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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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イルダーナフ島へようこそ!

 

 イルダーナフ(とう)

 それはオラクル国領に入ってすぐの位置にある、絶海の孤島だった。


 絶海の――といっても、実はそこは海ではなく、海と見紛(みまが)うばかりの巨大な淡水湖であるらしい。

 わたし達はまず、国境最寄りの街に入り、街外れにある小さな港へ辿り着いた。そこから孤島への渡し船が出ているという。

 埠頭が見えたところで、キュロス様はルイフォン様を振り向いた。


「あの船のサイズだと戦馬車は乗れないな。おまえとはここでお別れだな」


 するとルイフォン様はムッと唸って唇を尖らせた。顔を横へ背けて、不機嫌な表情のままボソボソ話す。


「せっかくここまで来たんだから、僕もすぐに帰りはしないよ。今夜はここで宿を取る」

「心配は要らない、なにも敵陣に攻め込みにいくわけじゃないんだから」

「心配なんかしてない。僕もオラクルに来たのは初めてだからね、少しくらい観光して帰ろうかなと」

「でも俺達がこの港に戻るまで何日かかるかわからないぞ。ここまで送ってくれただけで十分だ。本当に先に帰ってたほうがいい」

「人の話聞いてた⁉」


 ルイフォン様は髪の毛を逆立てて叫んだ。


 いやあ、さすがにもう、このわたしにもバレバレなので……変な意地を張らなくてもいいと思うのだけど。

 それでもあくまで「君が心配」と言ってはいけないのが男の友情というものらしい。ルイフォン様は白い手をヒラヒラ軽薄に振って、髪をかき上げた。


「言っとくけど、僕が滞在していられるのはせいぜい三日! そんなに長々と砦を空けていられるほど騎士団長はヒマじゃないんだ。この街でオラクル料理を堪能したら、君達を置いて本当にディルツに帰るからな」


 ……つまり、三日経って帰って来なければディルツ本国へ救援を呼びに行ってくれる、ということである。本当にルイフォン様は優しいなあ。


「三日以内に、必ず戻るよ」


 キュロス様は、ルイフォン様にそう約束し、渡し船に乗り込んだ。

 船上で、埠頭のルイフォン様に手を振ると、彼も小さく片手をヒラヒラとしてくれた。

 渡し船に乗っていたのは二時間程度だったか。桟橋に降り立って、わたしはホオッと息を吐いた。


「すごい、賑やかな所ですね……!」

「そうだな、それに思っていたよりはるかに大きな島だ」


 キュロス様も隣で頷いた。

 『孤島』と聞いていたイメージから、わたしは勝手に無人島のような寂しい土地をイメージしていたのだけど、とんでもない。イルダーナフ島はたいへん都会的な街だった。

 埠頭から露店がビッシリ立ち並んで、あちこちから客引きの声と美味しそうな匂いが上がっている。歩きながらチラッと覗くと、ディルツでは見たことがないものばかり。特に衣類がとてもカラフルで目を引いた。


「素敵……!」


 思わず目を輝かせてしまったわたしに、キュロス様がクスリと笑う。


「目的を見失うなよ、マリー。今日の目的は観光でも買い物でもないからな」

「も、もちろんわかっています! ただ珍しくて――きゃっ!」


 途中で言葉を切り悲鳴を上げる。目の前で、逆さ吊りのガチョウが激しく羽ばたいたのだった。


 わ、わ、生き物も売ってるのね。このガチョウは食用だと思うけど、やたらとふてぶてしく(くつろ)いでいる豚やフワフワの毛をもつウサギ、小さなカエルも売っていて、食材なのか愛玩動物(ペット)なのか分からなかった。


 さっきわたしを窘めたキュロス様も、やはり商人として興味津々。時々歩みを止めては商品を覗き込み、「ほー」と感心していた。

 こんな物見遊山丸出しの様子だから、当然、売人に声をかけられる。


「やあやあこれは美男美女、イルダーナフ島名物、新鮮なニシンのパイはいかが?」


 早口のオラクル語と共に、目の前にぶら下げられたのは生の魚の切り身。ウッと呻いてたじろぐと、その様子に何か思うところがあったらしい。商人はわたし達の顔をまじまじ見つめ、ああと頷いた。


「もしかしてあんたたち、ディルツ人かい? お二人とも背が高いからオラクル人かと思ったよ」


 わっ、素晴らしく流暢なディルツ語……!


