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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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旅を始めました!

 

「――で、なんで僕が御者に駆り出されなきゃならないのさ」


 と。戦馬車の御者台で手綱を捌きながら、ルイフォン様はそう言った。

 いつも涼やかなその声は、振動でちょっと震えている。


 ここはディルツ王都から丸三日、最北端の宿場町からさらに半日ほど馬車を走らせたあたり。人の住む所から大きく外れたせいで、馬車道すら途切れ、何も無い平野を縦断していた。当然、道はかなり悪い。悪路を行軍できる鋼鉄の戦馬車でも、その振動すべてを吸収しきれていなかった。

 縦にぐらぐら揺れながら、キュロス様が返答する。


「別に、おまえに来てほしかったわけじゃない。悪路を行くのに、戦馬車の馬力を借りたかっただけだ」

「貸せって言われて貸せるわけないだろ、馬車は騎士団のものだし、リンゴ丸は僕の愛馬だし」

「そう、だからおまえはオマケ。悪路を越えたらもう用はない」

「最終目的地は、湖に浮かぶ孤島じゃなかったっけ? どうやって行くつもりさ」

「手前の街から定期船が出ているんです。さすがに馬車は乗れませんが、船着き場から公爵邸までは歩いてすぐ行けそうなので」


 わたしが言うと、ルイフォン様はなんだか機嫌を損ねたように鼻を鳴らした。


「あっそ。じゃあ僕は手前の街で待ってるけど。ダッチマン公爵に捕まって、幽閉されても知らないよ。翌日には置いて帰っちゃうからね」

「三日は待ってろよ。というか帰って来なかったら国王陛下に連絡してくれ」

「その前に僕に助けてくれって言いなよ」

「死んでも嫌だ」


 そう言いながら、キュロス様は手に持っていたリンゴをポイッと投げた。御者台に繋がる窓から、ルイフォン様のもとにリンゴが届く。まさかそれが報酬というわけじゃないだろうけど。

 ルイフォン様は受け取ったリンゴをかじりもせず、そのまま投げ返した。


「ていうかいつもの侍女や執事はどうしたのさ」

「二人とも不在。ミオは先日出かけたきり帰って来ていないし、ウォルフガングはその代わりに城を空けることができない」

「……だからって、君達自身が乗り込まなくたっていいんじゃないか。その地図と、助けてくれってメッセージを送って来たのは、敵……なんだろ?」


 ぶっきらぼうな話し方だけど、ほんの少し滲む憂いの声。ルイフォン様、キュロス様とわたしを心配してくれているのね。いつも飄々としてるし、キュロス様としょっちゅうケンカしているけれど、二人は長年の親友なのだ。

 キュロス様もそれを感じ取ったのだろう、少し照れくさいような、気まずそうな表情をして、後ろ頭を掻いた。


「別に、敵のアジトに乗り込むわけじゃない。訪問するのはダッチマン公爵。イルダーナフ島を統治している貴族の家だ」

「だからその貴族が、(あいて)の仲間かもしれないだろ」

「あ、あのルイフォン様、一応こちらでも下調べはしているんです」


 わたしは彼らの間に割り込み、弁解した。


「ダッチマン公爵家は、確かにオラクル国内の有力な商会へいくつも投資しています。ハドウェルの商会にも関与している可能性はかなり高いって」

「やっぱりそうなんじゃないか」

「ええ、でも現当主様は、乱暴なことはしないと思われます。あくまで噂ですけど……当主様は、たいへんな『平和主義者』だって」

「へいわしゅぎしゃぁ?」


 聞き返すルイフォン様の声音が、今までで一番胡乱なものになった。背中越しに振り向いた顔も、これ以上なく胡散臭いものを見たという表情である。


「なんだいそれ、自宅を訪ねてきた商売敵をいらっしゃいませとお茶を出して招き入れて、内情をぺらぺら話し、お土産まで持たせる主義だって?」

「い、いえそこまでは。ええとお土産とかは分からないですけど……その――とても保守的なのだそうです。商売も、政治も」


 わたしの弁を、キュロス様が受け継ぐ。


「戦争嫌いってやつだよ」


 その言葉に、ルイフォン様は表情を曇らせた。


 ――『戦争嫌い』。


 それは、わたし達ディルツ国民を含め、世界中に広まりつつある思想だった。

 百五十年も続いた、長く厳しい世界戦争。その終了および和平条約が結ばれてから五十余年、大きな戦争は起こっていない。

 もちろん、それですべての人が平和に、幸福に、豊かに暮らしているというわけではない。敗戦国には領地を削られていたり、文化を上塗りされたり、重い税にあえぐ民がいる。勝利国でも、損をした者、利益を取りはぐれてしまった者は、この終戦に不満を持っていた。

