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ずたぼろ令嬢は姉の元婚約者に溺愛される  作者: とびらの
最期まで永遠に

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王太子が残していったもの

 

 ライオネル――ライオネル・イルダーナフ・ディルツ。このディルツ王国の第一王子。

 およそ二年ほど前、彼は国王を騙して軟禁し、自分自身が国王であるかのように振る舞った。本来、親交を深めていく予定だったグラナド家に害をなし、結果、国益を損ねた。

 彼は色々あって無事に断罪され、王太子の座は取り上げられた。どこかの遠い国に留学という名目で追放されたという話は聞いたが、詳しい顛末は聞いていない。


「あれから彼はどうなったんだ?」


 キュロス様が訪ねると、二人の身内は顔を見合わせ、やはり苦い顔をした。

 国王陛下にとっては実の息子、それも将来は跡継ぎと見込んでいた長男だ。深い溜め息とともに、吐き出すように言った。


「……どうにもなっとらんよ。シャイナに留学――という名目で、追放した。とある貴族の家に対価を渡し、一生幽閉してくれるようお願いしておる。……日光浴も窓越しに。散歩すら、決して部屋から出さないようにと」

「それでは、牢獄に入っているも同然か……」

「だがこの件、ただの偶然の一致と片付けるのは楽観的過ぎるだろう」


 リヒャルト様が言葉を継いだ。


「俺たち王子のセカンドネームは、外国の地名になっている。王家にとってなんらか利益になる土地と、これから友好な関係であろうという、契約というか、お互いの意思共有のために戴くものだ」

「……知っている。この間、ルイフォンと縁のあるサンダルキア地方に行ってきたところだ」

「おれのニールセンはルシアの景勝地、レイミアはフラリアの聖都市シーモアが起源。ライオネルは――ここ、イルダーナフ」


 そう言って、リヒャルト様は地図の中心に爪を立てた。

 キュロス様も渋面になる。


「ではこの土地は、ライオネルと何らかの関係が? ディルツ王家がオラクルの地に縁があるとは聞いたことが無いが」

「ワシも知らん」


 王が髭を撫でながらきっぱりと言った。少しだけ悲しそうな顔をしながら。


「ワシは確か、ライオネルは、生まれてすぐの時に全く別の土地と縁をつないだはずなんじゃ。しかしいつの間にやら自分で勝手に解約したようじゃのう……やれやれ」

「おれも聞いたことが無い。十代の頃から自身でそう名乗るようになったが、理由を聞いても教えてもらえなかった。ただ、『ちょっとした縁が出来たから』としか……」

「あの男が『ちょっとした縁』で、己の名にまで取り入れるか? 絶対、なんらか実益を見込んでのことだろう。それも国王陛下や弟妹にも隠しておきたい理由で」

「……この島に特別な何かがあるのでしょうか? それこそこの鉱山から、金が取れるとか」


 わたしが思いつきだけで言ってみると、リヒャルト様は苦笑した。


「それは無い。この島の地形からして、金銀は出ないよ。せいぜい鉄くらいだ」

「鉄でも量が取れれば大金になるだろう。資源に乏しいディルツにとっては十分貴重かと」


 キュロス様が異議を唱えたが、リヒャルト様はやはり首を振った。


「鉱山の質が悪い。鉄のほかに不要な土くれが混ざりすぎるんだ。まあ黒字にはなるだろうが、あの兄上が特別執心するとは思えない」

「……確かに、本当に良い採掘場なら、貿易商の俺の耳にも届いていないわけがない。オラクル産の鉄鉱石は貿易市場で見た覚えは無いな……」


 腕を組み、頷くキュロス様。みんなウーンと唸って頭を悩ませた。

 わからない……どうしてライオネルは、このイルダーナフ島と縁を繋いだのだろう。いったい何の利益があって?