「え、ええ。ディルツからの……観光客です」


 わたしがディルツ語で答えると、商人は嬉しそうにニカーッと笑った。魚の切り身をぶらぶらと揺らしながら、さっそくディルツ語で、商売口上を再開してくる。


「そうかいそうかい、それじゃあ絶対コイツを食べて帰らないとね。オラクルに来たからにはニシンを食う、これはもう絶対のルール」


 ええと……どうしよう。隣のキュロス様をチラッと見ると、彼も複雑そうな顔で、それでも財布を取り出した。


「じゃあせっかくだからいただこうか。その魚の料理……なんだかわからないけど、一つずつ」

「あいよっ、どうぞ!」


 と、即座に生魚を突きだしてくる商人。えっ、これ生で食べるの⁉ 魚を? 嘘でしょ‼

 わたし達が面食らっていると、商人はアハハと大笑いしながら魚の切り身をひっこめた。


「冗談さ。さすがにこのまま食べろなんて言わないよ」

「あ、で、ですよね。良かった……」

「玉ねぎとピクルスをトッピングしないとね! ほらこうやって、身の上に載せたら尻尾を摘まんで口にポイッと」


 と、実践して見せてくれる。


 ひええっ!


 衝撃のオラクル食に、わたしもキュロス様も顔を引きつらせて硬直。商人の体を張った冗談かとも思ったが、本当に美味しそうにモグモグしている。こ、これがカルチャーショックというやつかしら。海を越えた国、スフェインやイプサンドロスでもこんなに衝撃的な料理は無かったわ。

 まだ石化しているわたしをチラッと見て、キュロス様が掠れた声で店主に代弁をしてくれる。


「……すまない。注文してしまったが、キャンセルで……。それは……俺達ディルツ人には食べられそうにない」

「そうかいモグモグ、美味しいのにモグモグ」

「他のメニューを……火を通したやつがあれば頼む」

「それだとクロケットくらいしかないよ?」

「それでいい、それを二つ」

「はあい」


 明らかにつまらなさそうにしながらも、商人は油を張った鍋に、手のひらサイズの丸い生地をぽいぽい入れた。

 どうやらクロケットとは、コロッケのことらしい。衣が揚がる香ばしい匂いが食欲をそそった。中に何が入っているのかは怪しいけれど、とりあえず火が通っているなら良しとしよう。

 調理の間に、せっかくだから聞き込みをしてみることにした。


「このあたり、すごく賑やかなのね。島中が市場になってるの?」

「まさか、市場(マルクト)はこのあたりだけだよ。港町からの渡し船は全部ここの埠頭に着くからね。大通りまで出れば静かなものだ」

「……えっと……この島でおすすめの観光地、行っておくべき施設って何かあります?」


 わたしが問うと、商人のおじさんは歌うように話し出した。


「イルダーナフ島、西の埠頭に着いたなら、まずは市場(マルクト)でショッピング。オラクル中の良品はここにある。北の果ては宿場町。すべてオーシャンレイクのリゾートホテル。南側は住宅地。東側には鉄の山、いにしえの街がそこにあり」

「このへんの領主、ダッチマン公爵様の家と役場だね。行って楽しいことは何もないが、観光客用の案内所がある。ガイドを雇うなら訪ねてごらん」 

「……治安のいい街なのね」


 わたしが言うと、商人は誇らしそうに「ああ」と笑った。


「この島が観光地として人気なのは、その治安の良さからだよ。世界で唯一、スリのいない市場といったらここ、イルダーナフ島なのさ」


 ……なるほど。確かに……買い物客はみな身なりが良くて、リラックスしているようだった。


「ハイお待ちどう! アツアツだから気を付けてね!」


 揚げたてのクロケットを一つずつ、雑紙の袋に入れて渡してくれる。


「うっ、熱っ……!」


 がっつり掴んでいたら手を火傷しそう。慌てて一口齧ってみると、中もアツアツ! サクサクの衣の中には牛肉とクリームを煮詰めたものが包まれていて、口の中に溶岩みたいに流れ込んでくる。すっごく美味しいけど、これは危険な食べ物だわ。オラクルの料理、おそるべし……!