 世界大戦をもう一度、そして今度こそ自分達に有利な条件での終結を――そんな思想が、各国のあちこちでくすぶっている。

 それを、強く批判しているのが『戦争嫌い』と呼ばれる人達だった。呼称の通り、なんとしても戦争を再発させないよう努力している勢力である。


 この思想は、一般平民よりも上級貴族の中に多い。平和主義というよりも、今の地位と財産を、戦によって失いたくない、損をしたくないからである。


「ダッチマン公爵家現当主、コルネリスはオラクル国内随一の戦争嫌いと言われている。私財を投じてでも内戦を抑え込み、貴族にも私兵を捨てるよう声をかけて回っているらしいぞ」


 キュロス様が言うと、ルイフォン様は肩をすくめて鼻で笑った。


「ただの噂だろ? そんなもの、公爵本人が吹聴しているかもしれないじゃないか」

「なんだよ、疑り深いな」

「心優しく平和主義者の王侯貴族なんて、僕は会った事ないからね」

「おまえがいるだろ」


 不意打ちのジョークに、ルイフォン様はヒックと大きなしゃっくりをした。その反応に大笑いするキュロス様。あはは、もう、この二人は隙あらばお互いをからかい合うのよね。

 わたしも苦笑いしながら、ルイフォン様にお話する。


「とにかく、積極的にディルツの貴族と揉めようとはしないでしょう。おうちを訪ねていきなり監禁とか、毒を盛られるなんてしないと思いますよ」

「……なるほどね。まあ、それならいいけど」


 ルイフォン様はプイと顔を背け、再び手綱を捌いていた。


 それでもやはりまだ気になって仕方ないらしい。わたし達に背を向けたまま、独り言みたいにつぶやいた。


「一応、僕も島まで着いて行ってやろうか。騎士団長は現場判断で逮捕の権限があるし、護衛としては適役だと思うけど」


 まあ……。わたしとキュロス様は顔を見合わせて、クスクスと笑ってしまった。


 ルイフォン様って本当に心配性、というかキュロス様のことが心配なのね。相変わらずの親友想いで、ほっこりしちゃう。


 わたし達の反応に気付き、ルイフォン様は今更顔を赤くして叫んだ。


「別に、心配したとかじゃないぞ! ただ今回のことは僕も無関係じゃないから――」

「布織物の不足については、シャデラン領で羊の養殖をするってことで一応問題解決したじゃないか」

「そっちじゃなくて、イルダーナフ領のほう。ライオネルのセカンドネームと同じだ、ってことは兄上と縁がある土地なんだろうさ」

「あ、気付いてたか」

「気付かないわけないだろ!」


 とうとう叫ぶルイフォン様。キュロス様は、今度はからかっていたわけじゃないらしい。ぶっきらぼうに言葉を続けた。


「そいつのことなら、なおさらおまえは関係ない。兄弟喧嘩はもう決着はつけたんだから、ほっとけ」

「……そういうわけにもいかないだろ」


 やはり苦々しい口調で呟くルイフォン様。

 それきり、二人の会話は止まってしまった。ほんの少し気まずい空間に、わたしは身を乗り出し、ルイフォン様に囁いた。


「リヒャルト様も、ルイフォン様と同じことをおっしゃってました。兄の始末をつけなくてはいけないって」

「リッキ兄さんが?」

「ええ。それを聞いたキュロス様は、今と同じことをおっしゃいましたけどね」

「気負いすぎなんだよ、弟二人とも」


 キュロス様が不機嫌な口調で呟く。ルイフォン様は苦笑して、もう何も言わなかった。


 うん、そうね。リヒャルト様とルイフォン様は、兄弟で似ているところがあると思う。真面目で働き者で心配性なところ。欲が無く、人に譲ってしまうところ。家族想いで、人を大切にするところ。誰にでも果てしなく優しいところ……。表の顔がニコニコしてるか仏頂面をしているかの違いだけ。

 わたしがルイフォン様の本当の顔に気付いたのは、出会って随分経ってからのことだったけどね。

 アナスタジアお姉様が彼に惹かれたのも、今ならよく分かる。そしてルイフォン様が姉を愛し、今も大切にしてくれていることも。

 ……ふたり一緒の時にそう言ったら、ふたりとも照れて心にもないことを言いそうなので、黙っておくけど。



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