 この島には何が眠っているというのだろうか――。

 黙り込む一同。沈黙を破ったのはリヒャルト様だった。ふと、隣に座る父王に問う。


「陛下、国政としてこの島との外交記録はありますか? おれが兄上の補佐に入るよりも昔のことです」

「いやあ、聞いたことは無いのう……」


 ロイ国王陛下は豊かな眉を垂れさせて、困り果てたように吐き出した。


「あれは子どもの頃から、王太子としての気概があってのう。あちこち外遊に出かけては、諸国の王侯貴族と直接面談をしておった。国のために働いているので、容認しておったがの。さすがに事後報告くらいはしろと説教をして以来、ぴたりと辞めたんじゃが……むしろ裏でもっと好き勝手をしていたんでのう……」


 そう言って、大きな溜め息をひとつ。

 二年前の騒動を思い出し、わたしもキュロス様も、リヒャルト様もいっしょに溜め息を吐く。

 あの騒動は、結局のところ一言でまとめると『王太子の暴走』である。次期国王、いや現時点でも国王陛下は隠居し自分こそが王者と驕ったライオネルが、王の意向を無視し好き勝手に国を造ろうとした。これが明るみになり、国外追放という処罰をされたのが二年前。だけど考えてみれば、この暴走が『始まった』のがいつ、何年前からなのか、わたし達は知らなかった。

 もしかしたら五年、十年――いやもっと前から――。


「イルダーナフ領の領主は、ライオネルの息がかかっている……と考えたほうがいいようですね」


 キュロス様が低い声で言う。リヒャルト様が渋面で頷いた。


「そうだな。となると訪問したところでまともに話が聞けると思えない。この地図の印を捜索するなら、オラクル人に変装して秘密裏に……」

「いやリヒャルトよ、これはむしろ都合がいいかもしれんぞ」


 不意に、国王陛下が笑って言った。えっ? と振り向く一同に、なにやら懐から四角い金属の塊を取り出し、掲げて見せる。


「ここイルダーナフ領とライオネル、いつどんな内容かはわからんが、両者間になんらかの契約が結ばれたのに違いない。そしてそれは今、ライオネルの追放により頓挫をしている状態じゃ。我ら王家、それをきっちり詫びて契約解除するなり引き継ぐなりする責務がある」

「……なるほど、それはそうですね」

「その旨、正式な書状にしたためて、使者に持たせよう。ディルツ国王の勅命で、正式に領主に面談申し込みをするのじゃ。さすれば断ることは出来まい。その使者の役――お願いできるかな、グラナド公爵?」


 そう言って、くるりと金属塊を裏返す。その面にはロイ国王の名前が彫られていた。


 息を呑むわたしとキュロス様。


 国王陛下からの公務命令――その名目があれば、他国の公爵領を訪問し、島の探索をすることも不自然でなくなる。ハドウェルの地図が差す場所を探し出すのもかなり容易になるだろう。

 そしてこれはわたしの勘……というか希望的観測だけど、ハドウェルを助けることは、ヤンの企みを潰すということになる。グラナド商会への妨害行為を辞めさせることができるかもしれない。城にいるみんな、わたしの家族への攻撃も。


「あ……ありがとうございます、陛下」


 キュロス様は深々と頭を下げた。


 リヒャルト様も状況を理解し、さっそくその場で書状をしたためてくれた。文面は、王太子ライオネルが行っていたことを、この使者グラナド公爵が引き継ぐ意思があるということ。つきましては王太子との契約詳細を開示、イルダーナフ島の探索を許可していただきたいというものだった。


「貴公の仕事と家族に関わる非常時に便乗して、王家うちの不祥事の後始末まで頼んでしまって申し訳ない」


 リヒャルト様はそう言った。キュロス様は首を振り、


「とんでもない。こちらこそ、正直言ってとても心強いです」

「……いや、本当に……ありがたい。おれは、兄上が残していったものをすべて綺麗にしておきたかった……。良いものも悪いものも。それが、兄上から王座を奪った責任だと思うから」



