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天涯孤独の、ふたりだから  作者: 640orz
第二部 夏から、秋まで
32/74

第三十二話 考えるべき、こと

 

            第三十二話 考えるべき、こと

 

 

 姉の、「ただいま」の声が微かに玄関から聞こえた。

 タイミングは、ちょうど楽器をしまったところ。ぱたぱたと、スリッパの音とともに雪羽はそちらへ向かう。

 別に、出迎えなければ、みたいな特別大きな意気込みがあってではない。そんなに毎回、なにがなんでもそうしているわけでもない。

 雪羽自身の認識としてはなにげなく、ひょっこりとただ、姉の帰宅にあわせてそこに顔を出しただけだ。

 聞こえてきたその声がこころなしか、どこかいつもよりか細く、小さかったように思えたのが少し、気になりはした。だがそれも、出迎えてから。姉の背中に漂う覇気のなさに気付いてから、追って思い至ったことである。

 

「──なに。朝に引き続いて。また疲れてんの」

 

 靴を脱ぐ、三和土のところに。制服姿の姉が、背中を向けて、どんよりと腰を下ろしている。

 見るからにそれは俯きがちで、元気なく。

 ひたすら疲れた、そんな様相を見せている。

 雪羽の茶化す物言いにも、大きくリアクションを返すでもなく。

 

「いや。……ちょっと、いろいろありすぎて。考えなきゃいけないこと、多すぎて。知恵熱起こしそう」

 

 なんじゃ、そりゃ。

 大丈夫なの。

 

「って。……え?」

 

 と、膝を曲げて隣にしゃがみこんだ雪羽へと、らしくもなく甘えるように、姉はしなだれかかってくる。

 

「ちょっと、充電させて」

「え、あ。ちょっと、お姉ちゃん?」

「今はこうして、雪羽に癒されてたい」

 

 ぎゅっと抱きしめながら、姉は雪羽の首筋にその顔を埋めて、深々と、疲労困憊の色濃い溜め息を吐く。

 

「ほんとに、いろいろありすぎたんだ」

 

 そう、言葉を繰り返す。

 

「──もう。甘えんぼさんですねー、お姉ちゃんは」

 

 自身を抱きしめるその肩を、雪羽はぽんぽん、と軽く叩いてやる。幼い子を、あやすように、だ。

 ああ。やっぱり我が家っていいなぁ。──姉のそんな言葉は、少しおじさんっぽくはあったけれど。苦笑しつつ、姉の「充電」と表現したその抱擁を、気のすむまでさせてやる。

 

「お疲れさま」

 

 ご飯、できてるよ。

 姉の腕の中で、姉を撫でてやりながら、雪羽はそう言った。

 うん、と頷いて、雪羽を離さない不知火はなんだか、子どもみたいで。あたしゃ母親かい、と苦笑を重ねる。

 姉のそういう一面も、新鮮で可笑しかった。


                 *   *   *

 

 ごめんなさい、と。深々と下げられた友の頭が、目の前にある。

 昼休み。いつものようにみんなでお昼の弁当を囲む、その時間。

 担任に呼ばれたと、雪羽と、歌奈が席を外した間に、彩夜のつくったその状況は、不知火に訪れた。

 

「昨日のこと。急に、あんな不意打ちみたいになにもかも押し付けてしまって。ごめんなさい」

 

 詩亜が、きょとんとしている。無理もない、彼女は事情を知らない。はて、どうすべきか、と不知火は頬を掻いて。

 

「いいよ、気にしないで。そんなの、気に病むことじゃないでしょ」

 

 ひとまず、友の下げた頭を上げさせる。

 昨日の出来事。べつに、彩夜は当然のことをしただけだと思う。

 夕矢くんが、その。……その、その──不知火のことを、……好きだ、と。思ってくれて。

 自分の家族が、自分の近しい友をそう想っていると知ったら、不知火だって似たようなことをしようとするのではないだろうか。実際に行動を起こせる勇気があるかどうかは別として。

