移住は彼自身の熱烈な希望によるものだった。

 長女からの手紙には、息子についてこう書かれていた。


『最近、何かに影響を受けたらしくって、西の大陸に行きたい、そこで商売がしたいと言って、手が付けられない。お願いパパ、息子の仕事を手伝ってやってよ』


 いったいどんな子なのかと一瞬怖くなったが、ダッチマン公爵としても、跡継ぎは喉から手が出るほど欲しいところ。それに、ヤンは実の孫でもある。老人の侘しい生活に彩りを与えてくれるならば、こんなに嬉しいことは無い。二つ返事で、孫との同居を受け入れた。

 そうしてやってきた三十路前の孫は、十代に見えるほど小柄で童顔。世界一の長身国オラクル人にとって、まるきりただの子どもに見えた。思わず『可愛い!』と言ってしまったのもやむなしといったところだろう。

 公爵様はヤンを心から歓迎していた。初対面で可愛いと言って激怒されたことを教訓に、二度と彼のプライドを傷つけないよう、細心の注意を払って……。

 だがヤンの気難しさは、公爵の予想をはるかに超えた。

 意味の分からないところで怒りだすのだ。食事のメニューや、公爵の立ち振る舞いにもいちいち文句をつけたという。


「二年前まで、うちには四人のメイドがいたのですがね……。みなヤンとの折り合いが悪く、ヤンが勝手に、どんどん解雇してしまいまして」


 苦笑して言う公爵様。

 なるほど、それでこの人手不足……。


「それでもあのビビだけは、ヤンと相性が良かったらしいのです。私が話しかけても無視をするような孫ですが、あのビビにだけは心を開いているようでしてな。留守中、自室の掃除まで、彼女にやらせているようですよ」

「へえ、あの女性が……」


 わたしはかなり驚いて、彼女の言動を思い出した。

 見た目は普通の、小柄な女性。アナスタジアお姉様と同じくらいかな? 男性の平均並みあるわたしからは、つむじを見下ろせるほど背が低い。それ以外には特に特徴らしいものはないが、とにかくひたすら、声が小さい。オドオドしている――というよりは、生気が無い。こちらの言葉に反応が薄いのも、返事をするのが億劫だからという感じがした。

 ……こんなことを言ったら失礼だけど、ことさら他人から好まれるような人柄ではない、と思う。ヤンはどうして彼女を気に入って、そばに置いたのだろう。

 朗らかでオシャベリ好きの公爵様は、あまり彼女が好きではないようだった。わたし達とは積極的に交流しようと話しかけてきたけれど、彼女には用事を言いつけるのみ。そこにあるのは厳格な貴族の男と従順な家政婦の関係で、キュロス様とミオとの間にある暖かな空気とは全然違っていた。


「公爵様、ヤンはどのくらいの頻度でこちらに帰ってくるのですか?」


 食後のお茶をいただきながら聞いてみる。きっとすごく少ないのだろう、と予想していたけれど、公爵の返答はそのさらに上を行った。


「それが、よくわからないのです。帰って来たという挨拶も無しに部屋に入り、しばらく籠っていたかと思えば、気が付くと部屋がもぬけの殻で」

「まあっ、それじゃあほとんど会話もできないのでは?」

「ええ、まあ……なので一人暮らしをしているようなもんですわ。ははは……」


 虚しい笑いをこぼす公爵様。

 家に居着かない孫と愛想の無い家政婦――公爵様、お寂しいのではないかしら……。

 お茶を全員にいきわたらせてから、ビビがぼそりと、部屋の支度が出来たと報告をくれた。


 わたし達にあてがわれたのは、廊下の半ばにある扉の先とのこと。その答えを聞いてすぐ、キュロス様が尋ねた。


「ちなみにヤンの部屋は? まさか俺達のために部屋を潰したってことは無いよな?」

「……ヤン様のお部屋は別途、客間の斜向かいにございます」


 ぼそぼそと小声ながらも回答をもらい、キュロス様は「それは良かった」と安心したようにお茶を吸った。


 やがて、二杯目を飲み始めるころにはすっかり日が落ち切り、時刻は深夜に近くなってくる。一度、わたしは小用と言って部屋を抜け出した。キュロス様が公爵様とビビの両方を引き付けている間に、こっそりヤンの部屋へ向かう。一応、ノックをしてからソッと開けてみる――が、しっかりと外鍵が掛かっていた。

 わたしには鍵開けの技術は無い。その場は諦めて、何食わぬ顔で食堂に戻った。

 そして――ポットの中まで飲み干してしまう頃。

 このポットを洗う以外、すべての家事を済ませたらしいビビが、公爵様に一礼した。


「それでは、私はこれで失礼いたします」

「ああ、ご苦労さん」


 そっか、この家の家政婦は住み込みではなく通いなんだっけ。夜には退勤して、自宅で休むのね。

 ビビは私服に着替え、暖かそうな外套を羽織っていた。手には大きな籠鞄(バスケット)。そこには布が被せられており、中身は見えないように隠されている。

 ……でも、あの布の凹凸は……もしかしてパン? それにほのかに、食べ物の匂いがするような。

 一瞬で、わたしとキュロス様は視線を交わし、お互いの服装を確認した。

 キュロス様のほうが黒い。


「コルネリス卿! 私はそろそろ、部屋で休ませていただきます」


 唐突に、キュロス様は立ち上がった。まだカップにお茶が少し残っていたので、公爵は目をぱちくりさせる。


「え……そ、そうかね。もうお茶はいいのですか? 実は食後のデザートもあって……」

「いいえ申し訳ない、少し旅の疲れが出たようで、今すぐ寝転がりたいのです」

「そ、そうか。では寝酒に一杯、あと気分転換にカードゲームでも一局……」

「それはわたしがお付き合いいたしますわ、公爵様」


 わたしはそう言って、公爵様に向き直った。

 きょとんとする公爵様の前で、ニッコリ笑って見せる。


「こう見えてわたし、お酒は主人よりも強いんです。カードゲームは経験がありませんが、この機会に遊び方を教えていただけませんか?」


 途端に公爵様は破顔した。明らかに上機嫌になり、席を立って声を上げる。


「ほおっ、それはそれは。もちろんですマリー様。では初心者向けのゲームをご紹介しましょう。ああ、腕が鳴りますなあ! ビビ、ビビ! カードをここに――ああ今日はもう帰ったのか。ええとあれはどこへしまったっけな……」


 ダッチマン公爵の背後で、キュロス様は素早くリビングルームを抜け出した。わたしはそれを視線だけで見送る――キュロス様。どうか、お気をつけてと祈りながら。


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