 帰り道、王宮の廊下を進みながら、わたしはキュロス様に囁いた。


「リヒャルト様って、ライオネル様のことを慕っていたのね」

「洗脳ともいうがな」


 キュロス様は苦笑して言った。


「まあ、仕方ない。あの男はそういう力があった。カリスマ性というのか…あの手の強いリーダーは、一部の人間にはものすごく魅力的に見えるらしい」


 俺には分からないがな、と肩をすくめて、キュロス様は嘯いた。


 ……そうね。キュロス様には分からないだろう。彼はとても強いから。


 わたしには少し、分かる気がする。

 弱い人間は、強い人間に憧れる。決断するのが怖いから。自分自身の人生の選択さえ、自分では決められないから。

 この人は自分よりも強くて賢い――そう思い込んだら最後、何を命じられても付き従う。騙されているんじゃないか、間違っているんじゃないかと疑いもしない。理不尽な命令も、折檻ですらも、ぬるま湯のように心地が良いのだ。自分で決めなくてもいいということは、それほどまでに楽で、魅力的だった。


「……やっぱり、キュロス様はすごいです」


 わたしが呟くと、彼は心底不思議そうな顔をした。


「ご自分で考えて、決定して、行動してる。キュロス様は本当に強くてすごい人です」

「侍従達からしょっちゅう叱られてるけどな」

「己の間違いも認め、配下に意見を乞うのもまた、素晴らしいことです。否定されることを怖れていないということだもの。強くてすごくて、しなやかでないとできないことだわ」


 思わずちょっとムキになってわたしが言うと、キュロス様はハハハと声をあげて笑った。


「それは褒めすぎ。まあ、俺も今の立場が気に入っているよ。周囲の人間にも、本当に恵まれていた」


 緑色の瞳が遠くを見つめる。

 きっと彼は、過去に出会い、彼を育ててくれた人たちに思いを馳せたのだろう。父母や親族、貿易商グラナド商会の従業員や、城の侍従達……執事や侍女。


「……ライオネルも、俺のように人に恵まれていれば、変わったかもしれない」


 独り言のように彼は呟いた。


「次期国王――誰よりも強く賢く、尊い人間でなくてはならない――物心つく前からそう言い聞かされて育った王太子は、そうでなくてはならないと思い詰めてしまったのかもな。『強者の責務(ノブレスオブリージュ)』……王国貴族がみな背負う十字架だ。王太子ならば、誰よりも重い――」


 キュロス様は、黙とうをささげるように目を閉じた。

 彫りの深い、ともすれば強面(こわもて)と言われる端整な顔が、憂いで曇る。わたしはそんな彼を愛おしく思った。キュロス様は城主としての厳しさを見せることもあるけれど、根本的にはとても優しい人なのだ。


 強者の責務――ノブレスオブリージュ。王家に並ぶほどの権力と財力を持つキュロス様は、やはり彼らと同じく、その矜持を強くもっていることだろう。

 わたしも彼の妻として、自分に言い聞かせるようにしてはいるけど……それでもきっと、真から理解することはできないだろう。

 だからわたしは、キュロス様のように優しくはなれない。

 相手が元王太子であろうがそうでなかろうが、わたしの大事な家族を傷つける者を許さない。

 拳を強く握ると、いつしか歩みも早くなってしまったらしい。キュロス様を半歩ほど追い抜いて、わたしは振りかえった。


「イルダーナフ島へ行きましょう、キュロス様」


 強い声で、彼に意思を伝える。


「ハドウェルがどういう理由でこれを渡したにせよ、現状は変わるでしょう。

 戦いましょう、キュロス様。前に進むために」


 キュロス様は数秒間、無言でその場に立っていた。

 期待とリスク、現状と、わたしの安全――色んなものを(はかり)ながら、考えて……やがてゆっくりと深く、頷いた。


「……ああ。行こう」


 ――と、その時。

 回廊の向こうから、ピンク色のフリフリした者がやってくるのが見えた。


「――マリー様、キュロス様! 王宮にいらっしゃるなら、どうしてこのレイミアにお知らせくださいませんでしたのぉおおおっ⁉」


 恋に悩む、レイミア姫の姿だった。



 それから……わたしはレイミア様の恋の相談を聞き、十分に慰めてから、王宮を出た。

 馬車で一端、グラナド城に帰る。

 そしてその日の夜にはまた馬上の人となった。

 距離的にはさほど長い旅ではないはずだ。それでもはるか遠く、魔物の住まう冥界にでも向かう心持ちでいた。

 オラクル国南部離島、イルダーナフ島――そこで出会う人たちは、きっと敵ばかりだろうから。


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