 彼女は姉として、弟のためを思って動いた。動けた。それだけなんだから。不知火はなにも傷ついてなんていない。

 困ったし、悩んだし。現在進行形でそれはまだ続いてはいるけれど。

 ──さて。

 

「えっと、詩亜。……実はさ、昨日。……告白された。夕矢くんからも」

「……えっ」

 

 そう、彼から「も」なのだ。彼ひとりならず。だからこそにより一層、事態はややこしくて悩ましい。

 結局このことも、雪羽には伝えらえていない。彼女が席を外した今を選んで、彩夜がそれに触れたのも、不知火がおそらくそうしていると彼女なりに予測しての気遣いなのだろう。

 そして一対一でかしこまってしまうのも気詰まりになるし、ある程度事情を知っている詩亜が一緒だというのも、多分彼女の背中を押した──というところか。

 

「それは、その。……そう、ですか」

 

 しかし思いのほか、詩亜は驚いた様子を見せなかった。それどころか、

 

「モテモテですね、しーちゃん。──そっか、夕矢くん、遂にしーちゃんに、告白したんですね」

 

 なんだかあちらで勝手に、納得したように頷いている。

 

「え、なに。知ってたの」

「多分、というくらいですけど。うすうすは、感じてましたよ。触れ合う機会はそんなに多くなかったけれど、明らかにしーちゃんとわたしたちとで、話しているときの雰囲気が違いましたから」

「……そうなの?」

「はい。それに彩夜ちゃんから相談もされてましたし、やっぱりね、っていう感じです」

 

 ほんとう、しーちゃんは朴念仁さんですね。

 なんだか昨日、似たような言い回しを雪羽からされたな。なんとなくの既視感を憶えつつ、そうだったのか、と不知火は息を吐く。

 

「そっか、そうだったんだ。……つくづく、鈍感だね。私」

「今更でしょ。それがしーちゃんですから」

 

 鈍感だったから、雪羽を無自覚に傷つけてしまったこともあった。

 雪羽から、離れていこうともした。

 先輩の気持ちを知らず、予測できず。

 そして夕矢くんの気持ちにも、まるで気付きもしなかった。それどころか、嫌われてるのかな、とさえ思ったこともあった。

 

「でも、どうするんですか? 実際。このままだと三股の浮気者ですよ」

「詩亜。その表現はやめて。……っていうか、ゆきをその中にカウントしないで」

 

 ゆきは家族。妹。守るべき相手だから。

 この場合の相手とは、別枠だから、ほんとに。

 それに私はまだ、誰とも付き合ってないし、付き合うと決めたわけじゃないよ。

 

「不知火ちゃん」

 

 再び深々と溜め息を吐くと、真剣な面持ちでまっすぐに、彩夜がこちらを見つめていた。

 その眼差しに視線を交差させて、不知火は同じ、ひとりの「姉」としての彼女の言葉を受け取る。

 

「ユウくん、すっごく悩んで、言っていいのか、言わずに胸にしまっておくべきなのか悩みぬいて、雪羽ちゃんのことも考えに考えて。それでも昨日告白したんです。お姉ちゃんのわたしに、引き合わせてくれるようにお願いをしてくれたんです。だから」

 

 そう、だから。

 

「──付き合ってあげてください、とは言いません。だけど、きちんと答えを出してあげてください。不知火ちゃんが今抱えている、先輩のことが終わってからでもいいから。その結果がユウくんにとってつらくっても、そうしてあげてほしい」

「……たとえ答えがイエスだったとしても、私の眼のことはいつか、避けて通れないことだよ」

 

 それは彼との関係性が既に、家族ぐるみであるがこそ余計に。重く、深い色の影を落とすことだろうと思う。

 近しければ近しいほど、早い段階からそのことは忌避できない。逃げることが出来ない。

 彼はまだ知らないこと。彼の家族では、父親と姉だけが知っていること。

 

「はい。でも、それでもです。願ったからには、その先に進むことを求めるなら、あの子もそれを受け止めなくてはならないと思います」

 