 わたしとキュロス様はクロケットをハフハフと持て余し気味に齧りつつ、北上して大通りを目指すことにした。

 歩きながら他の露店も眺めていると、しばしば客引きに止められる。彼らはみな商売熱心ではあったけど、押し売りや詐欺、違法な品の売買は全く無いようだった。

 商人はみな愛想がよく、そして多言語使いだった。どの店を覗いても、わたし達がディルツ国民だと分かるとすぐにディルツ語に切り替えてくれるのだ。


「さすが学術の国だな。ディルツ語の話者がこんなにいるとは」


 貿易商のキュロス様も感心したように唸った。隣でわたしも頷く。


「そうですね。せっかく道中、オラクル語を勉強してきたのに無駄になっちゃいそう。こんなにディルツ語が通じるなんて覆いませんでした」

「正直、すごく驚いている。オラクル語を話せるディルツ人は滅多にいないのに、この普及率は一体……?」

「国境に近い街だからでしょうか。ハドウェルさんはディルツ語話せませんでしたものね」

「しかし今までろくに交流もしていないのに――はて何か理由があるのかな」


 そんな話をしながら、徒歩で街を進んでいく。


 目指すは町の中心部。この島ふくめた近郊の統治者、ダッチマン公爵の屋敷だ。

 話に聞いていた鉄鉱が採れる鉱山は、島の東端、街からはかなり離れたところにあるらしい。遠目に山の頂が見えるのみである。あそこまで行くには馬車で小一時間はかかりそうだ。

 それにしても、街に炭鉱労働者っぽい服装の人も見かけない。露店に並んでいるのも土産や生活雑貨、食料品がほとんどで、鉱山を観光資源にしている様子も無かった。

 わたしは首を傾げながら、隣を歩くキュロス様に尋ねてみる。


「鉱山のある街って、どこもこんな感じなんです?」

「いや、普通はもっとそれっぽい特徴があるんだが……あの鉱山、今は活動していないんじゃないかな」


 彼も不可解そうに言った。


「鉄鋼が採れたのは間違いないと思う。この辺りは旧火山が多いし、地形もまさにそんな感じだ。だが港に泊まっている船では、鉄鋼を運べそうにない。トロッコどころか馬車鉄道も敷かれていないし」

「そういえばさっきの商人、鉄の山と『いにしえの街』って言ってましたね。もしかしてずっと昔に採り尽くしたのでしょうか?」

「その可能性が高いな。しかしはっきりしたことは分からん。オラクルの情報は、あまりディルツに入ってこないからなあ」


 キュロス様の言う通り、オラクルとディルツはあまり国交がない。

 すぐ隣接する国ではあるが、あの高い山岳が天然の国境となり長年両者を隔ててきたのだ。だけど近年、岩石を穿って貫通させ、か細いながらも通関した。さらに外海を渡れる船も作られて、両国間の行き来が可能になった。まだ大きな交流は無いけれど、時間の問題だろうと言われていた。


 たぶん、ライオネルはその先駆けとなるべくこの地と縁を繋いだのだと思う――王宮で、リヒャルト様はそう言っていた。

 そのせいか、わたしはなんとなくこのイルダーナフ島に物騒なイメージを抱いていた。

 船着き場は鋼鉄の壁に囲まれ、旅人には厳しい身分チェックが課され、街のあちこちを完全武装した軍人が練り歩いているような。ところが現実は、想像と全く違った。なんなら真逆と言っていいほど。

 平和で賑やかで、なによりも商売が盛んで……かつて、商人を見下していた彼は、この街を見て何を思ったのだろう?

 考え事をしていると、歩みが遅くなってしまったらしい。少しだけ前を行くキュロス様が振り向いて、わたしに「どうした?」と問いかける。わたしが心の内を話すと、彼もまた同じことを考えていたと言った。


「しかしそれもこれも、これからわかることだろう」


 そう言って、また前を向く。


「ライオネルと契約を交わした本人、ダッチマン公爵とこれから話ができるのだから」



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