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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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【閑話 僕は彼女と旅に出る】③


 そうして、僕らは馬上の人となった。


 私用だから、使える馬車は近所にお使いに行く用の小型の馬車である。ミオ様の腕を休めるため御者はずっと僕がやり、僕が疲れたら休憩を取るというスタイルで、のんびりとした旅だった。

 出発から二日目の夜。

 僕達は、街道沿いの宿で一泊をした。酒場を兼ねた食堂で、魚料理を注文してから、待っている間に作戦会議をする。


「あの兵隊は、ただの雇われ私兵です。彼らに意思や目的はありません」


 骨付きの煮魚を頭ごと食べながら、ミオ様が言う。

 僕も向かい席で同じものを、ちゃんと骨を避けて食べながら、彼女に聞きたいことを、思いついた順番で言って行く。


「じゃあ黒幕がいるってことですか、ミオ様、腕は痛くないんですか?」

「もう治りました。ですがグラナド家に害意を持って攻撃しているのは間違いないようでした」

「普通、人間の骨は二日でくっつきません。とすると、旦那様に恨みのある人間って……ダリオ侯爵、とか?」

「彼は前回の罪で勾留中ですよ」


 僕の名推理をミオ様はばっさり一言で切り捨てた。くう。


「それに、あのダリオにはもう資金がありませんから。あれだけの私兵を動かすのも、グラナド商会に影響を与えるほど商品を買い占めるのも莫大なお金がかかります。彼が黒幕ということはまずありえないでしょう」

「ということは、旦那様にも並ぶ貴族か大富豪ってことですよね」


 僕が言うとミオ様は頷いた。

 うーん? それじゃあもう候補が思い浮かばないぞ。

 グラナド商会は国一番の貿易商、近隣国まで含めても旦那様は随一の大富豪なのだ。肩を並べられる存在はそれほど多くない。

 それに、商人ならグラナド商会にケンカを売るよりも、迎合し、共同経営を持ちかけてきそうなものだし……。

 じゃあ旦那様個人への恨み……? 

 それこそ、誰も思い浮かばない。旦那様は、たしかにちょっと強面だし気難しい面もある。だけど根っこはとても優しくて、懐の深い、善良なお人だった。僕にとってあの方は雇用主である以上に、人として尊敬し、憧れている。あの旦那様を憎むような人間、本当にいるのかなあ……?

 首を傾げる僕に、ミオ様は苦笑した。


「トマスには永遠に分からないかもしれませんね。あなたは他人を妬み、恨むなんてことないでしょう?」

「えー、んー、そうかなあ。そうでもないと思……いやうん、そうかな……」

「少なくとも、多くの人を巻き込んででもその恨みを晴らさんと粘着することはない。……しかし世の中には、そういう輩がいるのです。ただの妬み恨みを怒りに変えて、かつ己を正義の使者だと位置づけて、ただの暴力を正当な裁きだと思い込むような輩が」

「…ミオ様は誰か、心当たりがあるんですか? その、今回の『黒幕』に」 


 僕が尋ねると、ミオ様は少しの時間無言になってから、やがて首を振った。


「一応、もしかしてという人物はおりますが……確信が持てない今、あまり気にする必要はありませんよ。もし『あの人』だったとしたら、大した脅威でもないですし」

「……大した脅威じゃないんですか? 『その人』って」

「ええ、一度は倒した相手ですからね。それより、気にするべき男が他にいますから……」


 彼女はそう言って、二匹目の魚に手を伸ばした。人の身長の半分ほどありそうな大きな魚を、麺のように吸って食べ尽くす。僕はそれを見て、ミオ様の胃袋ってどうなってるんだろうとか思ったが、それより彼女のセリフが気になった。


「黒幕よりも気にするべき男……って。ミオ様、それって恋……」


 と、言ったその瞬間。ヒュッと風切り音と共に、耳の横を何かが過ぎ去った。何だ今の? と視線で追いかけた先で、他人が大騒ぎしていた。


「だ、誰だダーツ盤にナイフなんか投げやがったのは!」

「しかしすげえ、どまんなかだ!」


 ひえっ⁉

 僕が蒼白になって再びミオ様に視線を戻す。いつの間にか、彼女の指には細いナイフが挟まっていた。僕に見せつけるようにピコピコと刃先を踊らせてから、フンと笑う。


「刃物、使えないってわけじゃないんですよ。ただ禁じられているだけで」

「ご、ごめんなさいただの冗談でした!」

「確かに剣の振り方は分からないし、たとえ使えたとしてもあれほどの腕には――いや刃物以外にも殺傷能力のある武器はいくらでもありますし。鈍器とか」

「……? ミオ様?」

「遠距離から投石とか、毒を盛るとか、やろうと思えば――はじめから本気で戦えば……いやあの時も決して遅れをとったわけじゃないので……」

「ミオ様? 何の話ですか」


 僕が首をかしげても、ミオ様は不機嫌そうに眉根を寄せただけで、これ以上何も話してくれなかった。たぶん、怪我を負わされた相手のことを言っているんだろうけど。

 そういえばどんな奴だったんだろう。このミオ様に怪我を負わせるなんて、ただものでないのは間違いない。もはや本当に人間かどうかも怪しいところだ。

 ミオ様にそう問うてみると、ひどく不機嫌そうな顔になった。


「知りませんよ。妙な格好に妙な剣で、遠い異国から来たようでしたし」

「とにかくめちゃくちゃ強い人だったんですねえ」


 僕が適当に相槌を打つと、彼女はまた押し黙ってから、ゆっくりと深く、頷いた。


「……強い男です。ディルツには、彼に勝てる人間はいないでしょうね。戦後五十年、泰平の世――戦を知る剣士は、もういないのですから」


 そこでミオ様はふと、遠い目をした。


「私は、旦那様が出来ないことをするために、あのグラナド城に住んでいました。だけど案外、私もそう変わりはしない……平和なぬるま湯を愛する人間だったと、初めて自覚をしました」


 ……僕は黙って、ミオ様の呟きを聞いていた。


「これが最後、体を張ってでも旦那様の敵を排除して、それで終わり――そう考えていたのに。それが出来ないなら、私が城に居る意味は、なんなんでしょうね」


 僕は何とも言えない気持ちでミオ様の横顔を眺めていた。

 こういう時、気の利いたことが言えないのが僕という人間である。そもそも彼女の気持ちや立場が、僕にはよく分からない。

 だからとりあえず、思ったままのことを言ってみた。


「僕は、グラナド城にはミオ様がいたほうが、面白いと思いますよ」


 我ながら酷く薄っぺらい、慰めにも何にもならないコメント。


 それでもミオ様はちょっとだけ驚いた顔をして、それからちょっとだけ、クスッと笑った。



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