 微笑とともにそう告げる彩夜は、日ごろ詩亜に対し感じているのと同様、不知火に「ああ、自分よりずっとしっかりしている」、「お姉ちゃんをやっている」という仄かなジェラシーを抱かせる。

 こうありたいな、と思える。

 

「おーい。お待たせー」

 

 そして不知火と詩亜の妹たち。彼女らふたりがなんだか疲れた様子で、皆の待つ中庭へと戻ってくる。

 雪羽は、うーん、と伸びをしながら。歌奈は首の後ろをこきこきと鳴らしながら、だ。

 

「おかえりなさい。先生のお話、なんでした?」

「んー? なんのことはない、文化祭の出しもののこと」

 

 ああ、そうか。ふたりとも、クラスの文化祭、実行委員だったっけ。いつだったか雪羽が言っていたのを、不知火も思い出す。

 三人の集まっているところにやってきて、ふたりもまた腰を下ろす。

 食べかけのまま蓋を閉じていた弁当箱を再び開いて、遅くなったお昼ご飯をふたり、再開する。

 雪羽はプラスティックの楊枝に刺した、うずらの卵と魚肉ソーセージ。歌奈は唐揚げを頬張って、もごもごやっている。

 

「だからさー、やっぱ喫茶店だって。雪羽も彩夜もいるんだし、プロふたりいればなんでもいけるっしょ」

「あんただって料理の腕は似たようなモンでしょーが、歌奈。楽しようとすんなってーの」

「なによー。無難じゃん」

「いや、喫茶店はべつにいいんだけどさ」

 

 なるほど。そうやって交わされるふたりの会話から推測するだに、

 

「──まだなんにも、決まってないと」

「「う」」

「もう来月末にも文化祭だっていう、この時期に?」

 

 不知火の言に、同時に口ごもるふたり。

 更に詩亜がスマートフォンのカレンダーに目を落とし、言う。

 ちなみに、不知火たちのクラスは既に、とっくに出しものは決まっている。

 和テイストの、甘味処。女子みんなで袴と和装とに身を包んで、接客する。だがそれもたしか、一学期中には多数決をとって決定していたはずだ。

 夏休み中を利用して衣装のデザインと、メニュー案とをそれぞれ考えるよう、そういう段取りになっていたはずだ。

 なるほど、それでたっぷりと、担任に油を搾られていたわけか。「ほかのクラスはとっくに決まってるぞ」みたいに言われて。

 

「でも、飲食系の出しものがそんなにいくつも被るのはちょっと」

 

 彩夜が尤もなことを言う。が、

 

「ああ、それは大丈夫だと思いますよ。部活で、先輩や、マネージャー仲間の子たちに訊いたら、今年は飲食系で確定してるのはうちのクラスだけみたいなので」

「あ、そうなんだ」

「ほら。やっぱ喫茶店じゃん」

「だね、喫茶店が手っ取り早いよね」

 

 詩亜が微笑とともに告げる。

 別に彼女たちを正当化するために言ったわけではないのに、そんな詩亜の言に、雪羽たちは百万の援軍を得たとばかりに、そこに乗っかろうとする。

 

「ちょっと、ゆき。もう少し真面目に考えないと」

「だってー。明日のホームルームで採決とれって言うんだもん」

 

 時間がないのよ、と口を尖らせる妹たち。詩亜と顔を見合わせ、やれやれと、不知火は肩を竦める。

 

「──ん?」

 

 と、そんなゆきからは見えぬようこっそりと、彩夜が制服の裾を引っ張ることに、不知火は気付く。

 彼女の目線に、その口許へと耳を寄せる。

 

「もうすぐ、って言ったら。不知火ちゃん、雪羽ちゃんの誕生日、なにをあげるか決まりました?」

 

 小柄な友は、不知火だけに聞こえるよう、囁いて言った。

 ああ、大丈夫。忘れてなんていない。

 九月、二十日。妹の──ゆきの、誕生日。もちろん、ちゃんと覚えている。忘れるわけがない。

 その日を彩夜が気遣ってくれたことそれ自体が、不知火には嬉しく、また答えられることが、喜ばしい。

 

「──うん。ちょっとどたばたしてるし、こんな感じで出遅れたのも事実だから、時間的にはちょっとぎりぎりかな。でも、前日はちょっと徹夜になるかもしれないけど。間に合わせるよ」

「あ、手作りなんですね」

「うん。ちゃんと、考えた。ちゃんと、見つけられたよ」

 

 彩夜と、一緒です。あちらも嬉しそうに、微笑んでくれる。そうやって妹のための行為を友と共有できることも、素敵なことのように不知火には思えた。

 

「そうだ、私からも彩夜に訊きたいことがあって──、」

「あっ」

 

 と。やりとりを続けようとした矢先、なにか思い出したようにやおらに、雪羽が手を叩く。

 

「そーそー、職員室で水泳部の顧問に会ってさ」

「うちの?」

 

 まあ、そりゃ職員室なら会うだろうさ。昼休みだし。

 

「今日、急な出張入ったから水泳部、部活休みだって。部長さんも来てたよ」

 

 伝えといてって頼まれたんだった。

 思い出してよかった、と笑いあう雪羽と歌奈。

 不知火も、詩亜と頷きあう。顧問は二年生の学年主任でもある。いろいろと忙しいことは知っている。

 

「そう」

 

 じゃあ、どうしようかな。

 自主トレ──でも、いいけど。はてと、不知火は考え込む。放課後のスケジュールが、丸々空いてしまったことになる。

 

「ね、みんなでカラオケでもいかない? 気前よく、ぱーっとさ」

 

 歌奈がふと、そんな提案をした。

 いやいや。企画はどうした。文化祭の企画は。

 

「おー、いいね。行こう、行こう。ね、お姉ちゃん」

 

 そしてそれに、雪羽も乗っかる。誘い掛けられながら、やれやれと苦笑いする不知火。

 カラオケ。歌。……歌、ね。

 その単語はもうひとつ、不知火の記憶を呼び起こす。

 告白の、あの瞬間。それは彼から頭を下げられた、ふたつめの願い。

 彩夜に向けようとした問いの、その根源。

 

「……私。そんなに歌、うまくないよ」

 

 少なくとも体系立てて教わったことなんてないし、理論的にこうすればいいとわかって音楽に接したこともない。学校の、音楽の授業だけ。楽器経験者の雪羽のほうがよほど、そういった理屈はわかっているだろうと思う。

 彩夜には、それを訊きたかった。「それでもいいか」って。

 

「またまた。めちゃくちゃきれーな声してるじゃん」

 

 不知火の実感を、妹たちは謙遜と受け取ったらしかった。

 彩夜を、除いて。

 そこにある言葉の裏の意味合いを察してか、彼女は瞼を瞬かせる。

 

「音楽のことなんて、全然わからないもの。でも、そうだね。歌そのものは嫌いじゃない」

 

 少年の、恋についての答えはまだ出せない。どうすべきかも見えていない。

 でも少年の近しい人間として。少年にとってもうひとりの姉である、雪羽の姉として、彼の願いには応えたいと思った。

 どれだけ自分が力になれるかはわからないけれど、それができるなら。そうしたいし、そうすべきだと思ったから。

 

「『だから、いいよ』。『行こう』」

 

 はっきりと文節を区切るように発声をして、不知火は返事を発した。

 彩夜へと、アイコンタクトを送りながら。

 

「『歌おう』」

 

 一瞬、彩夜はハッとしたように目を開いて。

 理解し、頬を仄かに紅潮させながら微笑む。小さな頷きが、彼女によってその弟に、不知火の意志が伝えられるであろうことを告げていた。

 告白のあと。もうひとつ、少年から伝えられたこと。

 彼から向けられた、不知火へのお願い。

 歌ってほしい、と彼は頭を下げた。

 彼と、彼のバンドの面々とともに。

 正式に一員となってくれ、とまでは言わない、ただ次のステージまでは。中学の文化祭までは、力を貸してほしい──もっと訊きたいこと、返事を受けたいことがあろう状況の中で、それを棚上げして夕矢は不知火に、願ったのだ。ききた

 それもまた不知火にとっては唐突で、すぐには返事をするなんて、できなくて。

 友だち同士のカラオケ以外で、人前で歌ったことなんてない。自分が達者に歌えるなんて、思ったこともない。

 だけれど、自分自身の事情や気持ちとは別に、はやる意識を抑えて不知火に依頼し、頭を下げる少年の姿に、不知火もまた「自分でよければ」と思ったのである。

 彼からの告白を、繰り返し脳裏に呼び戻し、反芻をする中。それとは別に、彼に対し役に立ちたい、と思えたのだ。

 ゆきが彼を大切に思っているように、自分もまた彼を大事にしたい。弟のように思いたい──そう、願った。

 彼の向けてくれた個人的な想いと、それにどう応じるかは別問題として、彩夜へと不知火はメッセージを託した。

 

「──文化祭、か」

「うん? お姉ちゃん?」

 

 こんな浮ついた私でよければ、手伝おう。かわいい妹が、弟分と思う少年を。

 ゆきは驚くだろうか。私が、ステージに立ったら。

 彼女の弟分と、一緒に歌っていたら。

 そう、あくまで、妹の弟分。今の彼女の感覚のうえでは、彼はまだ、そう表現する以上のものがない。

 彼のことを考えるにあたって、常にそこに、雪羽が仲介として存在する。

 自分自身のそうした認識が、恋する少年に対しては残酷であると気付かぬままに、不知火は不知火なりに、確かに近しい人たちのひとりとしてのレベルでは、彼を大切に思っていたのである。

 

「宿題抱えてるのは、ゆきたちだけじゃないかもね」

 

 彩夜だけが不知火の言を理解して、苦笑している。

 あたたかく、嬉しげに。

 

「文化祭に、さ」

 

                 *   *   *

 

 ひかりを、お昼寝に寝かしつけていて、どうやら一緒になって眠ってしまっていたらしかった。

 

「──ん」

 

 タオルケットに包まれた、ひかりのやすらいだ寝顔が眼前にある。

 瞼を開いてまずレイアの視界へと飛び込んできたのは、そんな至福の光景。

 眠っていた自分を自覚し、目覚めたのだと認識ができたのは幼子のその姿と、耳障りに甲高く鳴り響く電子音とがレイアを眠りの世界から引き戻し、そうさせたからだ。

 

「電話……誰?」

 

 ふたり、寝入っていたカーペットの上。鳴り続ける着信音、電話そのものより、その騒がしさがひかりの安眠を邪魔してしまうのではないかという心配のほうが先に立った。

 ソファのひじ掛けに放り出されていた自身のスマートフォンを手に取る。

 

「?」

 

 画面を見て、一瞬怪訝さに眉を寄せる。

 あれ。ここ、日本だよ、な? 描き出されたフォントと文字とが、彼女を一瞬混乱させる。

 久しく見ることのなかった着信の相手の名は、ドイツ語で画面上に躍っていた。

 海外からの電話。いったい、なんだ。

 相手の心当たりそのものは、あった。

 アメリカにて籍を置いている、大学の同僚のひとり。ドイツ出身で、晴彦とも面識のあった──共同研究者だ。

 だが唐突に、このタイミングで彼が、なんの用だろう。

 せっかくいい気持ちで寝てたっていうのに。あっちは今の時間、また随分と早朝のはずだろう。

 

「──ああ、えーと。……hallo?」

 

 画面をフリックして、日本語ではない発声にてレイアは通話に応じた。

 それから、ほんのふた言、三言ほどのやりとりと間ののちである。

 ひかりを起こしてしまうかもしれないという不安すら、忘れて。がばりと勢いよく、彼女が床から跳び起きたのは。

 そうしなければ受け止められない言葉を、レイアは告げられた。

 遥か、地球の裏側から。

 告げられたその情報のひとつひとつが、彼女にとってそういう反応をとりうるだけの代物であったのだ──……。

 

 

           (つづく)


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